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地下都市ヴォルカノンへ向かう、と決めたものの、すぐに出発できるわけではなかった。
そこは、どんな地図にも載らない伝説の都市だ。
どんな危険が、待ち受けているか想像もつかない。
準備は、念には念を入れる必要があった。
「まずは、情報収集からだな」
「はい。ヴォルカノンについて、少しでも何か分かるといいですね」
俺たちは、ラトスの街で、ヴォルカノンに関する情報を集め始めた。
手始めに訪れたのは、冒険者ギルドの資料室だ。
ギルドマスターに事情を話し、特別に立ち入る許可をもらった。
薄暗い書庫に足を踏み入れると、埃っぽい空気の中に、古い羊皮紙や書物の匂いが凝縮されていた。
「すごい数の本ですね。天井まで、ぎっしりと詰まっています」
リナが、圧倒されたように呟く。
その量は、一朝一夕で調べられるものではなさそうだった。
「片っ端から、調べてみよう。何か、手がかりがあるはずだ」
俺たちは二手に分かれ、ドワーフや古代文明に関する文献を、黙々と調べていった。
しかし、何時間かけても、『ヴォルカノン』という単語は見つからない。
ドワーフが築いた偉大な都市についての記述は、いくつもあった。
だが、それらは全て山脈に築かれた、地上の話ばかりだったのだ。
「だめですね、どこにも、見当たりません」
次に、街で一番大きいという古本屋を訪ねた。
店の奥で埃をかぶっていた郷土史や、大昔の冒険譚の類を、片っ端から読み漁る。
偏屈そうな老店主は、俺たちを訝しげに見ていた。
しかし、そんなことは構わず、調査を続けた。
ここでも、結果は同じだった。
ヴォルカノンは、歴史から完全に忘れ去られた、幻の都市らしい。
宿屋に戻ると、リナががっかりしたように、肩を落とした。
「結局、何も分かりませんでしたね」
「まあ、ある程度は予想通りだ。誰も知らないからこそ、俺たちが行く価値がある」
俺は、努めて明るく言った。
情報がないのなら、自分たちの力で進むまでだ。
そのためには、最高の装備が、不可欠になるだろう。
「リナ、これから鍛冶屋に行くぞ」
「鍛冶屋、ですか?新しい武器でも、買うんですか?」
「いや、違う。俺たちが、作るんだ」
俺は鞄の中から、『ヘパイストスの槌』を取り出した。
神々しいまでの輝きを放つ槌に、リナが息を飲む。
「この槌の力を、試してみる時が来た」
向かったのは、馴染みの武具屋兼鍛冶工房だ。
熊のような体格の店主、バルガンが俺たちの姿を認めた。
そして、豪快な笑顔で迎えてくれたのである。
「おう、カイの兄さんたち!いらっしゃい!例の廃坑から、無事に戻ったって噂は聞いてたぜ!まったく、とんでもねえ奴らだ、あんたたちは!」
「バルガンさん、頼みがある。少しの間、あんたの工房を貸してくれないか?」
「工房を、だって?どうしたんだ、急に。兄さん、鍛治なんてできたのか?」
バルガンが、不思議そうな顔をする。
無理もないだろう、俺はただの鑑定士だったからだ。
「経験はない。だが、どうしても試してみたいことがあるんだ」
俺がヘパイストスの槌を見せると、バルガンの目が大きく見開かれた。
生粋の職人である彼には、その槌が持つ尋常ではない力が、一目で分かったのだろう。
「こ、この槌は、一体!?なんだ、この圧倒的な存在感は。まるで、神話に出てくる鍛冶神の持ち物みてえだ」
「こいつを使って、ちょっとした物を作ってみたい。もちろん、場所代は、きちんと払う」
「ば、場所代なんていらねえよ!ぜひ、使ってくれ!いや、どうか使わせてください!俺も、その槌がどんな奇跡を起こすのか、この目で見たいんでな!」
バルガンは、興奮を隠しきれない様子だった。
そして、俺たちを工房の奥へと案内したのだ。
そこは、巨大な炉と金床、そして無数の道具が並んでいる。
鉄と汗の匂いが、染みついた仕事場だった。
「で、兄さん、何を作るんだい?」
「リナのための、盾だ。素材は、これを使う」
俺は鞄から、もう一つの戦利品を取り出した。
アダマンタイト・ゴーレムの、残骸だ。
黒光りする、強靭な金属の塊が、ずしりと重い音を立てた。
「アダマンタイトだと!?正気か、兄さん!そんな化け物じみた金属、普通の炎や槌じゃ、傷一つ付けられねえぞ!」
バルガンの言う通りだった。
アダマンタイトは、この世で最も硬いとされる金属の一つだ。
加工するには、ドワーフの伝説的な技術と、特殊な炉が必要だとされている。
「まあ、見ててくれ」
俺は、アダマンタイトの塊を金床の上に置いた。
そして、炉の火力を最大にしたのである。
ごうごうと燃え盛る炎が、金属の表面を舐める。
しかし、びくともしない。
俺は、ヘパイストスの槌を両手でゆっくりと振りかぶった。
鍛治など、一度もやったことはない。
だが、不思議と恐怖はなかった。
槌が、まるで俺に語りかけてくるようだったのだ。「俺に任せろ」と。
槌を、力強く振り下ろした。
キィィィィン!!
工房内に、まるで教会の鐘のような、澄み切った美しい音が響き渡った。
俺が叩いたアダマンタイトは、まるで熱した粘土のように、その形を滑らかに変えていたのだ。
「なっ、なんだって!?」
バルガンが、信じられないものを見る目で、絶句している。
俺は、槌を振るい続けた。
経験も知識もないはずなのに、俺の体は自然と動く。
槌が俺を導き、金属をどう叩けばいいのか、どう成形すればいいのかを、教えてくれるのだ。
カン、カン、とリズミカルな音が響く。
それは、まるで熟練の職人が奏でる、音楽のようだった。
アダマンタイトは、みるみるうちに、美しい曲線を描く小ぶりの盾へと姿を変えていく。
「すごい、カイさんが、伝説の鍛冶師みたいです」
リナが、うっとりとした表情で呟いた。
盾の形が完成した時、槌の能力である『付与能力創造』が、俺の頭の中に流れ込んできた。
この盾に、どんな能力を与えるべきか。
俺は、リナのことだけを考えた。
彼女は、心優しい治癒師だ。
自分を守る力は、まだ弱い。
二度と、誰かの犠牲になることのないように。
リナを守るための、最高の能力を、この盾に与えたい。
俺が強く念じると、槌が淡い光を放った。
その光は、完成した盾に、すうっと吸い込まれていったのだ。
光が収まった時、そこには表面に美しい紋様が浮かび上がった、完璧な盾が完成していた。
「できたぞ」
俺は汗を拭い、その盾を手に取った。
驚くほど軽く、そして頑丈だ。
俺は【神の眼】で、その驚くべき性能を、鑑定した。
――――――――――――――――
【名称】アイギスの盾(レプリカ)
【種別】伝説級防具
【製作者】カイ(ヘパイストスの槌を使用)
【素材】アダマンタイト
【能力】
・絶対防御:あらゆる物理攻撃、術攻撃の威力を80%軽減する。
・魔力変換:防御時に受けた衝撃の一部を、装備者の魔力に変換する。
・自動修復:損傷を受けても、自動的に元の状態へと修復される。
【情報】神が作りし最強の盾『アイギス』を、神の槌が模倣して生み出した逸品。
オリジナルには及ばないが、その防御力は国宝級の防具に匹敵する。
――――――――――――――――
「伝説級防具、か」
我ながら、とんでもない物を作ってしまった。
「リナ、これをお前に」
俺が盾を手渡すと、リナは恐縮しながらも、嬉しそうにそれを受け取った。
「わあ、ありがとうございます、カイさん!私のために、こんな素敵なものを。すごく綺麗です。これがあれば、私もカイさんを守れます!」
彼女は、その盾を宝物のように胸に抱きしめ、満面の笑みを浮かべた。
「か、カイの兄さん、いや、カイ様!」
いつの間にか、バルガンが俺の足元にひれ伏していた。
その大きな体に、似合わない行動だった。
「ぜひ、俺を弟子にしてください!一生、ついていきます!」
「やめてくれ、バルガンさん。これは全部、この槌の力だ。俺には、鍛冶の才能なんてない」
俺は苦笑しながら、バルガンを立たせた。
その後、俺とバルガンは鍛冶について、夜遅くまで語り合ったのだ。
彼は、俺がもたらした奇跡に心から感動していた。
そして、今後、俺たちが必要とする素材の調達や情報提供など、全面的に協力してくれることを約束してくれたのである。
心強い協力者が、また一人増えた。
その頃、ギルドの酒場では、『紅蓮の剣』のメンバーがいた。
彼らは、重い空気の中でテーブルを囲んでいたのだ。
「くそっ、なぜだ、なぜうまくいかん!」
アレックスが、テーブルを拳で叩きつけた。
カイを追放してからというもの、彼らの依頼達成率は見るも無残なほどに落ち込んでいた。
「罠のせいでサラが毒を受け、解毒薬も底をついた。ドロップアイテムも、価値があると思って持ち帰ったら、ギルドの鑑定士に『こんもの、銀貨にもならん』と笑われる始末だ。全て、あのカイがいなくなったせいだ!」
「リーダー、カイのせいにするのは、もうやめましょう。私たちが彼の本当の価値に気づけなかった。それだけのことです」
リアが、力なく言った。
「うるさい!あいつはただの役立たずだ!たまたま、運が良かっただけだ!」
アレックスはそう叫ぶが、その言葉が虚しい言い訳であることは、彼自身が一番よく分かっていた。
周囲の冒険者たちは、そんな彼らを遠巻きに見ながら、ひそひそと噂をしていた。
「見たかよ、『紅蓮の剣』の連中。すっかり、落ちぶれたもんだ」
「カイって鑑定士を追放してから、連戦連敗らしいぜ」
「Sランクなんて、名前だけだな」
その陰口は、アレLEXたちの耳にも届いていた。
プライドをずたずたにされた彼らのパーティは、もはや崩壊寸前だった。
そして、俺とリナは、ヴォルカノンへ向かうための全ての準備を終えた。
そして、再びあの古い坑道へと来ていた。
「準備はいいか、リナ?」
坑道の最深部、地下都市へと続く隠し通路の前で、俺はリナに尋ねた。
「はい!
カイさんと一緒なら、どこへでも!」
リナは新しい盾を構え、力強く頷いた。
その目には、もう一片の不安もない。
俺たちは顔を見合わせると、覚悟を決めてヴォルカノンへと続く暗く長い螺旋階段を降り始めた。
一歩進むごとに、空気が変わっていくのが分かる。
ひんやりとした坑道の空気から、地熱を帯びた暖かい空気へ。
そして、微かな硫黄の匂いが、鼻をつき始めた。
どれくらいの時間、降り続いただろうか。
永遠に続くかと思われた階段が、不意に終わりを告げた。
俺たちの目の前に、信じられない光景が広がる。
そこは、地底とは思えないほど広大な空間だった。
天井は見えず、まるで夜空のように発光する鉱石が、星のように瞬いている。
眼下には、壮大な都市が広がっていたのだ。
赤々と流れる溶岩の川が、天然の堀となって都市を囲む。
その光が、整然と並んだ石造りの巨大な建築物群を、幻想的に照らし出している。
しかし、あれほど巨大な都市にもかかわらず、人の気配は全く感じられない。
聞こえるのは、溶岩が流れる音と、風の音だけだ。
「ここが、伝説の都市、ヴォルカノン」
リナが、息を飲む音だけが、やけに大きく聞こえた。
俺たちは、忘れ去られた伝説の入り口に立ったのだ。
都市へと続く巨大な石橋が、俺たちを誘うように目の前に伸びている。
「行こう、リナ。
俺たちの冒いけに、数百年ぶりに新たな来訪者の足音が響き渡る。
橋を渡り、巨大な城門をくぐる。
そこは、広場になっていた。
中央には、ドワーフの王と思われる巨大な石像が立っている。
だが、その石像も周囲の建物も厚い埃をかぶり、長い年月の経過を物語っていた。
「誰も、いませんね」
「ああ。完全に、廃墟になっているみたいだな」
俺たちは、大通りを慎重に進んでいく。
両脇には武具屋だったと思われる店や酒場、民家が並んでいるが、どれも扉は開け放たれ、中は空っぽだった。
この都市の住人たちは、一体どこへ消えてしまったのだろうか。
俺は【神の眼】で、周囲の建物を鑑定してみた。
『【ドワーフの武具屋跡】情報:内部には、未完成の武具が多数残されている。中には、ミスリル製の高品質なものも含まれる』
『【大酒場『黒鉄のジョッキ』亭跡】情報:地下の貯蔵庫に、数百年もののドワーフエールが奇跡的に残っている。好事家が聞けば、金貨数千枚の価値』
この都市は、廃墟そのものが宝の山だった。
「カイさん、あそこ!」
リナが、通りの先を指さした。
彼女が指さす先には、この都市でひときわ大きく立派な建物がそびえ立っている。
おそらく、この都市の王城か神殿のような場所だろう。
「あそこに行けば、何か分かるかもしれないな」
俺たちがその建物に向かって歩き出した、その時だった。
ゴ、ゴ、ゴ、ゴ、と重い足音が、背後から聞こえてきた。
振り返ると、広場の入り口、俺たちが通ってきた城門の前に、複数の影が立っていた。
それは、この都市の警備を担っていたと思われる、石造りのゴーレムたちだった。
長い眠りから覚めたように、その目を赤く光らせ、こちらに敵意を向けている。
そこは、どんな地図にも載らない伝説の都市だ。
どんな危険が、待ち受けているか想像もつかない。
準備は、念には念を入れる必要があった。
「まずは、情報収集からだな」
「はい。ヴォルカノンについて、少しでも何か分かるといいですね」
俺たちは、ラトスの街で、ヴォルカノンに関する情報を集め始めた。
手始めに訪れたのは、冒険者ギルドの資料室だ。
ギルドマスターに事情を話し、特別に立ち入る許可をもらった。
薄暗い書庫に足を踏み入れると、埃っぽい空気の中に、古い羊皮紙や書物の匂いが凝縮されていた。
「すごい数の本ですね。天井まで、ぎっしりと詰まっています」
リナが、圧倒されたように呟く。
その量は、一朝一夕で調べられるものではなさそうだった。
「片っ端から、調べてみよう。何か、手がかりがあるはずだ」
俺たちは二手に分かれ、ドワーフや古代文明に関する文献を、黙々と調べていった。
しかし、何時間かけても、『ヴォルカノン』という単語は見つからない。
ドワーフが築いた偉大な都市についての記述は、いくつもあった。
だが、それらは全て山脈に築かれた、地上の話ばかりだったのだ。
「だめですね、どこにも、見当たりません」
次に、街で一番大きいという古本屋を訪ねた。
店の奥で埃をかぶっていた郷土史や、大昔の冒険譚の類を、片っ端から読み漁る。
偏屈そうな老店主は、俺たちを訝しげに見ていた。
しかし、そんなことは構わず、調査を続けた。
ここでも、結果は同じだった。
ヴォルカノンは、歴史から完全に忘れ去られた、幻の都市らしい。
宿屋に戻ると、リナががっかりしたように、肩を落とした。
「結局、何も分かりませんでしたね」
「まあ、ある程度は予想通りだ。誰も知らないからこそ、俺たちが行く価値がある」
俺は、努めて明るく言った。
情報がないのなら、自分たちの力で進むまでだ。
そのためには、最高の装備が、不可欠になるだろう。
「リナ、これから鍛冶屋に行くぞ」
「鍛冶屋、ですか?新しい武器でも、買うんですか?」
「いや、違う。俺たちが、作るんだ」
俺は鞄の中から、『ヘパイストスの槌』を取り出した。
神々しいまでの輝きを放つ槌に、リナが息を飲む。
「この槌の力を、試してみる時が来た」
向かったのは、馴染みの武具屋兼鍛冶工房だ。
熊のような体格の店主、バルガンが俺たちの姿を認めた。
そして、豪快な笑顔で迎えてくれたのである。
「おう、カイの兄さんたち!いらっしゃい!例の廃坑から、無事に戻ったって噂は聞いてたぜ!まったく、とんでもねえ奴らだ、あんたたちは!」
「バルガンさん、頼みがある。少しの間、あんたの工房を貸してくれないか?」
「工房を、だって?どうしたんだ、急に。兄さん、鍛治なんてできたのか?」
バルガンが、不思議そうな顔をする。
無理もないだろう、俺はただの鑑定士だったからだ。
「経験はない。だが、どうしても試してみたいことがあるんだ」
俺がヘパイストスの槌を見せると、バルガンの目が大きく見開かれた。
生粋の職人である彼には、その槌が持つ尋常ではない力が、一目で分かったのだろう。
「こ、この槌は、一体!?なんだ、この圧倒的な存在感は。まるで、神話に出てくる鍛冶神の持ち物みてえだ」
「こいつを使って、ちょっとした物を作ってみたい。もちろん、場所代は、きちんと払う」
「ば、場所代なんていらねえよ!ぜひ、使ってくれ!いや、どうか使わせてください!俺も、その槌がどんな奇跡を起こすのか、この目で見たいんでな!」
バルガンは、興奮を隠しきれない様子だった。
そして、俺たちを工房の奥へと案内したのだ。
そこは、巨大な炉と金床、そして無数の道具が並んでいる。
鉄と汗の匂いが、染みついた仕事場だった。
「で、兄さん、何を作るんだい?」
「リナのための、盾だ。素材は、これを使う」
俺は鞄から、もう一つの戦利品を取り出した。
アダマンタイト・ゴーレムの、残骸だ。
黒光りする、強靭な金属の塊が、ずしりと重い音を立てた。
「アダマンタイトだと!?正気か、兄さん!そんな化け物じみた金属、普通の炎や槌じゃ、傷一つ付けられねえぞ!」
バルガンの言う通りだった。
アダマンタイトは、この世で最も硬いとされる金属の一つだ。
加工するには、ドワーフの伝説的な技術と、特殊な炉が必要だとされている。
「まあ、見ててくれ」
俺は、アダマンタイトの塊を金床の上に置いた。
そして、炉の火力を最大にしたのである。
ごうごうと燃え盛る炎が、金属の表面を舐める。
しかし、びくともしない。
俺は、ヘパイストスの槌を両手でゆっくりと振りかぶった。
鍛治など、一度もやったことはない。
だが、不思議と恐怖はなかった。
槌が、まるで俺に語りかけてくるようだったのだ。「俺に任せろ」と。
槌を、力強く振り下ろした。
キィィィィン!!
工房内に、まるで教会の鐘のような、澄み切った美しい音が響き渡った。
俺が叩いたアダマンタイトは、まるで熱した粘土のように、その形を滑らかに変えていたのだ。
「なっ、なんだって!?」
バルガンが、信じられないものを見る目で、絶句している。
俺は、槌を振るい続けた。
経験も知識もないはずなのに、俺の体は自然と動く。
槌が俺を導き、金属をどう叩けばいいのか、どう成形すればいいのかを、教えてくれるのだ。
カン、カン、とリズミカルな音が響く。
それは、まるで熟練の職人が奏でる、音楽のようだった。
アダマンタイトは、みるみるうちに、美しい曲線を描く小ぶりの盾へと姿を変えていく。
「すごい、カイさんが、伝説の鍛冶師みたいです」
リナが、うっとりとした表情で呟いた。
盾の形が完成した時、槌の能力である『付与能力創造』が、俺の頭の中に流れ込んできた。
この盾に、どんな能力を与えるべきか。
俺は、リナのことだけを考えた。
彼女は、心優しい治癒師だ。
自分を守る力は、まだ弱い。
二度と、誰かの犠牲になることのないように。
リナを守るための、最高の能力を、この盾に与えたい。
俺が強く念じると、槌が淡い光を放った。
その光は、完成した盾に、すうっと吸い込まれていったのだ。
光が収まった時、そこには表面に美しい紋様が浮かび上がった、完璧な盾が完成していた。
「できたぞ」
俺は汗を拭い、その盾を手に取った。
驚くほど軽く、そして頑丈だ。
俺は【神の眼】で、その驚くべき性能を、鑑定した。
――――――――――――――――
【名称】アイギスの盾(レプリカ)
【種別】伝説級防具
【製作者】カイ(ヘパイストスの槌を使用)
【素材】アダマンタイト
【能力】
・絶対防御:あらゆる物理攻撃、術攻撃の威力を80%軽減する。
・魔力変換:防御時に受けた衝撃の一部を、装備者の魔力に変換する。
・自動修復:損傷を受けても、自動的に元の状態へと修復される。
【情報】神が作りし最強の盾『アイギス』を、神の槌が模倣して生み出した逸品。
オリジナルには及ばないが、その防御力は国宝級の防具に匹敵する。
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「伝説級防具、か」
我ながら、とんでもない物を作ってしまった。
「リナ、これをお前に」
俺が盾を手渡すと、リナは恐縮しながらも、嬉しそうにそれを受け取った。
「わあ、ありがとうございます、カイさん!私のために、こんな素敵なものを。すごく綺麗です。これがあれば、私もカイさんを守れます!」
彼女は、その盾を宝物のように胸に抱きしめ、満面の笑みを浮かべた。
「か、カイの兄さん、いや、カイ様!」
いつの間にか、バルガンが俺の足元にひれ伏していた。
その大きな体に、似合わない行動だった。
「ぜひ、俺を弟子にしてください!一生、ついていきます!」
「やめてくれ、バルガンさん。これは全部、この槌の力だ。俺には、鍛冶の才能なんてない」
俺は苦笑しながら、バルガンを立たせた。
その後、俺とバルガンは鍛冶について、夜遅くまで語り合ったのだ。
彼は、俺がもたらした奇跡に心から感動していた。
そして、今後、俺たちが必要とする素材の調達や情報提供など、全面的に協力してくれることを約束してくれたのである。
心強い協力者が、また一人増えた。
その頃、ギルドの酒場では、『紅蓮の剣』のメンバーがいた。
彼らは、重い空気の中でテーブルを囲んでいたのだ。
「くそっ、なぜだ、なぜうまくいかん!」
アレックスが、テーブルを拳で叩きつけた。
カイを追放してからというもの、彼らの依頼達成率は見るも無残なほどに落ち込んでいた。
「罠のせいでサラが毒を受け、解毒薬も底をついた。ドロップアイテムも、価値があると思って持ち帰ったら、ギルドの鑑定士に『こんもの、銀貨にもならん』と笑われる始末だ。全て、あのカイがいなくなったせいだ!」
「リーダー、カイのせいにするのは、もうやめましょう。私たちが彼の本当の価値に気づけなかった。それだけのことです」
リアが、力なく言った。
「うるさい!あいつはただの役立たずだ!たまたま、運が良かっただけだ!」
アレックスはそう叫ぶが、その言葉が虚しい言い訳であることは、彼自身が一番よく分かっていた。
周囲の冒険者たちは、そんな彼らを遠巻きに見ながら、ひそひそと噂をしていた。
「見たかよ、『紅蓮の剣』の連中。すっかり、落ちぶれたもんだ」
「カイって鑑定士を追放してから、連戦連敗らしいぜ」
「Sランクなんて、名前だけだな」
その陰口は、アレLEXたちの耳にも届いていた。
プライドをずたずたにされた彼らのパーティは、もはや崩壊寸前だった。
そして、俺とリナは、ヴォルカノンへ向かうための全ての準備を終えた。
そして、再びあの古い坑道へと来ていた。
「準備はいいか、リナ?」
坑道の最深部、地下都市へと続く隠し通路の前で、俺はリナに尋ねた。
「はい!
カイさんと一緒なら、どこへでも!」
リナは新しい盾を構え、力強く頷いた。
その目には、もう一片の不安もない。
俺たちは顔を見合わせると、覚悟を決めてヴォルカノンへと続く暗く長い螺旋階段を降り始めた。
一歩進むごとに、空気が変わっていくのが分かる。
ひんやりとした坑道の空気から、地熱を帯びた暖かい空気へ。
そして、微かな硫黄の匂いが、鼻をつき始めた。
どれくらいの時間、降り続いただろうか。
永遠に続くかと思われた階段が、不意に終わりを告げた。
俺たちの目の前に、信じられない光景が広がる。
そこは、地底とは思えないほど広大な空間だった。
天井は見えず、まるで夜空のように発光する鉱石が、星のように瞬いている。
眼下には、壮大な都市が広がっていたのだ。
赤々と流れる溶岩の川が、天然の堀となって都市を囲む。
その光が、整然と並んだ石造りの巨大な建築物群を、幻想的に照らし出している。
しかし、あれほど巨大な都市にもかかわらず、人の気配は全く感じられない。
聞こえるのは、溶岩が流れる音と、風の音だけだ。
「ここが、伝説の都市、ヴォルカノン」
リナが、息を飲む音だけが、やけに大きく聞こえた。
俺たちは、忘れ去られた伝説の入り口に立ったのだ。
都市へと続く巨大な石橋が、俺たちを誘うように目の前に伸びている。
「行こう、リナ。
俺たちの冒いけに、数百年ぶりに新たな来訪者の足音が響き渡る。
橋を渡り、巨大な城門をくぐる。
そこは、広場になっていた。
中央には、ドワーフの王と思われる巨大な石像が立っている。
だが、その石像も周囲の建物も厚い埃をかぶり、長い年月の経過を物語っていた。
「誰も、いませんね」
「ああ。完全に、廃墟になっているみたいだな」
俺たちは、大通りを慎重に進んでいく。
両脇には武具屋だったと思われる店や酒場、民家が並んでいるが、どれも扉は開け放たれ、中は空っぽだった。
この都市の住人たちは、一体どこへ消えてしまったのだろうか。
俺は【神の眼】で、周囲の建物を鑑定してみた。
『【ドワーフの武具屋跡】情報:内部には、未完成の武具が多数残されている。中には、ミスリル製の高品質なものも含まれる』
『【大酒場『黒鉄のジョッキ』亭跡】情報:地下の貯蔵庫に、数百年もののドワーフエールが奇跡的に残っている。好事家が聞けば、金貨数千枚の価値』
この都市は、廃墟そのものが宝の山だった。
「カイさん、あそこ!」
リナが、通りの先を指さした。
彼女が指さす先には、この都市でひときわ大きく立派な建物がそびえ立っている。
おそらく、この都市の王城か神殿のような場所だろう。
「あそこに行けば、何か分かるかもしれないな」
俺たちがその建物に向かって歩き出した、その時だった。
ゴ、ゴ、ゴ、ゴ、と重い足音が、背後から聞こえてきた。
振り返ると、広場の入り口、俺たちが通ってきた城門の前に、複数の影が立っていた。
それは、この都市の警備を担っていたと思われる、石造りのゴーレムたちだった。
長い眠りから覚めたように、その目を赤く光らせ、こちらに敵意を向けている。
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土砂 剛史(どしゃ つよし)24歳、独身。自宅のパソコンでネットをしていた所、突然轟音がしたと思うと窓が破壊され何かがぶつかってきた。
自宅付近で高所作業車が電線付近を作業中、トラックが高所作業車に突っ込み運悪く剛史の部屋に高所作業車のアームの先端がぶつかり、そのまま窓から剛史に一直線。
『あ、やべ!』
そして・・・・
【あれ?ここは何処だ?】
気が付けば真っ白な世界。
気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ?
・・・・
・・・
・・
・
【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】
こうして剛史は新た生を異世界で受けた。
そして何も思い出す事なく10歳に。
そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。
スキルによって一生が決まるからだ。
最低1、最高でも10。平均すると概ね5。
そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。
しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。
そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで
ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。
追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。
だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。
『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』
不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。
そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。
その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。
前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。
但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。
転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。
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