【完結】狂愛の第二皇子は兄の婚約者を所望する

七瀬菜々

文字の大きさ
75 / 80

72:責任とって(4)

しおりを挟む
「…………リリアン!?」

 ヨハネスは目を大きく見開き、激しく動揺した。
 その動揺はジェレミーもまた同じだったようで、彼も目を大きく見開いている。
 だって、彼女はおそらくまだ動ける状態ではないはず。

「ご機嫌よう、皆様」

 リリアンはフッと柔らかく微笑み、カーテシーを披露する。いつもの柔らかな微笑みが真っ白な軍服には似合わない。そのチグハグさがどこか恐ろしい。

「今はまだ会議中だが……」

 その場にいた貴族の中の一人がそう言いかけたその時、リリアンは『それは失礼』と明らかに思っていない言い方で謝罪しつつも、パチンと指を鳴らした。
 すると、パンッという破裂音と共に周囲の音は遮断され、その空間だけが別の次元に飛ばされたように静まり返る。
 呆然とする者たちを横目に、リリアンは部屋の奥。上座に座る皇帝の前まで足を進めた。
 そして彼の前に立つとその細く白い指先を揃え、スッとその少し皮膚の衰えを感じさせる首筋に爪の先を突きつけた。

「指先に魔力を纏わせています。私がこのまま貴方様の首を切るように手を動かすとどうなると思います?首が飛びます」

 淡々と話すリリアン。だがこれは紛れもなく反逆だ。
 呆然としていた貴族たちは揃って声を上げた。
 しかし、何故か体が動かない。筋肉が全て硬直してしまったように指一本動かすことができない。

「おい、小娘!我々に何をした!?」
「邪魔をされたくありませんので、動きを封じさせていただきました」
「なっ!?」
「ご安心ください。殺しはしません。……まあ、今のところは、ですけれど」

 今のところは、と笑うリリアンのその含みのある言い方といつもと変わらぬ微笑みに、全員が肩を振るわせる。
 この娘はこんなにも凶暴だっただろうか。記憶の中のリリアンはふわふわとした何の悩みもなさそうな天然娘だったはず。間違っても、こんな獰猛な獣のような目はしていなかった。

「ひ、人を呼べ!」
「無駄です。この空間はすでに私の手の中です。私より強い魔力の持ち主がここにいない限り、外部からの侵入は不可能かと」
「貴様、これは叛逆だぞ!」
「でしょうね」

 そんなことはわかっている。リリアンは怒り狂う彼らに淡々と返す。

「おい、リリアン」
「お父様は黙っててください。お叱りは後で受けます」
「リリ……」
「ヨハンも黙ってて」

 リリアンは自分を諭そうと口を開いた二人を制止した。
 首元に刃を突きつけられたも同然の皇帝アルヴィンは冷や汗をかきながら、リリアンを見上げる。

「……これはどういうつもりかな?リリアン・ハイネ」
「そろそろ世代交代の時期ですね、陛下。その席を後継にお譲りください」
「それはまた……」
「陛下は皇后陛下と共に南の離宮で療養しながら静かに余生を過ごされる方がよろしいでしょう」
「何を言うか。私はまだまだ健康体だが?」
「そうでしょうか?随分と前から正しい判断ができないほど脳の老化に悩まされているようにお見受けいたしますが?」
「……随分と失礼なことを言うんだな」
忠誠を誓った者としての忠言です。だって、その席に座る者がポンコツでは困るもの」

 リリアンのあまりに無礼な発言にアルヴィンは眉を顰めた。

「何だと?」
「今回の件を事前に防ぐチャンスは幾度もあったはずです」

 この男は、ルウェリンやイライザの様子に異変を感じていながら、彼らを処分しなかった。ルウェリンが自分に恋愛感情を抱いていることを知っても軽く流して、皇后クレアの寝室に他者の侵入を許したイライザに処分を下さなかった。
 そこで適切な処分を下していれば、そもそもこんな事は起きなかった。

「幼馴染を、もしくは友人を失いたくなかった?それともただ面倒だっただけ?」
「私は……」
「ああ、ごめんなさい。聞いておいて悪いけれど興味はないわ。貴方がどんな葛藤を胸に抱えていたのかなんて別に知りたくもないもの」
「……っ!?」
「重要なのは結果よ。結果として貴方はしなければならない決断をしなかった。だからこの事態を招いた。そして愛してるフリだけして、大事にしているフリだけして育ててきた末の息子に、自分の過ちの尻拭いをさせようとしている。ああ、なんてずるい人。彼が自分のに弱いことを知ってて汚れ役を押し付けるつもりなのね。随分と自己中心的ね。本当、死ねばいいのに」

 リリアンはアルヴィンに向かってペッと唾を吐き捨てた。
 流石に堪忍袋の尾が切れたアルヴィンは低く重い声色でハイネ公爵に声をかける。

「……ハイネ公爵」
「はい、陛下」
「今ならまだ許してやれる。娘をどうにかしたまえ」
「そう仰られましても、この状況では良くて相打ちですぞ?」
「ハハッ!まさか!?」
「残念ながら、陛下。恥ずかしい話ではありますが儂はもう魔法の発動速度、範囲、威力の全てにおいて娘には敵いません。どうにか肉弾戦に持ち込めても、この場はすでにリリアンが制しておりますので、相打ちに持ち込めれば上出来というところでしょう。この場でリリアンに敵う力を持つのはジェレミー殿下くらいでは?」

 全員の視線が一斉にジェレミーへと向く。ジェレミーは困惑した表情を浮かべた。

「お、俺は……」

 そんな目で見られても、リリアンを相手にすることなどできない。出来るはずがない。
 しかし、アルヴィンは申し訳なさそうに微笑み、『頼む』と言った。
 そのお願いは聞きたくない。いくら敬愛する父であっても無理だ。ジェレミーはギュッと目を閉じた。

 すると、閃光弾が放たれたかのような強い光と共に、何かが割れる音と室内にいた貴族たちの苦しそうな声が聞こえた。

「……!?」

 ジェレミーが恐る恐る目を開けると、机の上にあったそこそこ頑丈で特別な石でできているはずの賛否の札が割れ、貴族たちはリリアンの父であるハイネ公爵も含め、ジェレミー以外の全員が彼女の魔力によってきつく椅子に縛り付けられていた。
 もう少し縛り方をキツくすれば、全員綺麗にスライスされることだろう。リリアンは笑いながらそんな恐ろしい言葉をこぼす。
 いよいよ本気の叛逆だ。アルヴィンはたまらず、ジェレミーに対して『リリアン・ハイネを殺せ』と命じる。それは彼の本性が垣間見えた瞬間だった。
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

転生皇女セラフィナ

秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。 目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。 赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。 皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。 前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。 しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。 一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。 「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」 そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。 言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。 それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。 転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。 ※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた

夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。 そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。 婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。

竜人のつがいへの執着は次元の壁を越える

たま
恋愛
次元を超えつがいに恋焦がれるストーカー竜人リュートさんと、うっかりリュートのいる異世界へ落っこちた女子高生結の絆されストーリー その後、ふとした喧嘩らか、自分達が壮大な計画の歯車の1つだったことを知る。 そして今、最後の歯車はまずは世界の幸せの為に動く!

ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~

紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。 毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

処理中です...