111 / 129
ifの世界線のお話
7:分岐(2)
ハディスに『勝手にシャロンを連れ帰らない』という条件を出されたサイモンは、その条件を飲み、公爵邸へと急いだ。
何も知らない行き交う人の笑い声が神経を逆撫でする。
途中の信号機が青に変わるまでの僅かな時間さえも惜しく、焦れば焦るほど公爵邸はずっと遠くに感じた。
公爵邸の正門前に着いた彼は門番の静止も押し切り、公爵家自慢の庭園を突っ切ると、勢いよく玄関の扉を開ける。
中で仕事をしていたメイドたちは突然の彼の登場に驚き、騒ぎ始めた。
サイモンは近くにいたシノアを捕まえると、早口で「お嬢はどこか」と捲し立てる。
突然のことに混乱する彼女はうまく言葉が出てこない。
「いかがなさいましたか、サイモン殿」
騒ぎを聞きつけたセバスチャンは急いでサイモンの元に駆けつけ、シノアを後ろに下がらせた。
彼はサイモンを奥方の友人として認めてはいるが、流石にこのような急な訪問に身勝手な振る舞いは看過できない。
どうしたのと問うその声には、非難の色が含まれていた。
しかしサイモンは今度は彼に掴みかかると、シャロンは今どこにいるのかと問いただす。
「奥様は今、研究室にいらっしゃいますが」
「案内してくれ」
「事情をご説明していただかねばご案内は致しかねます」
「お嬢が死ぬかもしれない」
「はい?」
「詳しくは後で説明する。違っていたら罰してくれて構わない。頼む」
サイモンの剣幕に、流石に只事ではないことを感じ取ったセバスチャンはとりあえず研究室へと案内することにした。
「シノア、ご案内して差し上げなさい。君の方が足が速い」
「わかりました!こちらです!」
シノアはセバスチャンの指示通り、サイモンを案内する。
中央の螺旋階段を一段飛ばしで駆け上がると、長い廊下を進み、途中の通路を左へ曲がる。
「こ、ここです」
その先にあった部屋の扉を、シノアはコンコンとノックする。
しかし返事はない。
仕方なくドアノブに手をかけるが、鍵がかかっていた。
「あれ?いらっしゃらないのかな?」
首を傾げたシノアは、後ろから息を切らせながら着いてきているセバスチャンに声をかける。
「奥様はこちらではないのでしょうか?」
「いや、そんなことは…」
セバスチャンは確かにここにいるはずだと言った。
するとサイモンは2人に少し下がっているように言い、思い切り扉を蹴破った。
「ちょ!?」
「サ、サイモン殿!?」
ウィンターソン公爵の邸の扉を平民が蹴破るなど、とんでもない暴挙だ。
だが、セバスチャンの非難の声は彼には届かない。
「え?サ、サイモン…?」
室内にいたシャロンは驚いたように目を見開いた。
そして驚いて手元が滑ったのか、彼女は手に持っていた小瓶を落とした。
その小瓶はコロコロと転がり、サイモンの足元まで運ばれる。
彼は静かにそれを拾い上げ、握りしめる。
「ど、どうしたの?急に…」
サイモンが顔を上げてシャロンを睨みつけると、彼女は何かを誤魔化すような下手くそな笑みを浮かべた。
彼女のその笑顔でサイモンは自分の推測が推測でないことを悟る。
「これ、何ですか?」
自分の手の中にある小瓶について、サイモンは尋ねた。
地を這うような低い声にシャロンはビクッと肩を硬らせる。
「そ、それは、その、風邪薬よ。最近調子が悪くて」
「そうですか。俺も調子が悪いんでもらってもいいですか?」
「…え?」
サイモンはシャロンの返事も待たずに小瓶の蓋を開ける。
小瓶の中から漂う明らかな異臭に、彼は顔を顰めた。
「だ、だめ!!」
シャロンは小瓶の中身を飲もうとするサイモンに突進した。彼はその衝撃で尻餅をつく。
手に持っていた小瓶は床に落ち、中身は床に溢れた。
後ろで呆然としているシノアとセバスチャンは訳がわからずにキョトンとしていた。
「シノアさん。すぐに拭くものと、後、できれば消毒用のアルコールを持ってきてくれませんか」
「は、はい」
「セバスチャンさん、人払いを」
「かしこまりました」
シノアは言われるがままに雑巾と消毒用アルコールと取りに行く。セバスチャンは辺りにいたメイドに、適当な理由をつけてしばらく実験室に近づくなと伝えた。
サイモンは床に両手をつき、俯いた状態で呆然としているシャロンの頬を軽く叩いた。
「…何してんですか」
「…ご、ごめんなさい」
「謝罪が聞きたい訳じゃない。どういうつもりでこれを作ったのかと聞いてるんです」
「…だって、だって…もう、疲れた。疲れたの…」
ぽたり、ぽたりと水滴が落ち、床の絨毯を濡らす。
シャロンは目を見開いたまま、ただ『もう疲れた』と繰り返した。
何も知らない行き交う人の笑い声が神経を逆撫でする。
途中の信号機が青に変わるまでの僅かな時間さえも惜しく、焦れば焦るほど公爵邸はずっと遠くに感じた。
公爵邸の正門前に着いた彼は門番の静止も押し切り、公爵家自慢の庭園を突っ切ると、勢いよく玄関の扉を開ける。
中で仕事をしていたメイドたちは突然の彼の登場に驚き、騒ぎ始めた。
サイモンは近くにいたシノアを捕まえると、早口で「お嬢はどこか」と捲し立てる。
突然のことに混乱する彼女はうまく言葉が出てこない。
「いかがなさいましたか、サイモン殿」
騒ぎを聞きつけたセバスチャンは急いでサイモンの元に駆けつけ、シノアを後ろに下がらせた。
彼はサイモンを奥方の友人として認めてはいるが、流石にこのような急な訪問に身勝手な振る舞いは看過できない。
どうしたのと問うその声には、非難の色が含まれていた。
しかしサイモンは今度は彼に掴みかかると、シャロンは今どこにいるのかと問いただす。
「奥様は今、研究室にいらっしゃいますが」
「案内してくれ」
「事情をご説明していただかねばご案内は致しかねます」
「お嬢が死ぬかもしれない」
「はい?」
「詳しくは後で説明する。違っていたら罰してくれて構わない。頼む」
サイモンの剣幕に、流石に只事ではないことを感じ取ったセバスチャンはとりあえず研究室へと案内することにした。
「シノア、ご案内して差し上げなさい。君の方が足が速い」
「わかりました!こちらです!」
シノアはセバスチャンの指示通り、サイモンを案内する。
中央の螺旋階段を一段飛ばしで駆け上がると、長い廊下を進み、途中の通路を左へ曲がる。
「こ、ここです」
その先にあった部屋の扉を、シノアはコンコンとノックする。
しかし返事はない。
仕方なくドアノブに手をかけるが、鍵がかかっていた。
「あれ?いらっしゃらないのかな?」
首を傾げたシノアは、後ろから息を切らせながら着いてきているセバスチャンに声をかける。
「奥様はこちらではないのでしょうか?」
「いや、そんなことは…」
セバスチャンは確かにここにいるはずだと言った。
するとサイモンは2人に少し下がっているように言い、思い切り扉を蹴破った。
「ちょ!?」
「サ、サイモン殿!?」
ウィンターソン公爵の邸の扉を平民が蹴破るなど、とんでもない暴挙だ。
だが、セバスチャンの非難の声は彼には届かない。
「え?サ、サイモン…?」
室内にいたシャロンは驚いたように目を見開いた。
そして驚いて手元が滑ったのか、彼女は手に持っていた小瓶を落とした。
その小瓶はコロコロと転がり、サイモンの足元まで運ばれる。
彼は静かにそれを拾い上げ、握りしめる。
「ど、どうしたの?急に…」
サイモンが顔を上げてシャロンを睨みつけると、彼女は何かを誤魔化すような下手くそな笑みを浮かべた。
彼女のその笑顔でサイモンは自分の推測が推測でないことを悟る。
「これ、何ですか?」
自分の手の中にある小瓶について、サイモンは尋ねた。
地を這うような低い声にシャロンはビクッと肩を硬らせる。
「そ、それは、その、風邪薬よ。最近調子が悪くて」
「そうですか。俺も調子が悪いんでもらってもいいですか?」
「…え?」
サイモンはシャロンの返事も待たずに小瓶の蓋を開ける。
小瓶の中から漂う明らかな異臭に、彼は顔を顰めた。
「だ、だめ!!」
シャロンは小瓶の中身を飲もうとするサイモンに突進した。彼はその衝撃で尻餅をつく。
手に持っていた小瓶は床に落ち、中身は床に溢れた。
後ろで呆然としているシノアとセバスチャンは訳がわからずにキョトンとしていた。
「シノアさん。すぐに拭くものと、後、できれば消毒用のアルコールを持ってきてくれませんか」
「は、はい」
「セバスチャンさん、人払いを」
「かしこまりました」
シノアは言われるがままに雑巾と消毒用アルコールと取りに行く。セバスチャンは辺りにいたメイドに、適当な理由をつけてしばらく実験室に近づくなと伝えた。
サイモンは床に両手をつき、俯いた状態で呆然としているシャロンの頬を軽く叩いた。
「…何してんですか」
「…ご、ごめんなさい」
「謝罪が聞きたい訳じゃない。どういうつもりでこれを作ったのかと聞いてるんです」
「…だって、だって…もう、疲れた。疲れたの…」
ぽたり、ぽたりと水滴が落ち、床の絨毯を濡らす。
シャロンは目を見開いたまま、ただ『もう疲れた』と繰り返した。
あなたにおすすめの小説
全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。
彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。
【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~
いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。
地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。
「――もう、草とだけ暮らせればいい」
絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。
やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる――
「あなたの薬に、国を救ってほしい」
導かれるように再び王都へと向かうレイナ。
医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。
薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える――
これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
逆行転生、一度目の人生で婚姻を誓い合った王子は私を陥れた双子の妹を選んだので、二度目は最初から妹へ王子を譲りたいと思います。
みゅー
恋愛
アリエルは幼い頃に婚姻の約束をした王太子殿下に舞踏会で会えることを誰よりも待ち望んでいた。
ところが久しぶりに会った王太子殿下はなぜかアリエルを邪険に扱った挙げ句、双子の妹であるアラベルを選んだのだった。
失意のうちに過ごしているアリエルをさらに災難が襲う。思いもよらぬ人物に陥れられ国宝である『ティアドロップ・オブ・ザ・ムーン』の窃盗の罪を着せられアリエルは疑いを晴らすことができずに処刑されてしまうのだった。
ところが、気がつけば自分の部屋のベッドの上にいた。
こうして逆行転生したアリエルは、自身の処刑回避のため王太子殿下との婚約を避けることに決めたのだが、なぜか王太子殿下はアリエルに関心をよせ……。
二人が一度は失った信頼を取り戻し、心を近づけてゆく恋愛ストーリー。
病めるときも健やかなるときも、お前だけは絶対許さないからなマジで
あだち
恋愛
ペルラ伯爵家の跡取り娘・フェリータの婚約者が、王女様に横取りされた。どうやら、伯爵家の天敵たるカヴァリエリ家の当主にして王女の側近・ロレンツィオが、裏で糸を引いたという。
怒り狂うフェリータは、大事な婚約者を取り返したい一心で、祝祭の日に捨て身の行動に出た。
……それが結果的に、にっくきロレンツィオ本人と結婚することに結びつくとも知らず。
***
『……いやホントに許せん。今更言えるか、実は前から好きだったなんて』
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
結婚5年目の仮面夫婦ですが、そろそろ限界のようです!?
宮永レン
恋愛
没落したアルブレヒト伯爵家を援助すると声をかけてきたのは、成り上がり貴族と呼ばれるヴィルジール・シリングス子爵。援助の条件とは一人娘のミネットを妻にすること。
ミネットは形だけの結婚を申し出るが、ヴィルジールからは仕事に支障が出ると困るので外では仲の良い夫婦を演じてほしいと告げられる。
仮面夫婦としての生活を続けるうちに二人の心には変化が生まれるが……
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。