独身おじさんの異世界おひとりさまライフ〜金や評価は要りません。コーヒーとタバコ、そして本があれば最高です〜

旅する書斎(☆ほしい)

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第15章 おじさんと静寂

第190話

薪を足した鍋の前で、俺はひとつ欠伸を噛み殺した。

「……あと三分、いや、四分か」

焦がすわけにはいかないから、火加減を落として鍋の底を軽く混ぜる。

しゃもじの先から、煮詰まったスープがとろりと落ちた。

野菜の甘味と肉の旨味、ハーブの香りが合わさって、鼻腔をつつく。

静かな時間に、こういう料理を仕込むのがいい。

誰にも邪魔されない。

誰かの腹具合を気にする必要もない。

俺が俺のために、俺がちょうどいいと思う量と味だけで完結する。

万能生成スキルで作った素材は、当然どれも最高品質だが、料理に手を加える工程が俺には必要だった。

手間をかけることで、食欲とは別の部分が満たされていく。

「……そろそろだな」

鍋の蓋を開けると、湯気がもわりと立ち上がった。

スプーンで一口すくい、舌の上に乗せる。

「……うん、悪くねえ」

ちょっと塩が強いが、パンと合わせるならちょうどいいだろう。

食卓に移して、スープ皿に盛る。

ついでに、さっき焼いておいたパンを取り出す。

表面をパリッと焼いて、オリーブオイルを塗ってある。

にんにくを擦りつけるか迷ったが、今日はやめておいた。

香りが強すぎると、せっかくのスープが霞む。

パンの脇には、燻製肉の薄切りと、軽く火を通したカリフラワーを添える。

万能生成で出せる飾りじゃない。

焼いて、並べて、皿の中に小さな景色を作る。

「見栄えも大事だ」

そう呟きながら、皿を持ってテーブルに戻る。

椅子に座って、背筋を伸ばしてから、深く息を吸った。

「いただきます」

声に出すと、少し背筋が伸びる。

別に誰が見てるわけじゃねえ。

だが、この一言があるだけで、気持ちの区切りになる。

スープから一口。

野菜が溶け込んだ甘さの中に、しっかりしたコク。

舌の奥に油の旨味が広がって、喉の奥で熱が留まる。

「……やっぱり、昼はスープに限るな」

パンをちぎって、スープに浸す。

ほんの数秒。

中まで染み込みすぎると、食感が死ぬ。

外側がカリッと残って、中に熱いスープが染みてる状態。

これが、俺の理想の浸し方。

口に入れると、噛んだ瞬間にジュワッと汁が広がって、パンの香ばしさと合わさる。

そこに少しだけ燻製肉を足すと、全体の輪郭が締まる。

「……完璧だ」

腹を満たすというより、ひとつの小さな体験として楽しむ。

食事ってのは、そういうもんだ。

早く食って、腹を満たすだけならスキルでいい。

だが、こうやって一口ずつ確認しながら味わう時間は、俺にとっては贅沢の極みだった。

静かな食卓。

聞こえるのは、スプーンが皿を掠める音だけ。

火はもう落としてあるから、部屋全体がほんのり暖かい。

外は薄曇り。雨が降るかもしれないが、それもまた悪くない。

窓を少し開けていたから、湿った風がゆっくりと入ってくる。

食後の珈琲を用意することにした。

豆はさっき焙煎したばかりのものを使う。

今日は少し深めの焙煎だったから、スープのあとにちょうどいい。

香りに厚みがあって、食後の余韻を引き立ててくれる。

挽きたての豆に湯を注ぐと、蒸らしの香りが一気に立ち上がる。

「……やっぱ、いいな」

この一瞬の香りが、珈琲のすべてを決めると言ってもいい。

抽出を終えて、カップに注いだ液体は、深い茶褐色。

湯気がゆらゆらと立ち上がる様子を見ていると、それだけで頭の中が静まっていく。

「今日のは、ちょっと甘いな」

そう感じるくらい、舌の上に丸みが残った。

酸味は少なく、苦味も控えめ。

舌に乗った瞬間に広がる柔らかさ。

煙草に火をつけて、ゆっくりと一口。

煙が混ざって、味が変わる。

そういう変化を楽しむのが、俺のやり方だ。

窓際に座り、煙草と珈琲。

これ以上、何が要る。

時計なんかないが、腹の具合と珈琲の温度で、今が一番いい時間だとわかる。

昼でもない、夕方でもない。

音も少なく、光も弱く、風だけが生きてるような時間帯。

読みかけの本を開き、目で文字を追う。

頭にはほとんど入ってこないが、それでいい。

ページをめくる動作と、煙草の煙。

そして、珈琲の余韻。

それだけで満足できる。

誰かが喋っていたら、この感覚は崩れる。

足音が聞こえたら、それだけで空気が変わる。

だから、今この瞬間は貴重なんだ。

俺だけのためにある、誰にも侵されない静けさ。

そして、それを際立たせるのが、料理と珈琲と煙草だ。
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