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エリアーヌが逃げ帰ってからというもの、辺境の発展速度は加速の一途を辿っていた。
私が提供する「魔導果実」と「浄化された水」は、もはや薬としての枠を超え、一つの資源となっていた。
帝国全土から商人が集まり、城下町はわずか数週間で活気に満ちた都市へと変貌を遂げた。
その中心に立つのは、私の等身大の石像だ。
民たちが勝手に作り、毎日新鮮な花が供えられている。
「サラ様、今日も一段とお美しいですな!」
「この香油を献上させてください! 帝国で一番の品です!」
市場を歩けば、人々が膝を突き、捧げ物を持って列をなす。
私はそれらを適当に受け流しながら、ギルバートと今後の都市計画について話し合っていた。
「この辺りの地盤をさらに強化して、浮遊庭園を作ろうと思うの。そうすれば、魔物の襲撃も完全に防げるでしょう?」
「浮遊庭園……。お前の辞書には『不可能』という文字はないのか」
「あら、魔力さえあれば物理法則なんてただの目安ですわ」
私は指先で、空間に魔力の回路を描き出す。
私が作り出す魔導具は、王国の最新鋭を数百年は先取りしている。
電池も不要、メンテナンスも不要。
ただ私の魔力を浴びるだけで、半永久的に機能する。
そんな時、帝都からの早馬が城に飛び込んできた。
「報告します! 王国軍が国境付近に集結! その数、およそ三万!」
ギルバートの表情が一変する。
三万。
王国の騎士団の主力に加え、傭兵ギルドも総動員した数だろう。
なりふり構わず、力ずくで私を奪還しに来たというわけだ。
「迎え撃つ準備をしろ! 黒石の城の全兵力を展開させろ!」
「待ってください、ギルバート」
私は彼の腕を掴み、穏やかに首を振った。
「三万もの軍勢が、この美しい楽園を汚すのは忍びないわ。私が一人で片付けてきます」
「一人だと!? 相手は一国の軍勢だぞ!」
「関係ありませんわ。今の私にとっては、三万の蟻も、三匹の蟻も同じことです」
私はシロを呼び寄せ、その背に跨った。
手には、昨日作り上げたばかりの「聖女の錫杖」。
かつての質素な木の杖ではない。
「聖なる種」の輝きを増幅させるために設計された、魔法銀とダイヤモンドの結晶体だ。
国境の荒野。
そこには、砂塵を巻き上げて進軍する王国軍の姿があった。
中央の指揮官席には、エドワード王太子の姿も見える。
彼は双眼鏡を覗き、私を見つけるなり、醜く顔を歪めて叫んだ。
「サラ! 今すぐ投降しろ! 貴様さえ戻れば、罪は不問にしてやる!」
その声は、魔導拡声器を通じて荒野に響き渡る。
相変わらず、自分の立場を理解していない男だ。
私はシロを止まらせ、静かに錫杖を掲げた。
「エドワード殿下。最後にお聞きしますわ。私を処刑台に送ったこと、後悔していますか?」
「はっ! 貴様のような道具、代わりはいくらでもいる! だが、国力が落ちたのは事実だ。だから、責任を取って働けと言っているのだ!」
「……そうですか。ならば、もう言葉は不要ですね」
私は錫杖の石突きを、トントンと軽く地面に叩きつけた。
「目覚めなさい。我が絶対領域」
瞬間、私の足元から、眩いばかりの白金の円陣が展開された。
半径数キロメートルを覆い尽くす、超大規模の重力結界。
進軍していた三万の兵たちが、一斉に地面へと叩きつけられた。
「な……なんだ!? 体が動かん! 地面に吸い付くようだ!」
「息が……苦しい……っ!」
エドワードも、馬車から転げ落ちて地面を這いずっている。
彼のプライドを象徴する金色の鎧が、自らの重みでみしりと軋んだ。
私はその上を、シロに乗って優雅に歩いていく。
倒れ伏す兵士たちは、もはや私を攻撃することすら叶わない。
「どうしたのですか、殿下。私を連れ戻すのでしょう? ほら、立ってみせてくださいな」
「バ、バケモノ……っ。サラ、貴様、これほどの力を隠していたのか……!」
「隠していたわけではありませんわ。あなたたちが、見る目がなかっただけ」
私はエドワードの目の前でシロを止め、蔑みの視線を送った。
彼の顔は泥と涙で汚れ、かつての輝きは微塵も残っていない。
私は錫杖の先端を、彼の喉元に突きつけた。
「ここで殺してしまってもいいのですけれど。それじゃあ、あまりにも慈悲がありませんわね」
私は魔法を切り替え、彼らの周囲の空間を固定した。
「一週間、そこでその無様な姿を晒していなさい。水も食料も不要ですわ。私の魔力が、あなたたちの命を繋ぎ止めてあげますから。死にたくても死ねない絶望、存分に味わってね」
「待て……! 行くな! サラ! 戻ってきてくれ! 私が悪かった! 私を愛しているんだろう!?」
背後で叫ぶエドワードの声。
私は一度も振り返らず、シロと共に城へと向かった。
「愛? そんなもの、断頭台の血と一緒に流れて消えましたわ」
城に戻ると、ギルバートが心配そうな顔で待っていた。
「……終わったのか?」
「ええ。少しばかり、お仕置きをしてきましたわ」
私は彼の顔を見て、ふと笑顔になった。
「それより、ギルバート。お腹が空きましたわ。今日の晩御飯、何かしら?」
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