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本編
84:知らなくて良いこと(1)
「ご苦労だった、ベネット子爵」
エミリアの容体に関する経過報告を受けたヘンリーは手元の資料に目を落としながら、深くため息をついた。
「シャロン様も私も、彼女からの聞き取り調査には反対です」
「…わかっている。だがなぁ…」
「何か気になることでもございますか?」
「いや、大したことじゃないんだ。単に俺が気になるだけというか、納得できないだけというか…。いや、実質ほぼ軟禁状態で自由を奪っているのだから、シルフォード侯爵と同じ扱いだし、それでいいと言えばそうなんだが」
「なんの話でしょう?」
1人ぶつぶつと呟く彼に、子爵は首を傾げた。
ヘンリーは何でもないと誤魔化した。
「それにしても今更、変異種の研究を再開するとは思っていませんでした」
子爵はヘンリーから渡された茶封筒を抱きかかえ、困ったような笑う。
彼が変異種に関する論文を出したのは10年も前の話だ。
当時はどこかから圧力がかかったのか、研究途中で『子爵は人体実験をするつもりだ』との批判が殺到し、その研究は途中と打ち切りとなった。
そういった経緯もあり、今更この研究を再開することになるとは夢にも思わなかったのだ。
「この資料、ハイゼル伯爵夫妻から聞き取り調査をしたものですか?」
「そうだ」
「そうですか。ありがとうございます」
ペコリと頭を下げるベネット子爵。つくづく腰の低い男だと思う。だから10年前、理不尽な圧力に負けてしまったのだろう。
ヘンリーは席を立つと、窓の外からロイヤルガーデンの方を眺めた。
「子爵。魔力持ちから生まれた魔力を持たない子どもで、彼女と同じような特技を持つ人間を1人見つけたんだが、面会するか?」
「いくつですか?」
「ちょうど15だ」
その少女は男爵家の娘で、異様に人に好かれるのだという。
魔力持ちである姉や両親、祖父母は普通だが、平民の使用人や魔力のない姉の婚約者は彼女を溺愛しているのだという。
そして、その少女は最近『姉にいじめられている』と使用人たちに吹聴して回っているらしい。
もちろん姉はすでに魔術学院に通っており、そんなことをする暇はないし、両親も少女の主張をまともに聞いてはいないそうだ。
けれど平民の使用人や、魔力のない姉の婚約者は彼女の話を信じているという。
「以前から少し相談を受けていたんだが、この間、とうとう姉の婚約者が実家の許可も取らず、勝手に婚約破棄を突きつけたそうでな。今の男爵家はど修羅場だそうだ」
ヘンリーは肩をすくめた。
両親は少女がなんらかの魔術を使っていると考えたが、いくら調べても彼女の魔力はゼロ。どういうことかわからず途方に暮れているらしい。
「俺はさ、その妹は自分の能力について自覚があるのではないかと思っているんだ」
「…なるほど」
「15年も生きてきて、周りが自分に対して異常なほどの好意を抱いているなど、何かおかしいと感じるのが普通じゃないか?」
「確かに、そうですね」
ヘンリーが言いたいことを察したベネット子爵は目を伏せた。
もし彼女に自覚があったのだとしたら、この悲恋は少し形を変える。
そして、彼女は完全なる被害者というポジションではいられなくなる。
「ハイゼル伯爵はなんとおっしゃっていたのですか?」
「知っていたそうだよ」
伯爵夫妻は娘の能力について薄々勘づいていた。
だからエミリアを最低限の人間にしか合わせなかった。もちろん病弱なのは嘘ではないが、それを理由に彼女を隔離したのは彼女の能力を恐れたからだ。
「だが、娘にそれを伝えてはいないらしい」
彼女は必要最低限の人間としか接していない。
故に、自分の能力に気づいていなくとも不思議ではない。
「…俺が勝手にモヤモヤしてるだけなんだ。暴く必要のない真実もあるのはわかっている」
「知って何かが変わるわけではありませんからね」
子爵はヘンリーの隣に並び、彼と同じようにロイヤルガーデンの方を眺めた。
エミリアの容体に関する経過報告を受けたヘンリーは手元の資料に目を落としながら、深くため息をついた。
「シャロン様も私も、彼女からの聞き取り調査には反対です」
「…わかっている。だがなぁ…」
「何か気になることでもございますか?」
「いや、大したことじゃないんだ。単に俺が気になるだけというか、納得できないだけというか…。いや、実質ほぼ軟禁状態で自由を奪っているのだから、シルフォード侯爵と同じ扱いだし、それでいいと言えばそうなんだが」
「なんの話でしょう?」
1人ぶつぶつと呟く彼に、子爵は首を傾げた。
ヘンリーは何でもないと誤魔化した。
「それにしても今更、変異種の研究を再開するとは思っていませんでした」
子爵はヘンリーから渡された茶封筒を抱きかかえ、困ったような笑う。
彼が変異種に関する論文を出したのは10年も前の話だ。
当時はどこかから圧力がかかったのか、研究途中で『子爵は人体実験をするつもりだ』との批判が殺到し、その研究は途中と打ち切りとなった。
そういった経緯もあり、今更この研究を再開することになるとは夢にも思わなかったのだ。
「この資料、ハイゼル伯爵夫妻から聞き取り調査をしたものですか?」
「そうだ」
「そうですか。ありがとうございます」
ペコリと頭を下げるベネット子爵。つくづく腰の低い男だと思う。だから10年前、理不尽な圧力に負けてしまったのだろう。
ヘンリーは席を立つと、窓の外からロイヤルガーデンの方を眺めた。
「子爵。魔力持ちから生まれた魔力を持たない子どもで、彼女と同じような特技を持つ人間を1人見つけたんだが、面会するか?」
「いくつですか?」
「ちょうど15だ」
その少女は男爵家の娘で、異様に人に好かれるのだという。
魔力持ちである姉や両親、祖父母は普通だが、平民の使用人や魔力のない姉の婚約者は彼女を溺愛しているのだという。
そして、その少女は最近『姉にいじめられている』と使用人たちに吹聴して回っているらしい。
もちろん姉はすでに魔術学院に通っており、そんなことをする暇はないし、両親も少女の主張をまともに聞いてはいないそうだ。
けれど平民の使用人や、魔力のない姉の婚約者は彼女の話を信じているという。
「以前から少し相談を受けていたんだが、この間、とうとう姉の婚約者が実家の許可も取らず、勝手に婚約破棄を突きつけたそうでな。今の男爵家はど修羅場だそうだ」
ヘンリーは肩をすくめた。
両親は少女がなんらかの魔術を使っていると考えたが、いくら調べても彼女の魔力はゼロ。どういうことかわからず途方に暮れているらしい。
「俺はさ、その妹は自分の能力について自覚があるのではないかと思っているんだ」
「…なるほど」
「15年も生きてきて、周りが自分に対して異常なほどの好意を抱いているなど、何かおかしいと感じるのが普通じゃないか?」
「確かに、そうですね」
ヘンリーが言いたいことを察したベネット子爵は目を伏せた。
もし彼女に自覚があったのだとしたら、この悲恋は少し形を変える。
そして、彼女は完全なる被害者というポジションではいられなくなる。
「ハイゼル伯爵はなんとおっしゃっていたのですか?」
「知っていたそうだよ」
伯爵夫妻は娘の能力について薄々勘づいていた。
だからエミリアを最低限の人間にしか合わせなかった。もちろん病弱なのは嘘ではないが、それを理由に彼女を隔離したのは彼女の能力を恐れたからだ。
「だが、娘にそれを伝えてはいないらしい」
彼女は必要最低限の人間としか接していない。
故に、自分の能力に気づいていなくとも不思議ではない。
「…俺が勝手にモヤモヤしてるだけなんだ。暴く必要のない真実もあるのはわかっている」
「知って何かが変わるわけではありませんからね」
子爵はヘンリーの隣に並び、彼と同じようにロイヤルガーデンの方を眺めた。
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