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本編
89:シャロン(1)
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エミリアの話を聞き終えたアルフレッドは、不思議と怒りや悲しみはなかった。それよりも、ストンと何かが腑に落ちたような、全部がつながってスッキリしたような、そんな気持ちだった。
申し訳なさそうな表情で顔を伏せるエミリアに、アルフレッドは優しく話しかける。
「話してくれてありがとう。でも、たとえ魅了のせいだったとしても、君を愛していたことには代わりないし、君と過ごした時間は今でも私の宝物だ」
どんな事情があろうとも、その過去を否定する気はないとアルフレッドは言う。
エミリアは彼のその言葉に涙を流した。
『貴方を愛しています。ずっと』
「ありがとう。私も愛していたよ」
『これからも一緒にいてほしい』
「…できる限り、君に会いにくるよ」
『私を屋敷に連れて帰ってはくれませんか』
「それはできない」
『私はもう、皆を魅了する事はできません。ご迷惑はおかけしません』
死ぬまでの間、ほんの少しの時間でいいからそばに居させてほしいとエミリアは言う。
しかし、アルフレッドは首を縦には振らなかった。
『どうして?』
「医療設備が整っていないからだよ」
『そう…。残念だわ』
心の底から残念そうにするエミリアに、アルフレッドは少し申し訳なくなった。
…そう、申し訳ないとは思う。
けれど、どんな手段を使ってでも連れて帰りたいと思うほどの衝動が自分の中にはもうない。
そのことに気づいたアルフレッドは少し驚いた。
「そういえば、さっきシャロンに手紙をもらったんだ」
『シャロンが?』
「ああ、ラブレターって言っていたから…、多分、君宛かな?」
少し寂しそうな顔をして、アルフレッドはエミリアにその手紙を渡した。
エミリアはゆっくりと封を切る。
そこに入っていたのは、一通の診断書だった。
目を見開いて固まるエミリア。
彼女のその様子に異変を察知したアルフレッドは、その診断書を取り上げた。
『私はエミリーの心臓になれます。 シャロン』
という小さなメモが添えられたその診断書は、シャロンの心臓がエミリアの体に適合することを示したものだった。
エミリアは今、体力が回復しており、適合する心臓さえ見つかれば普通の外科手術を受けることができる。
それは理解できる。
だが、なぜシャロンが自らの心臓を差し出そうとするのか、アルフレッドには理解できなかった。
「…え?」
動揺が隠せないアルフレッドは口をぽかんと開けたまま、数秒停止した。
今朝シャロンの様子がおかしかったのはこのせいだろうか。
どこか諦めたような、穏やかな笑みをしていたのはこのせいだったのだろうか。
『アル』
機械の音声で声をかけられたアルフレッドは、ハッと意識を取り戻した。
そして、その紙を握りしめ急いで部屋を出ようとした。
だが、エミリアがそれを阻止する。
「悪い、エミリア。離してくれないか」
エミリアは何も言わず、俯いたまま彼の服の裾をぎゅっと握った。
「エミリア」
低い声で、少し苛立ったようにそう言うアルフレッドに、エミリアはクスッと自嘲するような笑みを浮かべた。
そして、言葉を金属板に打ち込む。
『またね。次はシャロンと来てね』
「ああ、約束する」
エミリアは顔を背けたまま、手を振った。
アルフレッドは走って部屋を出て行った。
「エミリア様」
その様子を奥で見ていたベネット子爵は彼女に声をかける。
彼女は窓の外を眺めながら、静かに涙を流していた。
『私、一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、反射的にね、考えちゃった。これで生きられるって』
汚い。浅ましい。なんと強欲なことだろうか。
自分の喉が潰れていなければ、きっと、アルフレッドに『お願い』していた。
シャロンの心臓を私にちょうだい、と。
本人がくれると言っているのだから、と。
『よかった。魅了の力がなくなっていて、よかった』
本当によかったと心の底から、ほっとしたように、穏やかな笑みを浮かべながら涙を流すエミリア。
ベネット子爵はそんな彼女の前にそっと紅茶を差し出した。
「お茶にしましょうか。甘いものを食べましょう」
エミリアは小さく頷いた。
申し訳なさそうな表情で顔を伏せるエミリアに、アルフレッドは優しく話しかける。
「話してくれてありがとう。でも、たとえ魅了のせいだったとしても、君を愛していたことには代わりないし、君と過ごした時間は今でも私の宝物だ」
どんな事情があろうとも、その過去を否定する気はないとアルフレッドは言う。
エミリアは彼のその言葉に涙を流した。
『貴方を愛しています。ずっと』
「ありがとう。私も愛していたよ」
『これからも一緒にいてほしい』
「…できる限り、君に会いにくるよ」
『私を屋敷に連れて帰ってはくれませんか』
「それはできない」
『私はもう、皆を魅了する事はできません。ご迷惑はおかけしません』
死ぬまでの間、ほんの少しの時間でいいからそばに居させてほしいとエミリアは言う。
しかし、アルフレッドは首を縦には振らなかった。
『どうして?』
「医療設備が整っていないからだよ」
『そう…。残念だわ』
心の底から残念そうにするエミリアに、アルフレッドは少し申し訳なくなった。
…そう、申し訳ないとは思う。
けれど、どんな手段を使ってでも連れて帰りたいと思うほどの衝動が自分の中にはもうない。
そのことに気づいたアルフレッドは少し驚いた。
「そういえば、さっきシャロンに手紙をもらったんだ」
『シャロンが?』
「ああ、ラブレターって言っていたから…、多分、君宛かな?」
少し寂しそうな顔をして、アルフレッドはエミリアにその手紙を渡した。
エミリアはゆっくりと封を切る。
そこに入っていたのは、一通の診断書だった。
目を見開いて固まるエミリア。
彼女のその様子に異変を察知したアルフレッドは、その診断書を取り上げた。
『私はエミリーの心臓になれます。 シャロン』
という小さなメモが添えられたその診断書は、シャロンの心臓がエミリアの体に適合することを示したものだった。
エミリアは今、体力が回復しており、適合する心臓さえ見つかれば普通の外科手術を受けることができる。
それは理解できる。
だが、なぜシャロンが自らの心臓を差し出そうとするのか、アルフレッドには理解できなかった。
「…え?」
動揺が隠せないアルフレッドは口をぽかんと開けたまま、数秒停止した。
今朝シャロンの様子がおかしかったのはこのせいだろうか。
どこか諦めたような、穏やかな笑みをしていたのはこのせいだったのだろうか。
『アル』
機械の音声で声をかけられたアルフレッドは、ハッと意識を取り戻した。
そして、その紙を握りしめ急いで部屋を出ようとした。
だが、エミリアがそれを阻止する。
「悪い、エミリア。離してくれないか」
エミリアは何も言わず、俯いたまま彼の服の裾をぎゅっと握った。
「エミリア」
低い声で、少し苛立ったようにそう言うアルフレッドに、エミリアはクスッと自嘲するような笑みを浮かべた。
そして、言葉を金属板に打ち込む。
『またね。次はシャロンと来てね』
「ああ、約束する」
エミリアは顔を背けたまま、手を振った。
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「エミリア様」
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『私、一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、反射的にね、考えちゃった。これで生きられるって』
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自分の喉が潰れていなければ、きっと、アルフレッドに『お願い』していた。
シャロンの心臓を私にちょうだい、と。
本人がくれると言っているのだから、と。
『よかった。魅了の力がなくなっていて、よかった』
本当によかったと心の底から、ほっとしたように、穏やかな笑みを浮かべながら涙を流すエミリア。
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「お茶にしましょうか。甘いものを食べましょう」
エミリアは小さく頷いた。
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