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27:聖女の舞(1)
しおりを挟む翌日、ちょうど太陽が真上の登る頃、シエナは教会本部を訪れていた。
昨夜、少し雨が降ったせいか、教会の控室から見える植木に咲いた花には雫がついていた。
(今日は空気が美味しい)
シエナはゆっくりと窓を開けた。
植物の雫が太陽の光に反射して、キラキラと光っている様はとても綺麗だ。
濡れた地面の匂いと、汚いものが全て洗い流されたように澄んだ空気も心地いい。
「お茶をお入れいたしました」
「ありがとう、エマ」
シエナはエマのお茶を飲むため、部屋の中央にあるテーブルの方へと移動した。
エマが椅子を引き、シエナがそこに座る。
「この部屋はどうにも落ち着きません」
自身も椅子に座ると、エマは口をへの字にしてボソッと呟いた。
彼女達のいる控室は白を基調としており、豪奢な装飾品もない質素な部屋だ。
モノトーンの敷物の上には白い机と白い椅子、白のハンガーラックと小さな白色のドレッサーが置いてあるだけ。
これだけ真っ白だと汚れが目立つため、紅茶を入れる時もいつもより気を張っていないといけない。
「聖女の部屋だからね。仕方がないわ。用意が終わればエマはいつも通り教会内でも散策しておいて」
「大聖堂、覗きに行ってはダメですか?私も一度はシエナ様の舞を見てみたいです」
「ごめんね。祈祷は関係者以外は入れなくて」
「むぅー。わかってますよぅ」
言ってみただけだと、エマは口を尖らせた。
今日のシエナの公務は、帝国の安寧を祈願するために行われる祈祷に参加することだ。
帝国では月に一度の祈祷の際に、皇后が聖女の姿をして舞を披露するのが慣習となっている。
大司教と数名の枢機卿の前で、神に捧げるためだけに舞うのだ。
(舞って苦手なんだよなぁ…)
紅茶を一口啜りつつ、シエナは目を閉じた。
基本的になんでもできるシエナだが、リズム感がないのか、舞だけは昔から苦手だ。
舞の稽古だけは何度も何度も授業を抜け出して、今の皇太后であるヴィクトリアによく怒られていた。
(…懐かしい)
彼女は普段は優しいが、妃教育に関してはスパルタだった。あの頃は見返してやりたいという反骨精神で頑張っていたが、今思えばその厳しい教育のおかげで今のシエナの地位があるのだ。
感謝しなければなとシエナは思った。
「…シエナ様、何かいいことありました?」
エマはシエナの顔を覗き込むと首を傾げる。
昔のことを思い出したせいか、それとも昨夜アーノルドと和解した影響か、今日は少し顔が緩んでいたらしい。
シエナはすぐに皇后らしい穏やかの微笑みを張り付けた。
「なんか、スッキリした顔をしていらっしゃいます。昨日よりキラキラしてます」
「そうかしら?」
「ひょっとして、陛下絡みで何かありましたか?」
「それはご想像にお任せします」
「ということは、陛下絡みなんですね」
「黙秘します」
「良かったぁ。愛人なんて連れてきたからどうなる事かと思ってましたけど、いっときの気の迷いだったんですね。まあ、気の迷いでも私なら許しませんけど」
「黙秘だって言ってるじゃない…」
完全にアーノルド絡みで良いことがあったのだと決めつけられてしまった。まあ、まさに彼女の言う通りなのだが…。
事情を知らないエマは愛人を連れてきたアーノルドに怒りつつも、ずっと二人の仲を心配していたエマはホッとしたような表情を見せた。
(エマにも愛人のことを話しておくべきかしら…)
実はシエナ、自分の近くにいることの多いエマには、ロイの女装の事を話すかをずっと迷っていた。
側近の彼女には話を通しておいたほうが何かと動きやすいが、いかんせんエマはおしゃべりな女の子だ。
ハワード枢機卿のような巧みな話術で情報を聞き出そうとしてくる人間には、あっさりと乗せられてしまうだろう。
シエナはエマの茶色い瞳をじっと見つめた。
エマはキョトンと首を傾げる。その仕草は実に可愛らしいが、何故かこちらの不安を掻き立てる。
(…やっぱりやめとこう)
シエナはまだしばらく、エマにはアメリのことを黙っておくことにした。
「エマ、私たち夫婦のことは他言無用だからね。アメリさんのこととか、外で言わないでよ?」
「どうしてですか?」
「褒められた内容ではないからよ。下手に探りを入れられたくないの。だから間違っても、アメリさんの悪口とか、皇帝は皇后を愛しているとかも吹聴しちゃダメよ?」
「…えぇー。…わかりましたぁ」
「どうしてそんなに不服そうなのよ」
「シエナ様はもう少し愛人を牽制した方が良いと思います」
「あら?どうして?」
「そうしないと愛人様は調子に乗ります」
「アメリさんが調子に乗ろうと、陛下の心はちゃんと私にあるから心配ないわ」
シエナは余裕のある表情で夫の手綱は握っているとアピールした。
彼女のその強く余裕のある微笑みにエマは少し頬を赤らめる。
シエナが気にしていないのなら気にする必要はなさそうだと判断したのか、エマは素直に主人の要求を聞き入れた。
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