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64:聖女爆誕(1)
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あれからどのくらい時間が経ったのだろうか。
目を覚ましたリリアンは真っ白な天井に描かれたあの世の風景とこちらを見下ろす女神像を見渡し、舌を慣らした。
自分の詰めの甘さに吐き気がする。
長らく戦場を離れていたから、なんてのはただの言い訳だ。ハイネ家の人間がこんなにアッサリと敵の手に落ちるなどあってはならない。
「お父様にバレる前に帰らなきゃ」
どんな相手でも怒った時の父の恐ろしさには敵わない。リリアンは枷がつけられた手で器用に上体を起こした。
足には枷がついていないところを見る限り、体術は使えないと思われているのだろう。奴らの勘違いに少し安堵した。
「ふふっ。お目覚めかしら、公女様」
無駄に音が響く神殿の特別祈祷室。耳障りなルウェリンの声にリリアンは眉を顰めた。
ただでさえ物語の小悪党のような彼女の登場に辟易しているというのに、彼女の背後には黒いローブを目深に被った魔法師と、神に仕えているはず司祭たちがずらりと並ぶ。皆、皇族が国の安寧を祈願して祈るこの場所にはふさわしくない者たちだ。
リリアンは彼らの顔を一通り眺め、フンと鼻で笑った。
「見知った顔がチラホラと……、気のせいかしら」
リリアンが凄むと、魔法師たちは一歩後ずさる。この程度で怯む覚悟ならば、初めからこんな女に加担しなければいいのに。
「……ありがとう、夫人。最近寝不足だったから助かったわ」
リリアンはわざとらしく大きなあくびをした。この状況で『よく眠れた』と余裕の笑みを見せる彼女にルウェリンは舌を鳴らす。
泣きながら命乞いをする様を期待していたようだが、生憎リリアンはこんな奴のために流す涙を持ち合わせてはいない。
「その余裕、いつまで続くかしらね」
「慌てふためいて泣き叫ぶ私が見たいのなら、それ相応のことをしていただかないと」
「そう、ではご希望にお答えするわ」
ルウェリンはそういうと、近くにいた男のローブを乱暴に剥ぎ取った。
ローブの中から現れたのは、寝衣のまま連れ出されたであろう皇后クレア。
乱れた長い黒髪と裸足のまま歩かされ傷ついた足。そしてジェレミーとよく似た面立ちに浮かぶ絶望と恐怖の表情にリリアンは顔を歪めた。
彼女は今、信じていた人に裏切られたことで混乱している。恐ろしくて涙も声も出せないようだ。
ただでさえ不安定な精神状態にある人になんてことをしてくれたのだろう。
「……ははっ。これで、グレイス侯が何をどうやってもあなたは死を免れないわね。皇后誘拐の罪は重いもの」
リリアンは大きく息を吸い、手枷を壊そうと手首に魔力を集中させた。
しかし、集めた魔力はシャボン玉が弾けるようにパチっと音を立てて消えた。
その様子にルウェリンはニヤニヤと品のない笑みを浮かべる。
「……ああ、そう」
リリアンは何か納得したようにため息をこぼした。この女もそこまで馬鹿ではないらしい。
「ご丁寧に、魔法師用の枷を用意してくれていたのね。後でこれを用意した魔法師の名前を教えてくれると嬉しいわ。手足をもいで差し上げないといけないから」
「あら、強がるのも大概にしては?見苦しいだけよ、公女。残念だけど、あなたには何も出来ないわ」
「強がってるつもりはなかったのだけれど。ふぅ……、まあ仕方がないわよね」
リリアンはゆっくりと立ち上がると首を鳴らし、足首を回した。
久しぶりだから上手く手加減出来るかわからないが、魔力が封じられては仕方がない。
リリアンはこれからの展開を頭でイメージすると、大きく深呼吸をして地面を蹴った。
「なっ……!?」
ルウェリンが驚いた次の瞬間には、クレアはリリアンの後ろにいた。
風を切る勢いでそばを通り過ぎた彼女は、ルウェリンを取り囲んでいたはずの男たちを次々と薙ぎ倒した。
背後に回り込んで枷を利用して首を絞めたり、目潰ししたり、飛び蹴りしたり、挙句男の急所を蹴り上げたりと、やりたい放題だ。
魔法師が応戦しようと詠唱するも、それをし終える前に彼女が打撃を与えてしまうため、彼らにはもう打つ手がなかった。
「足枷もつけておくべきだったわね、夫人?」
リリアンはクスッと小馬鹿にしたように笑う。
ここまで体術も優れているなど聞いていない。魔法を封じればどうにかなると思っていたルウェリンは悔しそうに顔を歪めた。
「さあ、どうする?こんな状態の私と皇后様がこの神殿の飛び出せば世間は大騒ぎよ?」
「……このまま逃げるつもり?逃げられるとでも?」
「逃げられない理由なんてある?魔法が使えないくらい、私には瑣末なことよ」
敵はあと20と少し。だがまともに戦えそうな奴はそう多くもなく。加えて、ここから逃げるのに奴らを全滅させる必要性はない。クレアを担いで走れば済む話だ。
ルウェリンはそう話す彼女にギリっと奥歯を鳴らした。
「……これを見てもまだそんなことが言えるかしらね!」
それはまるで地団駄を踏む子どものように、ルウェリンは床の大理石を勢いよく踏む。
すると真っ白な大理石の一部が不自然に切り取られたかのように窪み、カチッと何かがハマる音がし、次の瞬間には地鳴りのような音が祈祷室に鳴り響いた。
リリアンはクレアを庇うようにして体勢を低くした。地震ではないこの揺れの正体がわからない。
「……と、扉が」
クレアはその漆黒の瞳を大きく見開いた。女神像の後ろの壁に扉が現れたのだ。
ルウェリンはその、ふくよかな人が一人通れるかどうかの扉をゆっくりと開ける。すると中には檻に入れらた貧相な身なりをした人たちと、おそらく人の血で描かれたであろう魔法陣があった。
目を覚ましたリリアンは真っ白な天井に描かれたあの世の風景とこちらを見下ろす女神像を見渡し、舌を慣らした。
自分の詰めの甘さに吐き気がする。
長らく戦場を離れていたから、なんてのはただの言い訳だ。ハイネ家の人間がこんなにアッサリと敵の手に落ちるなどあってはならない。
「お父様にバレる前に帰らなきゃ」
どんな相手でも怒った時の父の恐ろしさには敵わない。リリアンは枷がつけられた手で器用に上体を起こした。
足には枷がついていないところを見る限り、体術は使えないと思われているのだろう。奴らの勘違いに少し安堵した。
「ふふっ。お目覚めかしら、公女様」
無駄に音が響く神殿の特別祈祷室。耳障りなルウェリンの声にリリアンは眉を顰めた。
ただでさえ物語の小悪党のような彼女の登場に辟易しているというのに、彼女の背後には黒いローブを目深に被った魔法師と、神に仕えているはず司祭たちがずらりと並ぶ。皆、皇族が国の安寧を祈願して祈るこの場所にはふさわしくない者たちだ。
リリアンは彼らの顔を一通り眺め、フンと鼻で笑った。
「見知った顔がチラホラと……、気のせいかしら」
リリアンが凄むと、魔法師たちは一歩後ずさる。この程度で怯む覚悟ならば、初めからこんな女に加担しなければいいのに。
「……ありがとう、夫人。最近寝不足だったから助かったわ」
リリアンはわざとらしく大きなあくびをした。この状況で『よく眠れた』と余裕の笑みを見せる彼女にルウェリンは舌を鳴らす。
泣きながら命乞いをする様を期待していたようだが、生憎リリアンはこんな奴のために流す涙を持ち合わせてはいない。
「その余裕、いつまで続くかしらね」
「慌てふためいて泣き叫ぶ私が見たいのなら、それ相応のことをしていただかないと」
「そう、ではご希望にお答えするわ」
ルウェリンはそういうと、近くにいた男のローブを乱暴に剥ぎ取った。
ローブの中から現れたのは、寝衣のまま連れ出されたであろう皇后クレア。
乱れた長い黒髪と裸足のまま歩かされ傷ついた足。そしてジェレミーとよく似た面立ちに浮かぶ絶望と恐怖の表情にリリアンは顔を歪めた。
彼女は今、信じていた人に裏切られたことで混乱している。恐ろしくて涙も声も出せないようだ。
ただでさえ不安定な精神状態にある人になんてことをしてくれたのだろう。
「……ははっ。これで、グレイス侯が何をどうやってもあなたは死を免れないわね。皇后誘拐の罪は重いもの」
リリアンは大きく息を吸い、手枷を壊そうと手首に魔力を集中させた。
しかし、集めた魔力はシャボン玉が弾けるようにパチっと音を立てて消えた。
その様子にルウェリンはニヤニヤと品のない笑みを浮かべる。
「……ああ、そう」
リリアンは何か納得したようにため息をこぼした。この女もそこまで馬鹿ではないらしい。
「ご丁寧に、魔法師用の枷を用意してくれていたのね。後でこれを用意した魔法師の名前を教えてくれると嬉しいわ。手足をもいで差し上げないといけないから」
「あら、強がるのも大概にしては?見苦しいだけよ、公女。残念だけど、あなたには何も出来ないわ」
「強がってるつもりはなかったのだけれど。ふぅ……、まあ仕方がないわよね」
リリアンはゆっくりと立ち上がると首を鳴らし、足首を回した。
久しぶりだから上手く手加減出来るかわからないが、魔力が封じられては仕方がない。
リリアンはこれからの展開を頭でイメージすると、大きく深呼吸をして地面を蹴った。
「なっ……!?」
ルウェリンが驚いた次の瞬間には、クレアはリリアンの後ろにいた。
風を切る勢いでそばを通り過ぎた彼女は、ルウェリンを取り囲んでいたはずの男たちを次々と薙ぎ倒した。
背後に回り込んで枷を利用して首を絞めたり、目潰ししたり、飛び蹴りしたり、挙句男の急所を蹴り上げたりと、やりたい放題だ。
魔法師が応戦しようと詠唱するも、それをし終える前に彼女が打撃を与えてしまうため、彼らにはもう打つ手がなかった。
「足枷もつけておくべきだったわね、夫人?」
リリアンはクスッと小馬鹿にしたように笑う。
ここまで体術も優れているなど聞いていない。魔法を封じればどうにかなると思っていたルウェリンは悔しそうに顔を歪めた。
「さあ、どうする?こんな状態の私と皇后様がこの神殿の飛び出せば世間は大騒ぎよ?」
「……このまま逃げるつもり?逃げられるとでも?」
「逃げられない理由なんてある?魔法が使えないくらい、私には瑣末なことよ」
敵はあと20と少し。だがまともに戦えそうな奴はそう多くもなく。加えて、ここから逃げるのに奴らを全滅させる必要性はない。クレアを担いで走れば済む話だ。
ルウェリンはそう話す彼女にギリっと奥歯を鳴らした。
「……これを見てもまだそんなことが言えるかしらね!」
それはまるで地団駄を踏む子どものように、ルウェリンは床の大理石を勢いよく踏む。
すると真っ白な大理石の一部が不自然に切り取られたかのように窪み、カチッと何かがハマる音がし、次の瞬間には地鳴りのような音が祈祷室に鳴り響いた。
リリアンはクレアを庇うようにして体勢を低くした。地震ではないこの揺れの正体がわからない。
「……と、扉が」
クレアはその漆黒の瞳を大きく見開いた。女神像の後ろの壁に扉が現れたのだ。
ルウェリンはその、ふくよかな人が一人通れるかどうかの扉をゆっくりと開ける。すると中には檻に入れらた貧相な身なりをした人たちと、おそらく人の血で描かれたであろう魔法陣があった。
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