【奨励賞】氷の王子は、私のスイーツでしか笑わない――魔法学園と恋のレシピ【完結】

旅する書斎(☆ほしい)

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第3話 きらめき林檎と完璧なライバル

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あれから数日。
レオン様と会うことはなく、魔法科と製菓科の間の見えない壁は、いつも通り厚くて冷たいままだった。
(やっぱり……迷惑だったかな。あんな馴れ馴れしいこと、しちゃったし……)
実習室の窓から見える魔法科の校舎をぼんやり眺めながら、私は小さくため息をついた。
あの日の出来事は、まるで夢だったみたい。
『取引だ』なんて言われたけど、きっとあれは、私の口を封じるための一時的なものだったんだ。もう二度と、彼から声をかけられることなんてないんだろうな。
そう思うと、心臓のあたりが、きゅーっと寂しくなった。

「いちごー? 何ぼーっとしてるの! 片付け、手伝ってよー!」
「あ、ご、ごめん、桜ちゃん!」

親友の声に我に返り、私は慌てて作業台のボウルを洗い始めた。
(しっかりしなきゃ! 私は私にできることを、一生懸命やるだけだ!)
自分にそう言い聞かせた、まさにその時だった。

実習室の入り口に、すっと長身の人影が立った。
ピリッとした、冷たい空気。
この感じ、知ってる……!
ドキドキしながら振り返ると、そこに立っていたのは、腕を組んだレオン様だった。

「ひゃっ!?」
「きゃー! レオン様!?」

私と桜ちゃんの素っ頓狂な声がハモる。
なんで、魔法科の、しかもあの氷の王子様が、製菓科の実習室に!?
周りで片付けをしていた他の製菓科の子たちも、みんな動きを止めて、ぽかんと彼を見つめている。
そんな視線をものともせず、レオン様はまっすぐ私だけを見て、顎をしゃくった。

「おい。天野いちご。少し来い」
「へ……? わ、私ですか!?」
「お前以外に誰がいる」

有無を言わせぬ、絶対王者のオーラ。
私は桜ちゃんに「ご、ごめん、先帰ってて!」と小声で伝え、おそるおそるレオン様の後を追った。
心臓が、今にも口から飛び出しそう。
(な、なんだろう……!? やっぱり、秘密をバラすと思ったのかな? それとも、あのマドレーヌがまずかったって怒られるんじゃ……!?)

連れてこられたのは、人気のない渡り廊下だった。
レオン様はくるりと振り返ると、夕日を背にして私を見下ろした。逆光で彼の表情はよく見えないけど、その瞳が鋭く光っているのだけはわかった。

「あの取引、まだ有効だ」
「え……?」
「……あの菓子、それなりに効果はあった」
ぼそり、と彼は言った。視線は、私じゃないどこか遠くを見ている。
(え、え、今のって……もしかして、褒めてくれた……の!?)
私が状況を飲み込めずにいると、彼は少しだけ苛立ったように言葉を続けた。

「次の発作がいつ起きるかわからん。根本的な解決にはならんが……気休め程度にはなる。取引続行だ。お前は、俺の魔力を安定させるための菓子を、定期的に供給しろ」
「……!」
「勘違いするな。これはあくまで、お前が俺の秘密を守るための『対価』だ。それ以上でも、それ以下でもない」

命令口調で、あくまで上から目線。
でも、私にはわかった。
これは、彼の精一杯の「お願い」なんだって。
プライドの高い彼が、落ちこぼれの私に、助けを求めてるんだ。
その事実が、たまらなく私の胸を熱くした。

さっきまでの不安や寂しさが、一気に吹き飛んでいく。
顔が、自然と綻んでしまうのを止められない。
「……はいっ!」
私は、満面の笑みで、力強く頷いた。
「私に、任せてください!」

私の返事に、レオン様は一瞬だけ虚を突かれたような顔をして、そしてすぐに「……フン」とそっぽを向いた。
その横顔が、ほんの少しだけ、柔らかく見えた気がした。



「魔力の安定……魔力の安定……」
私はその日の夜、自分の部屋で、おばあちゃんのレシピノートを前にうんうん唸っていた。
レオン様の、あの切実な瞳が忘れられない。
気休めなんかじゃない。本当に彼の力になれる、とびっきりの魔法菓子を作りたい!

ノートをパラパラとめくっていく。
『恋がしたくなるベリーのタルト』『喧嘩した友達と仲直りできるショコラ』……どれも素敵な魔法菓子だけど、今のレオン様に必要なのは、これじゃない。
もっと、彼の心と体に、優しく寄り添えるような……。

そして、あるページで私の指がぴたりと止まった。

【きらめき林檎のコンポート】
レシピの横には、こんなメモが添えられていた。
『太陽の光をたっぷり浴びた林檎は、体の芯から魔力の巡りを良くしてくれる。焦りや不安を鎮めるカモミールと合わせて、黄金色のコンポートに。きっと、明日を頑張る力が湧いてくるはず』

(これだ……!)
魔力の巡りを良くする。不安を鎮める。明日を頑張る力。
今のレオン様に、ぴったりじゃない!
私はベッドから飛び起きて、すぐに材料の準備を始めた。

『太陽林檎』は、製菓科の裏にある小さな果樹園で育てられている、特別な林檎だ。毎朝、朝日を一番に浴びる枝にだけ、キラキラと輝く実がなる。
翌日の早朝、私は誰よりも早く起きて、朝露に濡れた果樹園へと向かった。
東の空が白み始め、世界が金色に染まっていく。
その光を浴びて、一番高い枝になっている林檎が、まるで宝石みたいにキラキラと輝いていた。
(綺麗……!)
その林檎を丁寧にもぎ取り、私は実習室へと急いだ。

皮をむいて、芯を取り、くし形にカットしていく。トントン、と小気味よい音が響く。
お鍋に林檎と少しのお砂糖、そして心を落ち着かせるドライカモミールを入れて、コトコトと弱火で煮詰めていく。
お鍋の中が、だんだん美しい黄金色に変わっていく。
甘酸っぱい林檎の香りと、優しいカモミールの香りが混ざり合って、実習室が幸せな香りで満たされていく。

私はお鍋をかき混ぜながら、そっと魔法を込めた。
(どうか、あなたの心が穏やかになりますように)
(どうか、あなたの苦しみが和らぎますように)
(あなたの魔法が、もっともっと、綺麗に輝きますように――)

完成したコンポートは、ガラスの小瓶に入れると、まるで光そのものを閉じ込めたみたいに、きらきらと輝いていた。
煮詰めてもなお形を保った林檎が、黄金色のシロップの中で宝石みたいに浮かんでいる。
これなら、きっと彼を助けられる。
私は完成した小瓶を胸に抱きしめ、レオン様との約束の場所へ向かった。



彼に指定されたのは、図書室の裏手にある、古いテラスだった。
蔦の絡まる白いアーチがあって、ほとんど誰も近寄らない、静かな場所。
ここが、これから私たちの秘密の場所になるのかな。
そう思うと、なんだか少しだけ、特別な感じがして頬が熱くなる。

約束の時間ぴったりに、レオン様は現れた。
「……遅い」
「ご、ごめんなさい! すぐに!」
私は慌てて、カバンからコンポートの入った小瓶を取り出した。
「どうぞ! 『きらめき林檎のコンポート』です。魔力の巡りを良くする効果があるはず……です!」

彼が小瓶を受け取る。その時、骨張って綺麗な彼の指先が、私の指にほんの少しだけ触れた。
「……っ!」
ドキッ、と心臓が跳ねる。
レオン様は気づいていないのか、無表情のまま小瓶を眺めている。
「……温かいな」
ぽつり、と彼が呟いた。
出来立てのコンポートは、まだほんのりと温かかったのだ。
その一言に、私の心まで、ふわっと温かくなるのを感じた。

「なあ」
唐突に、彼が私を見た。
「なぜ、お前はこんなことをする? 取引だからか?」
「え……?」
「製菓科の人間が、魔法科の俺に関わって、得なことなど何もないだろう。むしろ、面倒ごとに巻き込まれるだけだ」

彼のサファイアの瞳が、私のことを見透かそうとしているみたいだった。
私は少し考えて、正直な気持ちを口にした。
「……誰かのために、お菓子を作るのが好きだからです。食べた人が、笑顔になってくれるのが、一番嬉しいから」
そして、もう一つ。
「それに……」
私は、あの温室での光景を思い出しながら言った。
「レオン様の魔法、本当は、すごく綺麗だから……。苦しんでいるあなたじゃなくて、本当の魔法を使っているあなたが見たいんです」

制御できずに荒れ狂っていた、あの魔力の嵐。
怖かったけど、同時に、すごく綺麗だと思った。純粋で、強大で、切実なエネルギーの塊。
私の言葉に、レオン様は息をのんだように、目を見開いた。
彼の完璧な仮面が、一瞬だけ、剥がれ落ちた気がした。

「……お前は、馬鹿だな」

そう呟いた彼の声は、いつもの冷たさが少しだけ薄れていた。
二人の間に、気まずいけど、でもどこか甘い沈黙が流れる。
心臓がうるさくて、彼の声がちゃんと聞こえない!
って、なんで私が彼のことでこんなに――

その時だった。
テラスの入り口のアーチの向こうに、誰かの影が見えたのは。

「――レオン様」

凛とした、鈴の鳴るような声。
そこに立っていたのは、魔法科の制服を完璧に着こなした、息をのむような美少女だった。
波打つプラチナブロンドの髪に、エメラルドグリーンの瞳。まるでお人形さんみたいに整った顔立ち。
彼女は、レオン様を崇拝している魔法科の女子生徒たちの中心にいる、確か……ロゼリア・フォンティーヌ様!

ロゼリア様は、私とレオン様、そしてレオン様が手にしている小瓶をゆっくりと見比べると、完璧な微笑みを浮かべて、こう言った。

「そちらの製菓科の方と、何をそんなに楽しそうにお話ししてらっしゃいますの?」

その笑顔は完璧なのに、エメラルドの瞳だけは、全く笑っていなかった。
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