独身おじさんの異世界おひとりさまライフ〜金や評価は要りません。コーヒーとタバコ、そして本があれば最高です〜

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第16章 おじさんと旅芸人の少女

第201話

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作業台の上に、柾目の板を置いた。

万能生成で用意した音響用の木材。

響きすぎず、詰まりすぎず、乾きすぎず、湿りすぎない。

どの環境でも一定の振動と共鳴を保ち、気温や湿度に影響されない。

それでいて、どこか人の体温を感じさせる柔らかさがある。

「……悪くないな」

節はひとつもない。

均等に走った年輪と、表面に微かに浮かぶ繊維の波が、美しい。

この材を、いつか使おうと取っておいた。

誰のためでもない。自分の趣味として、いつか何かを作る時に、と思って。

だが──ようやく使う意味ができた。

今、作るのは新しいリュートだ。

今あるものより、少しだけ小さく。

そして、より軽く、より繊細に。

若い少女の手に収まって、演奏しやすく、歌を邪魔せず、その存在そのものを支えるような楽器。

「……あいつが持ち歩くなら、肩紐も通しやすくしておくか」

鼻で笑いながら、刃物を取る。

まずは型を取る。

俺のリュートより、ひと回り縮めたサイズ。

だが、音域は削らない。

高音は伸ばしすぎず、低音も膨らませすぎず、中音域に温かさを持たせる。

バランスが命だ。

共鳴胴の設計は慎重に進める。

内側にわずかな曲線を加えて、音の流れが偏らないようにする。

響かせすぎれば声を覆う。

控えめにしすぎれば、楽器の意味がない。

「引き立てる」

それが、このリュートの役割だ。

主役は歌声。リュートはその伴走者。

だが、ただの添え物ではない。

声が迷いそうになったとき、支えてやれる芯を持つ。

そんな音が出る構造にする。

力を入れすぎず、削りすぎず、撫でるように形を取っていく。

木は素直に応えてくれた。

指先がわずかに熱を帯びる。

楽器を作るときは、いつもそうだ。

何かを生み出すというのは、喪失と並ぶ行為だ。

手を入れるたびに、木は形を変えていき、もとには戻らない。

だが、それがいい。

不完全で、未完成なものほど、音に余白が生まれる。

乾いた布で表面を拭きながら、共鳴穴の形を整える。

今回は花の模様ではなく、風の流れのような形にした。

彼女の歌は、風みたいだった。

目立たず、軽やかで、気づけば心の奥に入り込んでいる。

「……音も、そんなふうに流れるだろう」

ネックには硬めの材を使う。

耐久性を優先。

旅の途中、多少雑に扱われても音が狂わないように。

だが、指板の裏だけは、わずかに凹ませておく。

小さな手でも握りやすくするための、ほんの工夫。

金属のペグを打ち込む。

弦の張力に耐えること。

それと、チューニングの安定。

現地で調整する手間を減らすために、摩耗に強い仕様にする。

見えない部分ほど、気を抜かない。

最後に、薄く仕上げた天然オイルを塗り込む。

艶は抑えめ。光を反射しすぎると、舞台上で目立ちすぎる。

あくまで、彼女の背景に溶け込む程度の存在でいい。

香りは微かに甘い。

これは俺の好みだ。

楽器には、ほんの少しだけ“匂い”があるといい。

触れた時、鼻を抜ける香りが記憶に残る。

それはきっと、旅の途中でふと思い出されるだろう。

完成したリュートは、掌にすっぽり収まるようなサイズだった。

弦を張り、軽くチューニングを取って、試しに一音だけ鳴らす。

「……いい」

過不足のない音。

余韻がまっすぐで、輪郭が優しい。

乾いたり、濁ったり、響きすぎたりしない。

そのくせ、芯がある。

まるで──あいつ自身みたいな音だった。

これなら、どんな過酷な環境でも、旅ができる。

どんな風に晒されても、音は揺らがない。

一人でも持てる。背負える。弾ける。

「さあ、使うかどうかは……あいつ次第だ」

棚の端にそっと置く。

彼女の目に入るところに。

だが、言葉は添えない。

欲しければ手に取ればいい。

それだけのことだ。
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