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第一部

29:婚約パーティー(4)

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「パーティーをぶち壊すとは、具体的には何をなさるおつもりで?」
「別に大したことはしない。ただ会場に仕掛けてもらった爆弾を爆発させて、騒ぎを起こすだけだ」

 ジョシュアはそう言うと、起爆装置らしき物をエリザに渡した。
 エリザは彼を睨みつけつつ、それを受け取る。
 小さな箱にボタンがついたそれは、会場からダンスの音楽が流れ始めたら推す予定だったらしい。
 本当に、よくこんな恐ろしいことを考えつくものだ。

「ジョシュアは自分で爆弾を作ったのよ?さすがだわ」

 オフィーリアはスゴイとジョシュアを褒め称える。
 褒め称えられたジョシュアは満更でもなさそうな表示をしているが、そもそも許可なく爆弾を作ること自体犯罪だ。
 エリザはジョシュアの成績が改竄されたものである可能性さえ疑った。馬鹿すぎる。
 色々と言いたいことを飲み込んで、彼女は質問を続けた。

「何故そのようなことを?」
「復讐だよ。あの女のせいで僕たちはたいへんな目にあったからな。とあるお方が僕の悲劇的な現実を憂いて協力してくれたんだ」
「そのとあるお方とは、こちらのお店を紹介したお方ですか?」

    エリザはそう言うと、胸元から一枚の写真を取り出した。
 その取り出す仕草に色気を感じたのか、ジョシュアは息を飲む。

「わたくし、貴方にこのお店を紹介した人物を知りたいのです」

     ニッコリと微笑みながら彼女が突きつけたその写真には、ファンシーなお店の裏口から出て行くジョシュアの姿がハッキリと写されていた。

「そ、それは…」 
「このお店は違法な物を売買する闇取引の場所として有名です。そんなところに公爵家の貴方が入って行ったというのは、下手をすれば城への不法侵入より問題視されますね?」

     表向きは裏社会と敵対しているはずの貴族が、この店の裏口から出てくる場面。その瞬間を映した写真が存在していると事実は、貴族連中にとってかなり都合が悪い。
 今まで闇組織と貴族の関係は噂程度で止まっていた。だがこの写真ひとつで、それは噂ではなく事実となるのだ。
 これを新聞社に売ればどうなるだろうか。立派なゴシップとなる。
 この店を使う様々な貴族が迷惑を被り、結果的にジョシュアの存在を消しにくるだろう。

「こういう場所に行くには普通、使いを出すか、自分で赴くならば普通は変装もをするものです。間違っても制服で行ってはダメですよ?」

 紹介者はこの程度の常識すら知らないとは思わなかったのかもしれない。
 エリザの指摘にジョシュアは顔を真っ青にした。
 
「ねぇ、公子様。実はわたくし、騎士団に伝手がありますの。だから貴方のご返答次第では、こちらのお写真は廃棄処分させていただきますわ」

 どうしましょう、と彼女は悪魔の微笑みで選択を迫る。
 どうしましょうなんて言われても、選択肢など彼には無い。
 紹介者に対する義理などない彼は諦めたように深くため息をついた。

「…紹介者が誰なのかは、正確にはわからないんだ」
「わからない、とは?」
「僕が講義をサボって学園の図書室で本を読んでいたら、突然後ろから声をかけられた。首に刃物のようなものを当てられて、振り向かずにそのまま聞けと言われたので僕はそのまま話を聞いた」

 彼曰く、その声の主はおそらく女で、とても柔らかい話し方をする人物だったらしい。
 第四皇女から酷い仕打ちを受けたジョシュアたちの味方になってあげたいけれど、彼女の報復が怖いので顔を見られたくないと話したその女は、手紙を彼の前におくと、それを持ってお店に行くように指示を出した。

「手紙には、紹介状と共に今回の計画が書かれていた。優秀な僕なら爆弾くらい簡単に作れるだろうし、この方法が一番あの姫を困らせることができるとかなんとか書いてあった」

 正直、怪しすぎて半信半疑だったが、それでもモニカに復讐したい気持ちが勝った彼は紹介状を持ってジョシュアはその店に向かったらしい。 

「店に行って紹介を渡したら、そのまま奥の部屋に通された。そこには柄の悪そうな男たちがたくさんいたけれど、皆、僕に優しくしてくれた」
「それで、火薬を売って頂いたと」
「ああ」
「紹介状には何て名前が書いてあったかわかりますか?」
「確か、ホークスと書かれていた」
「廃嫡を取り消すと言ったのはそのホークスですか?」
「そうだ」
「では、今日実際に爆弾を仕掛けたのは?」
「黒装束に身を包み、黒い布で口元を覆った男だった。身長は180くらい。かなりガタイがいい」
「他に情報は?」
「ホークスから紹介状を見せた時、向こうの男たちは『どこでこれを手に入れたのか』と驚いていた」
「その紹介状はなかなか手に入らないということですか?」
「多分、そういうことだと思う。あとは、オフィーリアが言っていたんだけど、封筒から特殊な香水の匂いがしたと」
「香水?」
「そうよ。微かだけどバラの香油の匂いがしたの。でもバラの香油にしては少し爽やかで、あまり出回っていないものだと思う」

 ジョシュアとオフィーリアは怯えながらも、できるだけの情報を渡そうと必死に答えた。
 エリザはそんな二人を見て、フッと笑みをこぼす。

「ご協力、感謝いたしますわ。公子様、ポートマン嬢」
「も、もういいか?」
「ええ。大変、助かりました」

   ドレスの裾をつまみ、二人に対し優雅に頭を下げるエリザ。
 彼女はニッコリと微笑み、『それでは、失礼いたします』と言って踵を返した。

「え?」
「え?話したら見逃してくれるって…」
「お、おい…」
 
 目を見開いて、信じられないものを見るような目でエリザを見るジョシュア。
 そんな彼に、エリザは会場へと戻る足を止めて東の方へと大きく手を振った。
 
「こちらですわ!」

 エリザの元に駆けつけたのはジャスパーの元上官でもあるアンダーソン伯爵。身長180越えの体格の良い強面のおじさまだ。この顔で15歳年下を溺愛しているというから信じがたい。
 エリザは彼に爆弾の起爆装置と写真を渡し、事のあらましを説明する。
 その様子をジョシュアはただ呆然と眺めていた。

「え?何をして…」
「悪い人を騎士様に捕まえていただくのです」

   ごく当たり前のようにエリザはそう言い放つ。
 数秒固まっていたジョシュアだが、徐々に状況が把握できてきたのかその顔はみるみる赤くなった。

「う、裏切り者!!」
「最低!ほんと最低!」
「悪魔!人でなし!」

 そう喚く二人に、騎士団からは呆れたようなため息が漏れた。

「何を期待していたのかは存じ上げませんが、彼女はジャスパー・オーウェンの妹君ですよ?」

 素行不良の問題児の護衛騎士。そしてあの容赦のない第四皇女の乳姉妹。まともに約束など守るわけがないとアンダーソン伯爵は言う。
 網からおろされたジョシュアは覚えてろよと叫んだ。

「なんとでも言うが良いのです」

 エリザは役目を終えてホッと胸を撫で下ろした。
 すると、次の瞬間。会場からは大きな音が聞こえた。
 


 
 
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