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第11章 おじさんと壊れたリュート
第150話
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修理を終えたリュートを、もう一度手に取る。弦の張り具合、ペグの締まり、ボディの感触──どれも完璧だ。
俺が手を加えた以上、下手な職人が作る新品よりも精度は上だ。とはいえ、別に誇るほどのことでもない。ただ必要な作業をしただけだ。
「少しだけ弾いてみるか」
そう呟きながら、リュートを膝に置いて構える。指先で弦を撫でるようにして軽く弾くと、澄んだ音が鳴った。
驚くほど素直で、妙な雑音も混じっていない。音の伸びも良く、響きに濁りがない。元があれだけボロだったとは思えない仕上がりだ。
それでも、俺の中にはどこか「だから何だ」という気分もある。弾けるように直したからといって、別に演奏する気があったわけじゃない。
誰に聴かせるつもりもないし、音楽で何か得たいわけでもない。単に、壊れてたから直した。道具としての性能を戻した。それだけのことだ。
……そう思いながらも、指は自然と次の音を追い始める。さっきよりももう少し強く、今度は押さえる弦を変えてみる。すると、また違った響きが返ってきた。
「ふーん……」
リズムを取って弾くと、音が流れ始めた。パターンは頭で考えていない。勝手に指が動き、音が形になっていく。まるで、道具が俺に弾かせているような感覚だ。
気づけば、リュートの音に合わせて体がわずかに揺れていた。演奏というほどのものではないが、音が途切れることなく続いている。指は動きを止めず、音が空間を埋めていく。
俺は弾いている最中、自分が何を考えていたのかすら忘れていた。ただ、音に集中していた。意識は完全に指先に集中し、押さえる位置、弾く強さ、余韻の調整、すべてが自然と噛み合っていく。
時間の感覚が薄れていった。店の中に流れているのは、俺が鳴らすリュートの音だけ。外からは、風が草を揺らす音と、時折鳥の鳴き声が聞こえてくる。それすらも、リュートの旋律に溶けていくような感覚だった。
俺はこの空間を、誰にも邪魔されたくなかった。
演奏をやめようという意識はなかったが、ある瞬間ふと手が止まった。音が消える。その途端、空気が切り替わった。無音が戻ってくる。
しばらく何もせず、リュートを見下ろしていた。膝の上に置かれた木製のボディが、ほんのわずかに温もりを帯びている。弾いていた時間、ずっと手の中にあった熱が残っている。
「……まぁ、悪くねぇ」
声に出して、俺は立ち上がった。リュートを手にしたまま、店の奥へ戻る。決まった場所に置き、埃がかぶらないよう布をかける。それで終わりだ。
それで──終わりにするつもりだった。
◇
翌朝、いつもと変わらないように、俺は店の扉を開けた。珈琲の準備をしながら、棚を整え、道具を拭き、薪を割る。全ては毎日の流れの中で、体が勝手に動くようになっている。
けれど、今日はどこか気が散る。
いや、正確に言えば──あのリュートの音が、まだ頭に残っていた。ふとした拍子に、昨日のリズムを指がなぞっている。珈琲を淹れながら、無意識にそのフレーズを思い出している。
誰に強制されたわけでもない。必要に迫られているわけでもない。ただ、俺の中で、あの音をもう一度鳴らしてみたいという感情が芽生えていた。
店を開けた後、客が来る気配はない。いつも通りの午前。こういう時こそ、誰もいない時間を活かすのがいい。
俺はカウンターから離れ、昨日の場所へ向かう。布をめくり、リュートを手に取る。指先が自然に動き始めるのを感じながら、俺は言った。
「まぁ、気が向いたらまた弾いてみるか」
俺が手を加えた以上、下手な職人が作る新品よりも精度は上だ。とはいえ、別に誇るほどのことでもない。ただ必要な作業をしただけだ。
「少しだけ弾いてみるか」
そう呟きながら、リュートを膝に置いて構える。指先で弦を撫でるようにして軽く弾くと、澄んだ音が鳴った。
驚くほど素直で、妙な雑音も混じっていない。音の伸びも良く、響きに濁りがない。元があれだけボロだったとは思えない仕上がりだ。
それでも、俺の中にはどこか「だから何だ」という気分もある。弾けるように直したからといって、別に演奏する気があったわけじゃない。
誰に聴かせるつもりもないし、音楽で何か得たいわけでもない。単に、壊れてたから直した。道具としての性能を戻した。それだけのことだ。
……そう思いながらも、指は自然と次の音を追い始める。さっきよりももう少し強く、今度は押さえる弦を変えてみる。すると、また違った響きが返ってきた。
「ふーん……」
リズムを取って弾くと、音が流れ始めた。パターンは頭で考えていない。勝手に指が動き、音が形になっていく。まるで、道具が俺に弾かせているような感覚だ。
気づけば、リュートの音に合わせて体がわずかに揺れていた。演奏というほどのものではないが、音が途切れることなく続いている。指は動きを止めず、音が空間を埋めていく。
俺は弾いている最中、自分が何を考えていたのかすら忘れていた。ただ、音に集中していた。意識は完全に指先に集中し、押さえる位置、弾く強さ、余韻の調整、すべてが自然と噛み合っていく。
時間の感覚が薄れていった。店の中に流れているのは、俺が鳴らすリュートの音だけ。外からは、風が草を揺らす音と、時折鳥の鳴き声が聞こえてくる。それすらも、リュートの旋律に溶けていくような感覚だった。
俺はこの空間を、誰にも邪魔されたくなかった。
演奏をやめようという意識はなかったが、ある瞬間ふと手が止まった。音が消える。その途端、空気が切り替わった。無音が戻ってくる。
しばらく何もせず、リュートを見下ろしていた。膝の上に置かれた木製のボディが、ほんのわずかに温もりを帯びている。弾いていた時間、ずっと手の中にあった熱が残っている。
「……まぁ、悪くねぇ」
声に出して、俺は立ち上がった。リュートを手にしたまま、店の奥へ戻る。決まった場所に置き、埃がかぶらないよう布をかける。それで終わりだ。
それで──終わりにするつもりだった。
◇
翌朝、いつもと変わらないように、俺は店の扉を開けた。珈琲の準備をしながら、棚を整え、道具を拭き、薪を割る。全ては毎日の流れの中で、体が勝手に動くようになっている。
けれど、今日はどこか気が散る。
いや、正確に言えば──あのリュートの音が、まだ頭に残っていた。ふとした拍子に、昨日のリズムを指がなぞっている。珈琲を淹れながら、無意識にそのフレーズを思い出している。
誰に強制されたわけでもない。必要に迫られているわけでもない。ただ、俺の中で、あの音をもう一度鳴らしてみたいという感情が芽生えていた。
店を開けた後、客が来る気配はない。いつも通りの午前。こういう時こそ、誰もいない時間を活かすのがいい。
俺はカウンターから離れ、昨日の場所へ向かう。布をめくり、リュートを手に取る。指先が自然に動き始めるのを感じながら、俺は言った。
「まぁ、気が向いたらまた弾いてみるか」
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