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第1話
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おほほほほほ! その程度で、わたくしを追い出したつもりでいらっしゃるの? まこと愚かですわね!
──などという高笑いを、馬車の中でひとり声に出したところで、誰に届くわけでもない。けれど、それがよろしいのよ。今のわたくしは誰の顔色を窺う必要もございませんもの。貴族のしがらみも、宮廷の序列も、どうせみな“無能なわたくし”には関係ないと、そう仰るのでしょう?
ならば、見ていらっしゃいませ。辺境だろうと墓場だろうと、このエリス・フォン・グリムヴァルト、どこでだって世界のひとつやふたつ、変えてご覧に入れますわ。
馬車の窓から吹き込む風は、王都の優雅な香水の残り香とは違って、乾いた土と青草の匂いを連れてくる。雑な舗装の道に車輪が跳ねるたび、背中が揺れた。クッション? あるわけないでしょう。わたくし、いま“左遷”中ですもの。
「お嬢様、お加減は……」
前方の御者席から、遠慮がちな声が届いた。ああ、唯一ついてきてくれたわたくしの侍女、リゼ。灰色の瞳をした平民の娘。けれど彼女の勤勉さと忠誠心だけは、どんな貴族よりも信頼に値するものですわ。
「ええ、だいじょうぶですわ。多少の揺れなど、冒険譚の導入としては上出来ですもの」
「は、はい。お嬢様がそう仰るのなら……」
そうして、わたくしは再び地図を広げた。
──辺境領地『ルガノ村』。王国の北端、魔物出没地域に隣接する未開の地。ほとんどの人間が存在すら忘れている廃村同然の集落でしてよ。そこへ、わたくしが任命された理由? 無論、王都から消したいだけの体裁整えですわ。
けれど、そんな場所こそ好都合。貴族の監視もなければ、宮廷の規制もなし。わたくしの実験には、常に失敗と爆発の自由が必要なのですもの。ああ、想像するだけでわくわくしてまいりましたわ!
──さて、それから丸一日揺られて、ようやく目的地に到着したときのこと。
目の前に広がるのは、荒れ果てた農地、半壊した木造家屋、そして人影もまばらな荒野のような村落。風が吹けば砂埃と枯葉が舞い、家畜の声もない。まさに、「この世の終わり」めいておりますわね。
「……ほほう。ずいぶんと、“素材”に溢れた土地でしてよ」
「そ、素材ですか?」
「ええ、構築と改造の余地が無限にございますもの。こんなに整っていない土地は、逆に“理想”ですわ。何もないなら、全部わたくし好みにして差し上げましょう」
リゼが目を丸くしておりましたけれど、それはそれとして、最初の拠点にする家屋の修繕から始めなければなりません。見たところ、屋根は穴だらけ、扉は傾き、床板は……あら、踏んだら抜けましたわ。面白いですわね、これ。
とはいえ、わたくしの手元には王都を出る前にこっそり仕込んだ“再起動魔具”がありますの。魔力の範囲内であれば、基本的な修繕や構造補強くらいは自動で行ってくれるすぐれもの。
起動スイッチを押すと、魔具の中心部から淡い光が広がり、半径数メートルの範囲が青白く照らされた。ほどなくして、床板が浮かび上がり、きしむ音とともに自ら位置を整え直す。壁材が再結合し、瓦が空中で回転しながら所定の位置に嵌まる。
「うわぁ……」
リゼの声が感嘆と驚愕の中間で震えた。
「おほほ、まだまだ序の口ですわ。これからが、わたくしの“実験”の始まりでしてよ」
そう、わたくしは魔導具開発士──国家がその価値に気づくには、百年早かったということですわ。
さあ、ルガノ村の改革第一歩ですわ。次は水源と衛生環境、そしてこの地に眠る“古代遺跡”の調査。地図に載っていないあの“黒い丘”が、なにやら怪しいですわね。
見ておいでなさいませ、王都の無能ども。この地で、わたくしが何を成すのか。あなたたちの浅はかさが、どれほどの失態かを、まざまざと突きつけて差し上げますわ──!
──などという高笑いを、馬車の中でひとり声に出したところで、誰に届くわけでもない。けれど、それがよろしいのよ。今のわたくしは誰の顔色を窺う必要もございませんもの。貴族のしがらみも、宮廷の序列も、どうせみな“無能なわたくし”には関係ないと、そう仰るのでしょう?
ならば、見ていらっしゃいませ。辺境だろうと墓場だろうと、このエリス・フォン・グリムヴァルト、どこでだって世界のひとつやふたつ、変えてご覧に入れますわ。
馬車の窓から吹き込む風は、王都の優雅な香水の残り香とは違って、乾いた土と青草の匂いを連れてくる。雑な舗装の道に車輪が跳ねるたび、背中が揺れた。クッション? あるわけないでしょう。わたくし、いま“左遷”中ですもの。
「お嬢様、お加減は……」
前方の御者席から、遠慮がちな声が届いた。ああ、唯一ついてきてくれたわたくしの侍女、リゼ。灰色の瞳をした平民の娘。けれど彼女の勤勉さと忠誠心だけは、どんな貴族よりも信頼に値するものですわ。
「ええ、だいじょうぶですわ。多少の揺れなど、冒険譚の導入としては上出来ですもの」
「は、はい。お嬢様がそう仰るのなら……」
そうして、わたくしは再び地図を広げた。
──辺境領地『ルガノ村』。王国の北端、魔物出没地域に隣接する未開の地。ほとんどの人間が存在すら忘れている廃村同然の集落でしてよ。そこへ、わたくしが任命された理由? 無論、王都から消したいだけの体裁整えですわ。
けれど、そんな場所こそ好都合。貴族の監視もなければ、宮廷の規制もなし。わたくしの実験には、常に失敗と爆発の自由が必要なのですもの。ああ、想像するだけでわくわくしてまいりましたわ!
──さて、それから丸一日揺られて、ようやく目的地に到着したときのこと。
目の前に広がるのは、荒れ果てた農地、半壊した木造家屋、そして人影もまばらな荒野のような村落。風が吹けば砂埃と枯葉が舞い、家畜の声もない。まさに、「この世の終わり」めいておりますわね。
「……ほほう。ずいぶんと、“素材”に溢れた土地でしてよ」
「そ、素材ですか?」
「ええ、構築と改造の余地が無限にございますもの。こんなに整っていない土地は、逆に“理想”ですわ。何もないなら、全部わたくし好みにして差し上げましょう」
リゼが目を丸くしておりましたけれど、それはそれとして、最初の拠点にする家屋の修繕から始めなければなりません。見たところ、屋根は穴だらけ、扉は傾き、床板は……あら、踏んだら抜けましたわ。面白いですわね、これ。
とはいえ、わたくしの手元には王都を出る前にこっそり仕込んだ“再起動魔具”がありますの。魔力の範囲内であれば、基本的な修繕や構造補強くらいは自動で行ってくれるすぐれもの。
起動スイッチを押すと、魔具の中心部から淡い光が広がり、半径数メートルの範囲が青白く照らされた。ほどなくして、床板が浮かび上がり、きしむ音とともに自ら位置を整え直す。壁材が再結合し、瓦が空中で回転しながら所定の位置に嵌まる。
「うわぁ……」
リゼの声が感嘆と驚愕の中間で震えた。
「おほほ、まだまだ序の口ですわ。これからが、わたくしの“実験”の始まりでしてよ」
そう、わたくしは魔導具開発士──国家がその価値に気づくには、百年早かったということですわ。
さあ、ルガノ村の改革第一歩ですわ。次は水源と衛生環境、そしてこの地に眠る“古代遺跡”の調査。地図に載っていないあの“黒い丘”が、なにやら怪しいですわね。
見ておいでなさいませ、王都の無能ども。この地で、わたくしが何を成すのか。あなたたちの浅はかさが、どれほどの失態かを、まざまざと突きつけて差し上げますわ──!
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