【完結】シャーロットを侮ってはいけない

七瀬菜々

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シャーロットを侮ってはいけない

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 その文をルーカスの前に差し出し、また無言で中身を確認するよう促す。
 次は何が来るのかとヒヤヒヤしながら、ルーカスはまた、封を切る。

 中に入っていたのは3枚の便箋。
 1枚目にはこう書かれていた。

 《私の愛しいシャーロットを泣かせたら許しません》

 2枚目はこう。

 《妻がお前達の行く末を心配しているから、もういい加減諦めろ》

 そして3枚目。

 《この婚約は王命である》

 ルーカスはゆっくりと、上質な封筒に描かれた模様を見た。
 そこには王家の紋章が描かれていた。

「一枚目は王家に嫁いだお姉さまから。二枚目はお姉さまの旦那様である王太子殿下から。そして三枚目は国王陛下からですわ」

 それが何でもない事であるかのように、シャーロットは言う。
 王族からの文を簡単に持ってくる彼女に、ルーカスは恐れ慄いた。

「だ、第二王子はどうした?」
「何処でそのお話を耳にされたのかは知りませんが、第二王子殿下が"勝手に"私と婚約したいとおっしゃっているだけです。お姉さまが王家に嫁いでいるのに、私まで王家に嫁ぐとか、ありえないでしょう?」

 一つの家から二人の娘を王家に嫁がせるなど、宮廷内のパワーバランスが崩れてしまう。よって、シャーロットと第二王子との婚約など、そもそも実現しない。
 その事をルーカスは失念していた。

 流石に観念するか、とシャーロットは若干顔色の悪いルーカスを見る。
 しかし、彼は往生際が悪かった。

「し、しかし。俺にはフレデリカという人がいてだな…」

 ここまで来て、まだ腹を決めないルーカスに内心イラっとしながらも、シャーロットは3通目を差し出す。
 もう文は見たくないと思いながらも、ルーカスはまた、封を切った。

 中には便箋が1枚と、オペラのチケットが2枚。

 《今度、お二人で観劇にいらしてくださいね!》

 便箋からは仄かに、歌姫フレデリカの香水の匂いがした。

「フレデリカさんから色々とお話を伺いましたの。そしたらなんと、衝撃の事実が発覚しまして。聞きたいですか?」
「あまり聞きたくない」

 ルーカスの顔色はみるみる悪くなる。

「フレデリカさん、ご親切に『ルーカスがしばらく恋人のふりをして欲しいと言うから、それに付き合っていただけよ』って、教えてくれましたわ。欲しいものなんでも買ってあげるから、とお願いしたそうですね?」

 ルーカスはシャーロットを見ることができない。

「そろそろ観念なさったら?」

 俯くルーカスに、シャーロットはにっこりと微笑んで「いい加減腹を決めろ」と言う。
 しかし、ルーカスは首を横に振る。
 シャーロットはその姿に、心の中で舌打ちした。

「お、俺には他にも心に決めた女が…」
「心に決めた女が複数いる状態は、最早『心に決めた』とは言いませんよ」

 そう言って、シャーロットは彼の前に複数の封筒を放り投げた。
 ルーカスはそれらの封筒を確かめる。
 差出人の名前は全て、過去、ルーカスと浮名を流してきた女性のものだった。
 そして皆、フレデリカ同様、恋人のフリを頼まれていたらしい。

「全て読み上げて差し上げましょうか?」
「いや、遠慮する…」
「ちなみに…。文は頂けませんでしたが、王都の端、東門街の娼館で働いていらっしゃるアイリスさんからは、『下働きの女と遊ぶくらいなら私を買え』と伝言を預かっております。甲斐性がなさすぎて、逆に恥ずかしくなりました。ほんと、何をしに娼館まで足を運んでいらしたの?」

 シャーロットは呆れたように言い放つ。
 ルーカスは娼館には通っていたものの、女は買っていなかった。娼館のオーナーに適当に金を握らせ、下働きのメイドとの世間話を楽しんでいたらしい。

 シャーロットがチラリとルーカスの方を見ると、彼は恥の感情からか、顔を真っ赤にして俯いていた。

「貴方が私に、"自分との婚約を諦めさせるため"に遊び人のフリをしている事はもうわかっています」
「…わかっているなら、諦めろよ。俺に婚約の意思はない」
「…何がそんなに気に入らないのです?」

 シャーロットは社交界の花と言われるほどに完璧な令嬢だ。
 美しい容姿に加え、貴族女性としての品性も、侯爵夫人に必要とされるだけの知性もある。
 侯爵家の跡取りにとって、シャーロットほど適任な女はいない。

 納得できないとむくれるシャーロットに、ルーカスは勢いよく立ち上がり、大きな声で言い放つ。


「だってお前は妹だろう!!」


 肩で息をするルーカス。
 険しい顔をしてそう言う彼に、シャーロットはシレッと返す。

「妹ですけど、義理です」
「義理でも妹は妹だ!妹と結婚とか、それこそ醜聞だ!」
「その辺はうまくやります」
「うまくやれそうなのが逆に怖いんだよ!」

 ルーカスは頭を抱えて座り込んでしまった。
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