34 / 129
本編
33:アルフレッドは堕ちている自覚がない(1)
しおりを挟む
朝食を食べて早々に、シャロンはとある部屋に篭った。
そこはアルフレッドに本心をぶちまけたあの夜会の後、好きに使って良いよと与えられた部屋だ。
彼はあの後、『シャロンの優しさに甘えすぎていたお詫びだ』と言って、この部屋そのものだけでなく、天井の高さまである本棚も買ってくれた。
またその他にも、今度中庭の一角に薬草用の温室を作ってくれると言うのだ。
(公爵様は良い人だ)
流石にマウスや薬になる虫の飼育などは渋られたが、ここまで要望を聞いてくれるとは思わなかった。
こんな事ならもっと早く彼と話をすればよかったなとシャロンは思う。
望まれない後妻だからと遠慮しすぎていたのかもしれない。
エミリアの事を思うアルフレッドを大事にすることと、シャロンが自分らしく生きることは両立できるのだ。
彼がどれだけ前妻を大事にしようと、自分まで彼女の影を気にして生活する必要など始めからなかった。そのことがわかり、シャロンはとても気分が良い。
「公爵様は話のわからない人じゃなかった!」
やはり言葉にして伝えるというのは大切だ。
シャロンは鼻歌を歌いながら、実家から送ってもらった本や実験機材の箱を開封していった。
そんな彼女の様子を少し開いた扉の隙間から、アルフレッドはじっと見ていた。
窓から差し込む朝の柔らかい光に照らされたシャロンの髪には天使の輪ができている。
心の底から嬉しそうに微笑みながら箱を開けていく若き後妻。
「可愛い…」
アルフレッドは思わず声に出してしまった。
あの夜会で花のように笑った笑顔を最後に、シャロンの笑顔を真正面から見ていない彼は、時折こうして彼女のことを覗いている。
「坊っちゃま。いくら夫婦間といえど、覗きはいかがなものかと」
扉前でしゃがみ込み、後妻の様子を伺う主人にセバスチャンは深く長いため息をつく。
「坊っちゃまじゃない。旦那様と呼べ」
「坊っちゃま。覗きをするくらいなら素直に声をおかけすればよろしいのでは?」
「また断られたら立ち直れないだろうが」
アルフレッドはキッと執事を睨む。
夜会以降、シャロンは吹っ切れたようにアルフレッドの誘いを断るようになった。
毎回断られるわけではないが、『本が読みたいから』『薬草をもらいに実家に行きたいから』と何かと忙しそうにしており、2回に1回は断られる。
前まではどんな話(主にエミリアの話)をしても、うんうんと相槌を打ち聞いてくれていたのに最近は『それ前に聞きました』としれっと返される始末。
「何だこの豹変ぶりは」
「今まで同じ話を延々と聞いていてくださっていた事の方が奇跡なのですよ、坊っちゃま」
「このままでは夫婦の危機だ」
かろうじて、寝室を共にするときの夜着はいつも通りの布か少なめの物を着用しているが、それも彼女が嫌だと思えばもう着てくれなくなるかもしれない。
というか、そもそも何もしないのに寝室に行くなんて面倒くさいとすら思うかもしれない。
「由々しき事態だ」
「坊っちゃまは変態ですね」
そんなに露出の高い夜着を着て欲しいのかと、セバスチャンは蔑みの目で見下ろす。
「違うぞ、夜の時間は私たち夫婦の最も大事な交流の時間だから!その、無くなると困るんだよ!」
「左様でございますか」
必死の弁明も弁明になっていないアルフレッド。
セバスチャンが呆れていると、後ろから手伝いに来たシノアがひょこっと顔を出した。
「何してるんですか?」
「旦那様が奥様を散歩に誘いたいらしいのですが、ヘタレなのでなかなか誘えないのです」
最近シャロンがアルフレッドの誘いを断りがちなのを知っているシノアは、腰に両手を当て、ふぅっと小さく息を吐いた。
そして主人を無視して部屋のドアをノックすると、
「奥様ー。旦那様が構って欲しいそうですよー」
と大きな声でシャロンに声をかけた。
アルフレッドは彼女がシノアの声に反応するよりも前に、光の速さで部屋の前から走り去った。
シャロンはひょっこりと扉から顔を出す。
「あれ?公爵様はどちらに?」
キョトンとした顔で廊下を見渡すシャロンに、セバスチャンは「どうぞお気になさらず」と頭を下げて残念な主人の後を追った。
シノアはその様子を見て、口元を押さえ必死で笑いを堪える。
「お、奥様…。一つお願いがあるんですけど…」
「お願い?」
首を傾げるシャロンに、シノアは肩を振るわせながら耳打ちした。
そこはアルフレッドに本心をぶちまけたあの夜会の後、好きに使って良いよと与えられた部屋だ。
彼はあの後、『シャロンの優しさに甘えすぎていたお詫びだ』と言って、この部屋そのものだけでなく、天井の高さまである本棚も買ってくれた。
またその他にも、今度中庭の一角に薬草用の温室を作ってくれると言うのだ。
(公爵様は良い人だ)
流石にマウスや薬になる虫の飼育などは渋られたが、ここまで要望を聞いてくれるとは思わなかった。
こんな事ならもっと早く彼と話をすればよかったなとシャロンは思う。
望まれない後妻だからと遠慮しすぎていたのかもしれない。
エミリアの事を思うアルフレッドを大事にすることと、シャロンが自分らしく生きることは両立できるのだ。
彼がどれだけ前妻を大事にしようと、自分まで彼女の影を気にして生活する必要など始めからなかった。そのことがわかり、シャロンはとても気分が良い。
「公爵様は話のわからない人じゃなかった!」
やはり言葉にして伝えるというのは大切だ。
シャロンは鼻歌を歌いながら、実家から送ってもらった本や実験機材の箱を開封していった。
そんな彼女の様子を少し開いた扉の隙間から、アルフレッドはじっと見ていた。
窓から差し込む朝の柔らかい光に照らされたシャロンの髪には天使の輪ができている。
心の底から嬉しそうに微笑みながら箱を開けていく若き後妻。
「可愛い…」
アルフレッドは思わず声に出してしまった。
あの夜会で花のように笑った笑顔を最後に、シャロンの笑顔を真正面から見ていない彼は、時折こうして彼女のことを覗いている。
「坊っちゃま。いくら夫婦間といえど、覗きはいかがなものかと」
扉前でしゃがみ込み、後妻の様子を伺う主人にセバスチャンは深く長いため息をつく。
「坊っちゃまじゃない。旦那様と呼べ」
「坊っちゃま。覗きをするくらいなら素直に声をおかけすればよろしいのでは?」
「また断られたら立ち直れないだろうが」
アルフレッドはキッと執事を睨む。
夜会以降、シャロンは吹っ切れたようにアルフレッドの誘いを断るようになった。
毎回断られるわけではないが、『本が読みたいから』『薬草をもらいに実家に行きたいから』と何かと忙しそうにしており、2回に1回は断られる。
前まではどんな話(主にエミリアの話)をしても、うんうんと相槌を打ち聞いてくれていたのに最近は『それ前に聞きました』としれっと返される始末。
「何だこの豹変ぶりは」
「今まで同じ話を延々と聞いていてくださっていた事の方が奇跡なのですよ、坊っちゃま」
「このままでは夫婦の危機だ」
かろうじて、寝室を共にするときの夜着はいつも通りの布か少なめの物を着用しているが、それも彼女が嫌だと思えばもう着てくれなくなるかもしれない。
というか、そもそも何もしないのに寝室に行くなんて面倒くさいとすら思うかもしれない。
「由々しき事態だ」
「坊っちゃまは変態ですね」
そんなに露出の高い夜着を着て欲しいのかと、セバスチャンは蔑みの目で見下ろす。
「違うぞ、夜の時間は私たち夫婦の最も大事な交流の時間だから!その、無くなると困るんだよ!」
「左様でございますか」
必死の弁明も弁明になっていないアルフレッド。
セバスチャンが呆れていると、後ろから手伝いに来たシノアがひょこっと顔を出した。
「何してるんですか?」
「旦那様が奥様を散歩に誘いたいらしいのですが、ヘタレなのでなかなか誘えないのです」
最近シャロンがアルフレッドの誘いを断りがちなのを知っているシノアは、腰に両手を当て、ふぅっと小さく息を吐いた。
そして主人を無視して部屋のドアをノックすると、
「奥様ー。旦那様が構って欲しいそうですよー」
と大きな声でシャロンに声をかけた。
アルフレッドは彼女がシノアの声に反応するよりも前に、光の速さで部屋の前から走り去った。
シャロンはひょっこりと扉から顔を出す。
「あれ?公爵様はどちらに?」
キョトンとした顔で廊下を見渡すシャロンに、セバスチャンは「どうぞお気になさらず」と頭を下げて残念な主人の後を追った。
シノアはその様子を見て、口元を押さえ必死で笑いを堪える。
「お、奥様…。一つお願いがあるんですけど…」
「お願い?」
首を傾げるシャロンに、シノアは肩を振るわせながら耳打ちした。
37
あなたにおすすめの小説
【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです
※表紙 AIアプリ作成
差し出された毒杯
しろねこ。
恋愛
深い森の中。
一人のお姫様が王妃より毒杯を授けられる。
「あなたのその表情が見たかった」
毒を飲んだことにより、少女の顔は苦悶に満ちた表情となる。
王妃は少女の美しさが妬ましかった。
そこで命を落としたとされる少女を助けるは一人の王子。
スラリとした体型の美しい王子、ではなく、体格の良い少し脳筋気味な王子。
お供をするは、吊り目で小柄な見た目も中身も猫のように気まぐれな従者。
か○みよ、○がみ…ではないけれど、毒と美しさに翻弄される女性と立ち向かうお姫様なお話。
ハピエン大好き、自己満、ご都合主義な作者による作品です。
同名キャラで複数の作品を書いています。
立場やシチュエーションがちょっと違ったり、サブキャラがメインとなるストーリーをなどを書いています。
ところどころリンクもしています。
※小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿しています!
【連載版】おかえりなさい。どうぞ、お幸せに。さようなら。
石河 翠
恋愛
主人公は神託により災厄と呼ばれ、蔑まれてきた。家族もなく、神殿で罪人のように暮らしている。
ある時彼女のもとに、見目麗しい騎士がやってくる。警戒する彼女だったが、彼は傷つき怯えた彼女に救いの手を差し伸べた。
騎士のもとで、子ども時代をやり直すように穏やかに過ごす彼女。やがて彼女は騎士に恋心を抱くようになる。騎士に想いが伝わらなくても、彼女はこの生活に満足していた。
ところが神殿から疎まれた騎士は、戦場の最前線に送られることになる。無事を祈る彼女だったが、騎士の訃報が届いたことにより彼女は絶望する。
力を手に入れた彼女は世界を滅ぼすことを望むが……。
騎士の幸せを願ったヒロインと、ヒロインを心から愛していたヒーローの恋物語。
この作品は、同名の短編「おかえりなさい。どうぞ、お幸せに。さようなら。」(https://www.alphapolis.co.jp/novel/572212123/981902516)の連載版です。連作短編の形になります。
短編版はビターエンドでしたが、連載版はほんのりハッピーエンドです。
表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:25824590)をお借りしています。
笑い方を忘れた令嬢
Blue
恋愛
お母様が天国へと旅立ってから10年の月日が流れた。大好きなお父様と二人で過ごす日々に突然終止符が打たれる。突然やって来た新しい家族。病で倒れてしまったお父様。私を嫌な目つきで見てくる伯父様。どうしたらいいの?誰か、助けて。
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
あなたのためなら
天海月
恋愛
エルランド国の王であるセルヴィスは、禁忌魔術を使って偽の番を騙った女レクシアと婚約したが、嘘は露見し婚約破棄後に彼女は処刑となった。
その後、セルヴィスの真の番だという侯爵令嬢アメリアが現れ、二人は婚姻を結んだ。
アメリアは心からセルヴィスを愛し、彼からの愛を求めた。
しかし、今のセルヴィスは彼女に愛を返すことが出来なくなっていた。
理由も分からないアメリアは、セルヴィスが愛してくれないのは自分の行いが悪いからに違いないと自らを責めはじめ、次第に歯車が狂っていく。
全ては偽の番に過度のショックを受けたセルヴィスが、衝動的に行ってしまった或ることが原因だった・・・。
【完結】あなたに抱きしめられたくてー。
彩華(あやはな)
恋愛
細い指が私の首を絞めた。泣く母の顔に、私は自分が生まれてきたことを後悔したー。
そして、母の言われるままに言われ孤児院にお世話になることになる。
やがて学園にいくことになるが、王子殿下にからまれるようになり・・・。
大きな秘密を抱えた私は、彼から逃げるのだった。
同時に母の事実も知ることになってゆく・・・。
*ヤバめの男あり。ヒーローの出現は遅め。
もやもや(いつもながら・・・)、ポロポロありになると思います。初めから重めです。
夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~
狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない!
隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。
わたし、もう王妃やめる!
政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。
離婚できないなら人間をやめるわ!
王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。
これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ!
フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。
よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。
「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」
やめてえ!そんなところ撫でないで~!
夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる