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本編
81:悩むのが面倒な女(2)
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魅了により作り出されたエミリアへの恋心を受け入れたシャロンは、昨夜、久しぶりにアルフレッドの寝室を訪れた。
いつも通りの布の少ない夜着にアルフレッドは少し胸をときめかせたが、シャロンはベッドに入るや否や、延々とエミリアの話をし始めた。
そして、話し終えると1人で眠りについた。
まるでかつてのアルフレッドのようである。
これは今までそういう態度しか取ってこなかった自分に対する嫌がらせだろうかと、彼は思った。だが、そうではない。
むしろ嫌がらせであった方がどれだけ良かったことか。
王宮の回廊を歩きながら深くため息をつくアルフレッドに、シャロンは心配そうに声をかけた。
「体調、悪いのですか?」
「いや、体調は悪くない」
心の調子が悪いだけだ。
アルフレッドはじっと自分を見つめるシャロンに視線を落とす。
「今日は、その、随分と可愛らしい格好をしているんだね」
いつもは自分に合わせて黒い服しか着なかった彼女が、純白のワンピースを身に纏っている。そして心なしか、いつもよりも念入りに化粧をしている気がする。
「少しでも可愛く見られたいので…」
恥ずかしそうにそう言う彼女に、アルフレッドは最早どう言葉を返すのが正解なのかわからない。
今朝、朝食時に『ライバルですね』と言って悪戯っぽい笑みを浮かべた彼女の顔がずっと頭にチラつく。最高に可愛い笑顔だったが、その言葉の意味を考えると頭がおかしくなりそうだ。
「あ、あのね、シャロン。君のその感情は偽物だからね?」
「そうですよ?」
シャロンは『何を当たり前なことを言っているんだ』という顔でアルフレッドを見上げた。彼はもう泣きそうだった。
「えっと、君の状態を考えると、うまく言葉が出てこないのだけど…。その感情は受け入れたほうが楽だから、受け入れたの?」
「はい。抗っても仕方がありませんし…。それに、私これが初恋なんです」
初恋を思う存分楽しみたいと言う気持ちもあるのだとシャロンは言う。
初恋がこれで良いのかとも思うが、この先自分が恋をするかわからないから、それを待っているくらいなら、エミリアへのこの感情を初恋として認定したいらしい。
「あ、もちろん。魅了を解くために努力はしますよ?」
「そ、そうか…」
「でも、仮に偽物の恋だとしても、今はどうすることもできないのだから悩むくらいなら楽しんだほうが良くないですか?」
「素晴らしくポジティブだな…」
「幸いにも、私は盲目的に恋をしているわけではありませんし、日常生活に支障はありません。問題ありませんよ」
「問題しかないようにも思うんだが…」
「それに、恋って楽しいものなんでしょう?お母様が昔言ってました」
それならば楽しまなければならないとシャロンは言う。
『変なところでポジティブな人だ』とサイモンは言っていたが、本当にその通りだとアルフレッドは思った。
「まあ、君がそれで良いのなら…今はいいか」
昨日から情報過多で混乱気味のアルフレッドは、とりあえず後妻が前妻を想うことを受け入れた。
***
エミリアのベッドの前でシャロンが鞄から取り出したのは、縦10センチ横30センチの平たい板とクマのぬいぐるみだった。
その板にはアルファベットが羅列されている。
謎の金属板を取り出した彼女に、アルフレッドは怪訝な顔をした。
「何だい?それは」
「言いたいことを打ち込んだら代わりに喋ってくれる機械です」
自信満々にそういうと、シャロンはその板の文字をに触れる。
『E』『M』『I』『L』『I』『A』という順で彼女が文字に触れると、クマぬいぐるみが機械的な女性の声で『エミリア』と発音した。
これにはアルフレッドも素直に驚く。
「すごいな」
「この板に打ち込んだ文字をクマのぬいぐるみが喋ってくれるのです」
「もしかして部屋に篭ってたのは、これを作るため?」
「そうですよ?」
仕方のないこととはいえ、自分がエミリアの声を奪ってしまったことを彼女はずっと気にしていたらしい。
気にしなくても良いのに、とはとても言えないアルフレッドは「ありがとう」とだけ呟いた。
「エミリア様さえよければ、使ってください」
シャロンはエミリアの前にそれを差し出した。
丁寧に使い方を教えるが、それが彼女に届いているかはわからない。
すると、エミリアはその金属板に手を伸ばした。
そして『Alfred』と打ち込む。
ぬいぐるみのクマが『アルフレッド』と発音した。
アルフレッドはエミリアに微笑みかけ、彼女もまた、彼に微笑みかけた。
シャロンは自分の説明に彼女が耳を傾け、そして理解していることに驚いた。
なぜなら、それはアルフレッド以外の人間を彼女が認識したことを意味するからだ。
エミリアは再び金属板に視線を落とす。
そして今度は『Sharon』と打ち込んだ。
機械の声で名を呼ばれた彼女は大きく目を見開いた。
「エミリア様…」
シャロンが彼女の名を呼ぶと、『ありがとう』と返ってきた。
彼女と出会って半月以上。初めて彼女との間で会話が成立した瞬間だった。
その様子を扉の影から見ていたヘンリーはハディスにとある手紙を処分するように伝えた。
彼がハディスに手渡したその手紙にはハイゼル伯爵のサインがあった。
「世の中、知らなくて良いことだってあると俺は思う」
「…同感です」
ハディスは手元の手紙を燃やして灰にした。
いつも通りの布の少ない夜着にアルフレッドは少し胸をときめかせたが、シャロンはベッドに入るや否や、延々とエミリアの話をし始めた。
そして、話し終えると1人で眠りについた。
まるでかつてのアルフレッドのようである。
これは今までそういう態度しか取ってこなかった自分に対する嫌がらせだろうかと、彼は思った。だが、そうではない。
むしろ嫌がらせであった方がどれだけ良かったことか。
王宮の回廊を歩きながら深くため息をつくアルフレッドに、シャロンは心配そうに声をかけた。
「体調、悪いのですか?」
「いや、体調は悪くない」
心の調子が悪いだけだ。
アルフレッドはじっと自分を見つめるシャロンに視線を落とす。
「今日は、その、随分と可愛らしい格好をしているんだね」
いつもは自分に合わせて黒い服しか着なかった彼女が、純白のワンピースを身に纏っている。そして心なしか、いつもよりも念入りに化粧をしている気がする。
「少しでも可愛く見られたいので…」
恥ずかしそうにそう言う彼女に、アルフレッドは最早どう言葉を返すのが正解なのかわからない。
今朝、朝食時に『ライバルですね』と言って悪戯っぽい笑みを浮かべた彼女の顔がずっと頭にチラつく。最高に可愛い笑顔だったが、その言葉の意味を考えると頭がおかしくなりそうだ。
「あ、あのね、シャロン。君のその感情は偽物だからね?」
「そうですよ?」
シャロンは『何を当たり前なことを言っているんだ』という顔でアルフレッドを見上げた。彼はもう泣きそうだった。
「えっと、君の状態を考えると、うまく言葉が出てこないのだけど…。その感情は受け入れたほうが楽だから、受け入れたの?」
「はい。抗っても仕方がありませんし…。それに、私これが初恋なんです」
初恋を思う存分楽しみたいと言う気持ちもあるのだとシャロンは言う。
初恋がこれで良いのかとも思うが、この先自分が恋をするかわからないから、それを待っているくらいなら、エミリアへのこの感情を初恋として認定したいらしい。
「あ、もちろん。魅了を解くために努力はしますよ?」
「そ、そうか…」
「でも、仮に偽物の恋だとしても、今はどうすることもできないのだから悩むくらいなら楽しんだほうが良くないですか?」
「素晴らしくポジティブだな…」
「幸いにも、私は盲目的に恋をしているわけではありませんし、日常生活に支障はありません。問題ありませんよ」
「問題しかないようにも思うんだが…」
「それに、恋って楽しいものなんでしょう?お母様が昔言ってました」
それならば楽しまなければならないとシャロンは言う。
『変なところでポジティブな人だ』とサイモンは言っていたが、本当にその通りだとアルフレッドは思った。
「まあ、君がそれで良いのなら…今はいいか」
昨日から情報過多で混乱気味のアルフレッドは、とりあえず後妻が前妻を想うことを受け入れた。
***
エミリアのベッドの前でシャロンが鞄から取り出したのは、縦10センチ横30センチの平たい板とクマのぬいぐるみだった。
その板にはアルファベットが羅列されている。
謎の金属板を取り出した彼女に、アルフレッドは怪訝な顔をした。
「何だい?それは」
「言いたいことを打ち込んだら代わりに喋ってくれる機械です」
自信満々にそういうと、シャロンはその板の文字をに触れる。
『E』『M』『I』『L』『I』『A』という順で彼女が文字に触れると、クマぬいぐるみが機械的な女性の声で『エミリア』と発音した。
これにはアルフレッドも素直に驚く。
「すごいな」
「この板に打ち込んだ文字をクマのぬいぐるみが喋ってくれるのです」
「もしかして部屋に篭ってたのは、これを作るため?」
「そうですよ?」
仕方のないこととはいえ、自分がエミリアの声を奪ってしまったことを彼女はずっと気にしていたらしい。
気にしなくても良いのに、とはとても言えないアルフレッドは「ありがとう」とだけ呟いた。
「エミリア様さえよければ、使ってください」
シャロンはエミリアの前にそれを差し出した。
丁寧に使い方を教えるが、それが彼女に届いているかはわからない。
すると、エミリアはその金属板に手を伸ばした。
そして『Alfred』と打ち込む。
ぬいぐるみのクマが『アルフレッド』と発音した。
アルフレッドはエミリアに微笑みかけ、彼女もまた、彼に微笑みかけた。
シャロンは自分の説明に彼女が耳を傾け、そして理解していることに驚いた。
なぜなら、それはアルフレッド以外の人間を彼女が認識したことを意味するからだ。
エミリアは再び金属板に視線を落とす。
そして今度は『Sharon』と打ち込んだ。
機械の声で名を呼ばれた彼女は大きく目を見開いた。
「エミリア様…」
シャロンが彼女の名を呼ぶと、『ありがとう』と返ってきた。
彼女と出会って半月以上。初めて彼女との間で会話が成立した瞬間だった。
その様子を扉の影から見ていたヘンリーはハディスにとある手紙を処分するように伝えた。
彼がハディスに手渡したその手紙にはハイゼル伯爵のサインがあった。
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