【悪魔喜・天使泣】ソフィアのえにっき――地獄と天国→戦場をダウナー妖精とおでかけ♪【完結済】

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第4話――ラヂオのこくはく

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……私の名前はソフィア。
……叡智って意味。
……古い言葉ではアイオーン。
……そんなの知らないって?
……あなたはかしこい。


 これは夢を見ていないときの妖精ソフィア。
 それから悪魔ではないヨハンと、天使ではないミリアムのお話。
 舞台は再び、戦後の〝厄介事〟の絶えない野蛮な帝国へ。


 この日は休日。
「面白いものが見れますぜ」
 ソフィアとミリアムは、下士官の1人に言われて射撃場にやってきた。
 ひっきりなしの銃声。
……音だけで小銃だってわかる。
……わかるようになっちゃった。
 誰かが――おそらくヨハンが暇を持て余しているのだろう。
 また銃声。
「ゆっくり丁寧に撃て! 丁寧とはスムースだ! スムースこそ速い!」
 射撃場では教官役の上級曹長――シニアの怒号が響いている。
「腕立て! 5回!」
 シニアに命じられて、完全武装の訓練生は銃を地面に置いて腕立て。
 上級曹長が鬼のような形相で、腕立てを蹴って邪魔をした。
「それでも帝国の軍人か! 気合が足りん! 腹を落とすな!」
 怒鳴る上に、訓練生の真横で銃を撃って妨害まで。
 腕立て中には上から小突き、5回と言ったのに7回に変更され。
「私が5回と言ったら7回でも5回だ! 追加で5回!」
 頭から砂をかけ。
 銃にも――意図的に弾づまりを誘発させる。
 訓練生は弾倉を抜いて槓桿――ボルトを引くが直らない。
「ちっ!」
 舌打ちして拳銃に持ち替え――数発を発砲。
 片手で小銃を胸の前に保持しながら。
「……」
 周りの様子を窺いつつ、手際よく小銃のテイクダウンピンを半抜きに。
 それから機関部を露出させて、砂埃を払って組み立てる。
「早く! 味方が死ぬぞ! それでいいのか!」
 作業中もシニアの邪魔が入って、手元を狂わせようとした。
 知らない人が見れば、完全な嫌がらせ。
 または悪質な〝しごき〟だろう。
 最前線を越えたその奥――深敵地で独立行動をとる遊撃小隊。
 ハーレークイン小隊では、各人が優秀な射手であることを求められる。
 準備運動の代わりに、拳銃で100ヤードを必中させ。
 肩と頬づけのできない、1フィートのごく至近距離で小銃を撃ち。
 50口径の重機関銃を悪用して、2500ヤードの超々遠距離狙撃もした。
 しかも、それらは〝初心者用〟とされる。
「前へ! 前へ! 目標! 撃て!」
「今畜生! くたばれ!」
 訓練生は悪態をつきながら応急修理した自動小銃を撃つ。
「戻れ!」
 立ちあがって、さがろうとした訓練生は足をかけられて転ばされる。
 そしてまた、
「腕立て! 5回!」と命じられた。
 そのままシニアは、執拗に訓練生の射撃を妨害し続けた。
「……」
 ミリアム少尉が絶句していた。
 無理もない。
 射撃を意図的に妨害され、怒号と銃声まで上乗せされてはたまらない。
 おまけに完全武装の高重量を身に着けて、腕立ての強要まで組み込まれる。
 おそらく自分が訓練するところを想像したのだろう。
……軍人は哀れ。
……訓練で流した汗が多いほど。
……実戦の出血を減らせる。
……それが彼らの信仰。
 射撃が終わって、ゴーグルをとった訓練生が訊く。
 やはりヨハンだった。
「どうだ?」
「高ストレス下にしては、まあまあです――大尉殿。ただ、前半は力んでましたね。弾着が下に集まる傾向です。後半では持ち直していましたよ」
 どうやら、2人は新しい射撃訓練を模索していたらしい。
 より過酷で、より高負荷をかける地獄のような訓練を。
「最後の最後でトラックのタイヤも引っ張るか? 150ポンドの」
「是非やりましょう」
「ジャムらせるのに――ランダムで模擬弾も仕込もうぜ」
「素晴らしい」
「ピストルにも」
「いいですね」
 小隊の幹部たちは日々こうして、部下や自分たちを鍛える方法を模索する。
 全てはより危険で過酷な戦場で生き残るために。
 ミリアム少尉が前に出て言う。
「大尉――上級曹長。小官も参加していいですか?」
「泥んこ遊びだけやりたい」
 ソフィアはヨハンの顔を拭きながら言った。
「そんじゃ、お前さんが命令役な? マッチョな軍曹や兵隊どもが――妖精のメスガキにいいように蹂躙されるの、楽しそうじゃん。マゾヒストに天国の門を開いてやろうぜ」
「ん」


 ハーレークイン小隊に新たな任務が与えられた。
「よっしゃ――行くぞ! お嬢さんたち!」
 ヨハンは張り切っている。
 帝国と魔界連邦の間にある、大河の都市国家群の1国が突如として武装蜂起。
 民主共和派が主導する軍閥との突発的な軍事衝突が起きた。
 帝国への恭順を突如として翻した、リーベルラントの軍閥。
 彼らは自らを民主主義の守護者――〝解放戦線〟と称した。
 蜂起から間もなく、帝国の領事館から弁務官事務所を制圧・占拠。
 後の調査で判明したことがある。
 講和会議の水面下で――魔界連邦から武器・弾薬等の援助を受けていたと。
……いわゆる秘密外交。
……レンドリース。
……よくあること。
 初期対応に失敗した、現地の帝国陸軍の駐屯部隊は敵に押し負けそうになった。
 原因は、戦死した指揮官の代理で就任した基地司令官。
 コールマン少佐の無能さにあった。
……よくないこと。
 たまたまそこにやってきた、ハーレークイン小隊。
 彼らを〝都合のいい助っ人〟扱いをした嫌味な上官に対して、ヨハンは、
「まあ、前線と野戦昇進あるあるネタだよな」と受け流した。
 しかし直後に彼の考えは変わる。
 敵への対抗策と反攻作戦への討議の場で、コールマン少佐はあろうことか〝多数決〟を採りはじめた。
「ふざけるな! 何のための指揮官だ! もういい! 戦争は俺に任せろ!」
 軍律を盾に、ヨハンは会議室から退出を余儀なくされてしまう。
 彼は案の定、激怒を通り越して殺意を覚えたようだ。

……警告しておく。
……これから悪いことが起きる。

「やつを殺す――敵より厄介なのは、無能なのに熱心な味方だ。それがトップにいたんじゃ、勝てるもんも勝てねえ。なにより味方が無駄に死んじまう」
 前線基地の司令官を殺すとヨハンは予告した。
「だいたい、後方の村を焼き払ってガタガタの戦線を仕切り直すことの――なにが問題なんだよっ!? 軍が保障すりゃいいだろ! 戦争に負けるよりマシだ!」
 不穏な愚痴をこぼしつつ、彼はそれからせっせと裏工作に精を出した。
……普段は夏のストーブみたいなのに。
……または冬の冷蔵庫。
 こういうときの彼は信じられないほど勤勉に働く。
 それから何日かして。
 ヨハンは満面の笑みで〝逆立ちしたカバ〟の絵を、別の部隊の下士官に描かせた。
〝逆立ちしたカバ〟
……カバの反対。
……バカってこと。
 それを敵から見える位置に彼は掲げた。
「大尉――どうして、そんな無駄なことをなさるんですか」
 ミリアムはいつものように呆れ果てていた。
 しかし、直後にヨハンの真意が明らかになった。
 ご丁寧に、絵の下には無能な基地司令の位置座標を記入してあった。
 敵の砲撃を意図的に誘導して〝未必の故意〟を誘発。
 これによって、ヨハンは例の上官を殺害してのける。
 もちろん、一切の証拠はない。
 正確には証拠となりえるもの〝逆立ちしたカバの絵〟が、敵の攻撃で焼失した。
「さあ、お嬢さんたち! 大好きな戦争の時間だぞ!」
 敵の砲撃が続いていたが、構わずヨハンは掩体壕から出る。
「シニア!」
 名指しで呼ばれた小隊軍曹を務める――上級曹長が威儀を正して直立する。
……ヨハンの命令を受領するため。
「は! 大尉殿!」
「アルファとブラボー分隊を連れて、南側の防衛に行け! これより前線の指揮を執れ! 目的は時間稼ぎだ! シエラチームのスナイパー組は2つとも東側だ! 散れ!」
 そう言って屈強な部下たちを鼓舞した。
「お前さんの出番だぜ? この基地の通信を乗っ取れ」
「ん」
 ソフィアは指揮系統の統制をはかるため、ヨハンが持つ端末水晶の通信を基地の全体に繋げた。
……それが私の仕事。
……これから忙しい。
……退屈よりはマシ。
 間もなく、基地のスピーカーからヨハンの声が届く。
《ヴィクトリー基地の将兵へ告ぐ――こちらはハーレークイン・シックス。ヨハン・スミス大尉だ。これより一方通信で現状と今後の指示を伝える。手を止めずに聞け。当基地司令コールマン少佐は先刻、名誉の戦死を遂げられた。緊急時につき、俺が臨時に指揮を引き継いだ。だが、心配いらん。なぜなら〝一番厄介な敵〟はもうくたばったからな! ブレイク、敵の効力射が終わったら、奴らは朝陽を背負って討って出るぞ! 東と南側の防衛を固めろ!》
 基地にいた将校、下士官、兵卒たちは互いに顔を見合わせた。
 彼らに混乱する暇を与えず、ヨハンの指示は続く。
《前線の各防御陣地は以後、シニア――もといハーレークイン・ファイブに従え! 帝国陸軍最先任上級曹長が、お前らのケツを叩いてくれるぜ! ブレイク、これより臨時指揮所を設置。指揮系統を再編成し、後方の砲兵隊、ならびに前線航空管制との連絡を急ぎ回復する! それまで気張ってくれ! シックス、アウト!》


 混乱と勢いに任せて、指揮権を半ば強奪したヨハンは戦いを勝利に導く。
 敵の攻勢。
 これに対しては1度だけ持ちこたえた。
 それから彼は〝コールマン少佐の戦死〟を公式に認めた。
 それを理由に、この基地を放棄して撤退したいと敵に申し出たのだ。
……もちろん罠。
 そうして敗残兵を装い基地を出て――敵にここを奪わせてから丸ごと爆破。
 敵の防衛網に穴を穿つと、間髪入れずに航空支援を呼ぶ。
 戦線の隙間を飛竜の編隊が縫う。
 彼らは亜音速のまま、ごく低空の地形追随飛行で――敵の対空砲火をかいくぐることができた。
 帝国の誇る戦略爆撃飛竜。
 通称はランサー。
 圧倒的な航空戦力を誇る帝国にあって――僅か45名を数える生え抜きにして、歴戦の猛者たちだ。
 ランサー飛行中隊は、絨毯爆撃を敵の司令部めがけて敢行した。
 その上、悪趣味にも余念がない。
 おそらくヨハンの入れ知恵だろう。
 飛竜の外部スピーカーからは、敵の戦意をくじくために大音量で音楽を流すのだ。
 クラシック音楽の中でも、とりわけプロパガンダに利用されたワグナーを。
「パパパパーパ♪ パパパパーパ♪」
 自分の口でも管楽器のメロディを口ずさみ。
 ヨハンは指揮杖の代わりに銃剣を振るう。
 音楽を奏でる気分を味わっている。
 傍から見たら狂人の振る舞い。
 戦場の外にいる人にとっては明らかにそう見える。
 ただ、このときヨハンを見ていた軍人たちには――大ウケだった。
 それは、彼と戦場で共闘したからだ。
 前線では誰よりも早く激戦地に駆けつけ、自分の撤収は最後。
 後方にあっては、将兵に退屈する暇を与えずに士気を鼓舞する。
 多少の素行不良を補ってあまりある、理想的な青年将校といえるだろう。
 ただし戦時下に限る。
「パパパパーパ♪ パパパパー♪」

   ヘルムヴィーゲちゃん♪ おいでませり♪
   お馬さんとごいっしょに♪ おこしやす♪

「帝国を舐めた馬鹿どもを、石器時代にしてやれ! ヒャッハー!」
 ヨハンたちの頭上を飛竜の編隊が通過していく。
「パクリの元ネタは、もちろん地獄の黙示録だぜ!」
 投射された爆弾は、例によって2000ポンド爆弾――総数は192発。

……どうなるか知りたい?
……帝国空軍の亜音速戦略爆撃飛竜、ランサー。
……彼らのペイロードは、マーク84を搭載時に48発。
……それが4騎。
……2000ポンド爆弾の加害範囲はコンマ6クリック。
……それが192発。
……単純計算でコンマ75平方クリックが焦土。
……正方形に換算すると、半マイル四方の面積に相当する。


 こうして、間もなくリーベルラントの民主共和派の軍閥は瓦解した。
 理由は、帝国の圧倒的な空軍力に恐れをなしたリーベルラント政府にある。
 彼らはあっさりと手のひらを返した。
 先日まで〝救国の英雄〟ともてはやした共和派の軍閥を〝国益を損なうテロリスト〟として処断してしまう。
 さらに魔界連邦からは帝国と国際社会に対して〝遺憾の意〟を表明することにとどまったこと。
……本来ならこうなる。
〝断固として抗議〟
〝帝国は人道に反した〟
……これを枕言葉にして。
〝我らは断じて容認できない〟
……報道官が記者会見で言いそう。
……でしょ?
 ところが魔界連邦は講和会議の間に、第3国に対して武器・弾薬の支援をしていたことを、問題視されるのを恐れた。
……だから〝遺憾の意〟を正しく使ったの。
 このため、魔界の連邦政府は本国の各地方の指導者・士師――知事・諸侯・県令・州牧・酋長から、相次いで弱腰の外交姿勢を糾弾されている。
……いつもそう。
……戦争の勝敗は、戦場の外で決まるの。
……それが人間の外交。
……これに対して常に国内で不満が淀む。
……それが歴史の輪廻。
 結果だけを見れば、ヨハンの行動は正しいのか。
 状況が落ち着いてからソフィアは訊く。
「敵を退けるために、少数の味方を犠牲とする――これが正義?」
 そもそも、コールマン少佐の戦死はヨハンが意図的に招いた。
 ソフィアは公平な立場として、これを弾劾すべきだと思ったようだ。
 妖精の少女に質問され、ヨハンは珍しく正直に答える。
 ただし彼の諧謔で。
「正義? そんなもんはな、人殺しを正当化する建前だ! 俺が頼りにすんのは、銃と弾と――あとは、火力・航空支援と機動・情報支援。それと、ちょっとハメをはずしても許してくれる愉快な上官。そして俺に付いてくるイカれた部下ども。あとは巨乳の女騎士と生意気なメスガキ妖精だ!」
 ヨハンは悪びれもせずに言った。
 ソフィアは無言で彼を見つめた。
……素直じゃない。
……私たちが大事だって言えないの?
……私が大切だって言えばいいのに。
……ミリアム少尉のことも。
……やっぱり、人間は心に嘘をつく。
……でも嫌いになれない。
……なんでかな。


 またある日。
 貴族であるミリアム少尉が、強引なプロポーズを受けていたことがわかる。
 相手は大貴族の跡取りである青年。
……これもよくある話。
……人間には。
 ミリアムは少尉としての軍務があると断った。
 だが、貴族の青年は耳を貸さない。
 彼女の上官は暴力で解決すると言い出した。
……それがヨハン。
 貴族の青年を挑発して、相手から決闘を申し込ませて戦いに持ち込んだのだ。
「税金をしこたま使って訓練してる俺らが――素人に負けるわけないじゃん? 試したいならかかってこいよ、バカボン!」
 こうして貴族の青年の攻略対象は、ミリアムからヨハンに切り替わった。

 決闘のルール。
 1対1。
 武装はある程度自由で、銃器の使用も可。
 ただし、銃身に線条を施すのは拳銃のみ。
 爆発物、毒、罠といった人道と騎士道に反する武器は禁止。
 防具は自由。
 決着はいずれかの戦闘不能――または死亡。
 相手の降伏を双方の合意で受け入れること。

……これが〝公平〟?
……ふーん。

 ミリアムを狙う門閥貴族の若者は、特注の完全防弾仕様のプラチナプレートメイルを愛用している。
「作動方式は機械と人工筋肉を、空気圧で補助するハイブリッド――動力源は未知のアーティファクト。聞いてる?」
「フーチー・クーチー・マンは絶倫男――ってとこまで聞いたぜ」
「違う――技術仕様書と各部材の納品書、それらから読み取れる戦術の傾向と、それから対抗策の話」
「わからん! ポルノで例えてくれ!」
「嫌」
 鎧に関する資料をヨハンとソフィアは読み込んでいた。
「つまり完全無欠――弱点はない」
「アキレスってことか」
 ヨハンが目を細める。
「ん」とソフィアは頷いた。
 相手は完全防弾の鎧を着込んだ近接戦の達人。
 射撃を得意とするヨハンにとって、天敵といえる。
 特に銃身に線条――ライフルを刻んである武器が拳銃に絞られるのは痛い。
 本来ならば、装甲を貫徹できる大口径の狙撃銃を用意して。
 弾頭にタングステンを埋め込んだ、特殊な弾を持ち込むべきだろう。
 ただし決闘のルールがそれを許さない。
「結局――これかよ。嫌いなんだよなあ」
 ヨハンが選んだ武器は12番ゲージの散弾銃だった。
 これに火薬を増大した1粒弾――貫通力のあるスラッグを込めれば。
 あるいは勝機があった。
 例えば間接などの、装甲が薄い場所を何発も撃つなど。
「馬鹿かよ! 最初の1発で、狙いを読まれちゃうじゃんっ!?」
 彼は自分の思いつきを否定した。
……大丈夫。
……正攻法で戦うわけない。
……それがヨハン。


 そして決闘の日。
 彼が散弾銃を選んだのは、様々な種類の弾薬を選べる点だ。
 選んだ弾薬は2種類だった。
 序盤はやけに低威力の1粒弾を速射した。
 泥だらけになって――攻撃を躱すたびに地を這う無様さを晒す。
 案の定、見物していた貴族の笑いものになったヨハン。
 彼は数十発の無駄弾を撃った。
……1つめの罠。
 低威力の1粒弾の正体は、アルミニウムとマグネシウムを加工した弾だ。
 鉛に比べて遥かに比重の軽い弾――威力が低いのも道理だ。
 着弾の衝撃と熱で、それらが鎧の表面に付着していく。
 最後の2発。
「喰らえ!」
 ヨハンが撃った弾は、曳光弾をもっと派手にしたような――火が目に見えるもの。
 民間の銃砲店で売っていた〝ドラゴンブレス〟という弾だ。
「コイツはオマケだ――ヒャッハー!」
 最後の1発――万一の不発や狙いが外れたときの予備を撃ち込む。
 弾の尽きた散弾銃を捨てて、ヨハンは拳銃を抜く。
〝ドラゴンブレス〟という弾は、見た目こそ派手だが実際には威力は低い。
 もちろん、完全防弾仕様の鎧には無力だ。
 だが。
 可燃性の軽金属が大量に付着した鎧は、固形燃料のようによく燃えた。
……2つめ。
……でも鎧は無事。
……鎧だけは。
 だとしても――着用しているのが人間である以上、必ず換気口がある。
 燃焼によって急速に付近の酸素が消費された。
 結果的に、貴族の若者は呼吸困難となった。
……あとは後始末。
 たまらずバイザーを開けたのが運の尽きだ。
 貴族の若者は尊大な口調で言う。
「貴官の勝因は、弾に依るところが大きい――しかし、誇りある帝国貴族として敗北を認めてやるのが騎士道というものだ」
 不利に見えた戦いは、楽園のヘビよりも狡猾な悪魔の作戦で覆された。
「我が降伏を受け入れると宣言するがいい」
「は? やなこった」
 降伏した貴族の青年をヨハンは躊躇なく射殺した。
 愛用の1911型の拳銃で。

   お母ちゃーん♪ オイラ人を殺したった♪
   引き金をちっと、カチャッただけなのに♪
   そいつ、なぜか勝手に死んじゃったんだ♪
   お母ちゃーん♪ 人生はじめたばっかで♪
   もう終わた♪ お母ちゃぁああん うー☆
   そんな、泣くほどのことじゃないってば♪
   駄目なら駄目で、そのときはよろしくね♪

 いつものように歌いながら。
 お気に入りの〝女王陛下〟というロックバンドのジプシー狂詩曲。
 その歌詞を口ずさみ――撃った。
 これは決闘を装った合法的な殺人。
 その勝利は喝采されなかった。
〝決着はいずれかの戦闘不能――または死亡〟
〝相手の降伏を双方の合意で受け入れること〟
 ヨハンはこのルールに従った。
 ただし、最大限にそれを悪用して。
 貴族の若者の降伏の意に〝合意せず〟彼を撃ち。
 相手の〝死亡〟をもって決着とした。
 ヨハンは貴族であるよりも軍人だった。
 そしてほとんどの軍人よりも冷酷な殺人者。
 もしもあの場で、貴族の若者の降伏をヨハンが受け入れても――よくて再戦。
 そして茶番が繰り返される。
 無駄を嫌うヨハンが、それに付き合うわけがない。
〝シメオン伯爵家の令嬢――ミリアムの上官にヤバい奴がいる〟
 まことしやかな噂が流れた。
……ヤバい?
……そんなに生易しくない。
 とにかく、ハーレークイン小隊の危険性と凶暴さが貴族社会にも知れ渡った。
 これを機に、ミリアムを狙う貴族の若者たちは激減――皆無となった。

 正義を公然と否定する人間が、限定的ながら平和を実現してしまう。
……なんて出鱈目な人間なの。
……それとも出鱈目なのが人間?
 妖精のソフィアにはわからない。
 代わりにミリアム少尉がヨハンに雷を落とす。
「呆れてものも言えません!」
 部下の才媛が怒った。
 貴族令嬢にして品行方正な副官の説教が続く。
「神聖な決闘を、いかにお考えですかっ!? 大尉! あなたも貴族なんですから、伝統には従うべきでしょう」
「えー、だって、バカボンの命と、顔がよくて体がスケベな部下の2択なら――こうするのが1番じゃん?」
 懲りないヨハンはさらに無駄口を叩く。
「そんなことより、疲れちゃったから――その聖なる未踏峰で、俺を包んでくれないか? パフパフしてって意味だぜ」
「お断りです!」
 無理もない。
 彼女のほうが人として正しい。
 ヨハンの言動は誰にも理解できない。
 人から理解されることを彼は望まない。
 いつも口をついて出てくるのは、下品な冗談と皮肉と嫌味ばかり。


 別のある日の午後。
 勤務中の飲酒を咎めれば、
「こいつは麦のジュースだ――発酵の過程で、炭酸とアルコールが副産物として出てくるんだ」とヨハンは言い訳した。
「それをビールと言うんです!」
 またミリアムが怒った。
 彼女はいつでも正しい。
 部下に窘められたヨハンはさらに言う。
「大丈夫だって、これ密造酒だから――ビールの認可はとってないんだ」
「なお悪い」
 ソフィアはそう断じたが、内心で少しだけ笑ってしまった。
 人から見たら、ただの素行不良の隊長。
 だが、彼の本当の姿を仲間たちは知っている。
 ヨハンは戦いのときだけ必ず正しく行動し、小隊の仲間とソフィアを守り抜く。
 ただし手段は選ばずに。
 何度もそれを見てきた。
 もうひとつ気づいたことがある。
 ヨハンは普段「ヒャッハー」と言う。
 しかし、戦いが過酷になるほど逆に言わなくなる。


……私の最初の返事は「ん」だった。
……これは〝ふーん〟の省略形。
……否定も肯定も、どっちも曖昧に出来て便利なの。
……意味は「なんでもいい」だった。
……私の今の返事も「ん」のまま。
……意味は「教えない」に変わった。
……ヨハンのせいだ。
……全部そう。
……猫の尻尾で例えたらわかりやすい。
……最初はこう ↓
……今はこう ↗
……わからなかったら、こんどは猫の耳を見て。
……横に平べったくなってたら、放っておいて。
……ヨハンに教えても無駄なの。
……彼は猫が嫌いだから。
……ミリアム少尉はいつもヨハンに怒る。
……でも、怒り方が最初とぜんぜん違う。
……顔を見たらわかる。
……私とおんなじだと。
……でもそれは言わないで。


 ソフィアはヨハンといるのが、楽しくなってきた。
 そう思いはじめたとき。
……そう思ってたのに。
 陰謀を企む軍の上層部の罠にかかって、ハーレークインの小隊の仲間たちが10人も戦死してしまった。
……なにが起きたか教えてあげる。
 きっかけは、ヨハンが貴族と決闘騒ぎを起こしたせいだ。
 ハーレークイン小隊は連帯責任として謹慎を命じられた。
 それを逆に利用して、統合参謀本部は彼らに暗殺任務を命じてきた。
 非合法の極秘作戦として。
 話を持ちかけてきたのは、統合参謀本部の次席幕僚――スヴェンソン准将。
 彼は、
「講和会議の妨害をしていた、テロリストの拠点がわかった」と言った。
……疑うべきだった。
 テロリスト狩りを命じられたハーレークイン小隊。
 彼らが、敵の拠点である古城を制圧したときだ。
 突如として帝国陸軍――正規軍の砲撃が浴びせられた。
 正規軍は〝テロリスト〟を制圧しに来たのだという。
 ハーレークイン小隊は公式には〝謹慎中〟で、この作戦は完全な非合法任務。
 全ては、ヨハンたちを〝テロリストとして〟合法的に処断するためだった。
 脱出用の気球を浮かべ、ハーキュリーズ級の輸送飛竜が空中で分隊を回収した。
 しかし、ミリアムとシニアが率いる分隊が取り残されてしまう。
 その上、ハーキュリーズ――バンジョウ大尉は対空砲の直撃で墜落死してしまった。
 生き残ったのはヨハンとソフィア、それから部下の下士官が1人だけ。
 敵の追撃を躱しながら、次々に仲間が倒れてしまう。
 ハーレークイン小隊の生き残りは、戦場から命からがら逃げ出した。
「大尉――こちらを」
 ミリアムはヨハンに認識票の束を差し出した。
「……」
「メイソン1等軍曹、ローガン1等軍曹以下――合わせて8名が小官らの撤退を支援するため、戦死しました……」
「了解――ご苦労だったな、少尉。お前さんもさがって休め。命令だ」
「はい」
 ミリアムが退出すると、ドアの向こう側で机を叩き――椅子を蹴る音が響いた。
 副官の彼女は壁にもたれ、しゃがみこみ――疲労の限界を癒やす。
 同時に仲間の死を悼んだ。
 ただ静かに、彼女は待った。
 もういちど上官が顔を見せてくれるのを。


……私に冷たくされた軍人たち。
……それでも懲りなかった愚か者たち。
……私を守ってくれた人たち。
……彼らはもう猫に会えないの。

 辛うじて危機を脱したものの、彼らの置かれた状況は悲しむ暇すら与えてくれなかった。
 一刻も早く反撃に出て陰謀を止めなければ。
 せっかく講和条約を締結した帝国は、再び戦争をはじめてしまう。
 反戦派の中核をなすのは、他ならぬ〝神姫〟ヴィクトリアだ。
 彼女はヨハンの双子の妹でもある。
 その帝国の象徴が弑逆される危機が迫る。
「連中をひとり残らず片付けるぞ――殺意の高さは、撃ち込む弾の数に比例する。最低でも、胸に2発、頭に1発は当ててやる」
 ヨハンは冷静に言った。
 そして作戦が立てられた。
……今からヨハンは少し無茶をする。
……違った。
……無茶をするのは、いつものこと。
 それでもいい。
 どんなに危険で、非人道的で誰にも褒められない作戦でも。
 いっしょに戦えるなら。
 どんなに辛くても我慢できると思っていた。


 ところが。
 作戦の都合で別行動を言い渡された。
「嫌!」
 ソフィアは自分でも驚くほどの感情を外に吐き出してしまった。
「嫌もピエロもないんだよ――そういう作戦だ! わかるだろ?」
「いーや!」
 ソフィアは横を向いてしまう。
 駄々をこねた子どものように。
 ヨハンの顔を見られない。
 自分の顔を見られたくない。
……恥ずかしい。
……恥ずかしい?
……なんで?
 なによりもソフィアが驚いたのは自分自身の怒り。
……私がこんなに人間に感情を向けるなんて――変かな?
……変かも。
……私がそうならヨハンも?
……証明してみよう。
 しばらくしてから。
 ソフィアは唐突に専門的なことを言い出す。
「あなたの神経症的防衛の〝隔離〟はとても幼い――失うのが怖いから、自分から距離を置こうとしている。だから、私たちを名前で呼ぼうとしない。違う?」
「は?」
 さらに〝叡智〟の妖精はたたみかける。
 こんどは答えやすい質問で。
「あなたにとって、私はどんな存在?」
……これ罠。
 ソフィアの意図にも、繊細な乙女心にも鈍い彼は即答する。
 いつもの軽口で。
「どんなって、空気みたいなもんかな――軽くて掴みどころがなさそうだし。どっかの巨乳の女騎士と違って」
 ヨハンはミリアムのことを〝巨乳〟や〝女騎士〟と茶化す。
 そしてソフィアのことは〝妖精のメスガキ〟と侮蔑してくる。
……かかった。
 今までの積み重ねに反攻するときが来た。
 氷でできたルビーの瞳がその欺瞞を射抜く。
「怖いんでしょう? 私たちが死ぬのが――だから、愛着を持たないように名前を呼ばないの」
「……」
 ヨハンは珍しく黙った。
 ソフィアはヨハンの肩から立ちあがった。
 妖精らしく翔を振るわせて浮き、彼の正面にまわって指を突きつけた。
「私のことを空気みたいって形容した――それは空気がなくなると苦しくなるってこと。つまり、私がいないと息ができないって言ったの」
 心のせきを切ったように、妖精の少女はヨハンのレトリックを解体した。
 燃料気化爆弾のように強引な方法で。
〝空気みたい〟といった、その意味を再定義していく。
「私がいないと生きていけないって――」
「言ってない!」
 ようやくヨハンはそう反論した。
「言ったもん」
 そして妖精の少女は空の小瓶を出してみせる。
「わんわん泣いてたあなたの涙がここにある――失くさないよう、私がずっと預かっててあげる。嬉しい?」
 それからも彼は相変わらず色々と屁理屈をこねた。
 彼女は、
「ん」と答えただけだ。
……否定も肯定も、どっちも曖昧に出来て便利なの。
……意味は教えてあげない。
……私が勝ったことも。


 そして作戦が始まった。
 ヨハンは統合参謀本部ビルに6人の部下と奇襲を仕掛ける。
 そこには軍の主戦派の参謀たちが集まる。
 ミリアムとシニア上級曹長は2人の部下を率いて別の場所へ。
 目的は主犯――一連の陰謀を画策した人物の排除だ。
 残りの下士官チームとソフィアは、寺院の電波塔にあるラジオ局へ。
 電波塔は軍隊に入る前、ソフィアが働いていた職場だ。
 同時3箇所への奇襲が決行される。

……別に納得したわけじゃない。
……彼にはあとでツケを払わせる。
……お金じゃない別の何かで。

「舟に乗り込んで、川下り♪ 色々やらかしましたとさ♪」
 部下たちを配置につかせるため、ヨハンは単身で敵の気を惹く。
 彼は歌いながら、殺到してくる警備兵たちを射殺した。
 1日に500発の射撃訓練を自分と部下に課す、叩き上げの将校が鬼神となっている。
「ときには死ぬほどヤバい目に遭い♪ 息を殺したり立ちすくむ♪」
 歩いているところで、ビルの窓に人影を見つけた。
 ヨハンは左手に銃のスリングを絡めるようにして、小銃を強固に固定するなり。
「っ!」
 一瞬で片膝をついた。
 その直後に連射して狙撃される前に敵を倒した。
 ビルの入口で、ヨハンは自分が撃った警備兵の死体を見つけた。
「お、いいの見っけ♪」
 彼は倒れた死体の下に、ピンを抜いた手榴弾を慎重な手つきで仕掛ける。
 敵の援軍が駆けつけてきたときの〝物騒な鳴子〟らしい。
 彼はいつもこうだ。
 ひとたび戦闘が発生した瞬間、ヨハンは冷酷な合理主義の悪魔となる。
 目的を達成するため、あらゆる行動――非人道的な行為を彼は正当化する。
 ただし、ソフィアやミリアム――他の仲間たちは知っていた。
 それだけではないと。
……全部、演技。
……全部、私たちのため。
……仲間が死ぬのが嫌でたまらないの。
……だから悪いことができる。
……私たちも見習うの。
「おースザンナ♪」
……でも私は歌わない。
……恥ずかしいもん。
……あの恥知らずといっしょにしないで。
……ぜったい、人前で歌ったりなんかしない。
……前フリじゃない。
「泣くのはおよし♪」
 ヨハンがこうして歌いながら警備兵を射殺してまわる――道化を演じている間。
「……」
 彼の部下たちは静かにビルの屋上で機会を待つ。
 懸垂下降のロープを固定し、部下たちはヨハンが敵に捕まって拘束される様子を窺っていた。
 見つからないように、棒の先に凸面鏡を固定した道具を使って。
 これでいいのだ。
 ヨハンを捕まえれば、彼を尋問して敵は情報を得ようとするだろう。
 すなわち、敵が1箇所に集まることになる。
 そのときに、もうひとつの罠が機能する。


 同じ頃、ミリアムはシニア上級曹長とともに、敵の〝主犯〟を確保するために、ある貴族の屋敷を襲撃した。
 事前に〝神姫〟ヴィクトリアの勅命を得た彼女は、貴族らしい方法で主犯の自裁を促した。
 主犯が拳銃で自殺するところを確認した彼女は、
「大尉と合流する」とシニアに告げた。
「それは命令違反です――少尉殿」
 上級曹長が慇懃な態度で指摘した。
 しかし、ミリアムは首を振る。
「私が責任をとる――あの人を絶対に死なせはしない。先導せよ、上級曹長」
 自分が指導すべき年少の将校が。
 品行方正でならしたミリアムが、指揮官の命令に逆らうと明言した。
 これを受け取った上級曹長は喜んだ。
「仰せのままに!」
 ミリアムとシニアは部下とともに屋敷を後にした。
 窮地に立つヨハンのために。


 案の定、ヨハンは強化尋問――というより拷問を受けることになった。
 タオルと流水を使った、もっとも効率的な方法の。
……これがヨハン。
……彼は手段を選ばない。
……仲間を守るためなら、人の命をなんとも思わない。
……自分の命も。
……終わったらお説教。
……邪魔しないで。
 その過程で、興奮した参謀のひとりがうっかり自分たちの弑逆計画を白状した。
〝神姫〟ヴィクトリアを排除して、帝国を軍事独裁政権国家とし。
 その盟主として、傀儡にしたヨハンを据えるつもりだったらしい。
 皮肉なことが重なった。
〝神姫〟の血を分けた兄が、素行不良の青年将校だったこと。
 誰よりも戦争を享楽的に楽しんでいるように見えて、実のところは限定的な平和に貢献してきたのが彼だということ。
 軍の参謀たちは不満と殴打をぶつけてくる。
 ヨハンが端末水晶――暗号通信機を隠し持っていることに気づかずに。
 その自白は、先にラジオ局を占拠したソフィアたちの手で、帝国中に生中継された。
 それが発覚した瞬間だ。
 ヨハンの部下が逆さまになりながら、ビルの屋上からロープで降下。
 彼らは小隊長の危機を救うために、窓越しに撃ちまくった。
「大尉、どうぞ」
 拳銃を差し出されたヨハンは、
「さあて、花火大会をしようぜ! お嬢さんたち!」と言って、いつも通り部下を鼓舞した。
……元気すぎ。
……さっきまで拷問を受けてたのに。
 それからミリアムとシニアが合流した。
 ハーレークイン小隊はわずか11人だが再編成を果たす。
 花火大会とはすなわち――
 殺到してくる、軍の主戦派を信奉する帝国陸軍の駐屯部隊を迎え撃つという意味だ。
……これから人が死ぬってこと。
……たくさん。

〝戦争したいヤツ花いちもんめ♪ おらおら、主戦派ども――そんなに戦争がしたいんなら、俺と踊ろうぜ! さっさとかかって来い! 来ないと、スヴェンソン准将のかったい頭の風通しをよくしちゃうぞ♪ 銃で撃つってことだ〟
 統合参謀本部ビルに立てこもった、ヨハンが率いるハーレークイン小隊。
 彼らは思う存分、暴れた。
 既に皆殺しにした軍の上層部を〝無言の人質〟として。
 彼らの救出と奪還を企図した駐屯軍を撃退する。
 ビルの消火設備に細工を施して、スプリンクラーに低粘度のナパームを仕掛けた。
 突入してきた第1波は、軒並みそれで焼死。
 第2波の士気に止めを刺すため、ビルの最上階の1つ下の階からは狙撃。
 足止めして、ミリアムが率いるチームが横槍を突いて蹂躙――即座に後退。
 狙撃と一撃離脱で敵の兵力を削っては、敵に再編成を繰り返させる。
 戦線のインフレーションが加速していく。
 そして正午。
 立てこもったビルの放送設備をヨハンが有効に使う。
 もちろん悪意を込めて。

   お昼休みはブギ・ウギ・ダンシング♪
   あっちこっちそっちどっちいいとも♪
   お昼休みはブギ・ウギ・ダンシング♪
   あっちこっちそっちどっちいいとも♪
   ごきげんどうだ? 銃の調子はいい?
   着弾ずれたら、ちゃんとまっすぐに♪
   士気は高いか? 軍の上層部はクソ♪
   昨日までの参謀どもを処分♪ 処分♪
   すっきり ブギ・ウギ・ダンシング♪
   乱痴気騒ぎはこっちの専売特許だぜ♪
   残り時間が少ないからかかってこい♪
   踊っていいとも♪ さあヒャッハー♪

 馬鹿げた替え歌を自ら歌ったヨハン。
 彼はビルの窓から軍の主戦派の参謀の死体を外に捨ててしまう。
 この挑発を受けた敵は強硬策に打って出る。
 戦車が出てきたところでついにハーレークイン小隊の分隊は大人しくなった。
 しかし、降伏はしない。
 直後に切り札が飛んできた――彼らが来ると知っていたのだろう。
 戦車の天敵が。
〝……ボムズ・アウェイ〟
 先頭を進む戦車の前が、突然の連続爆発で足を止めた。
 空爆を受けたのだ。
〝ホッグ・ワンへ――ホッグ・スリーよりBDAを報告。目標に命中せず、命中せず。予定通り、標的の足止めに成功せり。ブレイク、追撃無用。再度告げる。追撃は無用〟
 そこへ、爆弾を落とした飛竜からの通信も割り込んでくる。
〝ブレイク、ブレイク、ブレイク――デクレア。我はホッグ隊〟
 かつて大砲・火砲が〝戦場の女神〟として、歩兵たちから信仰心を寄せられた時代があった。
 今の戦場にいる歩兵たちにとって、もっとも頼りになる存在が彼らだ。
 4騎の飛竜たち。
 鈍足ゆえの長い滞空時間と、多彩な武装を積んで――近接航空支援だけを専門とする飛竜。
 ホッグ隊の指揮官が勧告する。
〝我らは勅命を奉じて推参せり――ヴィクトリア陛下の玉体これある、神聖にして雄渾なる帝都を騒がせる不届き者どもよ。双方に申し告ぐ。この騒ぎを即刻やめるがいい〟
 そして警告が続く。
〝しからざれば、我がアヴェンジャーが火を吹くであろう――GAU―8の洗礼を浴びたい者は前にいでよ〟
 勅命を奉じ――と告げた。
 ということは、ヨハンの危機を察した双子の妹である〝神姫〟ヴィクトリアが、空軍に出動を命じたのだろう。
 ホッグ隊の指揮官の最後通牒。
〝今、武装を解除した者に限り――こたびの狼藉を不問と処す。陛下の御寛恕と慈悲にひれ伏すがよい。ブレイク、貴公子殿下よ。あまりにヒャッハーが過ぎますると、臣ことリョーエン、ならびに今は亡きハーキュリーズ、バンジョウ大尉は常日頃より申しておりましょう。殿下が粗忽な道化を演じあそばしておりますると、帝国の鼎の軽重が問われかねぬと。我らが竜の王たるマイア様もお嘆き申し……〟
 後半は名前こそ出してはいないが、明らかにヨハンへの小言と説教だ。


 再び戦争を始めようと目論んでいた軍の上層部。
 その自白を生中継するために、ソフィアのチームがラジオ局を乗っ取っていた。
 戦いが終わったあと、ヨハンは新しい命令を下した。
 ラジオで流す音楽を選べと。
〝景気のいいヤツを、1発かましてやれ〟
 放送局の番組表に従えということだった。
……馬鹿馬鹿しい。
 今まで、さんざん上層部の命令や軍隊の規則に反していたというのに。
「ん」
 ソフィアは盛大に答えてやることにした。
……ヨハンは鈍感だから。
 そう思いつつ、ソフィアは明るい〝ひとめ惚れの歌〟をラジオで高らかに鳴らす。
……これくらいでちょうどいい。
 古典的なジャズ、それからファンファーレのイントロ。
 案の定、これにヨハンは大喜びだ。
〝おいおい《底抜けコンビ》のツッコミ役の歌い手じゃん! ほんとお前さんは俺の理解者だな!〟
 それから始まる、伸びやかで享楽的な男の歌声。
 キック・イン・ザ・ヘッド。

   幸せの限界って? キスを口で塞ぐことなんだ♪
   それって「めっちゃドキドキもん」じゃないか♪
   お部屋が真っ暗で、ハグにハグで返してくれて♪
   船乗りが「舟に孔があいたときみたい?」って♪
   お目々がぐるぐるで、おかしくって寝付けない♪
   これがはじめの1歩、人生がヤバみで溢れるね♪
   お日さまより眩しいよ♪ 百聞は一見にしかず♪
   白状しなよ、ひとめ惚れをしちゃったんだって♪
   それって「めっちゃドキドキもん」じゃないか♪
   船乗りが「舟に孔があいたときみたい?」って♪
   彼女に先を越された♪ ベッドはキングサイズ♪
   これが人生の有頂天♪ 病んでたってオーケイ♪
   白状しなよ、ひとめ惚れをしちゃったんだって♪
   ほら、早く相手に「愛してる」って言っちゃえ♪

 2分30秒の歌が終わってから。
 ヨハンは通信を介して、
〝浮かれちまったな――シックス、アウト〟と言った。
 通信が一方的に打ち切られた。
 指揮官、軍の通信手順としては正しいプロトコルだろう。
 ただの手続きだというのに。
 それでもソフィアは嬉しかった。
……どうしてだろう?
 いっしょに戦っているときより、今のほうが彼を大きく感じられるのは。
 姿も見えないし、端末水晶で通信を繋がないと声も聞こえない。
……それなのに。
 なぜかヨハンがそばにいるような気がする。
 ミリアムも、おそらく同じだったのではないか。
 だからこそ彼女は、当初の命令に逆らって隊長と合流した。
 2人の乙女たちの心を繋いだのはなんだろう。
 彼らの気持ちを、心をかき乱してしまうのは誰だ。
 ソフィアは人間と違って、心に嘘をついたりしない。
……本当のことを言わないだけ。
……わかった?
……内緒ってこと。
……これも軍事機密。


 こうして、ヨハンとソフィア、それからミリアム――ハーレークイン小隊のせいで、帝国と魔界との戦争は〝なぜか〟遠のくこととなった。
 しばらくは。

 戦いがいち段落して、ソフィアは仲間たちと再会を果たせた。
 いつもの場所――素行不良で口の悪い隊長の肩に腰かけての帰り道。
「ここを私だけの指定席って決めたら嬉しい?」
 そう訊かれたヨハンは、
「嬉しくない」と即答した。
 彼女は立ちあがって、周りを一瞥した。
 ヨハンの耳たぶを引っ張って――それから小声で囁く。
「嘘つき!」
……彼も嘘つき。
……ヨハンのことなんて大っ嫌い。
……世界で1番、彼が嫌い。
……ほんとだもん。

ラヂオのこくはく





次回予告

ソフィアは世界の中心で魔法の金づちで〝世界の卵〟を割ってしまった!
「ゆで卵しか作れないもん――そんなのつまらない」って、何考えてんだ!?
いくら〝叡智〟様といえど、やっていいことと悪いことがあるだろ!
地獄に朝陽が昇って、天国が闇に覆われ……ヨハンとミリアムは大混乱。
その上、肝心要のソフィアがどこにもいないときたもんだ。
ヨハンとミリアムは〝ちびドラ〟こと竜の王マイアとともに、世界を巡る!
かつて、妖精の女の子がそうしたように……
次回〝わっかのまんなか―A面〟をお楽しみに。
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