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28:杞憂でありますように
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ダニエルが部屋を出ると、すぐ近くでキースが待っていた。キースは人好きのする笑みを浮かべて『どうでした?』と声をかける。
「イライザ殿のことは自分も気になるもので。すみません、こんな探偵みたいな事をさせて」
「いや、こちらとしてもいずれ話を聞きたいと思っていたところだ。しかし残念ながら、新しい情報は何も出てこなかったな。公爵領にいたという事は把握していたし。まあ、まさかそこで弟子を取っているとは思わなかったが……」
「そうですか。それは残念です」
「ほんと、どこに行ったのやら……」
「有名人ですから、すぐに見つかりそうなものですけど、不思議ですね」
「まあ、あの方は強いから死んでいるということはないと思うが……」
「放浪癖のある身内がいると大変ですね」
「ははっ……。本当にな」
ダニエルはやれやれと肩をすくめた。そして『では、また』と彼が踵を返したところでキースが引き留める。
「あ、すみません。ついでに一つだけ良いですか?」
「ああ、何だ?」
「ミュラー卿から見て、ベルンハルト・シュナイダーはどうでしたか?」
「どう、とは?」
「いや、騎士の先輩であるミュラー卿から見て、彼に騎士が務まるのかと思いまして。ハイネ嬢の話だと数年前までは貧弱な男だったらしいですし……」
「あー、どうだろう。パッと見た限りでは貧弱とは無縁の体格に思えたが。雰囲気も最強の剣士と名高い叔父上にどことなく似て……ん? ああ、そうか!」
ベルンハルトの印象について話ながら、ダニエルはひとり、何かを納得した様に手を叩いた。
「どうかしましたか?」
「いや、シュナイダー卿と話していて妙な違和感があるから、何かと思っていたんだが、どうやら彼は叔父上に似過ぎているようだ」
「似過ぎている?」
「顔が、とかではなく、なんて言うのかな? ちょっとした仕草とか会話の間とかがそっくりなんだ」
「それはイライザ殿に指導を受けたから、ですかね?」
「おそらくはそうだろう。もしくは彼の中身が叔父上本人か、だな」
「ははっ。魔力もないイライザ殿が変身の魔法でも使ったというのですか? ミュラー卿でも冗談を言うのですね」
「どうやら、疲れているのかもしれない。最近殿下のサボりグセがひどいから」
「それはそれは、心中お察しいたします」
「はは……。君もな」
大変なのはお互い様だと、ダニエルは苦笑した。
「まあ、師匠があのイライザ・ミュラーなのだから心配する事はない。もし使い物にならなかったら私が鍛え直してやるから、連れて来れば良い」
「それもそうですね。ありがとうございます」
「では」
ダニエルは軽く頭を下げると、小走りで第一皇子の元へと帰って行った。
「うーむ……」
遠くなるダニエルの姿を眺めつつ、キースは考える。
イライザは今、どこに居るんだろうか。本当に気まぐれに弟子を取っただけなのだろうか。それとも何か企んでいるんだろうか。わからない。
「心配しすぎなのか?」
この胸騒ぎが杞憂で終われば良いのに。キースは頭を抱えてしゃがみ込んだ。
すると、通りすがりのメイドが怪訝な表情で声をかける。
「あのー、クライン卿? 大丈夫ですか?」
「え?ああ、大丈夫大丈夫。ははっ……」
キースは誤魔化すように笑いながら、すぐに立ちあがった。
見られていたとは思わず、恥ずかしさで顔が火照る。メイドの彼女はそんな彼をジーッと見つめた。
「ん? どうかした?」
「あ、いえ。クライン卿がこちらにいらっしゃるということは、大丈夫かなーと」
「何が?」
「実は先程休憩室から帰るときに皇后宮の侍女軍団が温室の方に向かっていらしたので、とりあえず急いで侍女の方に、今はジェレミー殿下がご使用中だということお伝えしたんです。そうしましたら、『もういないことは確認済みだから大丈夫』って、言われまして……」
「……え?」
「確認したのなら大丈夫かと、こちらに戻って来たんですけど、クライン卿がこちらにいらっしゃるということは、殿下ももう戻られてますよね?」
メイドの彼女は、良かったぁとホッとしたように胸を撫で下ろした。
だが、それとは反対にキースの額からは冷や汗が滲み出る。
体が一気に体温を奪われたように寒い。
「まずい……!」
「え……?」
「それ、何分前の事!?」
「ついさっきですけど……。え?まさか……」
「そのまさかだ! まだ殿下は温室だ!」
「そ、そんな! どうしよう! ご、ごめんなさい…。自分で確認しておけば良かったです!」
「後悔するのは後だ! とりあえず、君は急いでヨハネス殿下をお呼びして! 僕が温室に向かう! 急げ!」
「は、はい!」
キースは声を荒げ、メイドに指示を出した。メイドは焦るあまり足が絡まってコケそうになりつつも、急いでヨハネスの元に向かう。
キースも踵を返すと、全速力で温室へと向かった。
(まずいまずいまずい!)
普段は自分の宮から出ない皇后だが、たまにこうして気まぐれに外出する時がある。
その時、ジェレミーは彼女の視界に入らないように気を配るのが昔から暗黙のルールとなっていた。
(何であの人が、自分のことを見もしない母親のために気を使わねばならないんだよ!)
キースは回廊を駆け抜けながら、大きく舌打ちした。
皇后の精神の安全のためだが何だか知らないが、気まぐれに外出する彼女に合わせなければならないジェレミーは、いつも苦労している。
もし誤って顔を合わせるなんてことがあれば、ジェレミーは毎度毎度、皇后の侍女たちから心ない言葉を浴びせられる。
そして、自分の顔を見て取り乱す母親の姿に心を痛めるのだ。
「くそッ!」
おそらく、先程のメイドが声をかけた皇后宮の侍女は確認を怠ったのだろう。
事前に温室を使う事は伝えてあるはずだし、皇后のことを思うのなら確認するはずだ。
「外に護衛の騎士はいるが……」
彼らは皆、新人だ。このルールの重要性をどこまで理解しているかわからない。もし、親子なのだからと扉を開けてしまったらと考えるとゾッとする。
キースは自分の心配が杞憂に終わることを祈った。
「イライザ殿のことは自分も気になるもので。すみません、こんな探偵みたいな事をさせて」
「いや、こちらとしてもいずれ話を聞きたいと思っていたところだ。しかし残念ながら、新しい情報は何も出てこなかったな。公爵領にいたという事は把握していたし。まあ、まさかそこで弟子を取っているとは思わなかったが……」
「そうですか。それは残念です」
「ほんと、どこに行ったのやら……」
「有名人ですから、すぐに見つかりそうなものですけど、不思議ですね」
「まあ、あの方は強いから死んでいるということはないと思うが……」
「放浪癖のある身内がいると大変ですね」
「ははっ……。本当にな」
ダニエルはやれやれと肩をすくめた。そして『では、また』と彼が踵を返したところでキースが引き留める。
「あ、すみません。ついでに一つだけ良いですか?」
「ああ、何だ?」
「ミュラー卿から見て、ベルンハルト・シュナイダーはどうでしたか?」
「どう、とは?」
「いや、騎士の先輩であるミュラー卿から見て、彼に騎士が務まるのかと思いまして。ハイネ嬢の話だと数年前までは貧弱な男だったらしいですし……」
「あー、どうだろう。パッと見た限りでは貧弱とは無縁の体格に思えたが。雰囲気も最強の剣士と名高い叔父上にどことなく似て……ん? ああ、そうか!」
ベルンハルトの印象について話ながら、ダニエルはひとり、何かを納得した様に手を叩いた。
「どうかしましたか?」
「いや、シュナイダー卿と話していて妙な違和感があるから、何かと思っていたんだが、どうやら彼は叔父上に似過ぎているようだ」
「似過ぎている?」
「顔が、とかではなく、なんて言うのかな? ちょっとした仕草とか会話の間とかがそっくりなんだ」
「それはイライザ殿に指導を受けたから、ですかね?」
「おそらくはそうだろう。もしくは彼の中身が叔父上本人か、だな」
「ははっ。魔力もないイライザ殿が変身の魔法でも使ったというのですか? ミュラー卿でも冗談を言うのですね」
「どうやら、疲れているのかもしれない。最近殿下のサボりグセがひどいから」
「それはそれは、心中お察しいたします」
「はは……。君もな」
大変なのはお互い様だと、ダニエルは苦笑した。
「まあ、師匠があのイライザ・ミュラーなのだから心配する事はない。もし使い物にならなかったら私が鍛え直してやるから、連れて来れば良い」
「それもそうですね。ありがとうございます」
「では」
ダニエルは軽く頭を下げると、小走りで第一皇子の元へと帰って行った。
「うーむ……」
遠くなるダニエルの姿を眺めつつ、キースは考える。
イライザは今、どこに居るんだろうか。本当に気まぐれに弟子を取っただけなのだろうか。それとも何か企んでいるんだろうか。わからない。
「心配しすぎなのか?」
この胸騒ぎが杞憂で終われば良いのに。キースは頭を抱えてしゃがみ込んだ。
すると、通りすがりのメイドが怪訝な表情で声をかける。
「あのー、クライン卿? 大丈夫ですか?」
「え?ああ、大丈夫大丈夫。ははっ……」
キースは誤魔化すように笑いながら、すぐに立ちあがった。
見られていたとは思わず、恥ずかしさで顔が火照る。メイドの彼女はそんな彼をジーッと見つめた。
「ん? どうかした?」
「あ、いえ。クライン卿がこちらにいらっしゃるということは、大丈夫かなーと」
「何が?」
「実は先程休憩室から帰るときに皇后宮の侍女軍団が温室の方に向かっていらしたので、とりあえず急いで侍女の方に、今はジェレミー殿下がご使用中だということお伝えしたんです。そうしましたら、『もういないことは確認済みだから大丈夫』って、言われまして……」
「……え?」
「確認したのなら大丈夫かと、こちらに戻って来たんですけど、クライン卿がこちらにいらっしゃるということは、殿下ももう戻られてますよね?」
メイドの彼女は、良かったぁとホッとしたように胸を撫で下ろした。
だが、それとは反対にキースの額からは冷や汗が滲み出る。
体が一気に体温を奪われたように寒い。
「まずい……!」
「え……?」
「それ、何分前の事!?」
「ついさっきですけど……。え?まさか……」
「そのまさかだ! まだ殿下は温室だ!」
「そ、そんな! どうしよう! ご、ごめんなさい…。自分で確認しておけば良かったです!」
「後悔するのは後だ! とりあえず、君は急いでヨハネス殿下をお呼びして! 僕が温室に向かう! 急げ!」
「は、はい!」
キースは声を荒げ、メイドに指示を出した。メイドは焦るあまり足が絡まってコケそうになりつつも、急いでヨハネスの元に向かう。
キースも踵を返すと、全速力で温室へと向かった。
(まずいまずいまずい!)
普段は自分の宮から出ない皇后だが、たまにこうして気まぐれに外出する時がある。
その時、ジェレミーは彼女の視界に入らないように気を配るのが昔から暗黙のルールとなっていた。
(何であの人が、自分のことを見もしない母親のために気を使わねばならないんだよ!)
キースは回廊を駆け抜けながら、大きく舌打ちした。
皇后の精神の安全のためだが何だか知らないが、気まぐれに外出する彼女に合わせなければならないジェレミーは、いつも苦労している。
もし誤って顔を合わせるなんてことがあれば、ジェレミーは毎度毎度、皇后の侍女たちから心ない言葉を浴びせられる。
そして、自分の顔を見て取り乱す母親の姿に心を痛めるのだ。
「くそッ!」
おそらく、先程のメイドが声をかけた皇后宮の侍女は確認を怠ったのだろう。
事前に温室を使う事は伝えてあるはずだし、皇后のことを思うのなら確認するはずだ。
「外に護衛の騎士はいるが……」
彼らは皆、新人だ。このルールの重要性をどこまで理解しているかわからない。もし、親子なのだからと扉を開けてしまったらと考えるとゾッとする。
キースは自分の心配が杞憂に終わることを祈った。
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