【完結】3度婚約を破棄された皇女は護衛の騎士とともに隣国へ嫁ぐ

七瀬菜々

文字の大きさ
71 / 74
第二部

26:指輪(3)

しおりを挟む
 取り残された二人の間にはさらに気まずい空気が流れていた。
 雲の動きに合わせて、部屋は次第に暗くなっていく。 
 そういえば夕方からは雨が降るかもしれないも、庭師のおじいさんが言っていたとジャスパーはふと思い出した。
 
(…とりあえず、俺はどうすべきなんだ?)

   今考えるべきは庭師の天気予報ではなく、指輪の処理についてだ。ジャスパーはとりあえず指輪を取り返そうとモニカに近づいた。
 
「これは、どう捉えたらいいの?」

 くりくりとした眼を大きく見開いたモニカは手元にある指輪に視線を落としたまま、ジャスパーに尋ねる。
 これが誰に贈られたものか、確信しているのだろう。
 こんな形で渡すつもりではなかった彼は複雑な心境から大きなため息をこぼした。
 そしてモニカの手から箱を取り上げると指輪を取り出し、彼女の前に跪いて指輪を左手の薬指に嵌める。
 その姿はまるで求婚だった。


「本当は何か、もうちょっと、ちゃんとした形で渡すつもりでした」

 例えば、田舎の教会で二人だけの結婚式を挙げてみるとか。
 例えば、部屋中に薔薇の花びらを敷き詰めて、ラグジュアリーな空間を演出してから渡すとか。
 例えば、朝起きたら枕元に置いてあるとか。
 
 そういうプランを色々と考えていたらしい。
 恥ずかしそうに顔を伏せて白状したジャスパーの顔は耳まで赤かった。

「意外とロマンチストなのね」
「…姫様の反応が楽しみで浮かれてました」
「意外すぎるわ。可愛いけれど」

 モニカは恥ずかしそうにする彼に、クスッと笑みをこぼした。
 そして同時に、左手の薬指に輝くピンクダイヤを見て、小さくため息をつく。

「何で…」
「何でこのタイミングで、とか思ってます?」
「…思ってる」

 今ここで指輪をもらって求婚されたところで、現状は何一つ変わらない。
 いくらジャスパーがもう待てないと主張しようとも、3年という期限はどうにもならない。モニカは『少し困る』とつぶやいた。
 すると、ジャスパーは握っていた手を軽く解き、今度は指を絡めてくる。
 手のひらを合わせるようにして絡み合った指にぎゅっと力を入れる彼の目は、いつになく真剣だった。

「もうね、嫌なんですよ。俺は我慢できない」

 モニカがノアの横に立つ姿を見るのも、ブライアンと仲良くする姿を見るのも、社交場でノアの足元にも及ばない程度の男に言い寄られる姿を見るのも、全部耐えられないのだと彼は言う。

「でも、私は今求婚されても答えることができないわ」
「知ってます。だから、これはただのプレゼントです…。今は」
「今はって…薬指につけてたら、ただのプレゼントに見えないけれど…」
「そこはノア様からのプレゼントってことにしておいてください」

 いつかの日の予約だから、どうか外さないでくれと言うジャスパーにモニカはどうすれば良いのかわからなかった。

「意味あるの?ノア様からもらった体で指輪をつけるのって」
「俺にとっては意味があります。どんな場面でも、姫様は俺のだってわかるから」
「わかるのはジャスパーだけじゃない」
「俺がわかっていればいいんです。これはただの自己満足」

 印をつけておかないと不安で仕方がない。
 自分たちの関係に特別な名前がつけられないからこそ、目に見える形で印が欲しい。
 そう懇願するジャスパーの声色は少し震えていた。
 
「…私、そんなにジャスパーの事を捨てそうに見えるの?」
「見えないけど、何と言うか…、そうじゃなくて…。まあ、言うなれば独占欲みたいなものです」
「独占欲ねぇ…」

 その言葉にモニカはフッと笑みを浮かべる。

「何がおかしいんですか?」
「だって、可愛いから」
「可愛いって…。からかわないでくださいよ」

 クスクスと笑うモニカに、ジャスパーは口を尖らせた。
 こんなに軽薄で軽率でとにかく軽く見える男が、実はかなり重いというギャップがツボに入ったのだろう。
 不服だが事実なので抗議しようもないジャスパーは、絡めていた指を解いて無礼なほどに豪快にモニカの隣に腰掛けた。

「…別に、嫌なら外してくれて構いません」
「外したら拗ねるくせに」
「まあ拗ねますけど…」

 モニカが嫌なら仕方がないと言いつつも、すでに口調が拗ねている。
 そんな彼がたまらなく愛おしくなったモニカは、隣に座る彼の首筋に噛み付いた。
 そして軽く首の皮膚を吸う。
 ちくりと弱い痛みとともにつけられたのは見事な鬱血痕だった。

「私も独占欲」

 モニカは舌を出して悪戯っぽい笑顔をジャスパーに向けた。
 突然のことに驚いた彼は首元を押さえて顔を真っ赤にしている。

「な、何を…!?」
「心配しなくても、ちゃんとつけるわよ。ありがとう」

 すごく嬉しいとモニカは天に左手をかざして薬指に光るピンクダイヤを眺めた。
 花が綻ぶような笑顔で微笑んだ彼女の横顔は、雲の隙間から漏れ出した太陽の光によっていつもよりもずっと神々しく見える。

「本当ずるい…」
 
 そうつぶやいたジャスパーはその後、勢い余ってモニカをソファへと押し倒したらしい。

 
しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

契約結婚の相手が優しすぎて困ります

みみぢあん
恋愛
ペルサル伯爵の婚外子リアンナは、学園に通い淑女の教育を受けているが、帰宅すれば使用人のような生活をおくっていた。 学園の卒業が近くなったある日、リアンナは父親と変わらない年齢の男爵との婚約が決まる。 そんなリアンナにフラッドリー公爵家の後継者アルベールと契約結婚をしないかと持ちかけられた。

【完結】捨てられ令嬢の冒険譚 〜婚約破棄されたので、伝説の精霊女王として生きていきます〜

きゅちゃん
恋愛
名門エルトリア公爵家レオンと婚約していた伯爵令嬢のエレナ・ローズウッドは、レオンから婚約破棄を宣言される。屈辱に震えるエレナだが、その瞬間、彼女にしか見えない精霊王アキュラが現れて...?!地味で魔法の才能にも恵まれなかったエレナが、新たな自分と恋を見つけていくうちに、大冒険に巻き込まれてしまう物語。

【完結】公爵家のメイドたる者、炊事、洗濯、剣に魔法に結界術も完璧でなくてどうします?〜聖女様、あなたに追放されたおかげで私は幸せになれました

冬月光輝
恋愛
ボルメルン王国の聖女、クラリス・マーティラスは王家の血を引く大貴族の令嬢であり、才能と美貌を兼ね備えた完璧な聖女だと国民から絶大な支持を受けていた。 代々聖女の家系であるマーティラス家に仕えているネルシュタイン家に生まれたエミリアは、大聖女お付きのメイドに相応しい人間になるために英才教育を施されており、クラリスの側近になる。 クラリスは能力はあるが、傍若無人の上にサボり癖のあり、すぐに癇癪を起こす手の付けられない性格だった。 それでも、エミリアは家を守るために懸命に彼女に尽くし努力する。クラリスがサボった時のフォローとして聖女しか使えないはずの結界術を独学でマスターするほどに。 そんな扱いを受けていたエミリアは偶然、落馬して大怪我を負っていたこの国の第四王子であるニックを助けたことがきっかけで、彼と婚約することとなる。 幸せを掴んだ彼女だが、理不尽の化身であるクラリスは身勝手な理由でエミリアをクビにした。 さらに彼女はクラリスによって第四王子を助けたのは自作自演だとあらぬ罪をでっち上げられ、家を潰されるかそれを飲み込むかの二択を迫られ、冤罪を被り国家追放に処される。 絶望して隣国に流れた彼女はまだ気付いていなかった、いつの間にかクラリスを遥かに超えるほどハイスペックになっていた自分に。 そして、彼女こそ国を守る要になっていたことに……。 エミリアが隣国で力を認められ巫女になった頃、ボルメルン王国はわがまま放題しているクラリスに反発する動きが見られるようになっていた――。

偽王を演じた侯爵令嬢は、名もなき人生を選ぶ」

鷹 綾
恋愛
内容紹介 王太子オレンに婚約破棄された侯爵令嬢ライアー・ユースティティア。 だが、それは彼女にとって「不幸の始まり」ではなかった。 国政を放棄し、重税と私欲に溺れる暴君ロネ国王。 その無責任さを補っていた宰相リシュリュー公爵が投獄されたことで、 国は静かに、しかし確実に崩壊へ向かい始める。 そんな中、変身魔法を使えるライアーは、 国王の身代わり――偽王として玉座に座ることを強要されてしまう。 「王太子妃には向いていなかったけれど……  どうやら、国王にも向いていなかったみたいですわね」 有能な宰相とともに国を立て直し、 理不尽な税を廃し、民の暮らしを取り戻した彼女は、 やがて本物の国王と王太子を“偽者”として流刑に処す。 そして最後に選んだのは、 王として君臨し続けることではなく―― 偽王のまま退位し、名もなき人生を生きることだった。 これは、 婚約破棄から始まり、 偽王としてざまぁを成し遂げ、 それでも「王にならなかった」令嬢の物語。 玉座よりも遠く、 裁きよりも静かな場所で、 彼女はようやく“自分の人生”を歩き始める。

【完結】第一王子と侍従令嬢の将来の夢

かずえ
恋愛
第一王子は、常に毒を盛られ、すっかり生きることに疲れていた。子爵令嬢は目が悪く、日常生活にも支障が出るほどであったが、育児放棄され、とにかく日々を送ることに必死だった。 12歳で出会った二人は、大人になることを目標に、協力しあう契約を交わす。

虜囚の王女は言葉が通じぬ元敵国の騎士団長に嫁ぐ

あねもね
恋愛
グランテーレ国の第一王女、クリスタルは公に姿を見せないことで様々な噂が飛び交っていた。 その王女が和平のため、元敵国の騎士団長レイヴァンの元へ嫁ぐことになる。 敗戦国の宿命か、葬列かと見紛うくらいの重々しさの中、民に見守られながら到着した先は、言葉が通じない国だった。 言葉と文化、思いの違いで互いに戸惑いながらも交流を深めていく。

残念な顔だとバカにされていた私が隣国の王子様に見初められました

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
公爵令嬢アンジェリカは六歳の誕生日までは天使のように可愛らしい子供だった。ところが突然、ロバのような顔になってしまう。残念な姿に成長した『残念姫』と呼ばれるアンジェリカ。友達は男爵家のウォルターただ一人。そんなある日、隣国から素敵な王子様が留学してきて……

偽りの婚約者だった公爵令嬢、婚約破棄されてから本物の溺愛をされるまで

nacat
恋愛
平民出身ながら伯爵家に養子に入ったリリアーナは、王太子の婚約者“代役”として選ばれた。 王家の都合で結ばれたその関係に、彼女は決して本気にならないはずだった。 だが、王太子が本命の公爵令嬢を選んで婚約破棄を告げた瞬間、リリアーナは静かに微笑んだ――。 「お幸せに。でも、“代役”の私を侮ったこと、きっと後悔させてあげますわ」 婚約破棄後、彼女は外交の任務で隣国へ。 そこで出会った冷徹な将軍との出会いが、すべてを変えていく。 “ざまぁ”と“溺愛”がスパイラルのように絡み合う、痛快で甘くて尊い恋愛劇。 ///////

処理中です...