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本編
32:不穏な影(2)
「それは、どういう…」
「先程色々とぶっちゃけてしまったので、もう正直に申し上げますが、私は公爵邸での生活に飽きてきていたのです」
「あ、飽き…」
「公爵邸での生活はとても穏やかで心が安らぐものです。けれど、どうしても…その、つまらなくて…」
「つまらない…」
「し、刺激が足りないと申しますか…。その、公爵邸では薬草を育てることも、新薬の開発も、マウスの飼育もできませんし…」
「マウスの…飼育…」
「それでつい…。好奇心に負けてしまって…」
「お、おう…」
ごめんなさい、と半泣きで謝るシャロン。
特に隠していたわけでもなく、好かれようと猫をかぶっていたわけではないが、彼女はこの時はじめてアルフレッドに自分の本心を見せた。
本当は薬草園を作りたいし、実験室を作りたいし、マウスを飼育したいし、図書室には自分好みの本を揃えたいし、エミリアの話はそろそろ聞き飽きてきていた。
しかし『好きにして良い』と言いながらも、シャロンが本当に好きなようにお屋敷を変えていってしまうことをアルフレッドは望んでいないし、エミリアの話を楽しそうにするアルフレッドを前に『その話は飽きた』とも言えない。
恋愛感情はなくとも、仮面夫婦だとしても、アルフレッドを悲しませるようなことはしたくない。
だからこそ大人しくしていたのだが、その反動のせいか、うっかり好奇心に負けてヘンリーの口車に自ら乗ってしまったのだ。
その黄金の瞳にうっすらと涙を貯め、シャロンはそう語る。
「た、確かに好きにして良いと言いながらも、本当に好きにされると少し寂しい気もしていたけど…。確かにエミリアの話ばかりで申し訳ないとは思っていたけれど…。えっとつまりは何だ?」
彼は戸惑いながらもなんとか言葉を紡ぎ出す。
もしかすると、心優しく控えめで奥ゆかしいと思っていた後妻は、実はとんでもないやつだったのかもしれない。
「…シャロンは退屈しのぎに首突っ込んだという事?」
アルフレッドの問いに、シャロンは叱られた子どものような表情でコクリと頷いた。
「そ、そうか…」
妙な沈黙が二人の間を流れる。
アルフレッドは頭をかき、深くため息をついた。
「まあ…シャロンが良いなら…協力してもらおうかな…」
「良いのですか?」
今の今まで泣きそうになっていたシャロンは顔を上げ、とても嬉しそうな顔をした。
そして、「精一杯がんばります!」と言ってシャロンはそれは花が綻ぶような、愛らしい笑顔を見せた。
その笑顔に、アルフレッドは「自分が守ればどうとでもなるか」と思考を放棄した。
「なんか、お似合いっすね」
そんな二人の様子を見ていた騎士の一人がボソッと呟く。
たしかに変人同士、お似合いだ。他の騎士達もうんうんと頷いた。
***
その後、アルフレッドは同僚の騎士達にシャロンを紹介した。
彼らが話すアルフレッドの昔話や日頃の騎士団での話に耳を傾けながら、シャロンはふと、何気なくテラスから見える中庭の噴水に視線を移した。
すると、そこには一人の女が立っていた。
白いワンピースを着た真っ黒な髪を持つ絶世の美女。
恐ろしいほどに左右対称の顔に、雪のように白い肌と漆黒の腰くらいまである長い髪。透き通るような青い瞳は海の色に近く、その瞳はじっとこちらを見つめていた。
シャロンは何故かエミリアの名が頭に思い浮かんだ。傾国と謳われるほどの美人だったと噂の彼女の容姿はこんな感じだったのだろうか。
「どうしました?夫人」
騎士の一人が、ぼうっと外を眺めるシャロンに声をかける。
「いえ、あそこに人がいたような気がして…」
シャロンが噴水の方を指差した。
その瞬間、雲が月を隠し、あたりは一気に暗くなる。
「誰もいませんよ?」
「あれ?気のせいだったのかしら…」
雲が通り過ぎ、再び彼女が噴水のそばを見た時には、そこには誰もいなかった。
「先程色々とぶっちゃけてしまったので、もう正直に申し上げますが、私は公爵邸での生活に飽きてきていたのです」
「あ、飽き…」
「公爵邸での生活はとても穏やかで心が安らぐものです。けれど、どうしても…その、つまらなくて…」
「つまらない…」
「し、刺激が足りないと申しますか…。その、公爵邸では薬草を育てることも、新薬の開発も、マウスの飼育もできませんし…」
「マウスの…飼育…」
「それでつい…。好奇心に負けてしまって…」
「お、おう…」
ごめんなさい、と半泣きで謝るシャロン。
特に隠していたわけでもなく、好かれようと猫をかぶっていたわけではないが、彼女はこの時はじめてアルフレッドに自分の本心を見せた。
本当は薬草園を作りたいし、実験室を作りたいし、マウスを飼育したいし、図書室には自分好みの本を揃えたいし、エミリアの話はそろそろ聞き飽きてきていた。
しかし『好きにして良い』と言いながらも、シャロンが本当に好きなようにお屋敷を変えていってしまうことをアルフレッドは望んでいないし、エミリアの話を楽しそうにするアルフレッドを前に『その話は飽きた』とも言えない。
恋愛感情はなくとも、仮面夫婦だとしても、アルフレッドを悲しませるようなことはしたくない。
だからこそ大人しくしていたのだが、その反動のせいか、うっかり好奇心に負けてヘンリーの口車に自ら乗ってしまったのだ。
その黄金の瞳にうっすらと涙を貯め、シャロンはそう語る。
「た、確かに好きにして良いと言いながらも、本当に好きにされると少し寂しい気もしていたけど…。確かにエミリアの話ばかりで申し訳ないとは思っていたけれど…。えっとつまりは何だ?」
彼は戸惑いながらもなんとか言葉を紡ぎ出す。
もしかすると、心優しく控えめで奥ゆかしいと思っていた後妻は、実はとんでもないやつだったのかもしれない。
「…シャロンは退屈しのぎに首突っ込んだという事?」
アルフレッドの問いに、シャロンは叱られた子どものような表情でコクリと頷いた。
「そ、そうか…」
妙な沈黙が二人の間を流れる。
アルフレッドは頭をかき、深くため息をついた。
「まあ…シャロンが良いなら…協力してもらおうかな…」
「良いのですか?」
今の今まで泣きそうになっていたシャロンは顔を上げ、とても嬉しそうな顔をした。
そして、「精一杯がんばります!」と言ってシャロンはそれは花が綻ぶような、愛らしい笑顔を見せた。
その笑顔に、アルフレッドは「自分が守ればどうとでもなるか」と思考を放棄した。
「なんか、お似合いっすね」
そんな二人の様子を見ていた騎士の一人がボソッと呟く。
たしかに変人同士、お似合いだ。他の騎士達もうんうんと頷いた。
***
その後、アルフレッドは同僚の騎士達にシャロンを紹介した。
彼らが話すアルフレッドの昔話や日頃の騎士団での話に耳を傾けながら、シャロンはふと、何気なくテラスから見える中庭の噴水に視線を移した。
すると、そこには一人の女が立っていた。
白いワンピースを着た真っ黒な髪を持つ絶世の美女。
恐ろしいほどに左右対称の顔に、雪のように白い肌と漆黒の腰くらいまである長い髪。透き通るような青い瞳は海の色に近く、その瞳はじっとこちらを見つめていた。
シャロンは何故かエミリアの名が頭に思い浮かんだ。傾国と謳われるほどの美人だったと噂の彼女の容姿はこんな感じだったのだろうか。
「どうしました?夫人」
騎士の一人が、ぼうっと外を眺めるシャロンに声をかける。
「いえ、あそこに人がいたような気がして…」
シャロンが噴水の方を指差した。
その瞬間、雲が月を隠し、あたりは一気に暗くなる。
「誰もいませんよ?」
「あれ?気のせいだったのかしら…」
雲が通り過ぎ、再び彼女が噴水のそばを見た時には、そこには誰もいなかった。
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