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サラの言葉は、とても悲しい響きを帯びていた。
その表情は俺が知る、いつも冷静な弓使いのものではなかった。
ただ追い詰められて、最後の望みを託すような必死の顔だった。
「助けて、と言われてもな。俺はもう、お前たちと関係ない」
俺はわざと、冷たく言い放った。
今さら、どの口がそれを言うのか。
俺をゴミのように捨てたくせに、本当に都合が良すぎる。
「そんなこと言わないで、お願い。このままじゃ、二人とも死んでしまう」
サラは地面に膝をつき、俺に頭を下げた。
あのプライドの高かったサラが、こんなことをするなんて。
それほどの状況なのだと、嫌でも伝わってくる。
「カイさん、どうするの」
リナが、心配そうな顔で俺の袖を引いた。
彼女は、リアという同じ癒し手の身を心配しているのだろう。
その優しさは彼女の良いところだが、俺はまだ過去の仕打ちを許せるほど甘くはなかった。
「何があったのか、簡単に話せ」
「ゼノと私がパーティを抜けた後、アレックスはね、おかしくなったの。あなたの功績を認めず、全部自分の力だと信じていたわ。ギルドでの評価が下がるにつれて、彼のプライドはおかしくなっていったのよ」
サラは、途切れ途切れに事情を話し始めた。
彼女の話から、俺がいなくなった後の『紅蓮の剣』の悲惨な状況がよく分かった。
「彼は自分の力を証明しようと、無茶な依頼ばかり受けたの。そしてAランクへの降格が決まった日、ついに一番危険な『古竜の巣』の調査依頼を、リアだけを連れて受けてしまった」
「古竜の巣、だって?」
それは、この辺りでは最高レベルに難しい依頼の一つだ。
Sランクパーティでも、万全の準備がなければクリアは難しい。
それをたった二人で受けるなんて、自殺行為と変わらない。
「私はパーティを抜けたけど、リアのことだけは心配だった。手紙で、何度も止めたの。でもアレックスは聞かなくて、リアは彼を見捨てられなかった」
リアの人の良さが、悪い方向に出てしまったのか。
俺がいた時も、彼女はいつもアレックスの無茶を止めようとしていた。結局は、言いなりになっていたけど。
「今朝リアの使い魔が、血だらけで私のところに飛んできたの。『助けて』と、一言だけを伝えて。ギルドに助けを求めたけど、誰も危険な依頼を受けたがらないわ。それにワイバーンを操れる私が案内しないと、巣の場所まですぐにたどり着けない。だから、お願い」
だから、俺のところに来たというわけか。
俺なら、あの場所から二人を救い出せるかもしれない。
そう、判断したのだろう。
「カイ、あなたがどれほどの力を持っているのか、私には分からない。でも、あの時の自信は本物だった。それに、その子の装備もすごい。私たちなんかとは、もう比べ物にならない高みにいるわ。分かってる、こんなことを頼む資格がないことくらい」
サラは、涙声で訴え続けた。
俺は黙って、彼女の話を聞いていた。
胸の中では、複雑な気持ちが渦巻いていた。
あいつらがどうなろうと、知ったことではない。
だが目の前で頭を下げるサラと、リナの不安な表情を見ていると、嫌な結末しか思い浮かばなかった。
「リナ、お前はどうしたい?」
俺は、隣に立つ相棒に問いかけた。
この決断は、俺一人で下すべきではないからだ。
「私は、リアさんを助けたいです。彼女がどんな人かは、知りません。でも同じ癒し手として、仲間を見捨てられない気持ちは少し分かります。それに、カイさんを裏切った人たちだとしても、見殺しにしたらカイさんはきっと後で気にするはずです」
リナの言葉は、まるで俺の心を見ているようだった。
そうだ、俺はあいつらを憎んでいる。
だが、死んでほしいとまでは思っていなかった。
俺が望むのは、俺の価値を認めなかったあいつらが、俺の足元にも及ばないと理解することだ。そして、絶望と後悔に苦しみながら生きていくことだ。
死なれてしまっては、最高の復讐が完成しない。
「分かった、いいだろう」
俺は一つ、ため息をついた。
「助けに行ってやる、でも勘違いするな。お前たちのためじゃない、俺の気が済まないだけだ。それに、これは取引だ」
「取引、ですって?」
サラが、ゆっくりと顔を上げた。
「ああ、俺があいつらを助ける代わりだ。そこで手に入れたアイテムや素材は、全て俺が貰う。お前たちに、分け前はない。それでもいいな」
「ええ、もちろんよ。命さえ助けてもらえるなら、何もいらないわ」
「よし、決まりだ。案内しろサラ、時間はあまりないんだろ?」
俺がそう言うと、サラは「ありがとう、本当にありがとう」と何度も頭を下げた。そして、すぐにワイバーンの背に乗った。
「カイさん、私も行きます」
「当たり前だ、お前は俺の相棒だろ」
俺はリナを抱きかかえると、軽く跳び上がった。
そして、サラが乗るワイバーンの背中に飛び乗った。
「えっ、すごい」
サラは俺の身体能力に驚いていたが、今は説明している時間も惜しい。
「行け、全速力で」
俺の命令で、ワイバーンは翼を大きく羽ばたかせた。
そして、大空へと舞い上がった。
風を切り、眼下の景色がすごいスピードで流れていく。
古竜の巣があるという岩山は、ここからそう遠くないはずだ。
ワイバーンは一時間ほど飛び続け、やがて谷間へと降りていった。
そこは、鋭く切り立った岩山が連なる場所だった。
谷底には、巨大な洞窟の入り口が口を開けていた。
入り口の周りには、巨大な獣の骨が散らばっている。
ここが、古竜の巣に違いない。
「この奥よ、急いで」
ワイバーンから飛び降り、俺たちは洞窟の中へと駆け込んだ。
中は広く、道が入り組んでいる。
そして、あちこちで戦いの跡があった。
破壊された岩、地面に残る血の跡。
その血の跡は、洞窟の奥へと続いている。
俺は【神の眼】で、洞窟の内部と敵の位置を確かめた。
『この先、広間にて、アレックスとリアがモンスターと交戦中。ミノタウロス・ロード一体、ミノタウロス・ウォリアー五体だ。両者ともに、命も魔力も危険な状態。広間の天井はもろく、大きな衝撃で崩れる危険がある』
「リナ、サラ、急ぐぞ。あいつら、かなり危ない状況だ」
俺たちは洞窟の奥へと走り、開けた広間に出た。
そこで俺たちが見たのは、絶望的な光景だった。
「グオオオオオオッ」
広間の真ん中で、巨大な斧を振り回すミノタウロスの群れがいた。
二人の人間を、完全に取り囲んでいた。
一体だけ体が大きく、不気味なオーラを放つ個体がリーダーだろう。
そして、その攻撃を受けているのはボロボロの鎧を着たアレックスだった。
彼は聖剣『アスカロン』を杖代わりにして、かろうじて立っている。
彼の後ろには、リアの姿があった。
もはや魔力の光も消えた杖を握り、真っ青な顔で震えている。
「くそっ、この化け物が」
アレックスが、憎しみの声を上げる。
彼の聖剣は、ミノタウロスの硬い皮膚に弾かれていた。
傷一つ、付けられていない。
それどころか、何度も続く衝撃で剣そのものにヒビが入っていた。
「リア、回復を頼む」
「ごめんなさい、もう魔力が」
リアの声は、とてもか細く消え入りそうだ。
彼女の治癒の光は、もはや消えそうだった。
リーダー格のミノタウロス・ロードが、勝利を確信した。
そして、巨大な戦斧を天に掲げた。
最後の一撃を、振り下ろそうとしている。
アレックスもリアも、死を覚悟して目を閉じた。
その、瞬間だった。
「そこまでだ、やめておけ」
俺の声が、広間に響き渡った。
「か、カイなのか」
アレックスが、信じられないものを見る目でこちらを振り向いた。
リアも、サラも、ぼうぜんと俺たちの姿を見ている。
「な、なぜお前がここにいるんだ」
「お前を助けに来た覚えはない、ただの気まぐれだ。下がってろ、足手まといが」
俺はそう吐き捨てると、ミノタウロスの群れに向かった。
ゆっくりと、歩き出した。
「グモォォォッ」
ミノタウロスたちが、新たな侵入者である俺に気づいた。
そして、敵意をむき出しにする。
リーダー格が、俺に向かって突進してきた。
地響きを立てながら、巨体が迫ってくる。
その迫力に、サラが「危ない」と叫んだ。
だが、俺は一歩も動かない。
俺の前に、リナがすっと進み出た。
彼女はアイギスの盾を構え、静かに呪文を唱える。
「聖域の壁よ、我らを守れ」
リナの足元から、半透明の光のドームが広がった。
そして、俺たちを包み込んだ。
ミノタウロス・ロードの戦斧が、その光の壁に叩きつけられる。
ゴォォン、と重い衝撃音が響いた。
しかし、光の壁にはヒビ一つ入らない。
「なっ、なんだと」
今度は、アレックスが驚きの声を上げた。
彼が放つどんな防御の技よりも、はるかに強力な壁だ。
あの小柄な治癒師が、いとも簡単に展開したのだから。
「カイさん、援護しますね」
リナが、世界樹の若枝の杖を俺に向ける。
彼女から放たれた光が俺の体を包み、全身に力がみなぎった。
速さ、力、反応速度、その全てが数段階引き上げられるのを感じる。
「ああ、頼んだぞ」
俺はミスリルダガーを抜き放ち、壁の外に出た。
「さて、掃除を始めるとするか」
俺は、ミノタウロスたちを【神の眼】で鑑定する。
――――――――――――――――
【真名】ミノタウロス・ロード
【弱点】両膝の関節、眉間の奥にある魔石
【行動パターン】まっすぐな突進と、戦斧による大振りを繰り返す。怒ると攻撃が単純になる。
【所持武具】呪われた戦斧(聖なる力に強い)
――――――――――――――――
【真名】ミノタウロス・ウォリアー
【弱点】首筋の腱
【行動パターン】リーダーの指示に従い、協力して包囲攻撃をする。
――――――――――――――――
全ての情報が、はっきりと見えた。
俺はまず、周りのウォリアーから片付けることにした。
突進してきた一体目のミノタウロスの戦斧を、紙一重でかわす。
がら空きになった首筋に、ミスリルダガーを滑らせた。
アレックスの聖剣を弾いた硬い皮膚が、まるで果物のように、あっさりと切り裂かれる。
「グギッ、うそだろ」
悲鳴を上げる暇もなく、一体目が崩れ落ちた。
俺はその勢いのまま、二体目、三体目へと向かう。
奴らの協力パターンなど、全てお見通しだ。
一人が斧を振り上げれば、もう一人が横から攻撃してくる。
その動きの、さらに内側へと入る。
俺の姿は、まるで踊っているかのようだっただろう。
ミノタウロスたちの攻撃の隙間を駆け抜け、すれ違いざまに、首筋の腱だけを切り裂いていく。
一分も経たないうちに、五体のウォリアーは全て血の海に沈んだ。
「ば、かな、ありえない」
アレックスの口から、そんな言葉が漏れた。
彼がリアと共に、死ぬ気で戦っても倒せなかった相手だ。
それを俺が一人で、しかも無傷で、一瞬のうちに倒してしまったのだから。
「グルオオオオオオオッ」
仲間をやられ、ミノタウロス・ロードが怒り狂った。
目を血走らせ、戦斧をめちゃくちゃに振り回す。
そして、俺に向かって突進してくる。
「カイ、危ない。そいつの一撃は、聖剣でも防げないんだぞ」
アレックスが叫ぶ、だがその声はもはや俺には届いていない。
俺は迫る巨体から目を離さず、冷静にその動きを見極めた。
鑑定通り、怒り狂った攻撃はただの大振りだ。隙だらけだった。
俺は突進に合わせて、自分も前へと踏み込んだ。
そして振り下ろされる戦斧の腕の下をくぐり、その懐に潜り込む。
狙うは、弱点の一つである膝の関節だ。
俺は体重を乗せた一撃で、ミノタウロスの膝を横に切り払った。
ゴキッ、という鈍い音と共に巨体がバランスを崩す。
俺はその隙を逃さず、崩れ落ちるミノタウロスの体を駆け上がった。
そして、その眉間へと跳び上がった。
「これで、終わりだ」
俺は、眉間の奥にあるという魔石めがけて、ミスリルダガーを全力で突き立てた。
ズブリ、と硬い何かを砕く感触がした。
ミノタウロス・ロードの巨体から、力が抜けていくのが分かった。
その目は憎しみから驚きへと変わり、やがて光を失った。
大きな音を立てて、最後の敵が地に倒れた。
広間に、静けさが戻った。
残されたのは、たくさんのモンスターの死体と、立ち尽くす三人の元仲間。
そして、俺とリナだけだった。
「うそだろ、こんなの」
アレックスが、力なくその場に膝をついた。
彼のプライドは、今この瞬間、完全に砕け散ったことだろう。
自分が追い出した、ゴミスキル持ちの鑑定士。
その男が、自分では手も足も出なかった強敵を簡単に倒してしまった。
その現実が、彼には受け入れられないようだった。
リアは、ただ静かに涙を流していた。
俺の強さに、泣いているのではない。
俺の隣で、少しも怖がらずに的確な援護をこなし、誇らしげに立っているリナの姿。
自分が失ったものの大きさを、感じているのかもしれない。
サラは、感謝と恐れが入り混じったような目で俺を見つめていた。
俺は、三人の前まで歩いていく。
そして、冷たい声で言い放った。
「これが、お前たちが捨てたものの価値だ」
俺は倒したミノタウロス・ロードから、戦利品の巨大な魔石と戦斧を回収した。
他のミノタウロスからも、売れそうな素材は全て剥ぎ取っていく。
「さて取引通り、こいつらは全て俺が貰っていく。文句はないな」
誰も、何も言えなかった。
ただ、打ちのめされたようにうなだれている。
「リナ、治療を頼む。死なない程度でいい」
「はい、カイさん」
リナがリアの元へ駆け寄り、治癒の光を灯す。
その温かい光に、リアはさらに涙をこぼしていた。
俺は、もう用はないとばかりに彼らに背を向けた。
「二度と、俺の前にその顔を見せるな。次に会うことがあれば、その時は、ただの他人だ」
その言葉を最後に、俺たちは洞窟を後にした。
その表情は俺が知る、いつも冷静な弓使いのものではなかった。
ただ追い詰められて、最後の望みを託すような必死の顔だった。
「助けて、と言われてもな。俺はもう、お前たちと関係ない」
俺はわざと、冷たく言い放った。
今さら、どの口がそれを言うのか。
俺をゴミのように捨てたくせに、本当に都合が良すぎる。
「そんなこと言わないで、お願い。このままじゃ、二人とも死んでしまう」
サラは地面に膝をつき、俺に頭を下げた。
あのプライドの高かったサラが、こんなことをするなんて。
それほどの状況なのだと、嫌でも伝わってくる。
「カイさん、どうするの」
リナが、心配そうな顔で俺の袖を引いた。
彼女は、リアという同じ癒し手の身を心配しているのだろう。
その優しさは彼女の良いところだが、俺はまだ過去の仕打ちを許せるほど甘くはなかった。
「何があったのか、簡単に話せ」
「ゼノと私がパーティを抜けた後、アレックスはね、おかしくなったの。あなたの功績を認めず、全部自分の力だと信じていたわ。ギルドでの評価が下がるにつれて、彼のプライドはおかしくなっていったのよ」
サラは、途切れ途切れに事情を話し始めた。
彼女の話から、俺がいなくなった後の『紅蓮の剣』の悲惨な状況がよく分かった。
「彼は自分の力を証明しようと、無茶な依頼ばかり受けたの。そしてAランクへの降格が決まった日、ついに一番危険な『古竜の巣』の調査依頼を、リアだけを連れて受けてしまった」
「古竜の巣、だって?」
それは、この辺りでは最高レベルに難しい依頼の一つだ。
Sランクパーティでも、万全の準備がなければクリアは難しい。
それをたった二人で受けるなんて、自殺行為と変わらない。
「私はパーティを抜けたけど、リアのことだけは心配だった。手紙で、何度も止めたの。でもアレックスは聞かなくて、リアは彼を見捨てられなかった」
リアの人の良さが、悪い方向に出てしまったのか。
俺がいた時も、彼女はいつもアレックスの無茶を止めようとしていた。結局は、言いなりになっていたけど。
「今朝リアの使い魔が、血だらけで私のところに飛んできたの。『助けて』と、一言だけを伝えて。ギルドに助けを求めたけど、誰も危険な依頼を受けたがらないわ。それにワイバーンを操れる私が案内しないと、巣の場所まですぐにたどり着けない。だから、お願い」
だから、俺のところに来たというわけか。
俺なら、あの場所から二人を救い出せるかもしれない。
そう、判断したのだろう。
「カイ、あなたがどれほどの力を持っているのか、私には分からない。でも、あの時の自信は本物だった。それに、その子の装備もすごい。私たちなんかとは、もう比べ物にならない高みにいるわ。分かってる、こんなことを頼む資格がないことくらい」
サラは、涙声で訴え続けた。
俺は黙って、彼女の話を聞いていた。
胸の中では、複雑な気持ちが渦巻いていた。
あいつらがどうなろうと、知ったことではない。
だが目の前で頭を下げるサラと、リナの不安な表情を見ていると、嫌な結末しか思い浮かばなかった。
「リナ、お前はどうしたい?」
俺は、隣に立つ相棒に問いかけた。
この決断は、俺一人で下すべきではないからだ。
「私は、リアさんを助けたいです。彼女がどんな人かは、知りません。でも同じ癒し手として、仲間を見捨てられない気持ちは少し分かります。それに、カイさんを裏切った人たちだとしても、見殺しにしたらカイさんはきっと後で気にするはずです」
リナの言葉は、まるで俺の心を見ているようだった。
そうだ、俺はあいつらを憎んでいる。
だが、死んでほしいとまでは思っていなかった。
俺が望むのは、俺の価値を認めなかったあいつらが、俺の足元にも及ばないと理解することだ。そして、絶望と後悔に苦しみながら生きていくことだ。
死なれてしまっては、最高の復讐が完成しない。
「分かった、いいだろう」
俺は一つ、ため息をついた。
「助けに行ってやる、でも勘違いするな。お前たちのためじゃない、俺の気が済まないだけだ。それに、これは取引だ」
「取引、ですって?」
サラが、ゆっくりと顔を上げた。
「ああ、俺があいつらを助ける代わりだ。そこで手に入れたアイテムや素材は、全て俺が貰う。お前たちに、分け前はない。それでもいいな」
「ええ、もちろんよ。命さえ助けてもらえるなら、何もいらないわ」
「よし、決まりだ。案内しろサラ、時間はあまりないんだろ?」
俺がそう言うと、サラは「ありがとう、本当にありがとう」と何度も頭を下げた。そして、すぐにワイバーンの背に乗った。
「カイさん、私も行きます」
「当たり前だ、お前は俺の相棒だろ」
俺はリナを抱きかかえると、軽く跳び上がった。
そして、サラが乗るワイバーンの背中に飛び乗った。
「えっ、すごい」
サラは俺の身体能力に驚いていたが、今は説明している時間も惜しい。
「行け、全速力で」
俺の命令で、ワイバーンは翼を大きく羽ばたかせた。
そして、大空へと舞い上がった。
風を切り、眼下の景色がすごいスピードで流れていく。
古竜の巣があるという岩山は、ここからそう遠くないはずだ。
ワイバーンは一時間ほど飛び続け、やがて谷間へと降りていった。
そこは、鋭く切り立った岩山が連なる場所だった。
谷底には、巨大な洞窟の入り口が口を開けていた。
入り口の周りには、巨大な獣の骨が散らばっている。
ここが、古竜の巣に違いない。
「この奥よ、急いで」
ワイバーンから飛び降り、俺たちは洞窟の中へと駆け込んだ。
中は広く、道が入り組んでいる。
そして、あちこちで戦いの跡があった。
破壊された岩、地面に残る血の跡。
その血の跡は、洞窟の奥へと続いている。
俺は【神の眼】で、洞窟の内部と敵の位置を確かめた。
『この先、広間にて、アレックスとリアがモンスターと交戦中。ミノタウロス・ロード一体、ミノタウロス・ウォリアー五体だ。両者ともに、命も魔力も危険な状態。広間の天井はもろく、大きな衝撃で崩れる危険がある』
「リナ、サラ、急ぐぞ。あいつら、かなり危ない状況だ」
俺たちは洞窟の奥へと走り、開けた広間に出た。
そこで俺たちが見たのは、絶望的な光景だった。
「グオオオオオオッ」
広間の真ん中で、巨大な斧を振り回すミノタウロスの群れがいた。
二人の人間を、完全に取り囲んでいた。
一体だけ体が大きく、不気味なオーラを放つ個体がリーダーだろう。
そして、その攻撃を受けているのはボロボロの鎧を着たアレックスだった。
彼は聖剣『アスカロン』を杖代わりにして、かろうじて立っている。
彼の後ろには、リアの姿があった。
もはや魔力の光も消えた杖を握り、真っ青な顔で震えている。
「くそっ、この化け物が」
アレックスが、憎しみの声を上げる。
彼の聖剣は、ミノタウロスの硬い皮膚に弾かれていた。
傷一つ、付けられていない。
それどころか、何度も続く衝撃で剣そのものにヒビが入っていた。
「リア、回復を頼む」
「ごめんなさい、もう魔力が」
リアの声は、とてもか細く消え入りそうだ。
彼女の治癒の光は、もはや消えそうだった。
リーダー格のミノタウロス・ロードが、勝利を確信した。
そして、巨大な戦斧を天に掲げた。
最後の一撃を、振り下ろそうとしている。
アレックスもリアも、死を覚悟して目を閉じた。
その、瞬間だった。
「そこまでだ、やめておけ」
俺の声が、広間に響き渡った。
「か、カイなのか」
アレックスが、信じられないものを見る目でこちらを振り向いた。
リアも、サラも、ぼうぜんと俺たちの姿を見ている。
「な、なぜお前がここにいるんだ」
「お前を助けに来た覚えはない、ただの気まぐれだ。下がってろ、足手まといが」
俺はそう吐き捨てると、ミノタウロスの群れに向かった。
ゆっくりと、歩き出した。
「グモォォォッ」
ミノタウロスたちが、新たな侵入者である俺に気づいた。
そして、敵意をむき出しにする。
リーダー格が、俺に向かって突進してきた。
地響きを立てながら、巨体が迫ってくる。
その迫力に、サラが「危ない」と叫んだ。
だが、俺は一歩も動かない。
俺の前に、リナがすっと進み出た。
彼女はアイギスの盾を構え、静かに呪文を唱える。
「聖域の壁よ、我らを守れ」
リナの足元から、半透明の光のドームが広がった。
そして、俺たちを包み込んだ。
ミノタウロス・ロードの戦斧が、その光の壁に叩きつけられる。
ゴォォン、と重い衝撃音が響いた。
しかし、光の壁にはヒビ一つ入らない。
「なっ、なんだと」
今度は、アレックスが驚きの声を上げた。
彼が放つどんな防御の技よりも、はるかに強力な壁だ。
あの小柄な治癒師が、いとも簡単に展開したのだから。
「カイさん、援護しますね」
リナが、世界樹の若枝の杖を俺に向ける。
彼女から放たれた光が俺の体を包み、全身に力がみなぎった。
速さ、力、反応速度、その全てが数段階引き上げられるのを感じる。
「ああ、頼んだぞ」
俺はミスリルダガーを抜き放ち、壁の外に出た。
「さて、掃除を始めるとするか」
俺は、ミノタウロスたちを【神の眼】で鑑定する。
――――――――――――――――
【真名】ミノタウロス・ロード
【弱点】両膝の関節、眉間の奥にある魔石
【行動パターン】まっすぐな突進と、戦斧による大振りを繰り返す。怒ると攻撃が単純になる。
【所持武具】呪われた戦斧(聖なる力に強い)
――――――――――――――――
【真名】ミノタウロス・ウォリアー
【弱点】首筋の腱
【行動パターン】リーダーの指示に従い、協力して包囲攻撃をする。
――――――――――――――――
全ての情報が、はっきりと見えた。
俺はまず、周りのウォリアーから片付けることにした。
突進してきた一体目のミノタウロスの戦斧を、紙一重でかわす。
がら空きになった首筋に、ミスリルダガーを滑らせた。
アレックスの聖剣を弾いた硬い皮膚が、まるで果物のように、あっさりと切り裂かれる。
「グギッ、うそだろ」
悲鳴を上げる暇もなく、一体目が崩れ落ちた。
俺はその勢いのまま、二体目、三体目へと向かう。
奴らの協力パターンなど、全てお見通しだ。
一人が斧を振り上げれば、もう一人が横から攻撃してくる。
その動きの、さらに内側へと入る。
俺の姿は、まるで踊っているかのようだっただろう。
ミノタウロスたちの攻撃の隙間を駆け抜け、すれ違いざまに、首筋の腱だけを切り裂いていく。
一分も経たないうちに、五体のウォリアーは全て血の海に沈んだ。
「ば、かな、ありえない」
アレックスの口から、そんな言葉が漏れた。
彼がリアと共に、死ぬ気で戦っても倒せなかった相手だ。
それを俺が一人で、しかも無傷で、一瞬のうちに倒してしまったのだから。
「グルオオオオオオオッ」
仲間をやられ、ミノタウロス・ロードが怒り狂った。
目を血走らせ、戦斧をめちゃくちゃに振り回す。
そして、俺に向かって突進してくる。
「カイ、危ない。そいつの一撃は、聖剣でも防げないんだぞ」
アレックスが叫ぶ、だがその声はもはや俺には届いていない。
俺は迫る巨体から目を離さず、冷静にその動きを見極めた。
鑑定通り、怒り狂った攻撃はただの大振りだ。隙だらけだった。
俺は突進に合わせて、自分も前へと踏み込んだ。
そして振り下ろされる戦斧の腕の下をくぐり、その懐に潜り込む。
狙うは、弱点の一つである膝の関節だ。
俺は体重を乗せた一撃で、ミノタウロスの膝を横に切り払った。
ゴキッ、という鈍い音と共に巨体がバランスを崩す。
俺はその隙を逃さず、崩れ落ちるミノタウロスの体を駆け上がった。
そして、その眉間へと跳び上がった。
「これで、終わりだ」
俺は、眉間の奥にあるという魔石めがけて、ミスリルダガーを全力で突き立てた。
ズブリ、と硬い何かを砕く感触がした。
ミノタウロス・ロードの巨体から、力が抜けていくのが分かった。
その目は憎しみから驚きへと変わり、やがて光を失った。
大きな音を立てて、最後の敵が地に倒れた。
広間に、静けさが戻った。
残されたのは、たくさんのモンスターの死体と、立ち尽くす三人の元仲間。
そして、俺とリナだけだった。
「うそだろ、こんなの」
アレックスが、力なくその場に膝をついた。
彼のプライドは、今この瞬間、完全に砕け散ったことだろう。
自分が追い出した、ゴミスキル持ちの鑑定士。
その男が、自分では手も足も出なかった強敵を簡単に倒してしまった。
その現実が、彼には受け入れられないようだった。
リアは、ただ静かに涙を流していた。
俺の強さに、泣いているのではない。
俺の隣で、少しも怖がらずに的確な援護をこなし、誇らしげに立っているリナの姿。
自分が失ったものの大きさを、感じているのかもしれない。
サラは、感謝と恐れが入り混じったような目で俺を見つめていた。
俺は、三人の前まで歩いていく。
そして、冷たい声で言い放った。
「これが、お前たちが捨てたものの価値だ」
俺は倒したミノタウロス・ロードから、戦利品の巨大な魔石と戦斧を回収した。
他のミノタウロスからも、売れそうな素材は全て剥ぎ取っていく。
「さて取引通り、こいつらは全て俺が貰っていく。文句はないな」
誰も、何も言えなかった。
ただ、打ちのめされたようにうなだれている。
「リナ、治療を頼む。死なない程度でいい」
「はい、カイさん」
リナがリアの元へ駆け寄り、治癒の光を灯す。
その温かい光に、リアはさらに涙をこぼしていた。
俺は、もう用はないとばかりに彼らに背を向けた。
「二度と、俺の前にその顔を見せるな。次に会うことがあれば、その時は、ただの他人だ」
その言葉を最後に、俺たちは洞窟を後にした。
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すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
【改訂版アップ】10日間の異世界旅行~帰れなくなった二人の異世界冒険譚~
ばいむ
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10日間の異世界旅行~帰れなくなった二人の異世界冒険譚~
大筋は変わっていませんが、内容を見直したバージョンを追加でアップしています。単なる自己満足の書き直しですのでオリジナルを読んでいる人は見直さなくてもよいかと思います。主な変更点は以下の通りです。
話数を半分以下に統合。このため1話辺りの文字数が倍増しています。
説明口調から対話形式を増加。
伏線を考えていたが使用しなかった内容について削除。(龍、人種など)
別視点内容の追加。
剣と魔法の世界であるライハンドリア・・・。魔獣と言われるモンスターがおり、剣と魔法でそれを倒す冒険者と言われる人達がいる世界。
高校の休み時間に突然その世界に行くことになってしまった。この世界での生活は10日間と言われ、混乱しながらも楽しむことにしたが、なぜか戻ることができなかった。
特殊な能力を授かるわけでもなく、生きるための力をつけるには自ら鍛錬しなければならなかった。魔獣を狩り、いろいろな遺跡を訪ね、いろいろな人と出会った。何度か死にそうになったこともあったが、多くの人に助けられながらも少しずつ成長し、なんとか生き抜いた。
冒険をともにするのは同じく異世界に転移してきた女性・ジェニファー。彼女と出会い、ともに生き抜き、そして別れることとなった。
2021/06/27 無事に完結しました。
2021/09/10 後日談の追加を開始
2022/02/18 後日談完結しました。
2025/03/23 自己満足の改訂版をアップしました。
異世界あるある 転生物語 たった一つのスキルで無双する!え?【土魔法】じゃなくって【土】スキル?
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農民が土魔法を使って何が悪い?異世界あるある?前世の謎知識で無双する!
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・・・
・・
・
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