53 / 74
第二部
8:モニカと画家のブライアン(3)
しおりを挟む
ブライアンにとってのモニカは良き友人である。
彼女が背中を押してくれたから、ノアの気持ちに応えることができた。
だから、彼にとっての彼女は大切な存在だ。
「よって、現状には大いに不満がある」
「何がよ…」
モデルの衣装に着替えたモニカは、ジトっとした目でこちらを睨んでくるブライアンを睨み返す。
そんな彼女にブライアンは鏡を持たせた。
「ブッサイクな顔になってんぞ」
眉間に皺を寄せて目の下にはクマや肌荒れを指摘してくる彼に、モニカは少し寝不足なだけだと答えた。
だが、鏡に映る自分は確かにひどい。
「あの騎士のせいか?」
「……」
ジャスパーのせいではないが、ジャスパーとあの日見た女性との関係が気になりすぎて、中々眠れないのは事実だ。
あれからモニカの耳は、彼とその女性に関する気になる噂をよく拾うようになった。
今日もまた、自分がこうしている間にも彼女とどこかへ出掛けているのだろうか。気になって仕方がない。
「気になるなら聞けばいいじゃん。あの女は誰なんだって」
「…聞けたら苦労しないわよ」
「俺が聞いてやろうか?」
「遠慮しとく」
聞くのが怖いのだと、モニカは崩れ落ちるように用意された椅子に腰掛けた。
そんな彼女にブライアンは呆れたようにため息をこぼした。
「浮気だとしても、そうじゃなかったとしても、聞かないことには何も解決しないぞ」
「わかってるよ」
「わかってんなら行動しろよ」
「怖いのよ。もし仮に彼女と交際していたとして、それを笑顔で祝福してあげられるほど私はできた人間じゃないの」
「別に祝福してやる必要なんてないだろ。もしノアがそういうことしたら、俺だったら浮気相手の爪を全部剥いでやるくらいのとこはするぞ」
「嫉妬深いのね」
「まあな」
ブライアンはそのまま楽にしてていいと言って、筆をとった。
物悲しげに外を見つめるモニカもそれはそれで美しい。亡き夫をずっと思い続ける未亡人のような雰囲気がある。
それを言ったら怒られるから絶対に口には出さないけれど、この絵のタイトルは『未亡人』で決まりだと彼は思った。
「ねえ、ブライアンはノア様のどこが好きなの?」
「なんだよ急に」
「いいから答えて」
ぼーっと外を眺めながら、モニカはそう尋ねた。
あまりそういうことは答えたくないブライアンだが、今日は特別だ。
一旦筆をおくと、布がかけられた絵の方を見て恥ずかしそうに答える。
「…のほほんとしているように見えて意外と策士で腹黒なとこ」
「趣味悪い」
「お前に言われたかねーよ。むしろお前のが趣味悪いわ」
「なんてことを言うのよ」
「だってそうだろ?あれはやばい。雰囲気が普通じゃない」
「どう言う意味?」
「危険な香りがぷんぷんする」
「大人の色香ってやつ?」
「なんだそれ」
「あら?違うの?貴族令嬢たちがそう言ってたから」
「そんな可愛らしいもんじゃねーだろ、あれは。なんか犯罪者の匂いがする」
闇堕ちしたら本当に犯罪を犯しそうだとブライアンはつぶやいた。
彼の言っていることがわからないモニカは「ふーん」と軽く受け流す。
「ジャスパーは私のどこが好きだったのかしら。顔?」
「そこが全てじゃないだろうが、その項目が入っているのは間違い無いと思う」
「面食いだったのね」
「モニカのことを好きになるやつが、顔が見てないと言ってきたらそれこそ嘘っぽいし、説得力にかける。信用ならない」
「わかるわ。私は美しいもの」
「そういうことを自分で言うあたりがほんと残念だな」
「うるさいわよ」
なんだかんだと話しながら、デッサンを終えたブライアンは眠たそうにするモニカに毛布を渡した。
「しばらく寝ていろ。今日はもういい」
「そう?」
「次は色々と解決したらにしよう。元気ないお前書いてて楽しくねーわ」
キャンバスを片付けながら彼はニカッとはを見せて笑った。
相変わらず笑顔が少年のように可愛らしい。
「…ねえ、どうしてブライアンはノア様の絵を描かないの?」
「アイツに聞いてこいとでも言われたか?」
「ノーコメント」
「じゃあこっちもノーコメントだ。気になるなら自分で聞いてこいって言っといて」
ブライアンはモニカにアイマスクを渡すと、もう寝ろと言ってカーテンを閉めた。
カーテンの隙間からわずかに入る光と油絵具の匂いに包まれ、彼女は静かに目を閉じる。
「…私もジャスパーの絵ほしいなぁ」
彼女が背中を押してくれたから、ノアの気持ちに応えることができた。
だから、彼にとっての彼女は大切な存在だ。
「よって、現状には大いに不満がある」
「何がよ…」
モデルの衣装に着替えたモニカは、ジトっとした目でこちらを睨んでくるブライアンを睨み返す。
そんな彼女にブライアンは鏡を持たせた。
「ブッサイクな顔になってんぞ」
眉間に皺を寄せて目の下にはクマや肌荒れを指摘してくる彼に、モニカは少し寝不足なだけだと答えた。
だが、鏡に映る自分は確かにひどい。
「あの騎士のせいか?」
「……」
ジャスパーのせいではないが、ジャスパーとあの日見た女性との関係が気になりすぎて、中々眠れないのは事実だ。
あれからモニカの耳は、彼とその女性に関する気になる噂をよく拾うようになった。
今日もまた、自分がこうしている間にも彼女とどこかへ出掛けているのだろうか。気になって仕方がない。
「気になるなら聞けばいいじゃん。あの女は誰なんだって」
「…聞けたら苦労しないわよ」
「俺が聞いてやろうか?」
「遠慮しとく」
聞くのが怖いのだと、モニカは崩れ落ちるように用意された椅子に腰掛けた。
そんな彼女にブライアンは呆れたようにため息をこぼした。
「浮気だとしても、そうじゃなかったとしても、聞かないことには何も解決しないぞ」
「わかってるよ」
「わかってんなら行動しろよ」
「怖いのよ。もし仮に彼女と交際していたとして、それを笑顔で祝福してあげられるほど私はできた人間じゃないの」
「別に祝福してやる必要なんてないだろ。もしノアがそういうことしたら、俺だったら浮気相手の爪を全部剥いでやるくらいのとこはするぞ」
「嫉妬深いのね」
「まあな」
ブライアンはそのまま楽にしてていいと言って、筆をとった。
物悲しげに外を見つめるモニカもそれはそれで美しい。亡き夫をずっと思い続ける未亡人のような雰囲気がある。
それを言ったら怒られるから絶対に口には出さないけれど、この絵のタイトルは『未亡人』で決まりだと彼は思った。
「ねえ、ブライアンはノア様のどこが好きなの?」
「なんだよ急に」
「いいから答えて」
ぼーっと外を眺めながら、モニカはそう尋ねた。
あまりそういうことは答えたくないブライアンだが、今日は特別だ。
一旦筆をおくと、布がかけられた絵の方を見て恥ずかしそうに答える。
「…のほほんとしているように見えて意外と策士で腹黒なとこ」
「趣味悪い」
「お前に言われたかねーよ。むしろお前のが趣味悪いわ」
「なんてことを言うのよ」
「だってそうだろ?あれはやばい。雰囲気が普通じゃない」
「どう言う意味?」
「危険な香りがぷんぷんする」
「大人の色香ってやつ?」
「なんだそれ」
「あら?違うの?貴族令嬢たちがそう言ってたから」
「そんな可愛らしいもんじゃねーだろ、あれは。なんか犯罪者の匂いがする」
闇堕ちしたら本当に犯罪を犯しそうだとブライアンはつぶやいた。
彼の言っていることがわからないモニカは「ふーん」と軽く受け流す。
「ジャスパーは私のどこが好きだったのかしら。顔?」
「そこが全てじゃないだろうが、その項目が入っているのは間違い無いと思う」
「面食いだったのね」
「モニカのことを好きになるやつが、顔が見てないと言ってきたらそれこそ嘘っぽいし、説得力にかける。信用ならない」
「わかるわ。私は美しいもの」
「そういうことを自分で言うあたりがほんと残念だな」
「うるさいわよ」
なんだかんだと話しながら、デッサンを終えたブライアンは眠たそうにするモニカに毛布を渡した。
「しばらく寝ていろ。今日はもういい」
「そう?」
「次は色々と解決したらにしよう。元気ないお前書いてて楽しくねーわ」
キャンバスを片付けながら彼はニカッとはを見せて笑った。
相変わらず笑顔が少年のように可愛らしい。
「…ねえ、どうしてブライアンはノア様の絵を描かないの?」
「アイツに聞いてこいとでも言われたか?」
「ノーコメント」
「じゃあこっちもノーコメントだ。気になるなら自分で聞いてこいって言っといて」
ブライアンはモニカにアイマスクを渡すと、もう寝ろと言ってカーテンを閉めた。
カーテンの隙間からわずかに入る光と油絵具の匂いに包まれ、彼女は静かに目を閉じる。
「…私もジャスパーの絵ほしいなぁ」
20
あなたにおすすめの小説
勘違い令嬢の離縁大作戦!~旦那様、愛する人(♂)とどうかお幸せに~
藤 ゆみ子
恋愛
グラーツ公爵家に嫁いたティアは、夫のシオンとは白い結婚を貫いてきた。
それは、シオンには幼馴染で騎士団長であるクラウドという愛する人がいるから。
二人の尊い関係を眺めることが生きがいになっていたティアは、この結婚生活に満足していた。
けれど、シオンの父が亡くなり、公爵家を継いだことをきっかけに離縁することを決意する。
親に決められた好きでもない相手ではなく、愛する人と一緒になったほうがいいと。
だが、それはティアの大きな勘違いだった。
シオンは、ティアを溺愛していた。
溺愛するあまり、手を出すこともできず、距離があった。
そしてシオンもまた、勘違いをしていた。
ティアは、自分ではなくクラウドが好きなのだと。
絶対に振り向かせると決意しながらも、好きになってもらうまでは手を出さないと決めている。
紳士的に振舞おうとするあまり、ティアの勘違いを助長させていた。
そして、ティアの離縁大作戦によって、二人の関係は少しずつ変化していく。
狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します
ちより
恋愛
侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。
愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。
頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。
公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。
ある公爵令嬢の死に様
鈴木 桜
恋愛
彼女は生まれた時から死ぬことが決まっていた。
まもなく迎える18歳の誕生日、国を守るために神にささげられる生贄となる。
だが、彼女は言った。
「私は、死にたくないの。
──悪いけど、付き合ってもらうわよ」
かくして始まった、強引で無茶な逃亡劇。
生真面目な騎士と、死にたくない令嬢が、少しずつ心を通わせながら
自分たちの運命と世界の秘密に向き合っていく──。
出来レースだった王太子妃選に落選した公爵令嬢 役立たずと言われ家を飛び出しました でもあれ? 意外に外の世界は快適です
流空サキ
恋愛
王太子妃に選ばれるのは公爵令嬢であるエステルのはずだった。結果のわかっている出来レースの王太子妃選。けれど結果はまさかの敗北。
父からは勘当され、エステルは家を飛び出した。頼ったのは屋敷を出入りする商人のクレト・ロエラだった。
無一文のエステルはクレトの勧めるままに彼の邸で暮らし始める。それまでほとんど外に出たことのなかったエステルが初めて目にする外の世界。クレトのもとで仕事をしながら過ごすうち、恩人だった彼のことが次第に気になりはじめて……。
純真な公爵令嬢と、ある秘密を持つ商人との恋愛譚。
裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。
夏生 羽都
恋愛
王太子の婚約者で公爵令嬢でもあったローゼリアは敵対派閥の策略によって生家が没落してしまい、婚約も破棄されてしまう。家は子爵にまで落とされてしまうが、それは名ばかりの爵位で、実際には平民と変わらない生活を強いられていた。
辛い生活の中で母親のナタリーは体調を崩してしまい、ナタリーの実家がある隣国のエルランドへ行き、一家で亡命をしようと考えるのだが、安全に国を出るには貴族の身分を捨てなければいけない。しかし、ローゼリアを王太子の側妃にしたい国王が爵位を返す事を許さなかった。
側妃にはなりたくないが、自分がいては家族が国を出る事が出来ないと思ったローゼリアは、家族を出国させる為に30歳も年上である伯爵の元へ後妻として一人で嫁ぐ事を自分の意思で決めるのだった。
※作者独自の世界観によって創作された物語です。細かな設定やストーリー展開等が気になってしまうという方はブラウザバッグをお願い致します。
出ていってください!~結婚相手に裏切られた令嬢はなぜか騎士様に溺愛される~
白井
恋愛
イヴェット・オーダム男爵令嬢の幸せな結婚生活が始まる……はずだった。
父の死後、急に態度が変わった結婚相手にイヴェットは振り回されていた。
財産を食いつぶす義母、継いだ仕事を放棄して不貞を続ける夫。
それでも家族の形を維持しようと努力するイヴェットは、ついに殺されかける。
「もう我慢の限界。あなたたちにはこの家から出ていってもらいます」
覚悟を決めたら、なぜか騎士団長様が執着してきたけれど困ります!
片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜
橘しづき
恋愛
姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。
私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。
だが当日、姉は結婚式に来なかった。 パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。
「私が……蒼一さんと結婚します」
姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。
【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる