【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜

七瀬菜々

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本編

64:変異種(1)

 部屋の隅で姿を隠して様子を伺っていた3人は突然現れたアルフレッドに似た人物の存在に戸惑っていた。

「あれはウィンターソン公爵…ではないよな?」
「明らかに幻術ですね」
「陛下が旦那様に擬態しているということでしょうか?」
「声が明らかに陛下だからな。そういうことだろう」
「でもどうして…」

 壊れた人形のように、国王をアルフレッドと呼び続けるエミリア。
 シャロンは今日ここにきて初めて彼女の声を聞いた。
 『アルフレッド』と呼ばれるたび、微かに不快そうな表情をする王の様子から察するに、彼としてもその姿が不本意なのだろう。
 だとするならばエミリアの前ではそうせざるを得ない理由があるという事だ。

(…旦那様しか認識できなくなってる、とか?)

   何をされたらここまで心が壊れた状態になるのだろう。
 彼女はもしかすると、アルフレッドの存在だけを糧に、この地下でずっと過ごしていたのかもしれない。
 そう思うとシャロンは胸が痛くなる。




「やっぱり元気じゃねーか」

 一方、到底病に伏しているように見えない父王の姿にヘンリーは顔を歪めた。

 実のところここ数年、王家の力は劇的に低下していた。
 王に近い貴族連中が議会等において、彼の代わりに発言する場面が増えていたのだ。
 じわじわと腐敗していく宮中で、王太子ヘンリーは何度も父王に改善を進言したが彼は聞く耳を持たなかったらしい。
 彼らの働きに見合った対価として利権を流しているだけに過ぎないと主張して譲らなかったのだ。


 王太子であるヘンリーだけでなく王妃をはじめとした色んな人が、仕事を放棄した王をフォローしつつ走り回ってるというのに、本人は離宮で女を囲っている。
 予測していたことだが、それが事実であると確定した。

「あんな王などいらない」

 気持ち悪い、吐き気がする。
 そう吐き捨てる声には憎しみがこもっているのに、彼の目はどこか悲しげだった。





「さあ、エミリア。そろそろ手術の時間だ。少ししんどいだろうけれど、頑張ろうか」

 息子の思いなど知らずに、エミリアを抱き上げようとする国王。
 しかし彼女は彼を突き放し、拒絶した。

「しゅじゅつ…?」

 エミリアは突然、何かに怯えているかのようにカタカタと震え出した。
 ジルフォード侯爵は過呼吸になりそうな彼女の背中をさすって落ち着かせる。

「また、気にしているのかい?」

 王は少し面倒くさそうに呟く。

「何度でも言うけれどね、彼らは自らの意思で君の一部となることを望んだ。彼らは君の中で生き延びられることをきっと誇りに想っている。エミリア、君は私のために生きてはくれないのかい?」

 自分の手を取り、寂しそうに笑う王にエミリアは首を横に振った。

「ちがう、ちがうの…。あなたと生きたい…あなたのそばに、いたい。だからここに来た。だけど、もう…」

 拙いない口調で、震える声で必死に何かを訴えるエミリア。
 王は仕方がないと小さく息を吐くと、柱に繋がれたエディへと視線を向ける。
 エディは「ひっ」と声を漏らし身構えた。

「君、名は何と?」
「エディ・クラークです…」
「そうか、エディか」

 にいっと口角を上げた王は、エミリアに『彼の名はエディ・クラークだそうだ。エディと呼んであげなさい』と告げた。

「不安なら彼に聞いてみるといい。きっと君がお願いすれば快く受け入れてくれるよ?」

 エミリアは首を傾げ、エディを見る。
 そして、艶を失った唇をゆっくりと開き、『エディ』と発音した。


 その瞬間だった。
 エディはどくんと心臓が跳ねるような感覚を覚えた。
 徐々に激しくなる鼓動に彼は胸を押さえる。
 先程までも確かに美人に見えていたエミリアが、今は絶世の美女に見える。
 彼女を見ていると息ができないほどに苦しく、切なくなる。
 形容し難い未知の感情に襲われたエディは冷や汗を流した。

(…なんだ?これは)

 軋むように痛む脳が、これ以上は危険だと知らせている。
 だが抗えそうにない。

「エディ…?」

 様子のおかしいエディに、エミリアは首を傾げて彼の顔を覗き込んだ。
 その瞬間、エディは完全に堕ちたのがわかった。

 先ほどまで苦しかった胸は一気に熱くなり、軋むように痛んでいた脳は雲に乗っていようにふわふわと揺れている。

 彼は自覚した。


 -------どうしようもなくエミリアに惹かれている自分に。


 思考が停止したエディはエミリアの手を取り跪くと、その手の甲にキスした。

「俺の全ては貴方のためにあります。俺の命で貴方を救えるのなら、俺は幸せですよ。エミリア様」

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