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ヴォルカノンから地上へと戻った俺たちは、まっすぐラトスの街へと向かった。
地下都市での出来事が、まるで遠い昔のことのように感じられる。
しかし、手にした王の日記と地図が、あれは現実だったのだと教えてくれた。
「まずは、ギルドに行こう。」
ポポロさんと、バルガンさんに話しておくべきだ。
「はい。きっと、力になってくれるはずです。」
俺たちは、まず冒険者ギルドへ行った。
幸い、鑑定士のポポロさんはギルドのカウンターの奥にいるようだ。
俺は受付の男の人に頼んで、彼を個室に呼んでもらった。
「おお、カイ殿。リナ殿もご無事で何よりです。」
して、あの廃坑の奥には何かありましたかな。
ポポロさんは、とても興味がある様子で尋ねてきた。
俺は彼に、ヴォルカノンの存在を話した。
そして、そこで何があったのかを短くまとめて説明する。
神造武具やオリハルコンといった、あまりにすごすぎる話は隠しておいた。
俺の話を聞き終えたポポロさんは、しばらくの間、言葉を失っていた。
いつもは本に埋もれている学者の顔が、みるみるうちに興奮で赤く染まっていく。
「なんと……。あの廃坑の奥に、伝説のドワーフ都市があったとは……。」
そして、そんな悲劇が眠っていたのですね。
彼は、一人の学者としてその事実に深く心を動かされているようだった。
指先が、興奮でかすかに震えている。
「ポポロさん、ドワーフの祖先が地上に残したという『三つの試練』について何か知りませんか。」
『知恵の神殿』と『力の祭壇』、『勇気の霊峰』という場所に心当たりはありますか。
俺が地図を見せながら尋ねると、ポポロさんは地図を穴が開くほど見つめた。
そして、あごに手をやって、ううむ、とうなる。
「その名前、確かに古い本の中で見たことがあるような……。」
ギルドの書庫を、もう一度すみずみまで調べてみましょう。
「何か分かるかもしれません。カイ殿、あなた方は歴史に残る大発見をされたのかもしれませんぞ。」
ポポロさんは、協力を約束してくれた。
その目は、何かを探し求める人の輝きに満ちていた。
次に、俺たちはバルガンの武具屋へと向かう。
彼にも同じように事情を話すと、この飾らないドワーフの末裔は目に涙を浮かべた。
工房の熱さとは違う、心の底からこみ上げる熱が彼の大きな体を震わせている。
「そうか……。わが同胞たちは、そんな悲しい運命だったのか……。」
だが、まだ希望はあったんだな……。
バルガンは、俺が持っていた地図を震える手で受け取った。
その指先が、まるで故郷の土に触れるかのように羊皮紙の上を優しくなぞる。
「『三つの試練』……。ああ、聞いたことがある。」
ドワーフの間に伝わる、ただの言い伝えだと思っていたが……。
「まさか、本当にあったとはな。」
「何か知っているのか、バルガンさん。」
「ああ。俺のじいさんの、そのまたじいさんの代から伝わる話だ。」
ドワーフの真の勇者だけが、その試練を乗り越えられる。
そして、大地の祝福を手にすることができる、と。
「カイの兄さん、あんたたちがその勇者になるって言うんだな。」
バルガンは、俺たちの肩を力強く叩いた。
その目には、仲間たちの未来を託す強い光が宿っている。
「協力させてくれ。試練に挑むための装備なら、俺が最高の物を用意してやる。」
金なんていらねえ。これは、ドワーフの誇りをかけた戦いだ。
ポポロさんと同じように、バルガンもまた俺たちの強力な味方になってくれた。
俺たちは、それから数日の間ラトスの街で準備を整えることにした。
ポポロさんはギルドの書庫にこもり、バルガンは工房で武具の調整をしてくれている。
俺とリナは、ポーションを買い足したり旅に必要な食料などを買いそろえたりした。
そんな中、街ではある噂がささやかれていた。
「おい、聞いたかよ。『紅蓮の剣』の連中、ついにAランクに下がったらしいぜ。」
「ああ、当然だろ。あのカイってやつを追い出してから、依頼の失敗が続いていたからな。」
ギルドの酒場で聞こえてくる会話に、俺は特に何も感じなかった。
自分たちが招いた結果だ。
俺にはもう、関係のない話だった。
「リーダーのアレックスってのが、やけになって無茶な依頼ばかり受けてたらしい。」
おかげで、パーティーはボロボロだ。
「魔術師のゼノと弓使いのサラは、見切りをつけてパーティーを抜けたって話だ。」
「残されたのは、リーダーとあの癒し手の子だけか。もう、『紅蓮の剣』もおしまいだな。」
ただ、隣に座るリナが少しだけ悲しそうな顔をしていた。
癒し手のリアが、心労で倒れたという噂も耳にしたからだろう。
同じ治癒師として、何か思うことがあるのかもしれない。
そして、準備を始めてから五日後のことだ。
ポポロさんとバルガンさんが、息を切らして俺たちの宿屋にやってきた。
「見つかりましたぞ、カイ殿。」
ポポロさんが、一冊の古い本を広げた。
そこには、『知恵の神殿』の内部の絵と、そこに仕掛けられた罠についての説明があった。
「バルガンの方も、準備はできたぜ。」
バルガンは、俺のミスリルダガーとリナの防具を差し出した。
どちらも完璧に手入れされて、さらにドワーフの技術で強くなっていた。
「二人とも、ありがとう。」
「礼には及ばん。兄さんたちこそ、気をつけてな。」
「わが同胞の未来を、頼んだぜ。」
俺たちは、二人の力強い励ましを受けた。
そして、ついに最初の試練の地『知恵の神殿』へと出発した。
地図が示す場所は、ラトスから北へ三日ほど歩いた深い森の奥にあった。
コケの生えた石だたみの道を進んでいくと、巨大な木々の間に神殿が見えてくる。
古代の石で造られた神殿が、その姿を現した。
ツタに覆われているが、その堂々とした雰囲気は失われていない。
「ここが、知恵の神殿……。」
俺たちは、神殿の入り口に立った。
中は薄暗く、どこかひんやりとした空気が流れている。
ポポロさんの情報によれば、この神殿は巨大な迷路になっているらしい。
一番奥の部屋に着くには、いくつもの謎を解かなければならないそうだ。
「行くぞ、リナ。」
「はい。」
神殿の内部は、まさに迷路だった。
いくつもの通路が、複雑に交差している。
どこも同じような景色が続いていて、普通の冒険者なら方向が分からなくなるだろう。
そして、すぐに道に迷ってしまうに違いない。
最初の分かれ道で、俺たちは二体の石像に迎えられた。
一体は天使の像で、もう一体は悪魔の像だ。
台座には、『我らのうち、一方は本当のことを言い、もう一方は嘘を言う。正しい道は、一つだけ』と刻まれている。
よくある、古典的な謎解きだった。
リナは「うーん、どっちでしょう……」と頭を悩ませている。
でも、俺には【神の眼】がある。
俺は、それぞれの石像を鑑定した。
『【天使の石像】じょうほう:この石像は、嘘をつくように作られている。』
『【悪魔の石像】じょうほう:この石像は、本当のことを言うように作られている。』
「悪魔の像に、天使の像が指す道を聞けばいい。」
「え?」
「悪魔は本当のことを言う。嘘つきの天使が指す道が嘘なのだから、その反対が正解だ。」
つまり、悪魔に『天使はどちらの道を指しますか』と聞けばいい。
「悪魔は正直に、『天使はあちらの道を指すでしょう』と答えるはずだ。」
それが嘘の道だから、俺たちはもう一方の道を行けばいい。
俺がそう説明すると、リナは目を丸くしていた。
「カイさん、すごいです。一瞬で……。」
いや、一瞬で鑑定しただけなのだが。
俺たちはその後も、次々と現れる謎解きを【神の眼】で一瞬のうちにクリアしていった。
床に並べられたパネルを踏んで進む部屋では、安全なパネルの情報を読み取る。
『【じょうほう】安全なパネルは、ドワーフの神々の星座の形に並んでいる。』
その情報のおかげで、一歩も間違えずに突破した。
壁に刻まれた古代文字の暗号を解く仕掛けでは、文字の意味そのものを鑑定する。
そして、すぐに答えを導き出した。
リナは、最初俺の謎解き能力にとても驚いていた。
しかし、途中からは半分あきれたように笑っていた。
「もう、カイさんがいればどんな謎も謎じゃありませんね……。」
そして、迷路を抜けた俺たちはついに一番奥の部屋に着いた。
そこは、円形の広間だった。
広間の中央には、一体の不思議な生き物が座っている。
ライオンの体に、ワシの翼、そして美しい女性の顔を持つ伝説の生き物だ。
「我は、この神殿の番人スフィンクス。」
よくぞここまでたどり着いた、挑戦者よ。
スフィンクスが、おごそかな声で言った。
「試練を乗り越えたくば、我が問いに答えるがよい。」
それは、この世の誰も解いたことのない究極のなぞなぞだ。
「もし答えられれば、汝に『知恵の証』を授けよう。」
だが、もし答えられなければ……その魂、我が食べ物とさせてもらう。
いよいよ、最後の試練のようだ。
「望むところだ。問題を出してくれ。」
俺がそう言うと、スフィンクスは満足そうにうなずいた。
「では問おう。朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足。これ、なーんだ?」
……え?
俺は、一瞬自分の耳を疑った。
あまりにも有名すぎる、古典的ななぞなぞだったからだ。
「……答えは、人間、だろ?」
俺がそう答えると、スフィンクスは「ぶっぶー! はずれー!」と甲高い声で叫んだ。
え、違うのか?
「正解はー、『朝に四本足の椅子から落ちて怪我をして、昼は松葉杖なしで頑張ったけど、夜はやっぱり痛いから三本目の足として松葉杖をつくことにした、運の悪いドワーフ』でしたー!」
残念! 魂、いただきまーす!
スフィンクスが、ガバッと口を開けて襲いかかってきた。
こいつ、ただふざけていただけのやつだったのか。
「リナ、援護を頼む!」
俺はすぐに、スフィンクスを【神の眼】で鑑定した。
『【名前】ガーディアン・スフィンクス(おふざけモード)
【じょうほう】古代ドワーフが作った、いたずら好きな自動人形。本当の試練は、こいつのふざけた攻撃をうまくかわし、動力炉を壊すこと。
【じゃくてん】喉の奥にある動力炉。大きな口を開けた時が、がら空きになる。
――――――――――――――――
「そういうことか!」
俺は、襲いかかってくるスフィンクスのあごを下から蹴り上げた。
巨大な口が、さらに大きく開かれる。
その喉の奥に、赤く光る動力炉が見えた。
俺はためらわずに、その光をめがけてミスリルダガーを投げつけた。
短剣は、吸い込まれるように喉の奥へと消えていく。
「おごごごご……!?」
スフィンクスは、変な声を上げた。
そして、その場でガクガクと震え始めた。
やがて、完全に動きを止めた。
「……終わった、のか?」
静かになった広間で俺がつぶやくと、動かなくなったスフィンクスの口から小さなメダルが落ちた。
俺がそれを拾い上げると、メダルが光を放ち頭の中に声が響いてくる。
『見事なり、挑戦者よ。』
ふざけた態度を見抜き、力で試練を乗り越えた汝にこれを授ける。
手の中のメダルは、『知恵の証』と刻まれた美しい銀のメダルに変わっていた。
どうやら、これも試練の一部だったらしい。
なんとも、趣味の悪いことだ。
「やりましたね、カイさん。」
「ああ。なんだか、納得いかないがな……。」
俺たちは、最初の試練を乗り越えて神殿を後にした。
手に入れた『知恵の証』は、不思議な温かさを持っている。
それが、俺たちの次の道を示しているようだった。
「次は、『力の祭壇』ですね。」
「ああ。地図によると、南の火山地帯だ。」
準備を整えて、向かうとしよう。
俺たちは、ラトスの街へと一度戻ることにした。
次の試練は、どんなものが待っているのだろうか。
スフィンクスのような、ふざけた番人でなければいいのだが。
そんなことを考えながら、俺たちは森の中を歩いていた。
リナが、ふと空を見上げてつぶやいた。
「なんだか、空が騒がしいですね。」
彼女の言う通り、空の上で何羽ものワイバーンが旋回していた。
その中の一体が、こちらに向かって急降下してくるのが見える。
その背中には、人の影が乗っていた。
「カイさん、あれは……。」
ワイバーンが、地上に降り立つ。
そして、その背中から降りてきたのは見覚えのある人物だった。
冷たい視線を持つ女、『紅蓮の剣』の弓使いサラだ。
彼女は、ひどく疲れきった様子だった。
その手には、ボロボロになった弓が握られている。
「カイ……見つけた……。」
彼女は、何かから逃げてきたように息を切らしていた。
そして、俺の顔を見るとすがるような目でこう言った。
「助けて……。アレックスが……リアが……!」
地下都市での出来事が、まるで遠い昔のことのように感じられる。
しかし、手にした王の日記と地図が、あれは現実だったのだと教えてくれた。
「まずは、ギルドに行こう。」
ポポロさんと、バルガンさんに話しておくべきだ。
「はい。きっと、力になってくれるはずです。」
俺たちは、まず冒険者ギルドへ行った。
幸い、鑑定士のポポロさんはギルドのカウンターの奥にいるようだ。
俺は受付の男の人に頼んで、彼を個室に呼んでもらった。
「おお、カイ殿。リナ殿もご無事で何よりです。」
して、あの廃坑の奥には何かありましたかな。
ポポロさんは、とても興味がある様子で尋ねてきた。
俺は彼に、ヴォルカノンの存在を話した。
そして、そこで何があったのかを短くまとめて説明する。
神造武具やオリハルコンといった、あまりにすごすぎる話は隠しておいた。
俺の話を聞き終えたポポロさんは、しばらくの間、言葉を失っていた。
いつもは本に埋もれている学者の顔が、みるみるうちに興奮で赤く染まっていく。
「なんと……。あの廃坑の奥に、伝説のドワーフ都市があったとは……。」
そして、そんな悲劇が眠っていたのですね。
彼は、一人の学者としてその事実に深く心を動かされているようだった。
指先が、興奮でかすかに震えている。
「ポポロさん、ドワーフの祖先が地上に残したという『三つの試練』について何か知りませんか。」
『知恵の神殿』と『力の祭壇』、『勇気の霊峰』という場所に心当たりはありますか。
俺が地図を見せながら尋ねると、ポポロさんは地図を穴が開くほど見つめた。
そして、あごに手をやって、ううむ、とうなる。
「その名前、確かに古い本の中で見たことがあるような……。」
ギルドの書庫を、もう一度すみずみまで調べてみましょう。
「何か分かるかもしれません。カイ殿、あなた方は歴史に残る大発見をされたのかもしれませんぞ。」
ポポロさんは、協力を約束してくれた。
その目は、何かを探し求める人の輝きに満ちていた。
次に、俺たちはバルガンの武具屋へと向かう。
彼にも同じように事情を話すと、この飾らないドワーフの末裔は目に涙を浮かべた。
工房の熱さとは違う、心の底からこみ上げる熱が彼の大きな体を震わせている。
「そうか……。わが同胞たちは、そんな悲しい運命だったのか……。」
だが、まだ希望はあったんだな……。
バルガンは、俺が持っていた地図を震える手で受け取った。
その指先が、まるで故郷の土に触れるかのように羊皮紙の上を優しくなぞる。
「『三つの試練』……。ああ、聞いたことがある。」
ドワーフの間に伝わる、ただの言い伝えだと思っていたが……。
「まさか、本当にあったとはな。」
「何か知っているのか、バルガンさん。」
「ああ。俺のじいさんの、そのまたじいさんの代から伝わる話だ。」
ドワーフの真の勇者だけが、その試練を乗り越えられる。
そして、大地の祝福を手にすることができる、と。
「カイの兄さん、あんたたちがその勇者になるって言うんだな。」
バルガンは、俺たちの肩を力強く叩いた。
その目には、仲間たちの未来を託す強い光が宿っている。
「協力させてくれ。試練に挑むための装備なら、俺が最高の物を用意してやる。」
金なんていらねえ。これは、ドワーフの誇りをかけた戦いだ。
ポポロさんと同じように、バルガンもまた俺たちの強力な味方になってくれた。
俺たちは、それから数日の間ラトスの街で準備を整えることにした。
ポポロさんはギルドの書庫にこもり、バルガンは工房で武具の調整をしてくれている。
俺とリナは、ポーションを買い足したり旅に必要な食料などを買いそろえたりした。
そんな中、街ではある噂がささやかれていた。
「おい、聞いたかよ。『紅蓮の剣』の連中、ついにAランクに下がったらしいぜ。」
「ああ、当然だろ。あのカイってやつを追い出してから、依頼の失敗が続いていたからな。」
ギルドの酒場で聞こえてくる会話に、俺は特に何も感じなかった。
自分たちが招いた結果だ。
俺にはもう、関係のない話だった。
「リーダーのアレックスってのが、やけになって無茶な依頼ばかり受けてたらしい。」
おかげで、パーティーはボロボロだ。
「魔術師のゼノと弓使いのサラは、見切りをつけてパーティーを抜けたって話だ。」
「残されたのは、リーダーとあの癒し手の子だけか。もう、『紅蓮の剣』もおしまいだな。」
ただ、隣に座るリナが少しだけ悲しそうな顔をしていた。
癒し手のリアが、心労で倒れたという噂も耳にしたからだろう。
同じ治癒師として、何か思うことがあるのかもしれない。
そして、準備を始めてから五日後のことだ。
ポポロさんとバルガンさんが、息を切らして俺たちの宿屋にやってきた。
「見つかりましたぞ、カイ殿。」
ポポロさんが、一冊の古い本を広げた。
そこには、『知恵の神殿』の内部の絵と、そこに仕掛けられた罠についての説明があった。
「バルガンの方も、準備はできたぜ。」
バルガンは、俺のミスリルダガーとリナの防具を差し出した。
どちらも完璧に手入れされて、さらにドワーフの技術で強くなっていた。
「二人とも、ありがとう。」
「礼には及ばん。兄さんたちこそ、気をつけてな。」
「わが同胞の未来を、頼んだぜ。」
俺たちは、二人の力強い励ましを受けた。
そして、ついに最初の試練の地『知恵の神殿』へと出発した。
地図が示す場所は、ラトスから北へ三日ほど歩いた深い森の奥にあった。
コケの生えた石だたみの道を進んでいくと、巨大な木々の間に神殿が見えてくる。
古代の石で造られた神殿が、その姿を現した。
ツタに覆われているが、その堂々とした雰囲気は失われていない。
「ここが、知恵の神殿……。」
俺たちは、神殿の入り口に立った。
中は薄暗く、どこかひんやりとした空気が流れている。
ポポロさんの情報によれば、この神殿は巨大な迷路になっているらしい。
一番奥の部屋に着くには、いくつもの謎を解かなければならないそうだ。
「行くぞ、リナ。」
「はい。」
神殿の内部は、まさに迷路だった。
いくつもの通路が、複雑に交差している。
どこも同じような景色が続いていて、普通の冒険者なら方向が分からなくなるだろう。
そして、すぐに道に迷ってしまうに違いない。
最初の分かれ道で、俺たちは二体の石像に迎えられた。
一体は天使の像で、もう一体は悪魔の像だ。
台座には、『我らのうち、一方は本当のことを言い、もう一方は嘘を言う。正しい道は、一つだけ』と刻まれている。
よくある、古典的な謎解きだった。
リナは「うーん、どっちでしょう……」と頭を悩ませている。
でも、俺には【神の眼】がある。
俺は、それぞれの石像を鑑定した。
『【天使の石像】じょうほう:この石像は、嘘をつくように作られている。』
『【悪魔の石像】じょうほう:この石像は、本当のことを言うように作られている。』
「悪魔の像に、天使の像が指す道を聞けばいい。」
「え?」
「悪魔は本当のことを言う。嘘つきの天使が指す道が嘘なのだから、その反対が正解だ。」
つまり、悪魔に『天使はどちらの道を指しますか』と聞けばいい。
「悪魔は正直に、『天使はあちらの道を指すでしょう』と答えるはずだ。」
それが嘘の道だから、俺たちはもう一方の道を行けばいい。
俺がそう説明すると、リナは目を丸くしていた。
「カイさん、すごいです。一瞬で……。」
いや、一瞬で鑑定しただけなのだが。
俺たちはその後も、次々と現れる謎解きを【神の眼】で一瞬のうちにクリアしていった。
床に並べられたパネルを踏んで進む部屋では、安全なパネルの情報を読み取る。
『【じょうほう】安全なパネルは、ドワーフの神々の星座の形に並んでいる。』
その情報のおかげで、一歩も間違えずに突破した。
壁に刻まれた古代文字の暗号を解く仕掛けでは、文字の意味そのものを鑑定する。
そして、すぐに答えを導き出した。
リナは、最初俺の謎解き能力にとても驚いていた。
しかし、途中からは半分あきれたように笑っていた。
「もう、カイさんがいればどんな謎も謎じゃありませんね……。」
そして、迷路を抜けた俺たちはついに一番奥の部屋に着いた。
そこは、円形の広間だった。
広間の中央には、一体の不思議な生き物が座っている。
ライオンの体に、ワシの翼、そして美しい女性の顔を持つ伝説の生き物だ。
「我は、この神殿の番人スフィンクス。」
よくぞここまでたどり着いた、挑戦者よ。
スフィンクスが、おごそかな声で言った。
「試練を乗り越えたくば、我が問いに答えるがよい。」
それは、この世の誰も解いたことのない究極のなぞなぞだ。
「もし答えられれば、汝に『知恵の証』を授けよう。」
だが、もし答えられなければ……その魂、我が食べ物とさせてもらう。
いよいよ、最後の試練のようだ。
「望むところだ。問題を出してくれ。」
俺がそう言うと、スフィンクスは満足そうにうなずいた。
「では問おう。朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足。これ、なーんだ?」
……え?
俺は、一瞬自分の耳を疑った。
あまりにも有名すぎる、古典的ななぞなぞだったからだ。
「……答えは、人間、だろ?」
俺がそう答えると、スフィンクスは「ぶっぶー! はずれー!」と甲高い声で叫んだ。
え、違うのか?
「正解はー、『朝に四本足の椅子から落ちて怪我をして、昼は松葉杖なしで頑張ったけど、夜はやっぱり痛いから三本目の足として松葉杖をつくことにした、運の悪いドワーフ』でしたー!」
残念! 魂、いただきまーす!
スフィンクスが、ガバッと口を開けて襲いかかってきた。
こいつ、ただふざけていただけのやつだったのか。
「リナ、援護を頼む!」
俺はすぐに、スフィンクスを【神の眼】で鑑定した。
『【名前】ガーディアン・スフィンクス(おふざけモード)
【じょうほう】古代ドワーフが作った、いたずら好きな自動人形。本当の試練は、こいつのふざけた攻撃をうまくかわし、動力炉を壊すこと。
【じゃくてん】喉の奥にある動力炉。大きな口を開けた時が、がら空きになる。
――――――――――――――――
「そういうことか!」
俺は、襲いかかってくるスフィンクスのあごを下から蹴り上げた。
巨大な口が、さらに大きく開かれる。
その喉の奥に、赤く光る動力炉が見えた。
俺はためらわずに、その光をめがけてミスリルダガーを投げつけた。
短剣は、吸い込まれるように喉の奥へと消えていく。
「おごごごご……!?」
スフィンクスは、変な声を上げた。
そして、その場でガクガクと震え始めた。
やがて、完全に動きを止めた。
「……終わった、のか?」
静かになった広間で俺がつぶやくと、動かなくなったスフィンクスの口から小さなメダルが落ちた。
俺がそれを拾い上げると、メダルが光を放ち頭の中に声が響いてくる。
『見事なり、挑戦者よ。』
ふざけた態度を見抜き、力で試練を乗り越えた汝にこれを授ける。
手の中のメダルは、『知恵の証』と刻まれた美しい銀のメダルに変わっていた。
どうやら、これも試練の一部だったらしい。
なんとも、趣味の悪いことだ。
「やりましたね、カイさん。」
「ああ。なんだか、納得いかないがな……。」
俺たちは、最初の試練を乗り越えて神殿を後にした。
手に入れた『知恵の証』は、不思議な温かさを持っている。
それが、俺たちの次の道を示しているようだった。
「次は、『力の祭壇』ですね。」
「ああ。地図によると、南の火山地帯だ。」
準備を整えて、向かうとしよう。
俺たちは、ラトスの街へと一度戻ることにした。
次の試練は、どんなものが待っているのだろうか。
スフィンクスのような、ふざけた番人でなければいいのだが。
そんなことを考えながら、俺たちは森の中を歩いていた。
リナが、ふと空を見上げてつぶやいた。
「なんだか、空が騒がしいですね。」
彼女の言う通り、空の上で何羽ものワイバーンが旋回していた。
その中の一体が、こちらに向かって急降下してくるのが見える。
その背中には、人の影が乗っていた。
「カイさん、あれは……。」
ワイバーンが、地上に降り立つ。
そして、その背中から降りてきたのは見覚えのある人物だった。
冷たい視線を持つ女、『紅蓮の剣』の弓使いサラだ。
彼女は、ひどく疲れきった様子だった。
その手には、ボロボロになった弓が握られている。
「カイ……見つけた……。」
彼女は、何かから逃げてきたように息を切らしていた。
そして、俺の顔を見るとすがるような目でこう言った。
「助けて……。アレックスが……リアが……!」
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そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。
しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。
そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで
ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。
追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。
だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。
『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』
不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。
そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。
その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。
前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。
但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。
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