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第12章:高度成長します!
みんなで幸せになろうね
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1553年8月下旬
沼田城坂下
鮎
(この人には幸せになってほしい!と切に願います)
一度でいいから「あなた」と呼んでみたい。
一昨年、唖の私を娶ってくれたこの人に感謝の言葉を伝えたい。毎日、朝早く起き、外で声を出す練習をしている。
でも、微かに「はい」「いいえ」位しかまだ声が出ない。人前でなければ何とかしゃべれるのだけど……
そんな私でもいいと娶ってくれた太助さんを、とても愛おしく思う。
この気持ち、伝えたい。
あの日。
岩櫃のお殿様と沼田のお殿様との戦で、乱取りが行われ私が住んでいた村が襲われた。私は月のものが来たばかりの子供にもかかわらず慰み者にされた。
怖かった。
ただひたすら怖くて、痛みを感じないように物を考えないように、力の限り眼と耳を塞いで時の過ぎ去るのを待っていた。
お城からやっとお侍が巡回を始めた時には、もう食べ物もなく泣く人もいなかった。村の人たちは茫然としながらも、また暮らしを元に戻すために黙々と動き出していた。
でも、私は「声が出なくなっていた」。
あまりにも固く口と耳目を塞いでいたから?
そのうち、村の人から無視されるようになってきた。
父母がいただけましだった。一応食べさせてもらったから。
でも、その父母も亡くなって茫然としていた私に、声をかけてくれたのが太助さんだった。
「いっしょに頑張ろうな」
何度となく励ましてくれ、
「だんだんと、ゆっくりと生きていこうな」
そんな優しい言葉が私の胸と両眼から熱いものを溢れさせた。
昨年、秋の刈り取りの時、大胡の殿様に沼田城が攻め落とされた。
また戦かと思ったけど戦はすぐに終わり、1年間の年貢免除と今後の年貢4割を言われた。
沼田様の時は5割が当たり前。時には6割7割取られていたし、乱取りされればすべてを持っていかれる。
代官として沼田城に入られた矢沢様は大胡の殿様のお言いつけだと言って、雪に閉ざされた冬の間にも収入が入る仕事を作ってくださった。
遠くから絹織物の問屋さんが来て機織り機を貸してくれ、その使い方を教えてくれる集まりを開いてくれた。
女子衆には預けられた生糸で絣の生地を織る仕事。
男衆には炭焼きとその木炭屑を丸めて「炭団」や「練炭」にする仕事。
来年には練炭を使う焜炉を作る工場も作るそうだ。
「おお、これはよい出来じゃ!
よう頑張ったのう」
太助さんが畑に出ている時、問屋さんが私の織った反物を取りに来た。
問屋さんは、1反(45m)で最低でも500文で買い取ってくださると言っていた。頑張れば2貫文くらいは奮発できると。
2貫文と言ったら、米俵10俵は買えるそうだ。
うちの田んぼで取れる米の半分だ。
1年分の収入が20間の長さを織れば手に入る!
これ頑張ったら、太助さんに喜んでくれるかな?
感謝の気持ちを渡せるかな?
そう思い、毎日毎晩懇切丁寧に織った。
そして草木の汁を使って模様をつけてみた。
「これは売り物になるな。
いい出来じゃ。
今度2貫文を宿屋に取りに来なさい」
うちにそんな大金は置いておけない。
そう伝えたら、お城に預けて置けることになっているから、お城のお役人様に伝えておくと言われた。
これ、失敗していたらどうなるのか心配して聞いてみたけど、
「その時は大胡の殿様が保険金を出してくれる」
そうだ。
だから安心して頑張りなさいと。
「次は最初から全部模様を入れてもらおうかな。そうすれば1反5貫文は出せるよ」
目が回った。
問屋さんが帰って少し後。
太助さんが帰ってきた。
「……あなた。織物が2貫文で売れました。
……今度新しい服を……」
私はボロボロの服を纏っている太助さんに話しかけた。
「鮎!
鮎!
もう一度言っておくれ!!」
「2貫文で売れました」
「もっと!!!!」
「今度着物を……」
私は、気づいた。
自分がしゃべっていることに!?
それから、その場に崩れ落ちるように座り込んだ私の肩を、優しく太助さんは抱きしめてくれた。
「大胡領になって幸せじゃなぁ」
私もそう思った。
夢であればずっと続いてほしい。
夢でなくても、この人と一緒に楽しみ悲しみを分け合って、一生を歩んでいきたいと思った。
◇ ◇ ◇ ◇
1553年9月上旬
下総国関宿河岸
蔵六
(利根川で河船を生業としている河船衆)
亀のように鈍重でも地道に働くように、臆病でも安全に過ごせるようにと、親がつけてくれた名前を俺は気に入っている。
だが!
今回は失敗した!!
俺が船頭をしている河船が座礁して船荷が水浸しになり、舟も使えなくなってしまった。船主はカンカンになり、荷主も怒り心頭だろうな……
憂鬱な気持ちで、俺を雇っている両国屋の暖簾を潜った。
旦那は何処だろう?
あそこか。
荷主と話している。
ん?
笑顔だ……と??
何かがおかしい。
「入っておいて正解じゃったなぁ」
「備えあれば憂いなしじゃな」
「毎月の保険料は高いがの。こういう時は本当に助かるわい」
「8割補償とは助かるわ。じゃが10割というものはないのか?」
「あるんじゃが、べらぼうに保険料が高い」
何の話をしているのだろう?
そう思い佇んでいると、俺を見つけた両国屋さんが話しかけてきた。
「お疲れじゃったな。まあ今回はしょうがない。洪水で大岩の位置が変わっていたのじゃ、仕方ない。
こんな時のために保険というものに入っておいたから安心しておくれ」
それは何なのか聞いてみると、
「今年になってから大胡様が始めた商売人用の約定でな。毎月保険料というものを支払うと、商品荷物船などの損害に合わせて銭を払ってくれるのですよ。
ありがたいことです」
「でも大胡領でないと保険料が割り増しになるのが困りますな」
「こうなると八斗島に店を移す方が良いかもしれんですな」
最近は、八斗島も大分栄えてきているからな。
地の利よりもいろいろな利便性があれば、あっちに本拠を移す店も今後増えるだろうな。
沼田城坂下
鮎
(この人には幸せになってほしい!と切に願います)
一度でいいから「あなた」と呼んでみたい。
一昨年、唖の私を娶ってくれたこの人に感謝の言葉を伝えたい。毎日、朝早く起き、外で声を出す練習をしている。
でも、微かに「はい」「いいえ」位しかまだ声が出ない。人前でなければ何とかしゃべれるのだけど……
そんな私でもいいと娶ってくれた太助さんを、とても愛おしく思う。
この気持ち、伝えたい。
あの日。
岩櫃のお殿様と沼田のお殿様との戦で、乱取りが行われ私が住んでいた村が襲われた。私は月のものが来たばかりの子供にもかかわらず慰み者にされた。
怖かった。
ただひたすら怖くて、痛みを感じないように物を考えないように、力の限り眼と耳を塞いで時の過ぎ去るのを待っていた。
お城からやっとお侍が巡回を始めた時には、もう食べ物もなく泣く人もいなかった。村の人たちは茫然としながらも、また暮らしを元に戻すために黙々と動き出していた。
でも、私は「声が出なくなっていた」。
あまりにも固く口と耳目を塞いでいたから?
そのうち、村の人から無視されるようになってきた。
父母がいただけましだった。一応食べさせてもらったから。
でも、その父母も亡くなって茫然としていた私に、声をかけてくれたのが太助さんだった。
「いっしょに頑張ろうな」
何度となく励ましてくれ、
「だんだんと、ゆっくりと生きていこうな」
そんな優しい言葉が私の胸と両眼から熱いものを溢れさせた。
昨年、秋の刈り取りの時、大胡の殿様に沼田城が攻め落とされた。
また戦かと思ったけど戦はすぐに終わり、1年間の年貢免除と今後の年貢4割を言われた。
沼田様の時は5割が当たり前。時には6割7割取られていたし、乱取りされればすべてを持っていかれる。
代官として沼田城に入られた矢沢様は大胡の殿様のお言いつけだと言って、雪に閉ざされた冬の間にも収入が入る仕事を作ってくださった。
遠くから絹織物の問屋さんが来て機織り機を貸してくれ、その使い方を教えてくれる集まりを開いてくれた。
女子衆には預けられた生糸で絣の生地を織る仕事。
男衆には炭焼きとその木炭屑を丸めて「炭団」や「練炭」にする仕事。
来年には練炭を使う焜炉を作る工場も作るそうだ。
「おお、これはよい出来じゃ!
よう頑張ったのう」
太助さんが畑に出ている時、問屋さんが私の織った反物を取りに来た。
問屋さんは、1反(45m)で最低でも500文で買い取ってくださると言っていた。頑張れば2貫文くらいは奮発できると。
2貫文と言ったら、米俵10俵は買えるそうだ。
うちの田んぼで取れる米の半分だ。
1年分の収入が20間の長さを織れば手に入る!
これ頑張ったら、太助さんに喜んでくれるかな?
感謝の気持ちを渡せるかな?
そう思い、毎日毎晩懇切丁寧に織った。
そして草木の汁を使って模様をつけてみた。
「これは売り物になるな。
いい出来じゃ。
今度2貫文を宿屋に取りに来なさい」
うちにそんな大金は置いておけない。
そう伝えたら、お城に預けて置けることになっているから、お城のお役人様に伝えておくと言われた。
これ、失敗していたらどうなるのか心配して聞いてみたけど、
「その時は大胡の殿様が保険金を出してくれる」
そうだ。
だから安心して頑張りなさいと。
「次は最初から全部模様を入れてもらおうかな。そうすれば1反5貫文は出せるよ」
目が回った。
問屋さんが帰って少し後。
太助さんが帰ってきた。
「……あなた。織物が2貫文で売れました。
……今度新しい服を……」
私はボロボロの服を纏っている太助さんに話しかけた。
「鮎!
鮎!
もう一度言っておくれ!!」
「2貫文で売れました」
「もっと!!!!」
「今度着物を……」
私は、気づいた。
自分がしゃべっていることに!?
それから、その場に崩れ落ちるように座り込んだ私の肩を、優しく太助さんは抱きしめてくれた。
「大胡領になって幸せじゃなぁ」
私もそう思った。
夢であればずっと続いてほしい。
夢でなくても、この人と一緒に楽しみ悲しみを分け合って、一生を歩んでいきたいと思った。
◇ ◇ ◇ ◇
1553年9月上旬
下総国関宿河岸
蔵六
(利根川で河船を生業としている河船衆)
亀のように鈍重でも地道に働くように、臆病でも安全に過ごせるようにと、親がつけてくれた名前を俺は気に入っている。
だが!
今回は失敗した!!
俺が船頭をしている河船が座礁して船荷が水浸しになり、舟も使えなくなってしまった。船主はカンカンになり、荷主も怒り心頭だろうな……
憂鬱な気持ちで、俺を雇っている両国屋の暖簾を潜った。
旦那は何処だろう?
あそこか。
荷主と話している。
ん?
笑顔だ……と??
何かがおかしい。
「入っておいて正解じゃったなぁ」
「備えあれば憂いなしじゃな」
「毎月の保険料は高いがの。こういう時は本当に助かるわい」
「8割補償とは助かるわ。じゃが10割というものはないのか?」
「あるんじゃが、べらぼうに保険料が高い」
何の話をしているのだろう?
そう思い佇んでいると、俺を見つけた両国屋さんが話しかけてきた。
「お疲れじゃったな。まあ今回はしょうがない。洪水で大岩の位置が変わっていたのじゃ、仕方ない。
こんな時のために保険というものに入っておいたから安心しておくれ」
それは何なのか聞いてみると、
「今年になってから大胡様が始めた商売人用の約定でな。毎月保険料というものを支払うと、商品荷物船などの損害に合わせて銭を払ってくれるのですよ。
ありがたいことです」
「でも大胡領でないと保険料が割り増しになるのが困りますな」
「こうなると八斗島に店を移す方が良いかもしれんですな」
最近は、八斗島も大分栄えてきているからな。
地の利よりもいろいろな利便性があれば、あっちに本拠を移す店も今後増えるだろうな。
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