【完結】狂愛の第二皇子は兄の婚約者を所望する

七瀬菜々

文字の大きさ
74 / 80

71:責任とって(3)

しおりを挟む
 
 父と母と三人での食事。
 それは兄のヨハネスにはあって、弟のジェレミーにはなかった経験。
 だから、その日の晩餐はジェレミーにとってはとてもかけがえのない時間となった。

 たとえ、自分を見る母の目が懺悔と後悔に満ちていても。
 たとえ、父の笑顔に罪悪感が滲み出ていても。
 薄っぺらい『お前は大事な家族だ』という言葉でさえ、彼にとっては宝物で。
 ……愛想笑いをする自分の頬が引き攣っていることには気づかないふりをした。



(リリアンは皇后に相応しく、俺は皇帝には相応しくない。それだけだ)

 晩餐の席で父に何を言われたのかはよく覚えていない。緊張と喜びと、それを遥かに上回る虚しさで頭がいっぱいだったから。
 終始申し訳なさそうにする父が何度も『お前が悪いわけではない』と言っていた気がするが、それはどうでもいい。
 ただ、リリアンの手を離さなければならないという事実がそこにあるだけ。
 
 いつもの大会議室。重々しい空気の中、読み上げられる議題を右から左へと聞き流しながら、ジェレミーは落ち着きなく手元をいじる。
 ふと脳裏をよぎるのは自分のことを好きだと言ってくれた時の、リリアンの愛らしい顔だ。
 あのかっこよくて可愛い、狂おしいほどに愛している婚約者はもう目を覚ましただろうか。

「ハイネ嬢とて、一国の皇后としての待遇を与えられたほうが幸せだろう」

 会議の最中、そんなことを言う父の声が聞こえた。
 反論できない。多分そうなのだろうと思うからだ。
 
 ジェレミーはその出自の曖昧さから、確実に皇帝にはなれない。
 それどころか、もしかすると皇族の地位すら失うかもしれない。
 そうでなくても、元々の根暗な性格や社交性のなさ、人望のなさ。ジェレミーのあらゆる部分が皇族という身分に見合っていない。
 その一方でヨハネスは正当な王位継承者だ。政治的なセンスもある。性格も容姿も完璧で、リリアンとの相性も良い。

 きっと出自の問題がなくとも、彼女を幸せにできるのは間違いなくヨハネスの方だろう。

「そもそも、ジェレミー殿下には皇子として……」

 そんな声が聞こえる。皇子として相応しくないなんて、何度も聞いた。
 ジェレミーは小さく息を吐く。無意味だと知りながらも、その吐息に捨て切れない感情を乗せて。

(ごめん。リリアン……)

 皇族に振り回されるリリアンには申し訳ないと思う。せっかく好きになってくれたのに、たくさん頭を悩ませて恋をしてくれたのに。
 ああ、あんなにも愛おしい人を自ら手放すなんて、本当は心が張り裂けそうだ。

(でも、仕方ない。これが皆が望んでいる筋書きだから……)

 ジェレミーは心の中で、自分に嘘をついた。

 本当はそうじゃないのに、これが皇子として国のためにできる唯一のことだと自分に言い聞かせる。
 皇子としての役割に目覚めたなんて、そんなことないのに。
 本当は出自の曖昧さがより明確になった自分に自信が持てないだけのくせに。
 聖女にまでなってしまう彼女の隣に立つ自信がないだけのくせに。
 
 ジェレミーはそんな自分の醜いところを見ないふりして、自分自身に最もらしい嘘をつく。

 そして好きだ好きだと迫っておきながら、彼女の意見すら聞かずに、自分の心に嘘をつき、彼女の手を離す。
 なんて弱く醜いのだろう。

(ごめんなさい。愛してる、リリー)


 ジェレミーはこの日、すべての議題に賛成の意を示した。




 *



 リリアン・ハイネに聖女の称号を与える。
 賛成:9票。反対:1票。
 
 リリアン・ハイネを第一皇子ヨハネスの婚約者とする。
 賛成:8票。反対2票。

 第一皇子ヨハネスを皇太子とする。
 賛成:10票。反対0票。

 
 公平で民主的な投票の結果、この日議題に登った全ての案件が可決された。
 暖かな日差しが差し込む朝の議場。天使が描かれたステンドグラスは鮮やかに光り輝き、この国の新たな歴史の幕開けを祝福しているかのようだ。
 そんな中、ヨハネスは自分とリリアンとの再婚約に賛成の票を入れたジェレミーを困惑の眼差しで見つめていた。

「おい。どういうことだ」

 隣に座る弟に小声で問いただすヨハネス。だが彼は俯いたまま、何も答えない。
 議場の貴族たちはハイネ公爵を除いて、皆ジェレミーの判断を賢明だと褒め称えた。
 ハイネ公爵は呆れ顔で肩をすくめ、皇帝アルヴィンも満足げな顔をして会議を締め括ろうとする。

「待ってください、陛下!聖女の称号に関しては仕方がないにしても、婚約については本人の意見を聞くべきではありませんか!?」

 ヨハネスはバンッと円卓を叩き、父王に訴えた。アルヴィンはそんな息子に対し、困ったように微笑んだ。

「その時々の情勢で変わることは婚約事情が変わるなんてことはよくあることだ」
「そ、それは確かにそうなのですが……。しかし陛下。私とハイネ嬢はすでに一度婚約を破棄しております。そしてその事は公に発表され、彼女とジェレミーとの婚約もすでに公表済みです。それなのにまた私と婚約を結び直すとなると、民はどう思うでしょうか?心象は良くないのでは?」
「儂もヨハネス殿下の意見に賛成ですな。陛下の思惑は理解しているつもりですが、もう少し慎重になるべきかと」
「心配なさることはありません、ハイネ公爵閣下。ジェレミー殿下が汚れ役を引き受けてくださるそうですから」
「…………は?」

 不敬にも口を挟んできた一人の頭が薄い小太りの紳士が、紳士らしからぬ下卑た笑みを浮かべながらジェレミーをチラリと見る。
 ジェレミーは俯いたまま、小さく頷いた。
 それが何を意味するのかヨハネスにはすぐに理解できた。

「噂をそのまま利用するのか?」

 ベルンハルトに扮したイライザが、オリビアを使って流した噂。愛する二人はリリアンに横恋慕するジェレミーによって引き裂かれたというあの話。
 アレを否定せずに広めることで、ヨハネスとリリアンの婚約をよりロマンチックに演出し、より正当なものへと昇華させるつもりなのだ。
 ヨハネスはギリっと奥歯を鳴らした。

「あの噂はハイネ嬢本人が大勢の前で否定している」
「ですがその後すぐにイライザのことが明らかになり、場は混乱しました。ハイネ嬢本人の否定は忘れ去られているに違いない」
「そんなの許されるわけないだろう。おい、ジェレミー。黙っていないで何が言え。お前も当事者だぞ」
「兄上、俺は……」
「ヨハネス殿下。先程から何がご不満なのですか?貴方様は今この場で皇太子になることが決まりました。次期皇帝です。玉座に座る者は国母に相応しい女性をそばに置く義務があります。そしてこの国で一番貴方様のそばに侍るに相応しい女性は聖女となるリリアン・ハイネただひとりでございます」
「ヨハネス。ジェレミーはもう納得してくれたのだ」
「納得!?納得などするはずがないでしょう!?ジェレミーに何を言ったのですか!?ジェレミー、お前もお前だ!そんな簡単に諦められるような軽い気持ちでリリアンを欲しがっていたわけではないだろう!?」
「いい加減にしないか、ヨハン」
「しかし、父上……!」
「そもそも、この議題は公平な投票によりもう可決された。故にこの決定は覆らない」

 基本的に敵対する派閥同士が集まった会議の場で、多数決により決定したことは絶対だ。
 それが貴族社会の総意。ひいては国民の総意として扱われる。ヨハネスは大きく舌を鳴らした。
 
 すると、その時だった。

 議場の扉が乱暴に開かれた。
 外にいた衛兵は内側へと倒れ込み、なぜか寝こけている。貴族たちは皆何事かとざわつく。
 そんな騒然とした中、外からの眩い光と共に姿を現したのは軍服を着たリリアン・ハイネだった。
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

転生皇女セラフィナ

秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。 目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。 赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。 皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。 前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。 しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。 一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。 「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」 そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。 言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。 それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。 転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。 ※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた

夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。 そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。 婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。

竜人のつがいへの執着は次元の壁を越える

たま
恋愛
次元を超えつがいに恋焦がれるストーカー竜人リュートさんと、うっかりリュートのいる異世界へ落っこちた女子高生結の絆されストーリー その後、ふとした喧嘩らか、自分達が壮大な計画の歯車の1つだったことを知る。 そして今、最後の歯車はまずは世界の幸せの為に動く!

ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~

紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。 毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

処理中です...