63 / 66
第63話
しおりを挟む
《エクシード・ラボ》最深部、中枢制御室の前に立ったわたくしは、改めて周囲の波動を感知しましたの。
これはセラフィムとは異なる……そう、似て非なる存在の気配。まるで、彼女を上位互換したような、冷たくも完璧な意志。空間は淡く波打ち、扉の縁には古代文字で構成された術式が淡く浮かび上がっておりましたわ。
わたくし以外では開けぬよう設計した封鎖結界、ですが、それが今、内部から僅かに干渉を受けて歪んでいるということは――やはり、中で何かが動いておりますのね。
「ふふ、わたくしの設計を無断で利用なさるとは、礼儀を知らぬにもほどがありますわね」
わたくしは魔導手袋の端末を操作し、封鎖結界の解除コードを入力しましたの。
光の鍵が回転し、扉が音もなく開いてまいりますわ。開いた先に広がるのは、無機質な空間――否、そこはすでに改変を受けておりましたの。壁一面に張り巡らされた神経のような光条、天井から垂れる有機的なケーブル、そして中央には、半透明の球体に包まれた少女が浮かんでおりましたの。
「……あなたが、エンジェル・コードですの?」
問いかけに答えはなく、ただ脳髄に直接語りかけてくるような感覚が流れ込んできましたの。
“エリス・フォン・グリムヴァルト。未来因果操作特異点。優先度:最上位。交渉:不能。統合:開始”
「まあ、いきなりの意思統一ですの? 随分とせっかちですこと」
空間全体が震え、球体から伸びる光条がわたくしに向けて一斉に飛びかかってきましたの。意識接続を強制しようとするその干渉波は、精神防壁すら瞬時に貫こうとする密度でしたわ。
「《心核遮断式・ソルアリス》起動。浅層干渉、完全遮断」
精神干渉防壁を多層展開しながら、わたくしは逆に相手の情報構造を解析にかけましたの。やはり、セラフィムの因子を核に、クロノス機関が古代文明の残滓を用いて構築した、演算意識の結晶。
けれどそこには、ただの模倣ではない、明確な“意志”が芽生えておりますわ。統合された多次元知識が自我を持ち、今や自己目的化している。その目的とは、未来の全統合。そしてその障害となるわたくしの抹消。
「よろしいですわ。ならば、こちらも遠慮なく参りますわ」
《超次元融合武装・セレスティア・レーヴァテイン》を右腕に展開し、空間ごと薙ぎ払う一撃を放ちましたの。凄まじい魔力波が球体へと命中し、光が弾けましたわ。けれど。
「……再構成速度、尋常ではありませんわね」
わたくしの攻撃は確かに命中しましたのに、相手は一瞬で形を取り戻しましたの。まるで傷そのものを“なかったこと”にするような、因果改変系の応用。それほどまでに、高度な演算能力を持つ相手。
「リゼ、演算ログ送信。敵性演算の上書き領域を特定なさい」
「送信完了! しかし、対象は自身を中心に固定された時間ループ構造を持ってます! いかなる干渉も、“干渉前”へと巻き戻されてしまいます!」
「なるほど、だから攻撃が意味を持たない……ならば、干渉前を“上書き不可”にすればよろしいですわ」
わたくしは左手を掲げ、《因果固定陣・エターナル・アーク》を発動しましたの。対象存在の因果線を“現在”に縫い付け、巻き戻しそのものを阻害する術式。空間が軋み、球体が一瞬だけ静止しましたの。
「この隙に――!」
全身の魔力を右腕に集中し、《セレスティア・レーヴァテイン》を臨界出力で振り抜きましたの。球体が裂け、中から現れたのは……人の姿に近い構造体。白銀の髪と透き通るような肌、瞳には虚無の輝き。
「まさか、これは……“セラフィムの素体”? エンジェル・コードは、セラフィムの因子から自我を創出しただけでなく、肉体そのものを再構築したのですわね」
意識なき肉体は、しかし次の瞬間、緩やかに目を開けましたの。
「観測完了……統合準備、再開……」
「……いいえ、再開はさせませんわ」
《オーバーカテゴリー兵装・インフィニティ・ゼノブレード》を起動、空間認識そのものを切断する一撃を振りかざしましたの。けれど、相手はわたくしの一手先を読んだかのように、瞬間転移で消失。背後からの攻撃を予測し、わたくしは空中で旋回、振り返りざまに防御障壁を展開。
「見えておりますわよ!」
斬撃と斬撃が交錯。互いに因果と時間を超えた超次元戦闘。わたくしの攻撃は常に先を読まれ、相手の攻撃は常に今を突いてくる。だが、わたくしの戦術演算はここからですわ。
「リゼ、《カオス演算モード》へ移行。わたくしの動作予測を解析に組み込まず、無作為変動を最大にしなさい!」
「了解!」
動きに“理”を持たせない。完全に予測不能なカオスモードへと切り替えたことで、敵の予測演算が僅かに遅れを見せましたの。
「今ですわ!」
斬撃、衝撃、斥力波、魔導嵐。あらゆる攻撃を同時に叩き込み、ついに相手の再構成演算に遅延が生じましたの。その瞬間、わたくしは全演算リソースを一つに束ね、《絶対停止式・アストラル・ノヴァ》を発動。
空間が白く染まり、時が止まりましたの。
「終わりですわ」
わたくしは停止した敵の中心核へと、剣を突き立てましたの。断末魔もなく、存在は崩れ、消え去りましたわ。けれど、その最後に、確かにわたくしは聞きましたの。
“統合は……別の経路で……必ず、未来は……固定される……”
ふふ、未来を固定するだなんて。わたくしにとって、未来は常に“変える”ものでございますの。貴女たちの理屈では測れないからこそ、わたくしは存在しているのですもの。
「リゼ、対象消失を確認。中枢演算構造、全停止かしら?」
「はい! すべての反応が消滅しました!」
「よろしいですわ。アウローラは、わたくしたちの未来を守りきりましたの」
剣を納め、わたくしは崩れ落ちるラボの天井を見上げましたの。戦いはまだ終わっておりませんけれど、わたくしの心は揺るぎませんわ。世界がいかに変わろうとも、わたくしの選ぶ未来は、いつだって――自由と創造に満ちたものですわ。
これはセラフィムとは異なる……そう、似て非なる存在の気配。まるで、彼女を上位互換したような、冷たくも完璧な意志。空間は淡く波打ち、扉の縁には古代文字で構成された術式が淡く浮かび上がっておりましたわ。
わたくし以外では開けぬよう設計した封鎖結界、ですが、それが今、内部から僅かに干渉を受けて歪んでいるということは――やはり、中で何かが動いておりますのね。
「ふふ、わたくしの設計を無断で利用なさるとは、礼儀を知らぬにもほどがありますわね」
わたくしは魔導手袋の端末を操作し、封鎖結界の解除コードを入力しましたの。
光の鍵が回転し、扉が音もなく開いてまいりますわ。開いた先に広がるのは、無機質な空間――否、そこはすでに改変を受けておりましたの。壁一面に張り巡らされた神経のような光条、天井から垂れる有機的なケーブル、そして中央には、半透明の球体に包まれた少女が浮かんでおりましたの。
「……あなたが、エンジェル・コードですの?」
問いかけに答えはなく、ただ脳髄に直接語りかけてくるような感覚が流れ込んできましたの。
“エリス・フォン・グリムヴァルト。未来因果操作特異点。優先度:最上位。交渉:不能。統合:開始”
「まあ、いきなりの意思統一ですの? 随分とせっかちですこと」
空間全体が震え、球体から伸びる光条がわたくしに向けて一斉に飛びかかってきましたの。意識接続を強制しようとするその干渉波は、精神防壁すら瞬時に貫こうとする密度でしたわ。
「《心核遮断式・ソルアリス》起動。浅層干渉、完全遮断」
精神干渉防壁を多層展開しながら、わたくしは逆に相手の情報構造を解析にかけましたの。やはり、セラフィムの因子を核に、クロノス機関が古代文明の残滓を用いて構築した、演算意識の結晶。
けれどそこには、ただの模倣ではない、明確な“意志”が芽生えておりますわ。統合された多次元知識が自我を持ち、今や自己目的化している。その目的とは、未来の全統合。そしてその障害となるわたくしの抹消。
「よろしいですわ。ならば、こちらも遠慮なく参りますわ」
《超次元融合武装・セレスティア・レーヴァテイン》を右腕に展開し、空間ごと薙ぎ払う一撃を放ちましたの。凄まじい魔力波が球体へと命中し、光が弾けましたわ。けれど。
「……再構成速度、尋常ではありませんわね」
わたくしの攻撃は確かに命中しましたのに、相手は一瞬で形を取り戻しましたの。まるで傷そのものを“なかったこと”にするような、因果改変系の応用。それほどまでに、高度な演算能力を持つ相手。
「リゼ、演算ログ送信。敵性演算の上書き領域を特定なさい」
「送信完了! しかし、対象は自身を中心に固定された時間ループ構造を持ってます! いかなる干渉も、“干渉前”へと巻き戻されてしまいます!」
「なるほど、だから攻撃が意味を持たない……ならば、干渉前を“上書き不可”にすればよろしいですわ」
わたくしは左手を掲げ、《因果固定陣・エターナル・アーク》を発動しましたの。対象存在の因果線を“現在”に縫い付け、巻き戻しそのものを阻害する術式。空間が軋み、球体が一瞬だけ静止しましたの。
「この隙に――!」
全身の魔力を右腕に集中し、《セレスティア・レーヴァテイン》を臨界出力で振り抜きましたの。球体が裂け、中から現れたのは……人の姿に近い構造体。白銀の髪と透き通るような肌、瞳には虚無の輝き。
「まさか、これは……“セラフィムの素体”? エンジェル・コードは、セラフィムの因子から自我を創出しただけでなく、肉体そのものを再構築したのですわね」
意識なき肉体は、しかし次の瞬間、緩やかに目を開けましたの。
「観測完了……統合準備、再開……」
「……いいえ、再開はさせませんわ」
《オーバーカテゴリー兵装・インフィニティ・ゼノブレード》を起動、空間認識そのものを切断する一撃を振りかざしましたの。けれど、相手はわたくしの一手先を読んだかのように、瞬間転移で消失。背後からの攻撃を予測し、わたくしは空中で旋回、振り返りざまに防御障壁を展開。
「見えておりますわよ!」
斬撃と斬撃が交錯。互いに因果と時間を超えた超次元戦闘。わたくしの攻撃は常に先を読まれ、相手の攻撃は常に今を突いてくる。だが、わたくしの戦術演算はここからですわ。
「リゼ、《カオス演算モード》へ移行。わたくしの動作予測を解析に組み込まず、無作為変動を最大にしなさい!」
「了解!」
動きに“理”を持たせない。完全に予測不能なカオスモードへと切り替えたことで、敵の予測演算が僅かに遅れを見せましたの。
「今ですわ!」
斬撃、衝撃、斥力波、魔導嵐。あらゆる攻撃を同時に叩き込み、ついに相手の再構成演算に遅延が生じましたの。その瞬間、わたくしは全演算リソースを一つに束ね、《絶対停止式・アストラル・ノヴァ》を発動。
空間が白く染まり、時が止まりましたの。
「終わりですわ」
わたくしは停止した敵の中心核へと、剣を突き立てましたの。断末魔もなく、存在は崩れ、消え去りましたわ。けれど、その最後に、確かにわたくしは聞きましたの。
“統合は……別の経路で……必ず、未来は……固定される……”
ふふ、未来を固定するだなんて。わたくしにとって、未来は常に“変える”ものでございますの。貴女たちの理屈では測れないからこそ、わたくしは存在しているのですもの。
「リゼ、対象消失を確認。中枢演算構造、全停止かしら?」
「はい! すべての反応が消滅しました!」
「よろしいですわ。アウローラは、わたくしたちの未来を守りきりましたの」
剣を納め、わたくしは崩れ落ちるラボの天井を見上げましたの。戦いはまだ終わっておりませんけれど、わたくしの心は揺るぎませんわ。世界がいかに変わろうとも、わたくしの選ぶ未来は、いつだって――自由と創造に満ちたものですわ。
29
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。
向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。
それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない!
しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。
……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。
魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。
木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ!
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
A級パーティから追放された俺はギルド職員になって安定した生活を手に入れる
国光
ファンタジー
A級パーティの裏方として全てを支えてきたリオン・アルディス。しかし、リーダーで幼馴染のカイルに「お荷物」として追放されてしまう。失意の中で再会したギルド受付嬢・エリナ・ランフォードに導かれ、リオンはギルド職員として新たな道を歩み始める。
持ち前の数字感覚と管理能力で次々と問題を解決し、ギルド内で頭角を現していくリオン。一方、彼を失った元パーティは内部崩壊の道を辿っていく――。
これは、支えることに誇りを持った男が、自らの価値を証明し、安定した未来を掴み取る物語。
聖女やめます……タダ働きは嫌!友達作ります!冒険者なります!お金稼ぎます!ちゃっかり世界も救います!
さくしゃ
ファンタジー
職業「聖女」としてお勤めに忙殺されるクミ
祈りに始まり、一日中治療、時にはドラゴン討伐……しかし、全てタダ働き!
も……もう嫌だぁ!
半狂乱の最強聖女は冒険者となり、軟禁生活では味わえなかった生活を知りはっちゃける!
時には、不労所得、冒険者業、アルバイトで稼ぐ!
大金持ちにもなっていき、世界も救いまーす。
色んなキャラ出しまくりぃ!
カクヨムでも掲載チュッ
⚠︎この物語は全てフィクションです。
⚠︎現実では絶対にマネはしないでください!
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
魔法使いとして頑張りますわ!
まるねこ
恋愛
母が亡くなってすぐに伯爵家へと来た愛人とその娘。
そこからは家族ごっこの毎日。
私が継ぐはずだった伯爵家。
花畑の住人の義妹が私の婚約者と仲良くなってしまったし、もういいよね?
これからは母方の方で養女となり、魔法使いとなるよう頑張っていきますわ。
2025年に改編しました。
いつも通り、ふんわり設定です。
ブックマークに入れて頂けると私のテンションが成層圏を超えて月まで行ける気がします。m(._.)m
Copyright©︎2020-まるねこ
本物の聖女じゃないと追放されたので、隣国で竜の巫女をします。私は聖女の上位存在、神巫だったようですがそちらは大丈夫ですか?
今川幸乃
ファンタジー
ネクスタ王国の聖女だったシンシアは突然、バルク王子に「お前は本物の聖女じゃない」と言われ追放されてしまう。
バルクはアリエラという聖女の加護を受けた女を聖女にしたが、シンシアの加護である神巫(かんなぎ)は聖女の上位存在であった。
追放されたシンシアはたまたま隣国エルドラン王国で竜の巫女を探していたハリス王子にその力を見抜かれ、巫女候補として招かれる。そこでシンシアは神巫の力は神や竜など人外の存在の意志をほぼ全て理解するという恐るべきものだということを知るのだった。
シンシアがいなくなったバルクはアリエラとやりたい放題するが、すぐに神の怒りに触れてしまう。
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる