【奨励賞】氷の王子は、私のスイーツでしか笑わない――魔法学園と恋のレシピ

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第5話 七色の宝石糖と、初めての「よくやったな」

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「顔を上げろ。お前は、お前の作る菓子のことだけ考えていればいい」

レオン様の、不器用だけど真っ直ぐな言葉が、私の心の中で何度も反響する。
そうだ。
私は、魔法科の生徒みたいに、すごい魔法は使えない。
ロゼリア様みたいに、綺麗でもないし、家柄がいいわけでもない。
でも、私には、私にしかできないことがある。

(私の答えは、いつだってここにある!)

私は実習室の床を力強く蹴って立ち上がった。
もう迷わない。落ち込まない。
私にできるのは、お菓子を作ることだけ。だったら、最高の魔法菓子で、彼を支えてみせる! 周りの雑音なんて、私の作るお菓子の甘さで、全部かき消してやる!

「見ててください、レオン様……!」

その夜、私は決意を新たに、おばあちゃんのレシピノートを開いた。
彼の注文は『効果が持続して、予防的に摂取できるもの』。
ページをめくる指先に、自然と力がこもる。そして、見つけた。これ以上ないくらい、今の彼にぴったりのレシピを。

【七色の宝石糖(コンペイトウ)】

それは、小さな金平糖に、七種類の異なる魔法を込めるという、すごく根気のいる魔法菓子だった。
レシピの横のメモには、こう書かれている。
『一粒一粒は小さな魔法でも、七つの光が集まれば、きっと大きな希望になる。ゆっくり時間をかけて、心を込めて育てること』

これだ!
これなら、瓶に入れて持ち歩けるし、彼の体調に合わせて、必要な魔法を少しずつ摂ってもらえる。
赤は『活力を与える太陽の輝き』。
青は『集中力を高める静かな湖面』。
緑は『心を癒す若葉の息吹』。

(これなら、レオン様だけじゃなくて……もしかしたら、他の誰かの力にもなれるかもしれない)
最近、魔法科の生徒たちが、もうすぐ開かれる『魔法研究発表会』の準備で、すごく疲れているのをよく見かける。
みんな、目の下にクマを作って、必死に難しい魔法の練習をしている。
そんな人たちにも、私の魔法菓子が届けばいいな。

私は大きな銅鍋に砂糖と水を入れて、ゆっくりと火にかけた。
焦げ付かないように、丁寧に、丁寧に。
シロップが煮詰まってきたら、魔法の核となるケシ粒を入れる。
ここからが、このお菓子の真骨頂。
鍋をリズミカルに揺らしながら、少しずつ、少しずつ、魔法を込めたシロップをかけていくのだ。

「シャララ……シャララ……」

鍋の中で、ケシ粒がぶつかり合う、宝石みたいな音が響く。
私は、一粒一粒に、心を込めて祈った。
(赤には、太陽の力を。青には、水の静けさを。緑には、森の癒しを……)
(頑張るあなたの、お守りになりますように――)

何日も、何時間もかけて、ケシ粒は少しずつ大きくなり、可愛らしいツノのある、金平糖の形になっていく。
最後に、それぞれの色に合わせた魔法を定着させると、それはまるで本物の宝石みたいに、キラキラと光り輝いていた。
手のひらに乗せると、七色の光が反射して、私の顔まで明るく照らしてくれる。
これが、私の答え。私の、魔法だ。



そして、学園の一大イベント『魔法研究発表会』の日がやってきた。
メイン会場の体育館は、魔法科の生徒たちが披露する、派手で高度な魔法の光と音で、お祭りみたいな騒ぎだ。
巨大な火の鳥が飛び回ったり、空間を歪ませる魔法が披露されたりするたびに、観客席から大きな歓声が上がる。

そんな中、ひときわ大きな拍手を浴びていたのが、やっぱりロゼリア様だった。
彼女が優雅に杖を振るうと、何もない空間に複雑な魔法陣が浮かび上がり、そこからキラキラと輝く無数の氷の薔薇が咲き乱れたのだ。
「すごい……!」「なんて美しいんだ……!」
誰もが彼女の魔法に魅了されている。まさに、この舞台の主役。完璧なプリンセスだ。

一方で、私たちは、というと……。
体育館の、本当に一番隅っこ。そこに、製菓科の小さなブースはあった。
机の上には、桜ちゃんたちと夜なべして作ったクッキーやマフィン、そして私が心を込めて作った『七色の宝石糖』が並んでいる。
でも、足を止めてくれる人は、ほとんどいない。
魔法科の生徒たちが、私たちのブースを横目で見ながら、クスクスと笑う声が聞こえてくる。
「あ、見て。ままごとコーナーだ」
「あんなの、魔法って言えるのかしらね」

悔しくて、唇をぎゅっと噛む。
でも、私はもう俯かない。顔を上げて、胸を張るんだ。
だって、私の魔法は、ここにあるんだから。



「うぅ……どうしよう、呪文が飛んじゃった……」
発表直前の魔法科の下級生が、ブースの陰で顔を真っ青にして震えていた。
その姿を見て、私はいてもたってもいられなくなった。
「あ、あの!」
勇気を出して、声をかける。
びくっとした彼に、私は小瓶から取り出した青い宝石糖を一つ、手のひらに乗せてあげた。

「おまじないです。これを食べると、少しだけ心が落ち着くんですよ」
彼は、怪訝そうな顔で私と宝石糖を見比べたけど、藁にもすがる思いだったんだろう。恐る恐る、それを口に放り込んだ。
カリッ、と小さな音がして、彼の目が見開かれる。
「……あれ? なんだか、頭がスッキリしてきた……」

「頑張ってください!」と私が背中を押すと、彼はこくこくと頷いて、さっきよりずっとしっかりした足取りで舞台袖へと向かっていった。

それからだった。
緊張で杖が震えていた女の子には、緑の宝石糖(癒しの効果)を。
連日の練習で疲れ切っていた上級生には、赤の宝石糖(活力の効果)を。
私は、困っている人を見かけるたびに、お節介かもしれないと思いながらも、宝石糖を配って回った。

すると、不思議なことが起こり始めた。
私の宝石糖を食べた生徒たちが、次々と、落ち着きを取り戻し、自分の持てる力をしっかりと発揮し始めたのだ。
「さっきの発表、すごく良かったね!」「うん、なんだか急に調子が良くなって……」
そんな会話が、あちこちで聞こえ始める。

「ねえ、あの製菓科のブースにある宝石を食べたら、調子が良くなったって本当?」
「うん! 魔法みたいな味がするんだ!」

最初は閑散としていた私たちのブースに、一人、また一人と、生徒たちが集まり始めた。
「私にも、その宝石を一つくれないか?」
「緊張に効くのは、どれだい?」
いつの間にか、製菓科のブースは、ちょっとした人だかりができていた。
それは、魔法科の派手なショーに集まる人だかりとは違う。
でも、そこには、確かな感謝と、たくさんの笑顔の輪が、キラキラと輝いていた。



自分の作ったお菓子が、こんなにもたくさんの人の役に立っている。
「ありがとう」「助かったよ」
その言葉一つ一つが、私の胸を温かく満たしていく。
ああ、嬉しい。
これだ。これが、私のやりたかったこと。私の、魔法なんだ。
俯いていた私に、顔を上げさせてくれた、レオン様にも感謝しなくちゃ。

ふと、舞台の方を見ると、発表を終えたロゼリア様が、信じられないという表情で、私たちのブースの賑わいを見つめていた。
そのエメラルドの瞳が、初めて、悔しそうに揺れているように見えた。

発表会も、もう終わりに近づいた頃。
ブースの前にできた人だかりを、すっとかき分けるようにして、一人の人物が私の前に進み出た。
息をのむ。

――レオン様だった。

周りの生徒たちが「え、レオン様がなぜ?」「製菓科のブースに?」とざわめいている。
でも、そんな雑音は、彼の耳には届いていないみたいだった。
彼は、まっすぐに、私だけを見つめていた。

そして。
周りの視線なんて、何もかも気にしていないみたいに、すっと手を伸ばしてきた。
その大きくて綺麗な手が、私の頭に、ぽん、と優しく置かれる。

「――よくやったな」

その声は、今まで聞いた中で、一番優しくて、甘くて。
体育館の天井で輝く、一番星の魔法照明なんかより、ずっとずっと、私の心を明るく照らしてくれた。

心臓が、とろけるくらい甘い魔法にかかってしまったみたいに、甘く、甘く、鳴り響いていた。
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