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広場の入り口には、複数の影が立っていた。
俺たちが通ってきた城門の前で、それらは目を覚ます。
長い眠りから覚めたように、石の目を赤く光らせていた。
そして、こちらに明らかな敵意を向けている。
目の前で動き出したのは、石でできたゴーレムが五体だ。
一体ずつの迫力は、坑道で戦ったゴーレムほどではない。
しかし、ここは数が多い。
周りには隠れる場所も少ない広場なので、囲まれたら大変なことになるだろう。
「カイさん!」
リナが、緊張した声で俺の名前を呼んだ。
彼女はとっさに俺の前に出て、盾を構える。
父から譲り受けたという、アイギスの盾だった。
その小さな背中が、俺を守ろうと固い意志を示している。
その姿を見て、俺の胸は熱くなった。
「大丈夫だ、リナ。落ち着いてくれ。」
俺は彼女の肩を軽く叩き、冷静になるように言った。
そして迫ってくるゴーレムたちを、【神の眼】で鑑定する。
――――――――――――――――
【名前】ヴォルカノン・ガーディアン
【しゅるい】都市を守るための自動人形
【じゃくてん】両肩に埋め込まれた水晶と、背中の中央にある模様。
【こうどう】敵を見つけたら、みんなで協力して取り囲む。そして、その大きな腕で押しつぶすのが目的だ。一体ずつの判断は、あまり得意ではない。
【じょうほう】古代のドワーフが、都市の警備のためにたくさん作ったゴーレム。一体の強さは、Bランクモンスターと同じくらいだ。
――――――――――――――――
Bランクと同じ強さの敵が、五体もいる。
普通の冒険者パーティーなら、命がけの戦いになるだろう。
でも、俺たちにとっては違う。
弱点も行動も、すべてがはっきりと見えている。
これは戦いというより、解き方のある問題に近かった。
「リナ、防御だけに集中してくれ。」
どんな攻撃が来ても、絶対にそこを動かないでほしい。
「アイギスの盾を、信じるんだ。」
「はい!」
リナの力強い返事を聞いて、俺はミスリルダガーを抜いた。
ゴ、ゴ、ゴ、と地面を揺らす音がする。
五体のゴーレムが、俺たちを半円の形に囲むように動き出す。
そして、正面にいた一体が、巨大な石の腕を振り上げた。
「来ます!」
リナが、そう叫んだ。
振り下ろされた拳は、ものすごい力を持っていた。
リナの小柄な体など、一発で砕いてしまいそうだ。
ドゴォォォン!!
大きな音とともに、ゴーレムの拳が盾に叩きつけられた。
その衝撃で、周りの石だたみが砕けて砂ぼこりが舞う。
しかし、信じられないことにリナは一歩も動いていない。
盾の表面には、うすい光の膜が浮かんでいた。
ゴーレムの力一杯の一撃を、完全に防いでいたのだ。
「えっ……!?」
俺ではなく、リナ自身が盾の性能に一番驚いているようだった。
「すごい……。全然、衝撃が来ません!」
それに、なんだか力が湧いてくる感じがします。
盾の能力である、『魔力変換』が発動しているのだ。
受けた衝撃が、リナ自身の魔力に変わっていく。
これなら、戦いが長くなっても彼女の魔力がなくなることはないだろう。
「よし! そのまま、他のゴーレムの攻撃も引きつけてくれ!」
「はい、お任せください!」
一体の攻撃が全く効かないのを見て、残りの四体もリナに襲いかかった。
左右から同時に腕を振るったり、頭の上から叩きつけたりする。
しかし、その全ての攻撃は盾が放つ光の膜に止められた。
リナに、傷一つ付けることができない。
敵の全ての意識が、リナに向いている今がチャンスだった。
俺にとって、これ以上ない絶好の機会だ。
俺は息を殺して、一体のゴーレムの背後に回り込んだ。
そして背中の中央にある模様をめがけて、ミスリルダガーを深く突き立てる。
ズブリ、という鈍い音がした。
模様を壊されたゴーレムは、全身を一度大きく震わせた。
そして、関節から力が抜けたようにその場に崩れ落ちる。
そのまま、二度と動かなくなった。
「一体、倒した!」
俺はすぐに、次のゴーレムに向かう。
ゴーレムたちは、仲間が一体やられたことにも気づいていない。
ひたすらリナに、意味のない攻撃を繰り返していた。
鑑定で分かった、「判断が得意ではない」という情報は正しかった。
二人目の背後を取り、同じように制御するための模様を壊す。
三人目は、振り上げた腕の死角にもぐりこんだ。
そして高くジャンプして、肩の水晶をダガーの柄で砕いた。
四人目と五人目も、同じやり方で倒していく。
それは、もはや戦闘と呼べるものではなかった。
どちらかといえば、作業に近いものだった。
全てのゴーレムが動きを止めるのに、一分もかからなかった。
広場には、また静けさが戻ってきた。
動かなくなったゴーレムの残骸だけが、そこに転がっている。
「はぁ……はぁ……カイさん、すごいです……。」
リナが、興奮した様子で駆け寄ってきた。
彼女は、まだ盾の力と目の前で起きたことが信じられないようだ。
「いや、リナの防御があったからだよ。」
最高の盾役だったと、俺は思う。
俺がそう言って笑うと、リナは少し照れたように顔を赤くした。
俺たちが、ゴーレムを全て倒したその時だった。
ゴゴゴゴゴ……。
広場の中央に立つ、巨大なドワーフ王の石像がゆっくりと動き始めた。
俺たちは攻撃されるのかと身構えたが、石像は攻撃してこない。
ただ、その巨大な体で台座をずらした。
すると、その下から地下へと続く隠し階段が現れたのだ。
「これは……。」
俺は【神の眼】で、その階段を鑑定してみた。
『【じょうほう】ヴォルカノン王城の、玉座の間に続く隠し通路。この都市の本当の歴史と、未来への希望が眠っている。』
「行ってみよう。何か、この都市の謎が解けるかもしれない。」
俺たちは、その地下通路へと足を踏み入れた。
通路は、ひんやりとした空気が流れていた。
壁には、たいまつを置くための燭台が並んでいる。
俺が火をつけると、通路の全体が明るくなった。
その壁一面に、とても大きな壁画が描かれていたのだ。
「わあ……、綺麗です……。」
リナが、感動したような声を上げる。
壁画は、この都市の歴史を伝えるものだった。
最初の壁画には、ドワーフたちが力を合わせて都市を造る様子が描かれていた。
たくましい男たちがハンマーを振るい、女たちがたくさんの食事を運ぶ。
子供たちが、その周りを元気に駆け回っていた。
誰もが、誇りと喜びに満ちた顔をしている。
次の壁画では、彼らが地下深くで輝く鉱石を見つけていた。
おそらく、オリハルコンだろう。
ドワーフたちは、それを見てとても喜んでいた。
しかし、物語はそこから大きく変わる。
次の壁画に描かれていたのは、恐ろしい魔物の姿だった。
地底から現れた、巨大なミミズのような魔物だ。
その魔物が吐き出す黒い毒の霧が、都市を覆っていく。
毒の霧に触れたドワーフの肌は、黒く変色していた。
苦しそうな顔で、次々と倒れていく。
助けようとする仲間もまた、毒の霧にやられていく地獄のような絵だった。
リナは治癒師だからこそ、その無力さと絶望を想像したのだろう。
彼女は、くちびるを強く噛みしめていた。
最後の壁画には、生き残ったドワーフたちが描かれていた。
彼らは涙を流しながら、地上へと続く通路を登っている。
そして、たった一人だけ王様が玉座に残り都市を見守っていた。
「これが、この都市が誰もいない場所になった理由……。」
壁画を見終えた俺たちは、重い気持ちで黙り込んだ。
この場所には、俺たちが考えていたような宝探しの物語とは違う、悲しい歴史が眠っていたのだ。
通路のつきあたりには、豪華な飾りの扉があった。
俺たちがその扉を押すと、ギィ、と重い音を立てて開く。
扉の先は、とても広い玉座の間だった。
天井は高く、巨大な水晶の柱が何本も立っている。
床には赤いじゅうたんが敷かれていた。
その先には、この都市の王様のものと思われる立派な玉座が置いてある。
そして、その玉座には一体の白骨が座っていた。
壁画に描かれていたのと同じ、王冠をかぶっている。
深く腰掛けたままの姿で、残されていたのだ。
その骨の手には、古びた革の日記が大切そうに抱えられていた。
俺は、静かにその玉座へと近づいた。
王様の亡骸に一度おじぎをして、そっと日記を手に取る。
表紙はほこりをかぶっていたが、中の紙は奇跡的に綺麗な状態だった。
書かれているのは、俺には読めない古代のドワーフ文字だ。
でも、俺には【神の眼】がある。
俺が日記に意識を集中させると、その文字の意味が頭の中に直接流れ込んできた。
『わたしの名は、ゴルドル。このヴォルカノンを治めた最後の王である。』
そんな一文から、その日記は始まっていた。
俺は、リナにも聞こえるように書かれていた内容をゆっくりと読み上げていく。
日記に書かれていたのは、壁画に描かれた悲劇の、より詳しい記録だった。
彼らが見つけたオリハルコンは、ドワーフたちに大きな豊かさをもたらした。
しかし、その採掘には悪い代償があった。
オリハルコン鉱脈のさらに深い場所に、邪悪な存在が封印されていたのだ。
その存在は、この星の生命力である『地脈』を汚すものだった。
その名は、『タルタロス・ウォーム』という。
ドワーフたちが鉱石を掘りすぎたせいで、その封印がゆるんでしまった。
そして、眠っていた災いが目覚めてしまったのだ。
タルタロス・ウォームが放つ毒の霧は、大地を腐らせる死の毒だった。
どんな薬も、どんな治癒の力もその毒の前では役に立たなかった。
都市は、死の街になってしまった。
王は、とても苦しい決断をした。
まだ毒に汚されていない子供たちや、若いドワーフたちを地上へ逃がすことにしたのだ。
そして、自分自身と年老いた家来たちはこの都市に残る。
タルタロス・ウォームが地上へ出ていかないように、最後の力で封印をすることにした。
『我らは、未来への種を地上へと託した。』
いつか、我らの子孫、あるいは我らの意志を継ぐ勇者が現れるだろう。
『そして、この大地をきれいにして、我らの故郷を再び光の下へ戻してくれると信じている。』
日記は、そう締めくくられていた。
そして、最後のページには一枚の地図がはさまっている。
『これを読むであろう、未来の勇者へ。』
タルタロス・ウォームの毒の霧をきれいにできるのは、聖なる泉から湧き出る『大地の雫』だけだ。
『しかし、その雫を手に入れるには、我らドワーフの祖先が地上に残した『三つの試練』を乗り越えなければならない。』
そして、真の勇者として認められる必要がある。
地図には、その三つの試練の場所が示されていた。
それぞれ、『知恵の神殿』と『力の祭壇』、『勇気の霊峰』と書かれている。
どれも、このラトスの街からそう遠くない場所にあるようだ。
『試練を乗り越え、大地の雫を手に入れてほしい。』
このヴォルカノンを、どうか救ってくれ。
『我らがほこる宝、オリハルコンの鉱脈はその先にあるだろう。』
日記を読み終えた時、俺たちは新たな目的を手にしていた。
それは、とても大きな目的だった。
ヴォルカノンを救うこと、それはただの宝探しではない。
一つの文明が残した、最後の希望を背負う使命だった。
「カイさん……。」
リナが、決意をこめた目で俺を見ている。
その瞳は、少しだけ潤んでいた。
「やりましょう。いえ、やらなければいけません。」
この都市を、このままにはしておけません。
「ああ、そうだな。」
俺も、リナと全く同じ気持ちだった。
それに、オリハルコンを手に入れるにはこのクエストをクリアするしかない。
「まずは、一度地上に戻ろう。」
そして、この三つの試練に挑戦するんだ。
俺たちは、ドワーフ王の亡骸にもう一度深くおじぎをした。
そして、玉座の間を後にした。
悲劇の都市ヴォルカノン、その王の日記は絶望だけを残したわけではなかった。
それは、未来へと確かにつながる道しるべだった。
俺とリナは、その道しるべを頼りに新たな冒険へ一歩を踏み出した。
俺たちが通ってきた城門の前で、それらは目を覚ます。
長い眠りから覚めたように、石の目を赤く光らせていた。
そして、こちらに明らかな敵意を向けている。
目の前で動き出したのは、石でできたゴーレムが五体だ。
一体ずつの迫力は、坑道で戦ったゴーレムほどではない。
しかし、ここは数が多い。
周りには隠れる場所も少ない広場なので、囲まれたら大変なことになるだろう。
「カイさん!」
リナが、緊張した声で俺の名前を呼んだ。
彼女はとっさに俺の前に出て、盾を構える。
父から譲り受けたという、アイギスの盾だった。
その小さな背中が、俺を守ろうと固い意志を示している。
その姿を見て、俺の胸は熱くなった。
「大丈夫だ、リナ。落ち着いてくれ。」
俺は彼女の肩を軽く叩き、冷静になるように言った。
そして迫ってくるゴーレムたちを、【神の眼】で鑑定する。
――――――――――――――――
【名前】ヴォルカノン・ガーディアン
【しゅるい】都市を守るための自動人形
【じゃくてん】両肩に埋め込まれた水晶と、背中の中央にある模様。
【こうどう】敵を見つけたら、みんなで協力して取り囲む。そして、その大きな腕で押しつぶすのが目的だ。一体ずつの判断は、あまり得意ではない。
【じょうほう】古代のドワーフが、都市の警備のためにたくさん作ったゴーレム。一体の強さは、Bランクモンスターと同じくらいだ。
――――――――――――――――
Bランクと同じ強さの敵が、五体もいる。
普通の冒険者パーティーなら、命がけの戦いになるだろう。
でも、俺たちにとっては違う。
弱点も行動も、すべてがはっきりと見えている。
これは戦いというより、解き方のある問題に近かった。
「リナ、防御だけに集中してくれ。」
どんな攻撃が来ても、絶対にそこを動かないでほしい。
「アイギスの盾を、信じるんだ。」
「はい!」
リナの力強い返事を聞いて、俺はミスリルダガーを抜いた。
ゴ、ゴ、ゴ、と地面を揺らす音がする。
五体のゴーレムが、俺たちを半円の形に囲むように動き出す。
そして、正面にいた一体が、巨大な石の腕を振り上げた。
「来ます!」
リナが、そう叫んだ。
振り下ろされた拳は、ものすごい力を持っていた。
リナの小柄な体など、一発で砕いてしまいそうだ。
ドゴォォォン!!
大きな音とともに、ゴーレムの拳が盾に叩きつけられた。
その衝撃で、周りの石だたみが砕けて砂ぼこりが舞う。
しかし、信じられないことにリナは一歩も動いていない。
盾の表面には、うすい光の膜が浮かんでいた。
ゴーレムの力一杯の一撃を、完全に防いでいたのだ。
「えっ……!?」
俺ではなく、リナ自身が盾の性能に一番驚いているようだった。
「すごい……。全然、衝撃が来ません!」
それに、なんだか力が湧いてくる感じがします。
盾の能力である、『魔力変換』が発動しているのだ。
受けた衝撃が、リナ自身の魔力に変わっていく。
これなら、戦いが長くなっても彼女の魔力がなくなることはないだろう。
「よし! そのまま、他のゴーレムの攻撃も引きつけてくれ!」
「はい、お任せください!」
一体の攻撃が全く効かないのを見て、残りの四体もリナに襲いかかった。
左右から同時に腕を振るったり、頭の上から叩きつけたりする。
しかし、その全ての攻撃は盾が放つ光の膜に止められた。
リナに、傷一つ付けることができない。
敵の全ての意識が、リナに向いている今がチャンスだった。
俺にとって、これ以上ない絶好の機会だ。
俺は息を殺して、一体のゴーレムの背後に回り込んだ。
そして背中の中央にある模様をめがけて、ミスリルダガーを深く突き立てる。
ズブリ、という鈍い音がした。
模様を壊されたゴーレムは、全身を一度大きく震わせた。
そして、関節から力が抜けたようにその場に崩れ落ちる。
そのまま、二度と動かなくなった。
「一体、倒した!」
俺はすぐに、次のゴーレムに向かう。
ゴーレムたちは、仲間が一体やられたことにも気づいていない。
ひたすらリナに、意味のない攻撃を繰り返していた。
鑑定で分かった、「判断が得意ではない」という情報は正しかった。
二人目の背後を取り、同じように制御するための模様を壊す。
三人目は、振り上げた腕の死角にもぐりこんだ。
そして高くジャンプして、肩の水晶をダガーの柄で砕いた。
四人目と五人目も、同じやり方で倒していく。
それは、もはや戦闘と呼べるものではなかった。
どちらかといえば、作業に近いものだった。
全てのゴーレムが動きを止めるのに、一分もかからなかった。
広場には、また静けさが戻ってきた。
動かなくなったゴーレムの残骸だけが、そこに転がっている。
「はぁ……はぁ……カイさん、すごいです……。」
リナが、興奮した様子で駆け寄ってきた。
彼女は、まだ盾の力と目の前で起きたことが信じられないようだ。
「いや、リナの防御があったからだよ。」
最高の盾役だったと、俺は思う。
俺がそう言って笑うと、リナは少し照れたように顔を赤くした。
俺たちが、ゴーレムを全て倒したその時だった。
ゴゴゴゴゴ……。
広場の中央に立つ、巨大なドワーフ王の石像がゆっくりと動き始めた。
俺たちは攻撃されるのかと身構えたが、石像は攻撃してこない。
ただ、その巨大な体で台座をずらした。
すると、その下から地下へと続く隠し階段が現れたのだ。
「これは……。」
俺は【神の眼】で、その階段を鑑定してみた。
『【じょうほう】ヴォルカノン王城の、玉座の間に続く隠し通路。この都市の本当の歴史と、未来への希望が眠っている。』
「行ってみよう。何か、この都市の謎が解けるかもしれない。」
俺たちは、その地下通路へと足を踏み入れた。
通路は、ひんやりとした空気が流れていた。
壁には、たいまつを置くための燭台が並んでいる。
俺が火をつけると、通路の全体が明るくなった。
その壁一面に、とても大きな壁画が描かれていたのだ。
「わあ……、綺麗です……。」
リナが、感動したような声を上げる。
壁画は、この都市の歴史を伝えるものだった。
最初の壁画には、ドワーフたちが力を合わせて都市を造る様子が描かれていた。
たくましい男たちがハンマーを振るい、女たちがたくさんの食事を運ぶ。
子供たちが、その周りを元気に駆け回っていた。
誰もが、誇りと喜びに満ちた顔をしている。
次の壁画では、彼らが地下深くで輝く鉱石を見つけていた。
おそらく、オリハルコンだろう。
ドワーフたちは、それを見てとても喜んでいた。
しかし、物語はそこから大きく変わる。
次の壁画に描かれていたのは、恐ろしい魔物の姿だった。
地底から現れた、巨大なミミズのような魔物だ。
その魔物が吐き出す黒い毒の霧が、都市を覆っていく。
毒の霧に触れたドワーフの肌は、黒く変色していた。
苦しそうな顔で、次々と倒れていく。
助けようとする仲間もまた、毒の霧にやられていく地獄のような絵だった。
リナは治癒師だからこそ、その無力さと絶望を想像したのだろう。
彼女は、くちびるを強く噛みしめていた。
最後の壁画には、生き残ったドワーフたちが描かれていた。
彼らは涙を流しながら、地上へと続く通路を登っている。
そして、たった一人だけ王様が玉座に残り都市を見守っていた。
「これが、この都市が誰もいない場所になった理由……。」
壁画を見終えた俺たちは、重い気持ちで黙り込んだ。
この場所には、俺たちが考えていたような宝探しの物語とは違う、悲しい歴史が眠っていたのだ。
通路のつきあたりには、豪華な飾りの扉があった。
俺たちがその扉を押すと、ギィ、と重い音を立てて開く。
扉の先は、とても広い玉座の間だった。
天井は高く、巨大な水晶の柱が何本も立っている。
床には赤いじゅうたんが敷かれていた。
その先には、この都市の王様のものと思われる立派な玉座が置いてある。
そして、その玉座には一体の白骨が座っていた。
壁画に描かれていたのと同じ、王冠をかぶっている。
深く腰掛けたままの姿で、残されていたのだ。
その骨の手には、古びた革の日記が大切そうに抱えられていた。
俺は、静かにその玉座へと近づいた。
王様の亡骸に一度おじぎをして、そっと日記を手に取る。
表紙はほこりをかぶっていたが、中の紙は奇跡的に綺麗な状態だった。
書かれているのは、俺には読めない古代のドワーフ文字だ。
でも、俺には【神の眼】がある。
俺が日記に意識を集中させると、その文字の意味が頭の中に直接流れ込んできた。
『わたしの名は、ゴルドル。このヴォルカノンを治めた最後の王である。』
そんな一文から、その日記は始まっていた。
俺は、リナにも聞こえるように書かれていた内容をゆっくりと読み上げていく。
日記に書かれていたのは、壁画に描かれた悲劇の、より詳しい記録だった。
彼らが見つけたオリハルコンは、ドワーフたちに大きな豊かさをもたらした。
しかし、その採掘には悪い代償があった。
オリハルコン鉱脈のさらに深い場所に、邪悪な存在が封印されていたのだ。
その存在は、この星の生命力である『地脈』を汚すものだった。
その名は、『タルタロス・ウォーム』という。
ドワーフたちが鉱石を掘りすぎたせいで、その封印がゆるんでしまった。
そして、眠っていた災いが目覚めてしまったのだ。
タルタロス・ウォームが放つ毒の霧は、大地を腐らせる死の毒だった。
どんな薬も、どんな治癒の力もその毒の前では役に立たなかった。
都市は、死の街になってしまった。
王は、とても苦しい決断をした。
まだ毒に汚されていない子供たちや、若いドワーフたちを地上へ逃がすことにしたのだ。
そして、自分自身と年老いた家来たちはこの都市に残る。
タルタロス・ウォームが地上へ出ていかないように、最後の力で封印をすることにした。
『我らは、未来への種を地上へと託した。』
いつか、我らの子孫、あるいは我らの意志を継ぐ勇者が現れるだろう。
『そして、この大地をきれいにして、我らの故郷を再び光の下へ戻してくれると信じている。』
日記は、そう締めくくられていた。
そして、最後のページには一枚の地図がはさまっている。
『これを読むであろう、未来の勇者へ。』
タルタロス・ウォームの毒の霧をきれいにできるのは、聖なる泉から湧き出る『大地の雫』だけだ。
『しかし、その雫を手に入れるには、我らドワーフの祖先が地上に残した『三つの試練』を乗り越えなければならない。』
そして、真の勇者として認められる必要がある。
地図には、その三つの試練の場所が示されていた。
それぞれ、『知恵の神殿』と『力の祭壇』、『勇気の霊峰』と書かれている。
どれも、このラトスの街からそう遠くない場所にあるようだ。
『試練を乗り越え、大地の雫を手に入れてほしい。』
このヴォルカノンを、どうか救ってくれ。
『我らがほこる宝、オリハルコンの鉱脈はその先にあるだろう。』
日記を読み終えた時、俺たちは新たな目的を手にしていた。
それは、とても大きな目的だった。
ヴォルカノンを救うこと、それはただの宝探しではない。
一つの文明が残した、最後の希望を背負う使命だった。
「カイさん……。」
リナが、決意をこめた目で俺を見ている。
その瞳は、少しだけ潤んでいた。
「やりましょう。いえ、やらなければいけません。」
この都市を、このままにはしておけません。
「ああ、そうだな。」
俺も、リナと全く同じ気持ちだった。
それに、オリハルコンを手に入れるにはこのクエストをクリアするしかない。
「まずは、一度地上に戻ろう。」
そして、この三つの試練に挑戦するんだ。
俺たちは、ドワーフ王の亡骸にもう一度深くおじぎをした。
そして、玉座の間を後にした。
悲劇の都市ヴォルカノン、その王の日記は絶望だけを残したわけではなかった。
それは、未来へと確かにつながる道しるべだった。
俺とリナは、その道しるべを頼りに新たな冒険へ一歩を踏み出した。
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何故か追放された公爵令嬢や他の貴族の令嬢が集まってくるんだが?
俺は農家の4男だぞ?
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
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世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
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『今日も平和に暮らしたいだけなのに、スキルが増えていく主婦です』
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毎日ドタバタ、でもちょっと幸せな日々。
家事を終えて、趣味のゲームをしていた主婦・麻衣のスマホに、ある日突然「スキル習得」の謎メッセージが届く!?
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慌てて「レオン様、助けてください!!」と泣きついてくるが……
「ん? ちょっと待て。俺に無能って言ったの、どこのどいつだっけ?」
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