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第一部
24:告白(1)
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「結局、ノア様との再婚約のこと、姫様は知ってたってことですか?」
「いいえ?あの時の謁見の間で初めて知ったわ」
正直なところ、あの気弱なノアが自分との約束を守るために婚約者として戻ってきてくれるとは微塵も思っていなかったらしい。
だから謁見の間で彼を見たときはとても驚いたのだとモニカは語る。
「私との再婚約は色々と苦労なさったと思うわ」
「じゃあノア様は姫様と恋人を迎えに行くために頑張ってたんですね」
「多分ね」
入浴を終えた二人は、そんな会話をしならモニカの寝室でくつろいでいた。
…いや、訂正だ。
ジャスパーだけがくつろいでいた。
「主人のベッドに寝転がるとか、首を切られるわよ?私に」
「姫様に切られるなら本望です」
「あら、そう?なら、包丁を研いで来ようかしら」
モニカのベッドに大の字で寝そべる素行不良の騎士を呆れ顔で見下ろす。
少し湿った彼女の蜂蜜色の髪はさらりと前に流れる。
その毛先が頬に触れたジャスパーは、くすぐったそうに顔を逸らせた。
「…姫様はノア様のこと好きじゃないんですか?」
「その質問、何回目よ。人としては好きだけど異性としては見てないわ」
「そうっすか」
「何でちょっと嬉しそうなのよ」
「だって嬉しいから」
明らかに口元がニヤついている。
何がそんなに嬉しいんだか。モニカは自分もベッドに腰掛けて小さくため息をこぼした。
「…姫様の反応は紛らわしいです」
「そう?」
「なんかノア様のこと、本当に好きみたいでした」
ノアと接するとき、何かと頬を赤らめることが多かったとジャスパーは嫌味っぽく指摘する。
モニカはノアと対峙するときの自分を思い出し、恥ずかしそうに顔を伏せた。
「…あれは…その…。前の婚約期間中の話なんだけど、ノア様とのデートの時はノア様の護衛がいるからってジャスパーにはお休みを出していたでしょ?」
「ああ、そういえばそうでしたね」
「ノア様がブライアンとお付き合いを始めたのは、その婚約期間中に訪れた美術展で彼に一目惚れしたからなの」
「そうなんですか…」
「それでさ、デートのたびに私たちはブライアンに会いに行ってたんだけど、ノア様ってば、あんな可愛らしい顔して実はすごく情熱的な人でさ。口説き落とすために、側で見てるこっちが恥ずかしくなるようなセリフばっかり言うわけ」
「へぇ、意外ですね」
「でしょ?だからその時のこと思い出しちゃって…」
「思い出しちゃって…?」
「ノア様の顔を見ると、なんか恥ずかしくて顔が赤くなるのよ…」
耳まで真っ赤にしたモニカは両手で顔を覆って、恋愛経験ないから耐性がないのだと言い訳した。
自分に言われたわけでもないけれど、当時10歳足らずの小娘には少し刺激が強かったらしい。
ジャスパーは上体を起こし、恥ずかしいからこっちを見るなという彼女の手を顔から引き剥がす。
「顔真っ赤」
「う、ううううるさい!」
「もしかして、積極的に攻められたいタイプですか?」
「な、何が…」
「だって他の人に言うノア様の口説き文句でそんなんになるんでしょ?」
「そんなこと言われてもわかんないよ…。でも、一度はあんなふうに口説かれてみたいとは思うわ」
「…俺の愛の告白は毎度軽く流すくせに」
「だって、ジャスパーのは冗談でしょ?冗談で何言われてもドキドキなんてしないわ」
「じゃあ冗談じゃなければいいんですか?」
「…へ?」
ジャスパーはモニカの手に自分の指を絡め、ぎゅっと手のひらをくっつけた。
普段から軽率に自分に触れてくる男ではあったが、今この瞬間の彼はいつもと違う。
「な、何…」
熱を帯びた瞳でじっと自分を見つめてくるジャスパー。
モニカはたまらず目を逸らせた。
しかし、それでも尚、彼はジリジリと顔を近づけてくる。
モニカも負けじと、これ以上距離を詰められないよう後ろに体を剃らせるが、手を強く握られているので逃げることができない。
手を解こうとすればするほど、絡まり合った彼の指は艶かしく動いてまとわりついてくる。
そして、モニカの手は手の甲に爪が食い込むくらいに、さらにぎゅっと強く握られた。
「いたい」
「姫様、こっち向いてください」
「や、やだ」
「どうして?」
「なんかいつもと違うから」
変な空気になった室内。風呂上がりのせいか、体が火照る。だから、密着した手のひらからは汗が滲み出る。
モニカは上目遣いで恐る恐るジャスパーの方を見た。
いつもより、目が怖い。雰囲気が怖い。まるで男の人みたいだ。
「…いつもと一緒だったらドキドキしないんでしょ?姫様が言ったんですよ?」
「それは…そうだけど…」
「口説いていい?」
「…どうしてよ」
「どうしてって、好きだから」
「好きって…」
揶揄われているのだろうか。
冗談だとわかっているのに、あまりに真剣な目をして、真剣な声色でそう言うからモニカの体はさらに熱くなった。
「そ、そういう冗談はやめて」
「冗談で言ってない」
「どうして急にそんなこと言うの?」
「急じゃない。本当はずっと好きだった」
「そんなこと言われても、困る…」
「俺のことが嫌いだから?」
「嫌いじゃない。でもそんな風に考えたことないから、どう返していいのかわからない」
「じゃあ考えて」
ジャスパーはそう言うと彼女の額に唇を落とし、手の拘束を緩める。
モニカは緩められた手を振り払うと、すぐさまベッドを降りて部屋の隅に身を寄せた。
明らかに頭から湯気が出ており、目がぐるぐると回っている。
これ以上攻めるとキャパオーバーで爆発してしまそうだと判断した彼は、クスッと笑みをこぼした。
「これから一日一回は口説きます」
「何で!?」
「3年後、姫様が離婚歴一回の傷ものになった時に俺を選んで欲しいから」
「や、やだ!」
「やだ却下。覚悟しといてください」
ジャスパーはにっこりと微笑んでそう言うと、ご機嫌で自分の部屋へと帰っていってしまった。
完全なる言い逃げだ。
その日、モニカは心臓の音がうるさくてよく眠れなかった。
「いいえ?あの時の謁見の間で初めて知ったわ」
正直なところ、あの気弱なノアが自分との約束を守るために婚約者として戻ってきてくれるとは微塵も思っていなかったらしい。
だから謁見の間で彼を見たときはとても驚いたのだとモニカは語る。
「私との再婚約は色々と苦労なさったと思うわ」
「じゃあノア様は姫様と恋人を迎えに行くために頑張ってたんですね」
「多分ね」
入浴を終えた二人は、そんな会話をしならモニカの寝室でくつろいでいた。
…いや、訂正だ。
ジャスパーだけがくつろいでいた。
「主人のベッドに寝転がるとか、首を切られるわよ?私に」
「姫様に切られるなら本望です」
「あら、そう?なら、包丁を研いで来ようかしら」
モニカのベッドに大の字で寝そべる素行不良の騎士を呆れ顔で見下ろす。
少し湿った彼女の蜂蜜色の髪はさらりと前に流れる。
その毛先が頬に触れたジャスパーは、くすぐったそうに顔を逸らせた。
「…姫様はノア様のこと好きじゃないんですか?」
「その質問、何回目よ。人としては好きだけど異性としては見てないわ」
「そうっすか」
「何でちょっと嬉しそうなのよ」
「だって嬉しいから」
明らかに口元がニヤついている。
何がそんなに嬉しいんだか。モニカは自分もベッドに腰掛けて小さくため息をこぼした。
「…姫様の反応は紛らわしいです」
「そう?」
「なんかノア様のこと、本当に好きみたいでした」
ノアと接するとき、何かと頬を赤らめることが多かったとジャスパーは嫌味っぽく指摘する。
モニカはノアと対峙するときの自分を思い出し、恥ずかしそうに顔を伏せた。
「…あれは…その…。前の婚約期間中の話なんだけど、ノア様とのデートの時はノア様の護衛がいるからってジャスパーにはお休みを出していたでしょ?」
「ああ、そういえばそうでしたね」
「ノア様がブライアンとお付き合いを始めたのは、その婚約期間中に訪れた美術展で彼に一目惚れしたからなの」
「そうなんですか…」
「それでさ、デートのたびに私たちはブライアンに会いに行ってたんだけど、ノア様ってば、あんな可愛らしい顔して実はすごく情熱的な人でさ。口説き落とすために、側で見てるこっちが恥ずかしくなるようなセリフばっかり言うわけ」
「へぇ、意外ですね」
「でしょ?だからその時のこと思い出しちゃって…」
「思い出しちゃって…?」
「ノア様の顔を見ると、なんか恥ずかしくて顔が赤くなるのよ…」
耳まで真っ赤にしたモニカは両手で顔を覆って、恋愛経験ないから耐性がないのだと言い訳した。
自分に言われたわけでもないけれど、当時10歳足らずの小娘には少し刺激が強かったらしい。
ジャスパーは上体を起こし、恥ずかしいからこっちを見るなという彼女の手を顔から引き剥がす。
「顔真っ赤」
「う、ううううるさい!」
「もしかして、積極的に攻められたいタイプですか?」
「な、何が…」
「だって他の人に言うノア様の口説き文句でそんなんになるんでしょ?」
「そんなこと言われてもわかんないよ…。でも、一度はあんなふうに口説かれてみたいとは思うわ」
「…俺の愛の告白は毎度軽く流すくせに」
「だって、ジャスパーのは冗談でしょ?冗談で何言われてもドキドキなんてしないわ」
「じゃあ冗談じゃなければいいんですか?」
「…へ?」
ジャスパーはモニカの手に自分の指を絡め、ぎゅっと手のひらをくっつけた。
普段から軽率に自分に触れてくる男ではあったが、今この瞬間の彼はいつもと違う。
「な、何…」
熱を帯びた瞳でじっと自分を見つめてくるジャスパー。
モニカはたまらず目を逸らせた。
しかし、それでも尚、彼はジリジリと顔を近づけてくる。
モニカも負けじと、これ以上距離を詰められないよう後ろに体を剃らせるが、手を強く握られているので逃げることができない。
手を解こうとすればするほど、絡まり合った彼の指は艶かしく動いてまとわりついてくる。
そして、モニカの手は手の甲に爪が食い込むくらいに、さらにぎゅっと強く握られた。
「いたい」
「姫様、こっち向いてください」
「や、やだ」
「どうして?」
「なんかいつもと違うから」
変な空気になった室内。風呂上がりのせいか、体が火照る。だから、密着した手のひらからは汗が滲み出る。
モニカは上目遣いで恐る恐るジャスパーの方を見た。
いつもより、目が怖い。雰囲気が怖い。まるで男の人みたいだ。
「…いつもと一緒だったらドキドキしないんでしょ?姫様が言ったんですよ?」
「それは…そうだけど…」
「口説いていい?」
「…どうしてよ」
「どうしてって、好きだから」
「好きって…」
揶揄われているのだろうか。
冗談だとわかっているのに、あまりに真剣な目をして、真剣な声色でそう言うからモニカの体はさらに熱くなった。
「そ、そういう冗談はやめて」
「冗談で言ってない」
「どうして急にそんなこと言うの?」
「急じゃない。本当はずっと好きだった」
「そんなこと言われても、困る…」
「俺のことが嫌いだから?」
「嫌いじゃない。でもそんな風に考えたことないから、どう返していいのかわからない」
「じゃあ考えて」
ジャスパーはそう言うと彼女の額に唇を落とし、手の拘束を緩める。
モニカは緩められた手を振り払うと、すぐさまベッドを降りて部屋の隅に身を寄せた。
明らかに頭から湯気が出ており、目がぐるぐると回っている。
これ以上攻めるとキャパオーバーで爆発してしまそうだと判断した彼は、クスッと笑みをこぼした。
「これから一日一回は口説きます」
「何で!?」
「3年後、姫様が離婚歴一回の傷ものになった時に俺を選んで欲しいから」
「や、やだ!」
「やだ却下。覚悟しといてください」
ジャスパーはにっこりと微笑んでそう言うと、ご機嫌で自分の部屋へと帰っていってしまった。
完全なる言い逃げだ。
その日、モニカは心臓の音がうるさくてよく眠れなかった。
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