59 / 74
第二部
14:事件が起きた週末の話(1)
しおりを挟むとある週末のこと。突き抜けるような青空の下、賑やかな王都の商店街では、画家ブライアンの個展が開かれていた。
王都で一番大きな商店街にあるギャラリーを貸し切り開かれた個展には、多くのファンが訪れている。
もちろんのこと、モニカはエリザを連れてギャラリーへと足を運んだ。
彼はモニカたちに絵を買われるのを嫌がるが、モニカとて自分がモデルとなった絵は気になるのだ。仕方がない。
「いや、絵を買いに来たんじゃないのかよ。何してんだよ」
受け付けで、にこやかにチケットをもぎるモニカにブライアンは呆れ顔で声をかけた。
まさか公爵夫人がこんなところで受付をしているだなんて考えもしないのだろう。誰もモニカに気づかない。
「受付のお嬢さんが体調悪そうだったから変わってあげたのよ。お嬢さんは医務室にいるわ」
「ありがたいけど勝手なことすんな。お貴族様がするような仕事じゃないだろう」
「あら、知らないの?今時のお貴族様はするのよ。社交界では最近、美しくチケットをもぎれる女性がモテるの」
「嘘つくならもうマシな嘘をつけ。そんな社交界があったら逆に嫌だわ」
「そう?なかなか楽しそうだと思うけれど」
モニカは来場客にパンフレットを渡すとに爽やかな笑顔で頭を下げる。
傾国級の美貌を持つ受付嬢に、男どもの視線は釘付けだ。
「絵よりモニカの方が注目されているな」
「よかったわね。こんな素敵な看板娘がいて」
「別によくない」
「なんだったら客引きもしてあげてもいいわよ?」
「やらなくていい」
「あら、残念」
全然残念そうに見えない顔で、モニカは戯けてみせた。
今日は何だか返答が軽快である。ああ言えばこう言う、いつものモニカだ。
そう思うとブライアンは自然と顔が綻ぶ。
「解決したのか?」
「接近禁止令が出たわ」
「何だそれ。悪化してるじゃねーか」
「でも心は穏やかよ?」
ジャスパーに接近禁止令が出されて以降、モニカは心穏やかに過ごしていると言う。
少しの寂しさはあるものの、彼の心が自分にあり、自分の心が彼にあることを確認したので、もう不安はない。
それどころか、今は無駄に迫られることもないので、心臓を酷使することもないから寧ろ健康には良さそうだ。
「まあ、モニカが良いならいいけど…」
ブライアンは楽しそうにそう話すモニカの頭を軽く撫でた。
すると、その手をパシッと横から叩かれる。
「気安く触らないでいただけます?」
お手洗いから戻ってきたエリザは鋭い目つきでブライアンを睨みつける。
その視線はいつぞやの兄とそっくりだ。
「目が怖いんだよ。似た者兄妹め」
「お兄様と同じにされるのは気分が悪うございます」
「おかえり、エリザ」
「ただいま戻りました、姫様!」
ブライアンに対する態度とモニカに対する態度がまるで真逆だ。
あまりに露骨な違いに、彼は思わず吹き出した。
「変な兄妹に好かれたな、モニカ」
「素敵な兄妹よ」
「そうか。それならいい」
ブライアンはまた後でと、モニカに受付を任せると満足そうに会場へと戻っていった。
相変わらず不服そうに彼を見送るエリザに、モニカはわざとらしく咳払いをする。
「ところでエリザ」
「はい。なんでしょうか、姫様」
「今は姫様と呼ばないと約束したでしょう?」
「…そ、それは」
こんな往来で姫様なんて呼ばれたら皆が何事かと騒ぎ立ててしまう。
だからここではモニカと名前で呼ぶように伝えていたのだが、慣れないのか、エリザはなかなか彼女の名を呼ばない。
「エリザ。モニカよモニカ。さあ言ってみて」
「モ、モモモモ…」
「モ、二、カ」
「モモモモモモモモモ」
顔を真っ赤にしても、『モ』までしか出てこないエリザにモニカは呆れたようにため息をこぼす。前途多難だ。
「そんなに難しいかしら、名前で呼ぶのって」
「お、恐れ多いのですわ」
「私はそんなに崇高な人間ではないわよ?」
「何をおっしゃいますか。エリザにとっては女神様です」
「それこそ恐れ多いわ。女神様に失礼よ」
「お、奥様とかではダメですか?」
「ダメじゃないけれど…」
できれば名前で呼んでほしい。
エリザとは主従関係になってしまったけれど、本当に望んでいたのは友人のような関係だ。
しかし、もういっぱいいっぱいであるというような顔でこちらを見つめてくる彼女に、それ以上求めることができなくなったモニカは『まあいいか』とつぶやいた。
そして彼女の耳元に顔を近づけると、小さく囁く。
「私と姉妹になるつもりなら、いつかは呼んでね?エリザ」
「は、はひぃ…」
ふわりとその蜂蜜色の髪から漂うシトラスの香りと顔の近さ、甘い囁き声などが相まって限界を迎たエリザはその場にへたり込んだ。
金髪碧眼の美少女が平凡な少女を一人口説き落としたようにしか見えないその光景に、遠くからその様子を眺めていたブライアンは怪訝な表情を浮かべた。
「何やってんだ?あいつら」
21
あなたにおすすめの小説
契約結婚の相手が優しすぎて困ります
みみぢあん
恋愛
ペルサル伯爵の婚外子リアンナは、学園に通い淑女の教育を受けているが、帰宅すれば使用人のような生活をおくっていた。 学園の卒業が近くなったある日、リアンナは父親と変わらない年齢の男爵との婚約が決まる。 そんなリアンナにフラッドリー公爵家の後継者アルベールと契約結婚をしないかと持ちかけられた。
【完結】捨てられ令嬢の冒険譚 〜婚約破棄されたので、伝説の精霊女王として生きていきます〜
きゅちゃん
恋愛
名門エルトリア公爵家レオンと婚約していた伯爵令嬢のエレナ・ローズウッドは、レオンから婚約破棄を宣言される。屈辱に震えるエレナだが、その瞬間、彼女にしか見えない精霊王アキュラが現れて...?!地味で魔法の才能にも恵まれなかったエレナが、新たな自分と恋を見つけていくうちに、大冒険に巻き込まれてしまう物語。
【完結】公爵家のメイドたる者、炊事、洗濯、剣に魔法に結界術も完璧でなくてどうします?〜聖女様、あなたに追放されたおかげで私は幸せになれました
冬月光輝
恋愛
ボルメルン王国の聖女、クラリス・マーティラスは王家の血を引く大貴族の令嬢であり、才能と美貌を兼ね備えた完璧な聖女だと国民から絶大な支持を受けていた。
代々聖女の家系であるマーティラス家に仕えているネルシュタイン家に生まれたエミリアは、大聖女お付きのメイドに相応しい人間になるために英才教育を施されており、クラリスの側近になる。
クラリスは能力はあるが、傍若無人の上にサボり癖のあり、すぐに癇癪を起こす手の付けられない性格だった。
それでも、エミリアは家を守るために懸命に彼女に尽くし努力する。クラリスがサボった時のフォローとして聖女しか使えないはずの結界術を独学でマスターするほどに。
そんな扱いを受けていたエミリアは偶然、落馬して大怪我を負っていたこの国の第四王子であるニックを助けたことがきっかけで、彼と婚約することとなる。
幸せを掴んだ彼女だが、理不尽の化身であるクラリスは身勝手な理由でエミリアをクビにした。
さらに彼女はクラリスによって第四王子を助けたのは自作自演だとあらぬ罪をでっち上げられ、家を潰されるかそれを飲み込むかの二択を迫られ、冤罪を被り国家追放に処される。
絶望して隣国に流れた彼女はまだ気付いていなかった、いつの間にかクラリスを遥かに超えるほどハイスペックになっていた自分に。
そして、彼女こそ国を守る要になっていたことに……。
エミリアが隣国で力を認められ巫女になった頃、ボルメルン王国はわがまま放題しているクラリスに反発する動きが見られるようになっていた――。
偽王を演じた侯爵令嬢は、名もなき人生を選ぶ」
鷹 綾
恋愛
内容紹介
王太子オレンに婚約破棄された侯爵令嬢ライアー・ユースティティア。
だが、それは彼女にとって「不幸の始まり」ではなかった。
国政を放棄し、重税と私欲に溺れる暴君ロネ国王。
その無責任さを補っていた宰相リシュリュー公爵が投獄されたことで、
国は静かに、しかし確実に崩壊へ向かい始める。
そんな中、変身魔法を使えるライアーは、
国王の身代わり――偽王として玉座に座ることを強要されてしまう。
「王太子妃には向いていなかったけれど……
どうやら、国王にも向いていなかったみたいですわね」
有能な宰相とともに国を立て直し、
理不尽な税を廃し、民の暮らしを取り戻した彼女は、
やがて本物の国王と王太子を“偽者”として流刑に処す。
そして最後に選んだのは、
王として君臨し続けることではなく――
偽王のまま退位し、名もなき人生を生きることだった。
これは、
婚約破棄から始まり、
偽王としてざまぁを成し遂げ、
それでも「王にならなかった」令嬢の物語。
玉座よりも遠く、
裁きよりも静かな場所で、
彼女はようやく“自分の人生”を歩き始める。
【完結】第一王子と侍従令嬢の将来の夢
かずえ
恋愛
第一王子は、常に毒を盛られ、すっかり生きることに疲れていた。子爵令嬢は目が悪く、日常生活にも支障が出るほどであったが、育児放棄され、とにかく日々を送ることに必死だった。
12歳で出会った二人は、大人になることを目標に、協力しあう契約を交わす。
虜囚の王女は言葉が通じぬ元敵国の騎士団長に嫁ぐ
あねもね
恋愛
グランテーレ国の第一王女、クリスタルは公に姿を見せないことで様々な噂が飛び交っていた。
その王女が和平のため、元敵国の騎士団長レイヴァンの元へ嫁ぐことになる。
敗戦国の宿命か、葬列かと見紛うくらいの重々しさの中、民に見守られながら到着した先は、言葉が通じない国だった。
言葉と文化、思いの違いで互いに戸惑いながらも交流を深めていく。
残念な顔だとバカにされていた私が隣国の王子様に見初められました
月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
公爵令嬢アンジェリカは六歳の誕生日までは天使のように可愛らしい子供だった。ところが突然、ロバのような顔になってしまう。残念な姿に成長した『残念姫』と呼ばれるアンジェリカ。友達は男爵家のウォルターただ一人。そんなある日、隣国から素敵な王子様が留学してきて……
偽りの婚約者だった公爵令嬢、婚約破棄されてから本物の溺愛をされるまで
nacat
恋愛
平民出身ながら伯爵家に養子に入ったリリアーナは、王太子の婚約者“代役”として選ばれた。
王家の都合で結ばれたその関係に、彼女は決して本気にならないはずだった。
だが、王太子が本命の公爵令嬢を選んで婚約破棄を告げた瞬間、リリアーナは静かに微笑んだ――。
「お幸せに。でも、“代役”の私を侮ったこと、きっと後悔させてあげますわ」
婚約破棄後、彼女は外交の任務で隣国へ。
そこで出会った冷徹な将軍との出会いが、すべてを変えていく。
“ざまぁ”と“溺愛”がスパイラルのように絡み合う、痛快で甘くて尊い恋愛劇。
///////
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる