元禄怪奇余話~千年の復讐

仮面の雪影

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七百年の縁

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……由希をおとしいれた後、梅妃は家里との間に三人の子をもうける。しかしいずれもが二歳までに世を去った。さらには梅妃自身もまた原因不明の流行病のため、顔面が醜くただれてしまった。
 梅妃は心痛し、かって共に謀って由希をおとしいれた陰陽師に祈祷を頼むこととした。その名を鬼眼道魔といった。
 道魔はこの時、すでに齢七十をこえ法力も衰えがちであった。しかし梅妃ほどの位の者ともなると、簡単に断ることもできない。そのため式神二人を連れて、迎えの者に導かれて梅妃のもとへ赴くこととなった。
 式人とは人間ではない天地万物が、道魔の法力により人間の姿に化けた者である。見た感じは巫女の姿に身を変えていた。
 道魔は、都の外れのとある寺に連れていかれた。都の地に、かような寂しい場所があることを道魔は初めて知った。寺もまた寂れていた。中へ通されると、あちこちに蜘蛛の巣が張っている。しかし本堂へ通されると、さすがにそこは手入れが行きとどいていた。
 僧侶達が左右に正座して並んでおり、中央には巨大な簾がおろされていた。
「道魔か?」
 女の声である。病のため醜い姿をさらしたくないものと推察された。
「わらわはこの通りの姿じゃ。いかなる悪霊の仕業であろうかのう? そなたの法力で、わらわの病を治してはくれまいかのう?」
「それがしに可能かどうかはわかりませぬ。しばし時をくだされ」
 道魔がふっと息を吹くと、左右に人魂が出現した。しばらくの間、道魔の祈祷が続いた。
「これは! なんということだ!」
 道魔は、何事かを察したように目を見開いた。
「奥方様には青龍の姿をした悪霊が憑いておりまする。この悪霊をはらうには、一日では足りませぬ。少なくとも四日は、ここで祈祷が必要なものと思われまする」
「かまわぬ幾日でも、ここで祈祷をするがよい。その代わり恩賞はそなたの思いのままじゃ」
「恐れながら、それでも今の私の法力では、悪霊を払うことかなわぬかもしれませぬ。こたびばかりは、どうかご容赦を」
 道魔はその場を去ろうとした。ところがいつの間にか、甲冑に身を包んだ武者が背後におり、道魔の行く手をさえぎった。
「できぬと申すなら、この場で汝の首が飛ぶまでじゃ!」
 武者が刀に手をかける。
 やむをえず道魔の祈祷がはじまった。祈祷は寺の外に設けられた祭壇にて行われることとなった。僧侶が左右に並び、その中央に梅妃がいて頭から頭巾をかぶって、この光景をみまもった。

 
 元柱固具、八隅八気、五陽五神、陽動二衝厳神
 
 害気を攘払し、四柱神を鎮護し、五神開衢、悪鬼を逐い
 
 奇動霊光四隅に衝徹し、元柱固具、安鎮を得んことを
 
 慎みて五陽霊神に願い奉る


 祈祷は夜を徹して続けられ、その間激しい雷雨となり、道魔の言葉通り天空に青龍らしき者が出現する。かと思えば、梅妃の左右を囲んでいる僧侶のうち何人かが、意味不明の言葉を発し泡をふいて昏倒する。
 道魔が最初に伝えた通り、祈祷は一日では終わらなかった。二日、三日と夜を徹して続けられる。
 しかし四日目には、さしもの道魔も疲労があらわになり始める。道魔と共にあった式神も、一人は蝉となり、いま一人は蝶となって飛び散ってしまった。これは道魔の法力が衰えはじめた証拠であった。
 そしてついに道魔自身が倒れ、口から血をはいた。
「どうしたのじゃ道魔、まだわらわの病は癒えておらぬぞ」
「お許しを! やはり私の今の法力では、悪霊をはらえませぬ」
「そうか……ならば死ぬがよい。これは罰じゃ。そなたはかって一人の女人をおとしいれた」
 かすかに声音がかわった。
「身に覚えなきことでございます。一体、私がおとしいれた女人とは、誰のことでござりましょう」
「そなた由希というおなごを存じておろう。そう、わらわのことじゃ」
 頭巾を取ると、それは梅妃ではなく由希だった。しかし道魔は、驚くどころか不気味な笑い声をあげた。
「何がおかしい!」
「そのようなこと、拙者は祈祷が始まった時より存じておりました。この祈祷は病を癒すためのものではござらぬ。貴殿を封じこめるためのものでござった。そして、それは貴殿が名を叫んだ時完了するもの」
 まるで道魔は勝ち誇ったようにいうと、突然、天空から白蛇が飛来し由希をがんじがらめにした。
「己! これはどういうことじゃ」
「由希様、おさらばにござります。貴殿の魂は、少なくとも七百年は封じられるはず」
「己! 道魔! 謀ったな」
 由希の叫びとともに、由希を取りまいていた僧侶たちも消えた。寺も消滅し、そこは墓地だった。
「ならばわらわは七百年後までも、そなたの名を叫び呪い続ける。鬼眼道魔いや、柳沢吉保!」
 

……吉保は、牢の中で悲鳴と共に目を覚ました。
「なんとしたことだ! これが前世からの因果というものか!」
 吉保は驚愕のあまり、しばし息を荒くする。その時、廊下を伝う足音がした。
「誰だ!」
 なんとそれは、右衛門佐だった。
「右衛門佐様、なにゆえかような場所に?」
「将軍の命を伝えにまいったぞ」
 すると吉保は、からからと笑いだした。
「右衛門佐様が、かような場所にあらわれるわけがない。もう騙されんぞ! 化け物め、今度は右衛門佐様に取り憑いたか!」
「察しが早くなったのう。この右衛門佐という女はよい、和歌や漢詩はもちろん、源氏物語など古典の教養をすべて身につけておる」
 今度は右衛門佐いや、由希が笑った。
「汝とわらわが、いかな縁で結ばれているか察したか?」
「残さず知った。よもやそなたを七百年にわたって封じたのが、前世のこのわしだったとはな!」
「汝とわらわは出会うべくして出会ったのだ。まこと人と人との縁とは不思議なものよのう」
「それでどうする? わしを殺すか」
 吉保は、何やら諦めたようにいった。
「その前に汝に伝えておかなければならぬことがある。他ならぬ染子のことじゃ」
 この時の由希の言葉は、吉保にとりあまりに衝撃的なものだった。
 







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