【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜

七瀬菜々

文字の大きさ
119 / 129
ifの世界線のお話

15:恥ずかしいサイモン

しおりを挟む
 逃げるように薬草園から去って行ったシャロンは、大急ぎで文をしたため、それを今から王宮に出向くハディスに託した。
 血相を欠いて手紙を届けにきた彼女にハディスは何事かと首を傾げる。

「何?これ…」
「ラブレターです」
「え?お兄ちゃんに?やだぁ、照れちゃう」
「…は?」
「…は?って言うのはやめなさい。顔怖い」

 ちょっとふざけただけなのに、心底嫌そうな顔をするシャロンにハディスは泣きたくなった。
 妹とはこんなに兄を毛嫌いするものなのだろうか。切ない。

「ところで、シャロン。顔が赤いが、どうした?」
「へ!?」

 兄からの指摘に、シャロンはエントランスの窓に映る自分を確認する。
 すると確かに顔が赤かった。

「もしや、サイモンと何かあったか?」
「ふぇ!?」

 少し低めの声でそう聞かれた彼女はドキリと肩を硬らせる。これはもうサイモン関連で何かあったことが確定だ。
 ハディスは眉間に皺を寄せ、険しい顔をした。

   この間、アルフレッドと極寒散歩をした日からシャロンは明らかに彼を意識している。
 おそらく、彼が何かよからぬ事を吹き込んだのだろう。
 だが、アルフレッドと離縁するからといっても、そう簡単にサイモンとどうこうなってもらっては困るハディスは複雑な心境だった。

(幸せにはなって欲しいんだけどなぁ…)

 幸せにはなって欲しいが、ただでさえ、烏公爵とのスピード離婚で騒がれるだろうことは目に見えているのに、その上で離縁してすぐ平民と結ばれるというのは中々の醜聞だ。
 
   ハディスは紅潮させた頬を包むようにして『何もない』と繰り返すシャロンの頭を撫で回した。


***


 一方その頃。
 仕事を終えたサイモンは使用人たちにシャロンの居場所を聞いて回っていた。

 だが誰に聞いても、皆ニヤニヤとするだけで答えてはくれない。

 あれは本当に自分に名を呼ばれたから顔を赤らめたのか、それとも別の理由なのか。
 彼はそれが知りたくて仕方がないのに、誰も何も教えてはくれない。

「いやいやいや。何を期待してるんだよ、恥ずかしい…」

 そんな都合の良いことなんてあるはずがないとわかっているのに、シャロンのあの反応にはつい期待してしまう。
 

「ダメだ、頭冷やそう」

 屋敷内の図書室にたどり着いたサイモンは窓を開け、近くにある椅子に腰かけた。
 冷たいそよ風が彼の熱りを冷す。
 少し頭の冷えたサイモンは、ふぅ、と小さく息を吐いた。
 
「あー。どうしよう」

    もし、シャロンが自分のことを好きになっていたのなら、どうするのが正解なのか。サイモンにはわからない。
 何故なら、シャロンが想いを返すというのは、即ち、彼女が貴族籍を捨てるとほぼ同義だからだ。
 サイモンにはまだ、彼女を自分と同じところまで落とす覚悟がない。

(…あんな生活、送らせたくないんだよ)

    背もたれに体を預けたサイモンは深くため息をつき、目を閉じた。

 シャロンへの気持ちが大きくなればなるほど付き纏うのは、彼が一度だけ見たことがある光景。

 それは、平民と駆け落ちした貴族令嬢の末路。かつて少しだけ王都を騒がせたスキャンダルだ。

 その令嬢はお屋敷の庭師と恋に落ちた。
 そして、家族の反対を押し切り結婚し、家を出たそうだ。

 サイモンがそのことを知ったのはとある新聞記事。こういう貴族の醜聞は、メディアを通じて瞬く間に世間に広がる。

 市井に降りてきた令嬢、有名になった2人に向けられるのは当然、好奇や嘲りの視線だった。
 当時2人は、生きて行くための仕事すらそう簡単には見つけられなかったらしい。
 家名に泥を塗った令嬢たちを実家の両親は許さなかっのだろう。家の圧力もあり大きな都では誰も2人を雇わなかった。

 結局、2人がたどり着いたのはとある農村だった。彼らは農業に従事するしかなかったのだ。

 サイモンは出張先に行く途中で立ち寄った農村でかの令嬢の姿を見た。
 
 昔、綺麗に着飾っていた令嬢は古びた洋服を着て、アカギレだらけの手で、大根を洗っていた。
 
 今まで一切の家事をしたことがない令嬢に、その作業は苦痛でしかなかったはずだ。
 

 サイモンもシャロンも医学の知識はあるし、ジルフォード家か家を出た2人に圧力をかけてくることはないだろう。
 けれど、それまであそこまでシャロンを落とす可能性を考えてしまうと、彼は怖くなる。

(…臆病者だな、俺は)

    いざ、手に入りそうになると途端に怖くなる。
    サイモンは両手で顔を覆った。



「……いや、何を勝手に両思い前提で妄想してんだよ。恥ず…」
しおりを挟む
感想 151

あなたにおすすめの小説

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです ※表紙 AIアプリ作成

差し出された毒杯

しろねこ。
恋愛
深い森の中。 一人のお姫様が王妃より毒杯を授けられる。 「あなたのその表情が見たかった」 毒を飲んだことにより、少女の顔は苦悶に満ちた表情となる。 王妃は少女の美しさが妬ましかった。 そこで命を落としたとされる少女を助けるは一人の王子。 スラリとした体型の美しい王子、ではなく、体格の良い少し脳筋気味な王子。 お供をするは、吊り目で小柄な見た目も中身も猫のように気まぐれな従者。 か○みよ、○がみ…ではないけれど、毒と美しさに翻弄される女性と立ち向かうお姫様なお話。 ハピエン大好き、自己満、ご都合主義な作者による作品です。 同名キャラで複数の作品を書いています。 立場やシチュエーションがちょっと違ったり、サブキャラがメインとなるストーリーをなどを書いています。 ところどころリンクもしています。 ※小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿しています!

【連載版】おかえりなさい。どうぞ、お幸せに。さようなら。

石河 翠
恋愛
主人公は神託により災厄と呼ばれ、蔑まれてきた。家族もなく、神殿で罪人のように暮らしている。 ある時彼女のもとに、見目麗しい騎士がやってくる。警戒する彼女だったが、彼は傷つき怯えた彼女に救いの手を差し伸べた。 騎士のもとで、子ども時代をやり直すように穏やかに過ごす彼女。やがて彼女は騎士に恋心を抱くようになる。騎士に想いが伝わらなくても、彼女はこの生活に満足していた。 ところが神殿から疎まれた騎士は、戦場の最前線に送られることになる。無事を祈る彼女だったが、騎士の訃報が届いたことにより彼女は絶望する。 力を手に入れた彼女は世界を滅ぼすことを望むが……。 騎士の幸せを願ったヒロインと、ヒロインを心から愛していたヒーローの恋物語。 この作品は、同名の短編「おかえりなさい。どうぞ、お幸せに。さようなら。」(https://www.alphapolis.co.jp/novel/572212123/981902516)の連載版です。連作短編の形になります。 短編版はビターエンドでしたが、連載版はほんのりハッピーエンドです。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:25824590)をお借りしています。

笑い方を忘れた令嬢

Blue
恋愛
 お母様が天国へと旅立ってから10年の月日が流れた。大好きなお父様と二人で過ごす日々に突然終止符が打たれる。突然やって来た新しい家族。病で倒れてしまったお父様。私を嫌な目つきで見てくる伯父様。どうしたらいいの?誰か、助けて。

あなたのためなら

天海月
恋愛
エルランド国の王であるセルヴィスは、禁忌魔術を使って偽の番を騙った女レクシアと婚約したが、嘘は露見し婚約破棄後に彼女は処刑となった。 その後、セルヴィスの真の番だという侯爵令嬢アメリアが現れ、二人は婚姻を結んだ。 アメリアは心からセルヴィスを愛し、彼からの愛を求めた。 しかし、今のセルヴィスは彼女に愛を返すことが出来なくなっていた。 理由も分からないアメリアは、セルヴィスが愛してくれないのは自分の行いが悪いからに違いないと自らを責めはじめ、次第に歯車が狂っていく。 全ては偽の番に過度のショックを受けたセルヴィスが、衝動的に行ってしまった或ることが原因だった・・・。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

【完結】あなたに抱きしめられたくてー。

彩華(あやはな)
恋愛
細い指が私の首を絞めた。泣く母の顔に、私は自分が生まれてきたことを後悔したー。 そして、母の言われるままに言われ孤児院にお世話になることになる。 やがて学園にいくことになるが、王子殿下にからまれるようになり・・・。 大きな秘密を抱えた私は、彼から逃げるのだった。 同時に母の事実も知ることになってゆく・・・。    *ヤバめの男あり。ヒーローの出現は遅め。  もやもや(いつもながら・・・)、ポロポロありになると思います。初めから重めです。

夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~

狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない! 隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。 わたし、もう王妃やめる! 政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。 離婚できないなら人間をやめるわ! 王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。 これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ! フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。 よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。 「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」 やめてえ!そんなところ撫でないで~! 夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――

処理中です...