【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜

七瀬菜々

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本編

87:知らなくて良いこと(4)

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 シャロンは黄金の瞳でじっとエミリアの目を見つめる。

「いいですか、エミリア様。確かにあの気持ち悪いおじさんが全部悪いです。もうアイツさえいなければこんな悲劇は起こらなかったんですよ。誰の人生も狂わされることはなかったんです。それは間違いないです」
『うん』
「結婚のことについてもそうです。貴女には選択肢がなかった。愛妾になるか、嘘の愛情に縋るかしかなかった。追い詰められた場面で正常な判断ができなかったことは情状酌量の余地があると個人的には思います。そこは同情します。ヨシヨシです」
『うん』
「離宮のことについては…。私は当時の状況を知らないので、なんとも言えないです。なので、私よりヘンリー殿下に話して欲しいです。話せる範囲で良いので事情聴取を受けてください。真相は解明せねばなりません」
『うん』
「で?」
『で、とは?』
「この話を私にして貴女の心は本当に軽くなりましたか?」
『なってない』

 同じ目線になり、子どもに言い聞かせるような口調でゆっくりと話すシャロンに、エミリアは泣きたくなった。
 彼女の瞳には打算がない。自分とは違い、真っ直ぐで強いとそう思った。

「ウインターソン公爵閣下に結婚の真実を話すかどうかは貴女にお任せします。『知らなくても良いこと』というのは世の中には沢山ありますから。けれど、これはエミリア様と貴女の夫であるアルフレッド様の問題です」

 アルフレッドなら全てを知っても『ちょっと難しくてよくわからない』と言いつつ、愛し合っていた事実は変わらないからと受け入れてくれるだろう。
 しかし、それを知ることが彼のためになるかどうかというのは別問題だ。
 話したところで楽になるのはエミリアだけ。これを話すのは彼女の自己満足でしかない。
 けれど本当のことを話さずにそのまま死んでいきたくはない。
 こんな自分を全部知った上でもう一度受け入れてほしい。
 浅はかだと理解しつつも、エミリアはそう思う。

 悩むエミリアにシャロンは『もし貴女が本人に話す気がないというのなら、自分もこの話は墓場まで持っていく』と約束した。



 ロイヤルガーデンからの帰り道。
 エミリアは帽子を深く被り、不服そうな口調で車椅子を押す彼女に声をかけた。

『ねえ、シャロン』
「はい、何でしょう』
『私は多分、打ち明ける人を間違えたわ』
「その考察は大正解です」
『シャロンは優しくない』
「優しくされたいのなら、エミリアたんが心から『優しくしてほしい』と思う人にお願いしてください」
『そのエミリアたんっていうのやめて。エミリーでいいわ』
「まさかの愛称呼びをお許しいただけるのですか。もしかして私は恋人に昇格しました?」
『してないわよ。どれだけポジティブなのよ』
「あら、残念」

 クスクスと笑い合う二人。
 しかし、背後のシャロンの目には感情が宿っていなかった。


 ***


 数日後、エミリアに呼び出されたアルフレッドは彼女が待つ部屋の前にいた。

「シャロン、入らないのか?」
「今日はこれからハディス兄様のところへ行かねばならないのです」
「そうか」
「では、私はこれで。帰りは兄様に送ってもらいますから」
「わかった」

 ペコリと頭を下げて、シャロンはアルフレッドに背を受けた。

「…シャロン?何かあった?」

 アルフレッドはいつもとは違い、穏やかな雰囲気を身に纏う彼女に違和感を覚える。
 そういえば、いつもエミリアに会いにくる時は白いワンピースを着ていたのに、今日は黒だ。 

 何かがおかしい。彼は直感的にそう思った。

 声をかけられたシャロンはゆっくりと振り返ると少し寂しそうな目をして微笑む。

「旦那様」
「何?」
「私は、ウィンターソン公爵の妻にはなれても、アルフレッド様の妻にはなれません」
「…どこかで聞いたことがあるセリフだね」

 それは彼女が公爵邸に来た時の話だ。
 今ここでそれを言うことになんの意味があるのだろうか。
 アルフレッドは嫌な胸騒ぎがした。 

「医者にもなれなければ、魔術師にもなれません。もちろんエミリア様の夫にもなれません」
「…シャロン?」
「でも一つだけ、なれるものを見つけたんです」
「…何が言いたいんだ?」

 怪訝な顔をするアルフレッドにシャロンは手紙を渡した。

「これ、エミリア様の話を聞いたら読んでください。ラブレターです」
「それは…」

 誰宛のものだろうか。アルフレッドはわからないが、聞くこともできない。

「旦那様。エミリア様の話、最後まで聞いてあげてくださいね」
「…ああ。わかった」

 シャロンは見たこともないような爽やかな笑顔を見せると、アルフレッドの前から去った。
 
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