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33:ベルンハルトの手紙(1)
しおりを挟むジェレミーがそろそろ応接室に行こうかと思っていた頃、リリアンの方が執務室へとやって来た。
いつも明るく元気な彼女はどこか思い詰めたような表情をしている。心配になったジェレミーは、とりあえずソファに座らせて水を渡した。
「ごめん、ありがとう……」
「どうしたの?リリアン」
「……」
ジェレミーから水を受け取ったリリアンはそれを一口飲み、大きく深呼吸した。
「……ねえ、ジェレミー。迎えに寄越したのあの騎士は誰?」
「エラン卿のことか?」
「エラン卿?」
「ああ。キースが不在だから、新任のエラン卿に頼んだんだが……。彼が何か無礼なことでもしたか?」
新人が何か失態を犯したと考えたジェレミーは舌を鳴らす。これは冤罪でエラン卿とらやらが死ぬフラグだ。リリアンは慌てて、エラン卿ではなくベルンハルトが迎えに来たことを話した。
しかし、ジェレミーの顔はさらに怖くなった。
「……そうか。シュナイダー卿が迎えに来たのか。勝手に仕事を別の人間に任せるとは、エラン卿は後で特別稽古だな」
「い、一応本人の言い分も聞いてあげてよ?無理矢理交代させられたのかもしれないし」
「理由があってもなくても、与えられた仕事を放棄するのは無しだろ」
「それはそうかもだけど……」
ジェレミーは情状酌量の余地なしと断言した。
何を言おうが、どのみちエラン卿は特別稽古という名の死刑に処されるらしい。リリアンはキースを通してエラン卿の安全を確保せねばと思った。
「それで? リリアンはどうしてそんな顔をしているの? もしかしてシュナイダー卿に何か言われた?」
「えっと……、別に大したことではな……いこともないのだけどね」
「それはつまり大したことあるってことだね」
「まあそうともいう、かも?」
「曖昧だね」
「……実はね、さっきベルンと少し話をしたんだけど、その、様子がおかしくて……」
リリアンはジェレミーを刺激しないよう、先ほどのベルンハルトとの会話をオブラートに包みながら話した。だが、いくらオブラートに包もうともベルンハルトの発言は不敬極まりなく、言わなくて良いことを省いてもジェレミーを怒らせるには十分だった。
「君から聞いていた印象とは随分ちがう男みたいだな、シュナイダー卿は」
「い、いつもはこんな感じじゃないのよ!?今日はなんだか、らしくないというか、違う人みたいだったけど、普段はとっても臆病で言葉には気を使う子なの」
「……つまり君は、彼が誰かに何かを吹き込まれたと思っているのか?」
「う、うん……」
リリアンの知るベルンハルトは、間違っても皇族を侮辱するような発言をする男ではないし、そんなことを口に出す度胸もない気弱な男だ。
その証拠がこれだと、リリアンは鞄の中から大量の手紙をジェレミーに渡した。
「これは、卿とやりとりした手紙か?」
「そうよ。全部を置いているわけではないけれど、約3年分」
「結構な量だね……。そんなにこまめにやりとりをしていたんだ」
「うん。ベルンは何だか頼りなくて、心配だったからずっと気にしていたのよ。彼、同い年なのに弟みたいなの」
好き嫌いは多いし、文句も多いし、卑屈で根暗だし、よく実験を失敗して研究室を爆破するし……。
でも、例えば野犬に遭遇した時には、足を震わせながらもリリアンを庇うように彼女の前に立つような漢気を見せる瞬間もある。
もちろん、その野犬はリリアンが素手で倒して事なきを得たのだが、ベルンハルトという男はそういう、頼りないけど優しい男だ。
リリアンは懐かしそうに彼との思い出を話した。
当然のことながら、その話を黙ってきいているジェレミーの眉間の皺は深くなるばかりだ。
「ベルンって、卑屈で文句も多いけど、学者としてはすごくてね?そういえば昔……」
「……リリアン」
「ん?」
「それ以上は聞きたくないかなぁ?」
ジェレミーはニッコリと微笑み、彼女の話を遮った。薄っすらと開いた目から覗く瞳孔は若干開き気味である。
リリアンはまたやらかしたと自覚し、『ごめんなさい』と呟いた。
「そ、それでね! ベルンはとても慎重な人だから手紙のやり取りとかは普段の会話以上に言葉を慎重に選ぶの。自分の言葉の揚げ足を取られるのを極端に嫌がるから」
「確かに……。随分と丁寧な手紙だ……」
ジェレミーは渡された手紙のいくつかを開けた。そこに書かれた言葉は幼馴染の手紙のやりとりにしてはそっけなくも感じる、報告書のような文面。
「ヤキモチを妬く気も失せるほどに色気のない手紙だな」
「ほとんど近況報告だからね」
「もしも、仲の良さがわかる手紙だったら破いていたかも知れない」
「……破いてたら1週間は口を聞いてげないとなっていたことでしょう」
「1週間は辛いな……。でもだって俺はリリアンと手紙のやり取りなんてしたことないのに、ずるいじゃないか」
「それは手紙を書くより会って話したほうが早いからでしょう。私は王都に住んでいるんだし、3日に1回は城に来ていたんだから。それに貴方が遠征に行っていた時はちゃんと手紙を出したわ」
不貞腐れて口を尖らせる彼に、リリアンは呆れたように肩をすくめた。
まるで子どもだ。この独占欲はいくら顔が良くとも鬱陶しいと感じる女性も多いだろう。けれどリリアンは婚約してから、それまでは知らなかった彼の一面がたくさん知れることが、心底嬉しい。
「今度、交換日記でもする?」
「する」
「即答ね」
「だって交換日記だぞ? それってその日記を書いている間は離れていてもリリアンのことを独占できているってことだろう? 素直に嬉しい」
その考え方は少し怖い気もするが、本当に嬉しそうに、顔をクシャッとして笑ったジェレミーが可愛くて、リリアンは今度ノートを持ってくることを約束した。
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