【奨励賞】氷の王子は、私のスイーツでしか笑わない――魔法学園と恋のレシピ【完結】

旅する書斎(☆ほしい)

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第4話 意地悪な噂と王子様の優しい命令

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「――楽しそうに、ですって?」

ロゼリア様の完璧な微笑みの前で、テラスの空気がキィンと音を立てて凍り付いた気がした。
エメラルドグリーンの瞳が、値踏みするように私を上から下まで眺める。
(うわぁ……)
私は思わず、自分の制服の裾を握りしめた。
製菓科の、ちょっと野暮ったいコックコート風の制服。それに比べて、彼女が着ている魔法科の制服は、まるでオーダーメイドみたいに体にフィットしてて、胸には名門フォンティーヌ家の紋章が誇らしげに輝いている。
住む世界が違う。
その言葉が、残酷なくらいリアルに私の胸に突き刺さった。

「レオン様、先日のヴァイスハイト家とのお茶会、あなたがいらっしゃらないから、わたくし本当につまらなかったのよ」
ロゼリア様は、私なんて存在しないみたいに、優雅な仕草でレオン様に話しかける。
(ヴァイスハイト家と、お茶会……?)
やっぱり、二人は家同士の付き合いがあるんだ。幼い頃から知っている、特別な関係なんだ。
私の知らない、私の入り込めない世界の話。

「それで、レオン様? こちらの方に一体何の御用でしたの?」
くるり、と彼女の視線が再び私に戻る。
「もしかして、つまらないお菓子でも売りつけようと、しつこく付きまとわれていたのかしら? 製菓科の方は、時々そういうことをなさるって聞きますもの」
その言葉は、蜂蜜みたいに甘いのに、中には鋭い毒が仕込まれていた。
ちくり、と心が傷つく。
「ち、違います! 私は、そんな……!」
慌てて否定しようとするけど、声がうまく出ない。彼女の圧倒的なオーラの前に、私は完全に萎縮してしまっていた。

(どうしよう、どうしよう……! 私が何か言ったら、レオン様の秘密が……!)
私が必死で言葉を探していると、今まで黙って成り行きを見ていたレオン様が、苛立たしげに口を開いた。

「ロゼリア」
彼の低くて冷たい声に、ロゼリア様の肩がぴくりと震える。
「余計な詮索はするな。不愉快だ」

その声は、私に向けられるものとは比べ物にならないくらい、本物の“氷”をまとっていた。



「あら……庇うのね、その方を」
ロゼリア様は一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐにまた面白そうな笑みを浮かべた。「あなたが、魔法科以外の生徒……それも製菓科の方に関心を持つなんて。珍しいこともあるものだわ」
探るような視線が、レオン様と私の間を行き来する。
まずい。このままだと、何か勘づかれちゃうかもしれない。
私がオロオロしていると、レオン様が大きなため息を一つ吐いた。

次の瞬間。
「!?」
ぐいっ、と強い力で腕を引かれた。
見ると、レオン様が私の手首を掴んでいる。
「行くぞ」
「え、えぇ!?」

彼はそれだけ言うと、私を引っぱって、ずんずんとその場を歩き出した。
呆然と立ち尽くすロゼリア様を置き去りにして。
(う、嘘でしょ!?)
掴まれた手首が、熱い。そこから伝わる彼の体温に、私の心臓は今にも破裂しそうなくらい、ドクドクと鳴り響いていた。
頭が真っ白で、何も考えられない。ただ、彼の広い背中を見つめながら、必死でついていくだけだった。

校舎裏の、本当に誰も来ないような場所まで来ると、彼はピタリと足を止めて、パッと私の腕を離した。
「……あいつには、あまり関わるな。面倒なことになる」
「は、はい……。ご、ごめんなさい! 私のせいで、あんな……」
私が頭を下げると、彼はチッと舌打ちをした。

「お前のせいじゃない。あいつが勝手に首を突っ込んできただけだ」
そう、ぶっきらぼうに言う。
「……それより、次の菓子だが」
「え?」
「今度は、効果が持続するタイプのものを考えろ。発作が起きる前に、予防的に摂取できるようなものがいい」

彼は、何事もなかったかのように、コンポートの次の“注文”を始めた。
(あ……)
その時、私は気づいてしまった。
彼は、私が気まずくならないように、わざと話題を変えてくれてるんだ。
すごく不器用で、すごくわかりにくいけど、これは、彼の優しさなんだ。

そのことに気づいたら、なんだか急に、泣きたくなるくらい胸がきゅんとした。
さっきまでの不安や恐怖が、全部どこかへ飛んでいってしまう。
「……はい!」
私は、涙声になるのを必死でこらえて、最高の笑顔で返事をした。
「もっともっとすごいの、作ってみせます!」
私の答えに、レオン様は一瞬だけ目を丸くして、そしてすぐに「……好きにしろ」と顔を背けた。
その横顔が、夕日に照らされて、少しだけ赤く染まって見えた。



けれど、氷の王子が差し伸べた不器用な優しさは、同時に新たな波紋を生むことになった。
翌日から、学園の空気が、明らかに変わった。

「ねえ、見た? 昨日、レオン様が製菓科の子の手を引いて歩いてたの」
「見た見た! あのロゼリア様を無視してよ? 信じられない!」
「あの子、一体何者なの? レオン様に取り入ろうとしてるって噂よ」
「身の程知らずにもほどがあるわよねぇ」

廊下を歩くだけで、魔法科の生徒たちのヒソヒソ声が、まるで鋭い針のように私に突き刺さる。
あからさまに何かされるわけじゃない。
でも、遠巻きにクスクス笑われたり、冷たい視線を向けられたりするのは、想像以上に心が削られた。

「もー! いちごは何も悪くないのに! あの人たち、自分がレオン様に相手にされないからって、八つ当たりしてるだけなんだから!」
お昼休み、桜ちゃんが自分のパンをちぎりながら、私以上にぷんぷん怒ってくれる。
その優しさが、すごく嬉しい。
でも、私の心は鉛みたいに重かった。

私が何を言われても、それはいい。自業自得だ。
でも、私のせいで、レオン様まで「製菓科の色仕掛けに騙されている」なんて、くだらない噂を立てられているのが、何よりも辛かった。
彼は、そんな人じゃない。
たった一人で、自分の運命と戦っている、本当はすごく強くて、不器用なだけの人なのに。

(私といると、レオン様に迷惑がかかる……)
(あの取引、もうやめた方がいいのかもしれない……)

放課後、私は一人、実習室の窓辺に座って、そんなことばかり考えていた。
もう、新しい魔法菓子を作る気力も湧いてこない。
胸が、ズキズキと痛む。
これは、ただの罪悪感? それとも……。

(わからないよ……)
私が膝を抱えて、大きなため息をついた、その時だった。

カツン、と背後で靴音がした。
こんな時間まで、実習室に残っているのは私だけのばず。
びくっとして振り返ると、そこに立っていたのは――

「……こんな所で、油を売っているのか」

夕暮れの光を背負って、レオン様が立っていた。
いつもと同じ、冷たい声。いつもと同じ、無表情。
でも、なぜかそのサファイアの瞳は、心配そうに私を映しているように見えた。

「次の菓子はまだか、と催促に来てみれば……腑抜けた顔だな」
彼はゆっくりと私に近付いてくると、私の目の前で足を止めた。
「噂なら、俺も聞いている」
「……!」
「気にするな。雑音だ」

そう言って、彼はすっと手を伸ばしてきた。
彼の骨張って綺麗な指先が、私の頬に触れる、寸前で――ぴたり、と止まる。
そして、戸惑うように、その手は行き場を失ったまま、宙を彷徨った。

「……とにかく、顔を上げろ。お前は、お前の作る菓子のことだけ考えていればいい」

それは、命令だった。
でも、今までで一番、優しい命令だった。
私の心に、止まっていたはずの温かい何かが、再びとくとくと流れ始めるのを感じた。
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