【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜

七瀬菜々

文字の大きさ
108 / 129
ifの世界線のお話

4:後悔

 夜会で何があったのか、詳しくは聞いていない。
 だが、あの夜会以降、実家に帰ってくる頻度が上がったシャロン。
 ついこの間『諦める』と決めたばかりのサイモンは、急に会う頻度が増えたことに困惑していた。


「…最近よく帰ってきますけど、旦那と喧嘩でもしたんですか?」

 一週間ぶりの、久しぶりでも何でもない帰省にも胸を高鳴らせてしまうサイモンは、薬の調合を手伝うシャロンを見つつ思い切って聞いてみた。
 しかし彼女はキョトンとした顔をして、

「むしろ少し仲良くなれた気がする」

 と言ってくる。期待なんてするもんじゃないと彼は思った。

「あのね、研究室をもらったの」
「研究室…」
「あと本棚も買ってくださったし、今度お庭に薬草用の温室も作ってくださるらしいのよ」
「薬草の温室…」

 時期を見て、虫やマウスの飼育許可ももらう予定だとシャロンは楽しそうに語る。
 旦那におねだりするものが、宝飾品やドレスではないところが彼女らしいと思いつつもサイモンは怪訝な顔をした。

 急なこの変化はウィンターソン公爵なりの罪滅ぼしだろうか。
 薬草園まで作るということはウィンターソン公爵の方もそれなりに歩み寄ろうとしているのかもしれない。
 だとするならば、これはとても良い傾向だ。
 シャロンの趣味を尊重し、シャロンのことを理解しようとしてくれているのなら、大事にしようとしてくれているのなら歓迎すべきことだ。

 だが、サイモンは素直に喜べなかった。だから…。

「随分公爵家に馴染んでいるんですね」

 気がつくと、ひどく嫌味っぽい言い方でそう言ってしまっていた。
 無意識に口から出てしまった言葉を隠すように、彼は口を塞ぐ。
 恐る恐る隣のシャロンを見下ろすと、なぜかニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべていた。

「もしかしてヤキモチ?」
「…違います」
「私が最近ずっと公爵家での話ばかりするから怒ってるの?」
「違います。何でもないです。さっきのは気にしないでください」
「心配しないで。公爵家は大事だけど、ジルフォードの家も大事だから」
「知ってます」
「あと私の話の話題が公爵家での話ばかりなのは引きこもりだからよ」
「それはもっと知っています」
「…失礼ね」
「自分で言ったんでしょうが」

 シャロンは『むぅ』と頬を膨らませる。サイモンは彼女の膨らんだ両頬を人差し指で押して潰した。

「お嬢は今、幸せ?」
「うん」
「そっか…」

 間髪入れずに幸せだと答えた彼女の笑顔に、サイモンの胸はちくりと痛む。

(…幸せなら、いいか)

 彼は無理矢理自分を納得させた。


 ***

 それからしばらくして、ハディスから魔術師失踪事件に関する調査と並行して、ウィンターソン公爵の前妻について調べてくるように言われたサイモンは動揺した。
 ついこの間、シャロンは幸せだと言ったばかりだ。
 それなのに、旦那に事件に関与している可能性が上がってきている。


「お嬢を巻き込むつもりですか?」

 ハディスの執務室に呼び出されたサイモンは、先程彼から渡された指令書を彼に投げ返した。
 ハディスは床に落ちたそれを、険しい顔で拾う。

「巻き込むんじゃない。積極的に首を突っ込んできたのはあいつの方だ」
「そうだとしても、それを止めるのが普通でしょう!?」

 こんな物騒な事件の捜査に妹を巻き込むことに何とも思っていないようなハディスに、サイモンは苛立つ。
 しかし、ハディスは珍しく真剣な顔をして彼に言い放った。

「勘違いするなよ、サイモン。これは相談でも、お願いでもない、命令だ」
「…っ!!」
「シャロンとてジルフォードの女だ。公爵夫人になろうとも、この司令書には従う義務がある」

 そう言われてしまっては何も言い返せない。それが立場の違いであり、身分の違いだ。
 ジルフォード侯爵家の裏の仕事を、シャロンだって理解しているだろう。

 結局、サイモンはハディスに言われるがまま、シャロンにその指令書を届けるしかなかった。

 だが、彼はこれを彼女に届けたことをすぐに後悔した。


 シャロンに呼び出され、再び公爵邸を訪れた時、彼女は旦那のことを意識し始めていた。
 前妻のことについて調べているうちに情が移ってしまったのだろうか。

『好きなんすか?』

 そう聞いた時、シャロンは下手くそな笑みを浮かべた。それが答えだった。

 別に、彼女が旦那のことを好きになろうと、それ自体はサイモンにとっては特に大きな問題ではない。それなりにダメージは大きいが、それは彼にとって重大な問題ではない。
 サイモンにとっての大きな問題は、旦那のことが好きかもしれないと思っている彼女が悲痛な顔をしていることだ。その表情は恋をする女の子の顔ではなかった。

 だからサイモンは『それは情である』『勘違いだ』と言い聞かせた。

  『その先に進めば地獄だ』と。

 公爵邸に厩はない。
 泣いている彼女を見つけてくれる人はいない。
 彼女が強くはないと知っている人は少ない。
 公爵邸に自分はいない。


 しかし、それをわかっていても、結局サイモンはこの時、シャロンの手を引いて公爵邸から連れ出すことができなかった。
 口では連れ去るなんて言いながらも、公爵夫人を横から奪い取る度胸も勇気も、その時の彼にはなかったのだ。

 しかし後に彼は、この時点で彼女を連れ去らなかったことを後悔することになる。
感想 151

あなたにおすすめの小説

全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。

彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

逆行転生、一度目の人生で婚姻を誓い合った王子は私を陥れた双子の妹を選んだので、二度目は最初から妹へ王子を譲りたいと思います。

みゅー
恋愛
アリエルは幼い頃に婚姻の約束をした王太子殿下に舞踏会で会えることを誰よりも待ち望んでいた。 ところが久しぶりに会った王太子殿下はなぜかアリエルを邪険に扱った挙げ句、双子の妹であるアラベルを選んだのだった。 失意のうちに過ごしているアリエルをさらに災難が襲う。思いもよらぬ人物に陥れられ国宝である『ティアドロップ・オブ・ザ・ムーン』の窃盗の罪を着せられアリエルは疑いを晴らすことができずに処刑されてしまうのだった。 ところが、気がつけば自分の部屋のベッドの上にいた。 こうして逆行転生したアリエルは、自身の処刑回避のため王太子殿下との婚約を避けることに決めたのだが、なぜか王太子殿下はアリエルに関心をよせ……。 二人が一度は失った信頼を取り戻し、心を近づけてゆく恋愛ストーリー。

病めるときも健やかなるときも、お前だけは絶対許さないからなマジで

あだち
恋愛
ペルラ伯爵家の跡取り娘・フェリータの婚約者が、王女様に横取りされた。どうやら、伯爵家の天敵たるカヴァリエリ家の当主にして王女の側近・ロレンツィオが、裏で糸を引いたという。 怒り狂うフェリータは、大事な婚約者を取り返したい一心で、祝祭の日に捨て身の行動に出た。 ……それが結果的に、にっくきロレンツィオ本人と結婚することに結びつくとも知らず。 *** 『……いやホントに許せん。今更言えるか、実は前から好きだったなんて』  

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

結婚5年目の仮面夫婦ですが、そろそろ限界のようです!?

宮永レン
恋愛
 没落したアルブレヒト伯爵家を援助すると声をかけてきたのは、成り上がり貴族と呼ばれるヴィルジール・シリングス子爵。援助の条件とは一人娘のミネットを妻にすること。  ミネットは形だけの結婚を申し出るが、ヴィルジールからは仕事に支障が出ると困るので外では仲の良い夫婦を演じてほしいと告げられる。  仮面夫婦としての生活を続けるうちに二人の心には変化が生まれるが……

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。