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本編
79:シャロンのお願い
「おかえり」
「お待たせしました」
部屋の前で待っていたアルフレッドはシャロンの手をとり、エスコートする。
その手の暖かさに心が動かないシャロンはフッと自嘲するような笑みを浮かべた。
「シャロン。ちゃんと寝てる?」
「…寝ていますよ」
「嘘だ。目の下のクマがすごい」
アルフレッドはシャロンの頬に触れると、親指の腹で彼女の目の下のクマをなぞる。
離宮から帰って7日近くが経過しているが、シャロンはその間、アルフレッドと寝室を共にしていない。
だが、彼女が毎夜遅くまで調べ物をしていることは知っている。きっとエミリアの事についてどうにかできないかと調べているのだろう。
理由はわかっていても、彼女の興味関心が全てエミリアに向いていることに、アルフレッドは複雑な心境だ。
シャロンはアルフレッドの手に自分の手を重ねると、じっと彼の目を見つめた。
「痛い」
「…へ?」
「爪、痛いです」
よく見ると、親指の爪が絶妙に伸びている。
アルフレッドは慌てて手を引っ込めた。
その様子にシャロンは小さく笑みをこぼす。
「この間、離宮で陛下をボコボコにした時の旦那様がかっこよく見えていたので何だか安心しました。やっぱり旦那様はこうでないと」
「ちょっと待って。それどういう意味?」
「カッコいい旦那様とか、なんか、ジワジワくるじゃないですか」
「え?何でじわじわ来るの?何がジワジワ来るの?」
「思い出すと後から笑いが込み上げてきます」
「え?もしかして馬鹿にしてる?」
「少し」
クスクスと笑うシャロン。
馬鹿にされているのに、アルフレッドはその笑顔に少し安心した。
「ねぇ旦那様」
「何?」
「もう少ししたらエミリア様に会えますよ」
「…そうか。でも、私は…」
「大丈夫です。エミリア様に会っても、旦那様が前のような感情に支配されることはありません」
シャロンは彼の言葉を遮るように、先程の子爵との会話を伝えた。
しかしアルフレッドは答えを渋る。
そんな彼にシャロンは眉を顰めた。
「旦那様は彼女への愛情が偽物だったのなら、彼女との思い出も全て偽物だと思っていらっしゃるのですか?」
「偽物じゃないよ。確かに愛していた。それが魅了のせいだとしても、その過去を否定するつもりはないし、誰にも否定させない」
「ではどうして彼女に会いたくないのです?」
「それは…以前のようにエミリアを愛することができそうにないからだよ」
エミリアは以前と同じようにアルフレッドを求めている。だが、彼は以前と同じように彼女に愛を与えることができない。
「魅了が解けたから?」
「それもある…けど…」
それだけではない。きっと。
魅了が解けてきて、すっきりとした頭でならハッキリと自分の気持ちを理解できた。
けれどこの状況でそれを伝えることは憚られる。
アルフレッドはやはり口を噤むしかなかった。
「エミリア様、もう長くはないんです。多分、持って2ヶ月が限界だと思います」
例え適合する臓器が見つかったとしても、エミリアはもう普通の外科手術に耐えられるだけの体力がない。
シャロンは悔しそうに歯を噛み締めた。
「私は彼女には旦那様に愛されていたという温かい記憶を抱えて、安らかに眠ってほしいと思っています」
「それはエミリアに嘘をつけということか?」
シャロンの言葉を『エミリアのことを愛しているふりをしろ』と捉えたアルフレッドは険しい顔をした。
しかしシャロンは首を横に振る。
「違います。恋情だけが愛情ではないでしょう?」
「それは…そうだけど…」
「エミリア様のこと、今でも大切でしょう?」
「大切だよ」
「だったら…。大切に思う気持ちが変わらないのなら、会ってもらえませんか?」
彼女を大切に思う気持ちは、その種類がどうであれ愛情だ。シャロンはアルフレッドの手を握ってそう訴える。
彼女の真剣な眼差しに、アルフレッドは少し悲しげな顔をして笑った。
「…シャロンはそれでいいの?」
「私ではエミリア様の心を動かせません」
「そうじゃなくて…いや、わかった。ヘンリー殿下の許可が出たら、会いに行くよ」
アルフレッドは何か言葉を飲み込んだ。
彼が何を言いかけたのかはわからないが、お願いを聞き入れてもらえたことに、シャロンは安堵の表情を見せた。
「何してんだ?こんなところで」
寒い回廊で立ち話をする二人に声をかけたのはヘンリーだった。
「殿下こそ」
「俺はシャロンに用事があって。よかったら公爵も行くか?」
「どこに?」
「昼飯だ。奢りだぞ」
「殿下のですか?」
「いや、ハディスの奢り」
どうやら危機的状況で交わされた約束は有効だったらしい。
彼の背後にいたハディスは財布を握りしめた。
「え、待って。4人分はきついですって」
その日、ハディスの訴えも虚しく、彼の危険手当は4人分の昼食代に消えたそうだ。
「お待たせしました」
部屋の前で待っていたアルフレッドはシャロンの手をとり、エスコートする。
その手の暖かさに心が動かないシャロンはフッと自嘲するような笑みを浮かべた。
「シャロン。ちゃんと寝てる?」
「…寝ていますよ」
「嘘だ。目の下のクマがすごい」
アルフレッドはシャロンの頬に触れると、親指の腹で彼女の目の下のクマをなぞる。
離宮から帰って7日近くが経過しているが、シャロンはその間、アルフレッドと寝室を共にしていない。
だが、彼女が毎夜遅くまで調べ物をしていることは知っている。きっとエミリアの事についてどうにかできないかと調べているのだろう。
理由はわかっていても、彼女の興味関心が全てエミリアに向いていることに、アルフレッドは複雑な心境だ。
シャロンはアルフレッドの手に自分の手を重ねると、じっと彼の目を見つめた。
「痛い」
「…へ?」
「爪、痛いです」
よく見ると、親指の爪が絶妙に伸びている。
アルフレッドは慌てて手を引っ込めた。
その様子にシャロンは小さく笑みをこぼす。
「この間、離宮で陛下をボコボコにした時の旦那様がかっこよく見えていたので何だか安心しました。やっぱり旦那様はこうでないと」
「ちょっと待って。それどういう意味?」
「カッコいい旦那様とか、なんか、ジワジワくるじゃないですか」
「え?何でじわじわ来るの?何がジワジワ来るの?」
「思い出すと後から笑いが込み上げてきます」
「え?もしかして馬鹿にしてる?」
「少し」
クスクスと笑うシャロン。
馬鹿にされているのに、アルフレッドはその笑顔に少し安心した。
「ねぇ旦那様」
「何?」
「もう少ししたらエミリア様に会えますよ」
「…そうか。でも、私は…」
「大丈夫です。エミリア様に会っても、旦那様が前のような感情に支配されることはありません」
シャロンは彼の言葉を遮るように、先程の子爵との会話を伝えた。
しかしアルフレッドは答えを渋る。
そんな彼にシャロンは眉を顰めた。
「旦那様は彼女への愛情が偽物だったのなら、彼女との思い出も全て偽物だと思っていらっしゃるのですか?」
「偽物じゃないよ。確かに愛していた。それが魅了のせいだとしても、その過去を否定するつもりはないし、誰にも否定させない」
「ではどうして彼女に会いたくないのです?」
「それは…以前のようにエミリアを愛することができそうにないからだよ」
エミリアは以前と同じようにアルフレッドを求めている。だが、彼は以前と同じように彼女に愛を与えることができない。
「魅了が解けたから?」
「それもある…けど…」
それだけではない。きっと。
魅了が解けてきて、すっきりとした頭でならハッキリと自分の気持ちを理解できた。
けれどこの状況でそれを伝えることは憚られる。
アルフレッドはやはり口を噤むしかなかった。
「エミリア様、もう長くはないんです。多分、持って2ヶ月が限界だと思います」
例え適合する臓器が見つかったとしても、エミリアはもう普通の外科手術に耐えられるだけの体力がない。
シャロンは悔しそうに歯を噛み締めた。
「私は彼女には旦那様に愛されていたという温かい記憶を抱えて、安らかに眠ってほしいと思っています」
「それはエミリアに嘘をつけということか?」
シャロンの言葉を『エミリアのことを愛しているふりをしろ』と捉えたアルフレッドは険しい顔をした。
しかしシャロンは首を横に振る。
「違います。恋情だけが愛情ではないでしょう?」
「それは…そうだけど…」
「エミリア様のこと、今でも大切でしょう?」
「大切だよ」
「だったら…。大切に思う気持ちが変わらないのなら、会ってもらえませんか?」
彼女を大切に思う気持ちは、その種類がどうであれ愛情だ。シャロンはアルフレッドの手を握ってそう訴える。
彼女の真剣な眼差しに、アルフレッドは少し悲しげな顔をして笑った。
「…シャロンはそれでいいの?」
「私ではエミリア様の心を動かせません」
「そうじゃなくて…いや、わかった。ヘンリー殿下の許可が出たら、会いに行くよ」
アルフレッドは何か言葉を飲み込んだ。
彼が何を言いかけたのかはわからないが、お願いを聞き入れてもらえたことに、シャロンは安堵の表情を見せた。
「何してんだ?こんなところで」
寒い回廊で立ち話をする二人に声をかけたのはヘンリーだった。
「殿下こそ」
「俺はシャロンに用事があって。よかったら公爵も行くか?」
「どこに?」
「昼飯だ。奢りだぞ」
「殿下のですか?」
「いや、ハディスの奢り」
どうやら危機的状況で交わされた約束は有効だったらしい。
彼の背後にいたハディスは財布を握りしめた。
「え、待って。4人分はきついですって」
その日、ハディスの訴えも虚しく、彼の危険手当は4人分の昼食代に消えたそうだ。
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