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第15章 おじさんと静寂
第189話
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火皿に残った灰を指先で弾いて、新しく巻いた煙草を挿し込む。
湿度がちょうどいいせいか、火のつきも煙の伸びも悪くない。
肺の奥に染み込むまで吸い込んで、ゆっくりと鼻から吐く。
紫煙がふわりと流れて、焙煎室の天井へ溶けていった。
「……仕上がってきたな」
昨日、煙草葉の乾燥棚から引き上げた新しいバッチ。
三種混合、比率は四・三・三。
辛みを抑えつつ、吸い心地と甘さを強調した構成だ。
芯の一本はフィルター代わりに桜の樹皮を巻いた。
渋みのバランスを取るための工夫で、最近気に入ってる。
数年前なら、煙草なんざどれも一緒だと思っていた。
異世界に来てからだ。こんなに奥深いもんだったとは。
こいつだけは、万能生成スキルでやる気にならない。
完全に俺の手でやる。
乾燥させた葉を選別し、広げて、厚みを整えて、細かくちぎって、巻き紙に乗せる。
紙の端を少し舐めて、指で圧を加えて形を整える。
火皿の灰を落とすタイミングを計りながら、それを吸って味を見る。
ほんの数ミリの違いで、煙の滑らかさがまるで変わる。
「この吸い始め……嫌いじゃねえ」
口内にわずかに残る渋みが、ちょうどいい。
余韻が長く、あとに残らない。
体が落ち着くのがわかる。
次の一本の準備に入る。
葉の選別からやり直し。
今度は尖った味に仕上げてみる。
香りより刺激を強めに。
火の入りが早いやつを中心にして、少しだけ細かく刻んだ葉を混ぜる。
火持ちは落ちるが、キックが強くなる。
手巻きの良さは、思いついたらすぐ試せるところだ。
気温や湿度によって、巻き方も変わる。
今日は湿度が高めで火種が安定してるから、太く巻いても問題ない。
「こっちは、どうだ……」
着火と同時に煙が立ち上った。
さっきより刺激が強い。
舌先にピリピリと残る感触。
だが、すぐに丸みを帯びていく。
「……これも悪くねえな」
両手を煙で満たすようにしながら、焙煎室の窓を開ける。
外の空気が流れ込んできて、煙が一気に吸い出された。
光が射し込む。煙が帯になって揺れる。
何も音はない。
焙煎室の奥から、干した葉の匂いがふわりと立ち込めた。
それがまた、煙と混ざって、深い香りを作る。
この空気の重なりが、たまらない。
窓枠に肘を乗せて、もう一口。
燃えた葉が短くなってきたところで、火をもみ消す。
残り香が指に移る。
それを鼻に近づける。
煙草ってのは、吸うときだけじゃない。
この“あと”の時間が旨味だ。
火が消えたあと、指先に残る油の香り。
服に染みついた煙の匂い。
これが嫌じゃねえんだよ。
次はブレンドの調整。
混合比率を少し変えて、もう一回巻く。
七・二・一で、キックを前に出す。
紙は先端を太くして、火の広がりを加速させる。
指を動かすたび、葉の粉が散る。
細かい作業が続く。
誰かが隣にいたら、絶対にできない。
声なんかかけられたら、巻き直しだ。
「……静かだ」
思わず漏れた声すら、煙に飲まれて消えた。
また火をつける。
ゆっくりと吸って、肺の奥に落とし込む。
今度の煙は少し重い。
最初にグッと押してくる強さがある。
これはこれで、集中する作業の前にはいい。
「……焙煎も、そろそろか」
隣のドラムがパチパチと音を立て始めた。
焙煎室の隅に置いた温度計が、ちょうど目標値を示している。
煙草を灰皿に落として、ドラムの蓋を開ける。
豆の香りが一気に爆発する。
だが、煙草の匂いが邪魔しない。
それも調整済みだ。
焙煎中に吸う煙草は、香りが主張しすぎないやつに限る。
そうしないと、珈琲の個性がわからなくなる。
煙草と珈琲、どちらかが邪魔になったら意味がない。
両方の余韻を混ぜて味わう。
それが、俺のやり方だ。
火を落とし、豆を冷ましながら再び窓際に戻る。
巻いておいた一本に火をつける。
今日は、まだ五本目だ。
「……まだ足りねえな」
煙を吸って、吐く。
空気が震えるように煙が流れた。
このまま誰も来なければ、あと三本は試せる。
湿度がちょうどいいせいか、火のつきも煙の伸びも悪くない。
肺の奥に染み込むまで吸い込んで、ゆっくりと鼻から吐く。
紫煙がふわりと流れて、焙煎室の天井へ溶けていった。
「……仕上がってきたな」
昨日、煙草葉の乾燥棚から引き上げた新しいバッチ。
三種混合、比率は四・三・三。
辛みを抑えつつ、吸い心地と甘さを強調した構成だ。
芯の一本はフィルター代わりに桜の樹皮を巻いた。
渋みのバランスを取るための工夫で、最近気に入ってる。
数年前なら、煙草なんざどれも一緒だと思っていた。
異世界に来てからだ。こんなに奥深いもんだったとは。
こいつだけは、万能生成スキルでやる気にならない。
完全に俺の手でやる。
乾燥させた葉を選別し、広げて、厚みを整えて、細かくちぎって、巻き紙に乗せる。
紙の端を少し舐めて、指で圧を加えて形を整える。
火皿の灰を落とすタイミングを計りながら、それを吸って味を見る。
ほんの数ミリの違いで、煙の滑らかさがまるで変わる。
「この吸い始め……嫌いじゃねえ」
口内にわずかに残る渋みが、ちょうどいい。
余韻が長く、あとに残らない。
体が落ち着くのがわかる。
次の一本の準備に入る。
葉の選別からやり直し。
今度は尖った味に仕上げてみる。
香りより刺激を強めに。
火の入りが早いやつを中心にして、少しだけ細かく刻んだ葉を混ぜる。
火持ちは落ちるが、キックが強くなる。
手巻きの良さは、思いついたらすぐ試せるところだ。
気温や湿度によって、巻き方も変わる。
今日は湿度が高めで火種が安定してるから、太く巻いても問題ない。
「こっちは、どうだ……」
着火と同時に煙が立ち上った。
さっきより刺激が強い。
舌先にピリピリと残る感触。
だが、すぐに丸みを帯びていく。
「……これも悪くねえな」
両手を煙で満たすようにしながら、焙煎室の窓を開ける。
外の空気が流れ込んできて、煙が一気に吸い出された。
光が射し込む。煙が帯になって揺れる。
何も音はない。
焙煎室の奥から、干した葉の匂いがふわりと立ち込めた。
それがまた、煙と混ざって、深い香りを作る。
この空気の重なりが、たまらない。
窓枠に肘を乗せて、もう一口。
燃えた葉が短くなってきたところで、火をもみ消す。
残り香が指に移る。
それを鼻に近づける。
煙草ってのは、吸うときだけじゃない。
この“あと”の時間が旨味だ。
火が消えたあと、指先に残る油の香り。
服に染みついた煙の匂い。
これが嫌じゃねえんだよ。
次はブレンドの調整。
混合比率を少し変えて、もう一回巻く。
七・二・一で、キックを前に出す。
紙は先端を太くして、火の広がりを加速させる。
指を動かすたび、葉の粉が散る。
細かい作業が続く。
誰かが隣にいたら、絶対にできない。
声なんかかけられたら、巻き直しだ。
「……静かだ」
思わず漏れた声すら、煙に飲まれて消えた。
また火をつける。
ゆっくりと吸って、肺の奥に落とし込む。
今度の煙は少し重い。
最初にグッと押してくる強さがある。
これはこれで、集中する作業の前にはいい。
「……焙煎も、そろそろか」
隣のドラムがパチパチと音を立て始めた。
焙煎室の隅に置いた温度計が、ちょうど目標値を示している。
煙草を灰皿に落として、ドラムの蓋を開ける。
豆の香りが一気に爆発する。
だが、煙草の匂いが邪魔しない。
それも調整済みだ。
焙煎中に吸う煙草は、香りが主張しすぎないやつに限る。
そうしないと、珈琲の個性がわからなくなる。
煙草と珈琲、どちらかが邪魔になったら意味がない。
両方の余韻を混ぜて味わう。
それが、俺のやり方だ。
火を落とし、豆を冷ましながら再び窓際に戻る。
巻いておいた一本に火をつける。
今日は、まだ五本目だ。
「……まだ足りねえな」
煙を吸って、吐く。
空気が震えるように煙が流れた。
このまま誰も来なければ、あと三本は試せる。
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