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洞窟の外に出ると、西の空が赤く染まり始めていた。
俺たちはサラが待たせていたワイバーンに乗り、ラトスの街へと帰ることにした。
ワイバーンの背中では、誰も口を開かなかった。
風を切る音だけが、耳元を通り過ぎていく。
眼下には夕闇に沈む森が広がり、遠くにラトスの街の灯りが見えていた。
重い空気が、俺たち三人を包んでいた。
俺は助けた、アレックスとリアのことを考えていた。
あの後、彼らはどうするのだろうか。
プライドを砕かれたリーダーと、彼を見捨てきれない癒し手。
もう冒険者としてやっていくのは、難しいだろう。
だが、それは俺の知ったことではなかった。
俺は俺の復讐を果たした、それだけで十分だった。
「カイさん、あの」
隣に座るリナが、そっと俺の袖を引いた。
その瞳には、心配の色が浮かんでいる。
「大丈夫ですか、疲れていませんか」
「ああ、問題ないさ」
俺が短く答えると、彼女はそれ以上何も聞かなかった。
ただ、黙って寄り添ってくれた。
その温かさが、張り詰めていた心を少しだけ和らげる。
ラトスの街に着いたのは、すっかり日が暮れた後だった。
俺たちは街の門の前で、ワイバーンから降りる。
サラは一言も話さず、俺たちに背を向けた。
そしてワイバーンを操り、夜の闇へと飛び去っていく。
その姿は、まるで過去の全てから逃げるように見えた。
「カイさん、あの人は」
リナが、心配そうに呟いた。
「さあな、あいつにもあいつの人生がある。俺たちが、どうこう言うことじゃない」
俺たちは宿屋に戻る前に、冒険者ギルドへ寄ることにした。
今日の戦利品を、お金に変えるためだ。
夜だというのに、ギルドの中は多くの冒負者で賑わっていた。
酒場は、一つの話題でとても盛り上がっていた。
「おい、聞いたか。『紅蓮の剣』の連中は、古竜の巣で全滅したって噂だぜ」
「本当かよ、あのSランクパーティがか。リーダーのアレックスも、可愛いリアちゃんもか」
「ああ、ギルドも助けを出そうとしたが、誰も行きたがらなくてな。もう絶望的だろうって話だ」
冒険者たちが、面白おかしく噂話をしている。
その時、俺たちがギルドの扉を開けて入ってきた。
騒がしかったギルドが、一瞬だけ静かになる。
いくつかの視線が、こちらに向けられる。
俺はそれを気にせず、カウンターへと進んだ。
そして、ゴトリと巨大なミノタウロスの頭部を置いた。
ギルドの中が、水を打ったように静かになった。
全ての視線が、カウンターの上のミノタウロスの頭と俺たちに注がれる。
酒場のざわめきが嘘のように消え、誰もが息をのんでこちらを見ていた。
「こ、これは、ミノタウロス・ロード。馬鹿な、古竜の巣にいたという、あの」
受付の男が、信じられないという顔で叫んだ。
その声が、静けさを破る合図となった。
「ああ、ついでにウォリアーも五体ほど片付けた。こいつらの素材、全部買い取ってくれ」
俺がそう言って、血の付いた素材の入った袋をいくつもカウンターに置いた。
すると、ギルド内は爆発したような興奮と驚きに包まれた。
「おい、まさか、カイが倒したのか」
「一人でか、いや、あの治癒師の子と二人でか」
「『紅蓮の剣』が全滅しかけた相手を、たった二人で倒したというのか」
すぐにポポロさんが、奥から駆けつけてきて鑑定を始めた。
その目は、学者としての好奇心で輝いている。
結果、ミノタウロス・ロードの魔石と戦斧、そしてその他の素材を合わせて金貨100枚になった。
とんでもない、破格の値段が付いた。
俺たちの所持金は、もはやちょっとした貴族と同じくらいになっていた。
大金を受け取り、俺たちがギルドを後にしようとした時だ。
入り口から、ボロボロの姿のアレックスとリアが入ってきた。
彼に、リアが肩を貸している。
その場にいた全員の視線が、彼らに突き刺さった。
「生きてたのか、あいつら」
誰かが、そう呟いた。
アレックスとリアは、ギルド中の冒険者から好奇心と哀れみの視線を向けられていた。
二人は、顔を上げられないようだった。
彼らが英雄だった時代は、完全に終わりを告げたのだ。
俺は彼らを一度も見ず、リナと共にギルドを出た。
翌日、俺たちが宿屋で朝食をとっていると、部屋の扉がノックされた。
そこに立っていたのは、サラだった。
彼女は一晩で何かを乗り越えたような、それでいてひどく疲れた顔をしていた。
「昨日は、その、ありがとう。それと、今まで本当に申し訳なかったわ」
彼女は俺とリナの前で、深々と頭を下げた。
「もういい、終わったことだ」
「カイ、私はもう冒険者を続けるつもりはないの。アレックスたちとも、もう会わない。ラトスを出て、どこか別の街で暮らそうと思う」
「そうか、それがいいだろう」
彼女の決意は、固いようだった。
その目には、かつての冷たさはない。
ただ、静かな諦めが浮かんでいる。
「その前に、一つだけあなたに渡したいものがあるの」
サラはそう言って、一冊の古い手帳を差し出した。
「これは私が集めてきた、世界各地のダンジョンや遺跡の罠に関するデータよ。あなたほどの力があれば、いらないかもしれない。でも、何かの役には立つかもしれないわ。私からの、せめてものお詫びだと思って受け取ってほしい」
俺は、その手帳を黙って受け取った。
罠のデータ、これは確かに役に立つかもしれない。
「分かった、受け取っておこう。元気でな、サラ」
「ええ、あなたたちもね」
サラはそう言うと、一度だけ振り返った。
そして、今度こそ本当に俺たちの前から去っていった。
「なんだか、色々ありましたね」
リナが、温かいお茶を飲みながらぽつりと言った。
「ああ、だがこれで過去との関係は全部なくなった。俺たちは、もう前だけを見て進めばいい」
俺たちは改めて、二つ目の試練の場所へ向かう準備を始めた。
まずは、バルガンの工房を訪ねる。
彼に、古竜の巣での一件とサラのことを話した。
「そうかい、色々あったんだな。だが、カイの兄さんの判断はいつでも正しい。俺は、そう信じてるぜ」
バルガンは、豪快に笑い飛ばしてくれた。
「それで『力の祭壇』なんだがな、爺さんの話じゃ、そこは灼熱の炎に包まれた場所らしい。普通の装備じゃ、中にいるだけで燃え尽きてしまうそうだ」
「火に強い装備が、必要になるということか」
「ああ、だが、あんたたちなら心配いらないか。兄さんの鎧はサラマンダーの革で、嬢ちゃんのローブは海竜の鱗だ。どちらも、最高の耐火性と耐水性を持ってる。まるで、その試練のために用意されたみたいだな」
俺の【神の眼】が、無意識のうちに未来の危険を予知した。
そして、最適な装備を選ばせていたのかもしれない。
「祭壇には、炎を司る何かがいるはずだ。気をつけてな、これを持っていくといい」
バルガンは、ドワーフの技術で作られた水筒をいくつか渡してくれた。
冷やす効果がある、特別な水筒だ。
心強い仲間たちの支援が、本当にありがたい。
俺たちはポポロさんとバルガンさんに見送られ、南の火山地帯へと出発した。
そこには、二つ目の試練の地『力の祭壇』があるという。
ラトスの街を出て、南へ向かう道を歩く。
街道を外れると、次第に緑が少なくなった。
地面は、黒い火山岩に覆われていった。
空気は熱を帯び、遠くには常に煙を上げる巨大な火山が見えている。
「すごい熱気ですね、暑いです」
リナが、ローブの袖で額の汗を拭った。
彼女が着ている『海竜の鱗のローブ』のおかげで、まだ耐えられている。
普通の服なら、とっくに倒れていただろう。
俺の『サラマンダーの革鎧』も、同様に熱をさえぎってくれている。
俺たちは火山地帯のふもとにある、小さな村で最後の準備を整えた。
ここは、火山から採れる珍しい鉱物を目当てにした鉱夫たちの村だった。
彼らから、火山の内部について少しだけ情報を聞くことができた。
「あの山は、神の山だ。怒らせると火を噴いて、何もかも焼き尽くしてしまう。中には、炎の主が住んでいるって話だ。興味本位で、近づかん方がいい」
鉱夫たちは、そう言って俺たちに忠告してくれた。
俺たちは忠告に礼を言うと、いよいよ火山の登山道へと足を踏み入れた。
道なき道を、ひたすら進む。
足元からは地面の熱が伝わり、時々地面の割れ目から熱い蒸気が噴き出していた。
「リナ、大丈夫か?」
「はい、このローブのおかげで平気です」
リナは新しい盾を構え、力強く答えた。
彼女はもう、俺に守られるだけのか弱い少女ではない。
共に戦う、頼もしいパートナーだ。
半日ほどかけて、俺たちは火山の八合目あたりまで登ってきた。
地図によれば『力の祭壇』は、この近くにあるはずだ。
だが見渡す限り、それらしい建物はない。
あるのは、荒れた岩と煮えたぎる溶岩が流れる川だけだ。
「どこにあるんでしょうか、祭壇は」
リナが、周りを見渡しながら言う。
俺は【神の眼】を、最大限に集中させた。
この熱い大地、その全てを鑑定する。
『【情報】前方100メートル、巨大な溶岩の滝。滝の裏側に、力の祭壇へと続く隠された洞窟の入り口がある』
「あったぞ、リナ。あっちだ」
俺が指さした先には、崖から真っ赤な溶岩が滝のように流れ落ちていた。
普通の人間なら、近づくことすらためらうだろう。
「あんな場所に、入り口があるのですか」
「ああ、行くぞ」
俺たちは、溶岩の滝へと近づいていく。
滝壺からは、ものすごい熱気が立ち上っていた。
リナがアイギスの盾を前に構え、聖域の壁を広げる。
光の壁が、俺たちを熱波から守ってくれた。
俺たちは光の壁に守られながら、滝の裏側へと回り込む。
するとそこには、岩壁をくり抜いて作られた巨大な洞窟の入り口が確かにあった。
「ここが、力の祭壇の入り口か」
洞窟の中からは、ゴウゴウという音が聞こえてくる。
まるで、巨大な獣の呼吸のようだ。
知恵の神殿とは、全く違う雰囲気だ。
ここは、純粋な力が支配する場所なのだろう。
俺たちは顔を見合わせ頷くと、覚悟を決めてその洞窟の中へと足を踏み入れた。
内部は、熱い空気と硫黄の匂いで満ちていた。
壁や地面は、溶岩が固まってできた黒い岩でできている。
その割れ目のあちこちから、赤い光が漏れていた。
道を進んでいくと、早速この場所の住人からの歓迎を受けた。
溶岩だまりの中から、モンスターが何体も姿を現したのだ。
全身が、炎でできた狼のような姿だった。
「グルルルル、邪魔だ」
炎の魔物、ヘルハウンドだ。
Bランク相当の、厄介な相手として知られている。
俺は、すぐに鑑定を行った。
『【真名】ヘルハウンド。弱点:水、氷の攻撃。額にあるコアを壊されると消滅する』
「リナ、防御を頼むぞ」
「はい、お任せください」
リNAが聖域の壁を広げ、ヘルハウンドの炎の息を防ぐ。
その隙に、俺はヘルハウンドの群れへと突っ込んだ。
水や氷の攻撃手段は、持っていない。
だが、問題はない。
弱点である額のコアを、直接叩けばいいだけの話だ。
リナの補助魔法で強化された俺の動きは、炎の狼たちが捉えられない速さだった。
俺は一体一体の懐に潜り込み、ミスリルダガーの柄で額のコアだけを砕いていく。
数分後、そこには一体のヘルハウンドも残っていなかった。
「さすがです、カイさん」
「この調子で、奥へ進むぞ」
洞窟の内部は、思った以上に広かった。
道は、複雑に入り組んでいる。
あちこちで、溶岩が川のように流れていた。
俺たちは次々と現れる炎のモンスターを倒しながら、慎重に奥へと進んでいった。
そしてついに、俺たちは最深部と思われる巨大なドーム状の空間にたどり着いた。
その空間の中央には、煮えたぎる溶岩の湖が広がっている。
その中心に、黒曜石で作られた巨大な祭壇が浮かんでいた。
祭壇の上には、何かがまつられている。
二つ目の証、『力の証』に違いない。
だがそこへたどり着くには、この溶岩の湖を渡らなければならない。
橋のようなものは、どこにも見当たらなかった。
俺がどうやって渡るか考えていると、湖の溶岩が盛り上がり始めた。
祭壇を、守るように。
そして中から、巨大な人型のモンスターがその姿を現した。
全身が、灼熱の溶岩でできている。
大きさは、アダマンタイト・ゴーレムと同じくらいだろうか。
その手には、溶岩から作り出した巨大な剣を握っている。
「我は、力の祭壇を守りし番人、イフリート。試練を望む者よ、我が力を超え、その資格を示してみせよ」
地の底から響くような重々しい声が、ドーム全体を震わせた。
知恵の神殿とは違い、今度の番人はふざけている様子は全くないようだった。
俺たちはサラが待たせていたワイバーンに乗り、ラトスの街へと帰ることにした。
ワイバーンの背中では、誰も口を開かなかった。
風を切る音だけが、耳元を通り過ぎていく。
眼下には夕闇に沈む森が広がり、遠くにラトスの街の灯りが見えていた。
重い空気が、俺たち三人を包んでいた。
俺は助けた、アレックスとリアのことを考えていた。
あの後、彼らはどうするのだろうか。
プライドを砕かれたリーダーと、彼を見捨てきれない癒し手。
もう冒険者としてやっていくのは、難しいだろう。
だが、それは俺の知ったことではなかった。
俺は俺の復讐を果たした、それだけで十分だった。
「カイさん、あの」
隣に座るリナが、そっと俺の袖を引いた。
その瞳には、心配の色が浮かんでいる。
「大丈夫ですか、疲れていませんか」
「ああ、問題ないさ」
俺が短く答えると、彼女はそれ以上何も聞かなかった。
ただ、黙って寄り添ってくれた。
その温かさが、張り詰めていた心を少しだけ和らげる。
ラトスの街に着いたのは、すっかり日が暮れた後だった。
俺たちは街の門の前で、ワイバーンから降りる。
サラは一言も話さず、俺たちに背を向けた。
そしてワイバーンを操り、夜の闇へと飛び去っていく。
その姿は、まるで過去の全てから逃げるように見えた。
「カイさん、あの人は」
リナが、心配そうに呟いた。
「さあな、あいつにもあいつの人生がある。俺たちが、どうこう言うことじゃない」
俺たちは宿屋に戻る前に、冒険者ギルドへ寄ることにした。
今日の戦利品を、お金に変えるためだ。
夜だというのに、ギルドの中は多くの冒負者で賑わっていた。
酒場は、一つの話題でとても盛り上がっていた。
「おい、聞いたか。『紅蓮の剣』の連中は、古竜の巣で全滅したって噂だぜ」
「本当かよ、あのSランクパーティがか。リーダーのアレックスも、可愛いリアちゃんもか」
「ああ、ギルドも助けを出そうとしたが、誰も行きたがらなくてな。もう絶望的だろうって話だ」
冒険者たちが、面白おかしく噂話をしている。
その時、俺たちがギルドの扉を開けて入ってきた。
騒がしかったギルドが、一瞬だけ静かになる。
いくつかの視線が、こちらに向けられる。
俺はそれを気にせず、カウンターへと進んだ。
そして、ゴトリと巨大なミノタウロスの頭部を置いた。
ギルドの中が、水を打ったように静かになった。
全ての視線が、カウンターの上のミノタウロスの頭と俺たちに注がれる。
酒場のざわめきが嘘のように消え、誰もが息をのんでこちらを見ていた。
「こ、これは、ミノタウロス・ロード。馬鹿な、古竜の巣にいたという、あの」
受付の男が、信じられないという顔で叫んだ。
その声が、静けさを破る合図となった。
「ああ、ついでにウォリアーも五体ほど片付けた。こいつらの素材、全部買い取ってくれ」
俺がそう言って、血の付いた素材の入った袋をいくつもカウンターに置いた。
すると、ギルド内は爆発したような興奮と驚きに包まれた。
「おい、まさか、カイが倒したのか」
「一人でか、いや、あの治癒師の子と二人でか」
「『紅蓮の剣』が全滅しかけた相手を、たった二人で倒したというのか」
すぐにポポロさんが、奥から駆けつけてきて鑑定を始めた。
その目は、学者としての好奇心で輝いている。
結果、ミノタウロス・ロードの魔石と戦斧、そしてその他の素材を合わせて金貨100枚になった。
とんでもない、破格の値段が付いた。
俺たちの所持金は、もはやちょっとした貴族と同じくらいになっていた。
大金を受け取り、俺たちがギルドを後にしようとした時だ。
入り口から、ボロボロの姿のアレックスとリアが入ってきた。
彼に、リアが肩を貸している。
その場にいた全員の視線が、彼らに突き刺さった。
「生きてたのか、あいつら」
誰かが、そう呟いた。
アレックスとリアは、ギルド中の冒険者から好奇心と哀れみの視線を向けられていた。
二人は、顔を上げられないようだった。
彼らが英雄だった時代は、完全に終わりを告げたのだ。
俺は彼らを一度も見ず、リナと共にギルドを出た。
翌日、俺たちが宿屋で朝食をとっていると、部屋の扉がノックされた。
そこに立っていたのは、サラだった。
彼女は一晩で何かを乗り越えたような、それでいてひどく疲れた顔をしていた。
「昨日は、その、ありがとう。それと、今まで本当に申し訳なかったわ」
彼女は俺とリナの前で、深々と頭を下げた。
「もういい、終わったことだ」
「カイ、私はもう冒険者を続けるつもりはないの。アレックスたちとも、もう会わない。ラトスを出て、どこか別の街で暮らそうと思う」
「そうか、それがいいだろう」
彼女の決意は、固いようだった。
その目には、かつての冷たさはない。
ただ、静かな諦めが浮かんでいる。
「その前に、一つだけあなたに渡したいものがあるの」
サラはそう言って、一冊の古い手帳を差し出した。
「これは私が集めてきた、世界各地のダンジョンや遺跡の罠に関するデータよ。あなたほどの力があれば、いらないかもしれない。でも、何かの役には立つかもしれないわ。私からの、せめてものお詫びだと思って受け取ってほしい」
俺は、その手帳を黙って受け取った。
罠のデータ、これは確かに役に立つかもしれない。
「分かった、受け取っておこう。元気でな、サラ」
「ええ、あなたたちもね」
サラはそう言うと、一度だけ振り返った。
そして、今度こそ本当に俺たちの前から去っていった。
「なんだか、色々ありましたね」
リナが、温かいお茶を飲みながらぽつりと言った。
「ああ、だがこれで過去との関係は全部なくなった。俺たちは、もう前だけを見て進めばいい」
俺たちは改めて、二つ目の試練の場所へ向かう準備を始めた。
まずは、バルガンの工房を訪ねる。
彼に、古竜の巣での一件とサラのことを話した。
「そうかい、色々あったんだな。だが、カイの兄さんの判断はいつでも正しい。俺は、そう信じてるぜ」
バルガンは、豪快に笑い飛ばしてくれた。
「それで『力の祭壇』なんだがな、爺さんの話じゃ、そこは灼熱の炎に包まれた場所らしい。普通の装備じゃ、中にいるだけで燃え尽きてしまうそうだ」
「火に強い装備が、必要になるということか」
「ああ、だが、あんたたちなら心配いらないか。兄さんの鎧はサラマンダーの革で、嬢ちゃんのローブは海竜の鱗だ。どちらも、最高の耐火性と耐水性を持ってる。まるで、その試練のために用意されたみたいだな」
俺の【神の眼】が、無意識のうちに未来の危険を予知した。
そして、最適な装備を選ばせていたのかもしれない。
「祭壇には、炎を司る何かがいるはずだ。気をつけてな、これを持っていくといい」
バルガンは、ドワーフの技術で作られた水筒をいくつか渡してくれた。
冷やす効果がある、特別な水筒だ。
心強い仲間たちの支援が、本当にありがたい。
俺たちはポポロさんとバルガンさんに見送られ、南の火山地帯へと出発した。
そこには、二つ目の試練の地『力の祭壇』があるという。
ラトスの街を出て、南へ向かう道を歩く。
街道を外れると、次第に緑が少なくなった。
地面は、黒い火山岩に覆われていった。
空気は熱を帯び、遠くには常に煙を上げる巨大な火山が見えている。
「すごい熱気ですね、暑いです」
リナが、ローブの袖で額の汗を拭った。
彼女が着ている『海竜の鱗のローブ』のおかげで、まだ耐えられている。
普通の服なら、とっくに倒れていただろう。
俺の『サラマンダーの革鎧』も、同様に熱をさえぎってくれている。
俺たちは火山地帯のふもとにある、小さな村で最後の準備を整えた。
ここは、火山から採れる珍しい鉱物を目当てにした鉱夫たちの村だった。
彼らから、火山の内部について少しだけ情報を聞くことができた。
「あの山は、神の山だ。怒らせると火を噴いて、何もかも焼き尽くしてしまう。中には、炎の主が住んでいるって話だ。興味本位で、近づかん方がいい」
鉱夫たちは、そう言って俺たちに忠告してくれた。
俺たちは忠告に礼を言うと、いよいよ火山の登山道へと足を踏み入れた。
道なき道を、ひたすら進む。
足元からは地面の熱が伝わり、時々地面の割れ目から熱い蒸気が噴き出していた。
「リナ、大丈夫か?」
「はい、このローブのおかげで平気です」
リナは新しい盾を構え、力強く答えた。
彼女はもう、俺に守られるだけのか弱い少女ではない。
共に戦う、頼もしいパートナーだ。
半日ほどかけて、俺たちは火山の八合目あたりまで登ってきた。
地図によれば『力の祭壇』は、この近くにあるはずだ。
だが見渡す限り、それらしい建物はない。
あるのは、荒れた岩と煮えたぎる溶岩が流れる川だけだ。
「どこにあるんでしょうか、祭壇は」
リナが、周りを見渡しながら言う。
俺は【神の眼】を、最大限に集中させた。
この熱い大地、その全てを鑑定する。
『【情報】前方100メートル、巨大な溶岩の滝。滝の裏側に、力の祭壇へと続く隠された洞窟の入り口がある』
「あったぞ、リナ。あっちだ」
俺が指さした先には、崖から真っ赤な溶岩が滝のように流れ落ちていた。
普通の人間なら、近づくことすらためらうだろう。
「あんな場所に、入り口があるのですか」
「ああ、行くぞ」
俺たちは、溶岩の滝へと近づいていく。
滝壺からは、ものすごい熱気が立ち上っていた。
リナがアイギスの盾を前に構え、聖域の壁を広げる。
光の壁が、俺たちを熱波から守ってくれた。
俺たちは光の壁に守られながら、滝の裏側へと回り込む。
するとそこには、岩壁をくり抜いて作られた巨大な洞窟の入り口が確かにあった。
「ここが、力の祭壇の入り口か」
洞窟の中からは、ゴウゴウという音が聞こえてくる。
まるで、巨大な獣の呼吸のようだ。
知恵の神殿とは、全く違う雰囲気だ。
ここは、純粋な力が支配する場所なのだろう。
俺たちは顔を見合わせ頷くと、覚悟を決めてその洞窟の中へと足を踏み入れた。
内部は、熱い空気と硫黄の匂いで満ちていた。
壁や地面は、溶岩が固まってできた黒い岩でできている。
その割れ目のあちこちから、赤い光が漏れていた。
道を進んでいくと、早速この場所の住人からの歓迎を受けた。
溶岩だまりの中から、モンスターが何体も姿を現したのだ。
全身が、炎でできた狼のような姿だった。
「グルルルル、邪魔だ」
炎の魔物、ヘルハウンドだ。
Bランク相当の、厄介な相手として知られている。
俺は、すぐに鑑定を行った。
『【真名】ヘルハウンド。弱点:水、氷の攻撃。額にあるコアを壊されると消滅する』
「リナ、防御を頼むぞ」
「はい、お任せください」
リNAが聖域の壁を広げ、ヘルハウンドの炎の息を防ぐ。
その隙に、俺はヘルハウンドの群れへと突っ込んだ。
水や氷の攻撃手段は、持っていない。
だが、問題はない。
弱点である額のコアを、直接叩けばいいだけの話だ。
リナの補助魔法で強化された俺の動きは、炎の狼たちが捉えられない速さだった。
俺は一体一体の懐に潜り込み、ミスリルダガーの柄で額のコアだけを砕いていく。
数分後、そこには一体のヘルハウンドも残っていなかった。
「さすがです、カイさん」
「この調子で、奥へ進むぞ」
洞窟の内部は、思った以上に広かった。
道は、複雑に入り組んでいる。
あちこちで、溶岩が川のように流れていた。
俺たちは次々と現れる炎のモンスターを倒しながら、慎重に奥へと進んでいった。
そしてついに、俺たちは最深部と思われる巨大なドーム状の空間にたどり着いた。
その空間の中央には、煮えたぎる溶岩の湖が広がっている。
その中心に、黒曜石で作られた巨大な祭壇が浮かんでいた。
祭壇の上には、何かがまつられている。
二つ目の証、『力の証』に違いない。
だがそこへたどり着くには、この溶岩の湖を渡らなければならない。
橋のようなものは、どこにも見当たらなかった。
俺がどうやって渡るか考えていると、湖の溶岩が盛り上がり始めた。
祭壇を、守るように。
そして中から、巨大な人型のモンスターがその姿を現した。
全身が、灼熱の溶岩でできている。
大きさは、アダマンタイト・ゴーレムと同じくらいだろうか。
その手には、溶岩から作り出した巨大な剣を握っている。
「我は、力の祭壇を守りし番人、イフリート。試練を望む者よ、我が力を超え、その資格を示してみせよ」
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・
【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】
こうして剛史は新た生を異世界で受けた。
そして何も思い出す事なく10歳に。
そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。
スキルによって一生が決まるからだ。
最低1、最高でも10。平均すると概ね5。
そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。
しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。
そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで
ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。
追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。
だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。
『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』
不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。
そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。
その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。
前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。
但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。
転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。
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