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目の前に立つ、灼熱の巨人。
その威圧感は、純粋な破壊の化身としての恐怖を放っていた。
坑道で戦ったゴーレムとは、また質の違うものだった。
溶岩の体から発せられる熱波が、リナの聖域の壁越しにまで伝わる。
空気が陽炎のように揺らぎ、呼吸をするだけで喉が焼けそうであった。
「カイさん、危ないです!」
リナが緊張した声で、俺を呼んだ。
彼女の額にも、玉の汗が浮かんでいた。
無理もないことで、あれほどの存在を前にしては普通でいられない。
「大丈夫だリナ、いつも通り俺の指示を信じろ」
俺は彼女を落ち着かせると、ミスリルダガーを構えた。
そして目の前の番人を、冷静に鑑定した。
脳裏に流れ込んでくる情報を、一言一句見逃さずに分析する。
イフリートという名の、大精霊。
胸部に存在するマグマコアが、こいつの弱点らしい。
コアは超高熱の溶岩装甲で覆われ、物理攻撃はほぼ効かないようだ。
一定量の水か冷気属性の攻撃を当てれば、装甲を一時的に固化させられる。
固化した装甲は、物理攻撃で破壊できるらしい。
攻撃方法は、溶岩の大剣や溶岩弾など。
動きは大振りで、予測はしやすいようだ。
なるほど、簡単にはいかない相手だ。
弱点はあるが、そこにたどり着くには手順が必要になる。
今の俺たちに、水や冷気で攻撃する直接的な手段はない。
「資格を示せ、か。面白いじゃないか」
俺は不敵に笑い、イフリートに向かって言った。
「あんたを倒せば、文句はないんだろうな?」
「フン、賢い人間め。できるものなら、やってみるがいい!」
イフリートが叫び、溶岩の湖からその巨体を現した。
俺たちのいる岩場まで、溶岩をかき分けながら近づいてくる。
一歩踏み出すごとに、周囲の気温がさらに上がっていった。
「リナ、お前のローブの力を試す時が来た」
「え、ローブの力ですか?」
リナは不思議そうな顔で、自分のローブを見下ろした。
「ああ、そのローブはただの防具じゃない。
海竜の力が宿っていて、意識を集中させれば水を操れるはずだ」
これも神の眼で、鑑定した際に得ていた情報だ。
今まで言う機会がなかったが、今こそがその時であった。
「分かりました、やってみます!」
リナは戸惑いながらも、世界樹の若枝の杖を構えて目を閉じた。
ローブに意識を集中させ、奥に眠る力を引き出そうと試みる。
その間にも、イフリートは目の前まで迫っていた。
「死の灰となれ!」
巨大な溶岩の剣が、俺たちの頭上から振り下ろされる。
ものすごい風圧と熱気だが、俺の目には攻撃の軌道がはっきり見えた。
「リナ、右に三歩だ!」
俺は叫びながら、リナの腕を引いて攻撃をよけた。
轟音と共に、さっきまで俺たちがいた場所の岩が溶けていく。
「カイさん!」
「集中しろ、俺が時間を稼ぐ!」
俺はリナをかばうように前に出て、一人でイフリートと向き合った。
イフリートの攻撃は、一撃一撃が必殺の威力を持っている。
しかしその分、動きは大きい。
全ての動きが、事前に俺の頭の中に流れ込んでくる。
俺は猛牛をあしらう闘牛士のように、イフリートの猛攻をかわし続けた。
紙一重で攻撃を避け、時にはその腕を駆け上がって飛び降りる。
俺の動きに翻弄され、イフリートは次第にイライラしていった。
「ちょこまかと、うっとうしいわ!」
「すごい、カイさんがあの巨体を一人で」
後方で見ていたリナが、呆然とつぶやいているのが聞こえる。
彼女は俺が稼いだ時間の中で、必死にローブの力と向き合っていた。
「リナ、まだか!」
「はい、今です!」
リナが目を開くと、彼女の手のひらの上に水球が浮かんでいた。
バスケットボールほどの大きさで、ローブの青い模様が淡く光っている。
「やりました、カイさん!」
「よくやった、狙うは奴の胸だ!俺が隙を作る!」
俺はイフリートの足元に駆け寄り、ミスリルダガーでその足首を切りつけた。
もちろん、ダメージは全くない。
だが注意をこちらに引きつけるには、十分だった。
「小賢しい!」
イフリートが俺を踏み潰そうと、巨大な足を振り上げる。
その動きで、胸部が無防備にさらされた。
「今だ、リナ!」
「はいっ!」
リナが放った水球が、一直線にイフリートの胸部へと飛んでいく。
ジュウウウウッという激しい音と共に、水球が蒸発した。
白い水蒸気が、勢いよく立ち上った。
イフリートの胸部を覆っていた灼熱の溶岩が、黒い岩のように変色している。
「効いている、すごいぞ!」
「続けろリナ、あと数発だ!」
俺は再びイフリートの注意を引きつけ、リナが攻撃する隙を作り続ける。
イフリートも馬鹿ではなく、リナの攻撃が厄介だと気づいたようだ。
そしてターゲットを、彼女に変えようとする。
「させるか!」
俺は冷却水筒を抜き、中身をミスリルダガーに振りかけた。
刀身が、白い冷気をまとった。
ドワーフの技術が詰まった冷却水で、一瞬だが絶大な効果を発揮する。
イフリートがリナに溶岩弾を吐こうとした瞬間、俺は跳躍した。
そしてその顔面を、冷気の刃で切り裂いた。
「グオッ!」
致命傷にはならないが、視界をふさがれてイフリートがひるむ。
その隙を逃さず、リナの二発目と三発目の水球が命中した。
ついに胸部を覆っていた溶岩装甲が黒く固まり、中心のコアが姿を現す。
心臓のように脈動する、赤いマグマ・コアだ。
「よし!」
俺は固化した胸部の装甲を足場にして、一気に駆け上がった。
そしてむき出しになったマグマ・コアめがけて、ミスリルダガーを突き立てる。
ズンッと、重い手応え。
短剣の刃が、コアに深く食い込んでいった。
「グオオオオオオオオッ!」
イフリートが、今までで一番のすさまじい絶叫を上げた。
ドーム全体が、その声でビリビリと震える。
これで終わりか、と思った瞬間だった。
イフリートの全身から、これまでとは比べ物にならない熱いオーラが噴き出した。
「人間ごときが、我を本気にさせたな!」
イフリートの体が、一回り大きくふくれ上がる。
全身の溶岩は赤を通り越し、白に近いほどの輝きを放ち始めた。
俺が突き立てたミスリルダガーは、コアから弾き飛ばされてしまう。
俺はとっさに、後方へ跳躍して距離を取った。
「カイさん!」
「奴は姿を変えたぞ、気をつけろ!」
形態変化、それはより強力になったということだ。
俺がつけた傷も、周囲の溶岩が流れ込みすぐに塞がってしまった。
「塵も残さず、燃やし尽くしてやる!」
イフリートの動きが、さっきまでとは比較にならないほど速くなっていた。
巨大な溶岩の剣が、残像をともなって俺を襲う。
リナの強化がなければ、回避できなかっただろう。
さらに溶岩の湖全体が活性化し、あちこちから溶岩の間欠泉が噴き出す。
俺たちの足場は、どんどん狭くなっていく。
「くっ、これではまずいぞ!」
これまでの戦い方は、もう通用しない。
もっと、強力な一撃が必要だ。
「リナ、もっと大きな水の塊は作れないか!奴の全身を冷やせるくらいの!」
俺が叫ぶと、リナは唇をかみ締めた。
「やってみます、でも少しだけ時間をください!」
彼女は再びその場に膝をつき、祈るように杖を握りしめた。
全魔力を、ローブの力と合わせようとしているのだ。
治癒師である彼女にとって、それは命を削る行為に近いのかもしれない。
「任せろ、絶対に指一本触れさせない」
俺はリナの前に立ち、迫りくるイフリートと再び向き合った。
ここからは俺一人の力で、時間を稼がなければならない。
「死ねぇっ!」
イフリートの猛攻が、嵐のように俺に襲いかかる。
剣による斬撃や拳による殴打、足元からの溶岩噴出。
その全てを、俺は神の眼による未来予知だけでしのぎ続けた。
一分が、まるで一時間のように感じられる。
集中力が、極限まで研ぎ澄まされていった。
「まだか、リナ!」
「あ、あと少しです!」
リナの周囲に、膨大な水の力が集まってきているのが肌で感じられた。
空間が、水の密度で歪んでいる。
イフリートも、リナが何かとんでもないことをしようとしているのに気づいた。
「させるかぁっ!」
イフリートは俺を無視し、リナに向かって特大の溶岩弾を撃とうとした。
その口元に、太陽のような光が集まっていく。
まずい、あれを撃たれたらリナは防ぎきれない。
俺は最後の手段として、背負っていた鞄からヘパイストスの槌を取り出した。
「うおおおおおっ!」
俺は神の槌を両手で握りしめ、地面に思い切り叩きつけた。
ドゴォォンという轟音と共に、地面に亀裂が走った。
俺たちの足場の一部が、大きく盛り上がった。
俺はその即席の壁を盾にして、溶岩弾の直撃からリナを守った。
壁は一瞬で溶かされたが、時間は稼げた。
「カイさん、行きます!」
振り返ると、そこには巨大な水球を頭上に浮かべたリナの姿があった。
俺の背丈ほどもある、大きな水球だ。
彼女の顔は真っ青で、立っているのがやっとのようだった。
だがその瞳には、強い意志の光が宿っていた。
「いけぇぇぇぇっ!」
リナが叫びと共に、その巨大な水球をイフリートに向かって解き放った。
水球は、すさまじい勢いで飛んでいきイフリートの巨体に直撃する。
ジュウウウウウウウッ、という音が響き渡った。
ドーム内が、一瞬で真っ白な水蒸気に包まれた。
視界が完全に奪われ、水と溶岩がぶつかり合う音が耳をつんざく。
どれくらいの、時間が経っただろうか。
やがて水蒸気が晴れていき、目の前の光景が明らかになった。
そこには、全身が黒い岩と化して動きを止めたイフリートの姿があった。
まるで、巨大な黒曜石の彫像のようだ。
「やった、のか?」
俺がつぶやいた、その時だった。
固まったイフリートの全身に、ピシピシと亀裂が走り始めた。
胸部のコアだけが、まだ赤い光を失わずに脈動しているのが見えた。
まだ、終わっていない。
「リナ、大丈夫か!」
「はい、なんとか」
リナは、その場に崩れ落ちそうになっていた。
俺はすぐに彼女の元へ駆け寄り、その体を支える。
「よくやった、あとは俺に任せろ」
俺はリナを安全な場所へ寝かせると、ミスリルダガーを拾い上げた。
そして再び、固まったイフリートへと向かった。
もう、邪魔するものは何もない。
俺は、イフリートの体を駆け上がり胸部へとたどり着いた。
最後の力を振り絞り、まだ光を放つマグマ・コアにミスリルダガーを突き立てる。
パリン、とガラスが砕けるような乾いた音が響いた。
マグマ・コアは完全に砕け散り、その光を失った。
次の瞬間、イフリートの巨体は足元からサラサラと黒い砂のように崩れ落ちる。
やがて、そこには何も残らなかった。
静寂が戻ったドームで、俺は荒い息をついた。
すると目の前の溶岩の湖が、ゆっくりと鎮まっていった。
中央の祭壇へと続く、光り輝く道が現れた。
「終わったんだ、な」
俺は、リナの元へと戻った。
彼女はひどく疲れた様子だったが、俺の顔を見ると安心したようにほほ笑んだ。
「カイさん、勝ちましたね」
「ああ、お前のおかげだリナ。最高の援護だった」
俺は彼女を抱きかかえると、光の道を渡り中央の祭壇へと向かった。
祭壇の上には、炎のような赤い宝石が埋め込まれた黄金のメダルがあった。
俺がそのメダルに手を伸ばした瞬間、メダルは強い光を放ち俺の体に吸い込まれる。
そして頭の中に、威厳のある声が響いた。
『汝の力、確かに見届けた。勇者よ、二つ目の証である力の証を受け取るがよい』
全身に、力がみなぎってくるのを感じた。
今までよりも、体が軽くて強くなったのが分かる。
これが、力の証の効果か。
『力を認められし者』という、新しい称号も獲得した。
俺は腕の中でぐったりとしている、リナを見下ろした。
彼女の寝顔は、とても安らかだった。
俺は、手に入れた力の証を握りしめる。
知恵の証と同じように、このメダルも最後の試練の地を示しているようだった。
その威圧感は、純粋な破壊の化身としての恐怖を放っていた。
坑道で戦ったゴーレムとは、また質の違うものだった。
溶岩の体から発せられる熱波が、リナの聖域の壁越しにまで伝わる。
空気が陽炎のように揺らぎ、呼吸をするだけで喉が焼けそうであった。
「カイさん、危ないです!」
リナが緊張した声で、俺を呼んだ。
彼女の額にも、玉の汗が浮かんでいた。
無理もないことで、あれほどの存在を前にしては普通でいられない。
「大丈夫だリナ、いつも通り俺の指示を信じろ」
俺は彼女を落ち着かせると、ミスリルダガーを構えた。
そして目の前の番人を、冷静に鑑定した。
脳裏に流れ込んでくる情報を、一言一句見逃さずに分析する。
イフリートという名の、大精霊。
胸部に存在するマグマコアが、こいつの弱点らしい。
コアは超高熱の溶岩装甲で覆われ、物理攻撃はほぼ効かないようだ。
一定量の水か冷気属性の攻撃を当てれば、装甲を一時的に固化させられる。
固化した装甲は、物理攻撃で破壊できるらしい。
攻撃方法は、溶岩の大剣や溶岩弾など。
動きは大振りで、予測はしやすいようだ。
なるほど、簡単にはいかない相手だ。
弱点はあるが、そこにたどり着くには手順が必要になる。
今の俺たちに、水や冷気で攻撃する直接的な手段はない。
「資格を示せ、か。面白いじゃないか」
俺は不敵に笑い、イフリートに向かって言った。
「あんたを倒せば、文句はないんだろうな?」
「フン、賢い人間め。できるものなら、やってみるがいい!」
イフリートが叫び、溶岩の湖からその巨体を現した。
俺たちのいる岩場まで、溶岩をかき分けながら近づいてくる。
一歩踏み出すごとに、周囲の気温がさらに上がっていった。
「リナ、お前のローブの力を試す時が来た」
「え、ローブの力ですか?」
リナは不思議そうな顔で、自分のローブを見下ろした。
「ああ、そのローブはただの防具じゃない。
海竜の力が宿っていて、意識を集中させれば水を操れるはずだ」
これも神の眼で、鑑定した際に得ていた情報だ。
今まで言う機会がなかったが、今こそがその時であった。
「分かりました、やってみます!」
リナは戸惑いながらも、世界樹の若枝の杖を構えて目を閉じた。
ローブに意識を集中させ、奥に眠る力を引き出そうと試みる。
その間にも、イフリートは目の前まで迫っていた。
「死の灰となれ!」
巨大な溶岩の剣が、俺たちの頭上から振り下ろされる。
ものすごい風圧と熱気だが、俺の目には攻撃の軌道がはっきり見えた。
「リナ、右に三歩だ!」
俺は叫びながら、リナの腕を引いて攻撃をよけた。
轟音と共に、さっきまで俺たちがいた場所の岩が溶けていく。
「カイさん!」
「集中しろ、俺が時間を稼ぐ!」
俺はリナをかばうように前に出て、一人でイフリートと向き合った。
イフリートの攻撃は、一撃一撃が必殺の威力を持っている。
しかしその分、動きは大きい。
全ての動きが、事前に俺の頭の中に流れ込んでくる。
俺は猛牛をあしらう闘牛士のように、イフリートの猛攻をかわし続けた。
紙一重で攻撃を避け、時にはその腕を駆け上がって飛び降りる。
俺の動きに翻弄され、イフリートは次第にイライラしていった。
「ちょこまかと、うっとうしいわ!」
「すごい、カイさんがあの巨体を一人で」
後方で見ていたリナが、呆然とつぶやいているのが聞こえる。
彼女は俺が稼いだ時間の中で、必死にローブの力と向き合っていた。
「リナ、まだか!」
「はい、今です!」
リナが目を開くと、彼女の手のひらの上に水球が浮かんでいた。
バスケットボールほどの大きさで、ローブの青い模様が淡く光っている。
「やりました、カイさん!」
「よくやった、狙うは奴の胸だ!俺が隙を作る!」
俺はイフリートの足元に駆け寄り、ミスリルダガーでその足首を切りつけた。
もちろん、ダメージは全くない。
だが注意をこちらに引きつけるには、十分だった。
「小賢しい!」
イフリートが俺を踏み潰そうと、巨大な足を振り上げる。
その動きで、胸部が無防備にさらされた。
「今だ、リナ!」
「はいっ!」
リナが放った水球が、一直線にイフリートの胸部へと飛んでいく。
ジュウウウウッという激しい音と共に、水球が蒸発した。
白い水蒸気が、勢いよく立ち上った。
イフリートの胸部を覆っていた灼熱の溶岩が、黒い岩のように変色している。
「効いている、すごいぞ!」
「続けろリナ、あと数発だ!」
俺は再びイフリートの注意を引きつけ、リナが攻撃する隙を作り続ける。
イフリートも馬鹿ではなく、リナの攻撃が厄介だと気づいたようだ。
そしてターゲットを、彼女に変えようとする。
「させるか!」
俺は冷却水筒を抜き、中身をミスリルダガーに振りかけた。
刀身が、白い冷気をまとった。
ドワーフの技術が詰まった冷却水で、一瞬だが絶大な効果を発揮する。
イフリートがリナに溶岩弾を吐こうとした瞬間、俺は跳躍した。
そしてその顔面を、冷気の刃で切り裂いた。
「グオッ!」
致命傷にはならないが、視界をふさがれてイフリートがひるむ。
その隙を逃さず、リナの二発目と三発目の水球が命中した。
ついに胸部を覆っていた溶岩装甲が黒く固まり、中心のコアが姿を現す。
心臓のように脈動する、赤いマグマ・コアだ。
「よし!」
俺は固化した胸部の装甲を足場にして、一気に駆け上がった。
そしてむき出しになったマグマ・コアめがけて、ミスリルダガーを突き立てる。
ズンッと、重い手応え。
短剣の刃が、コアに深く食い込んでいった。
「グオオオオオオオオッ!」
イフリートが、今までで一番のすさまじい絶叫を上げた。
ドーム全体が、その声でビリビリと震える。
これで終わりか、と思った瞬間だった。
イフリートの全身から、これまでとは比べ物にならない熱いオーラが噴き出した。
「人間ごときが、我を本気にさせたな!」
イフリートの体が、一回り大きくふくれ上がる。
全身の溶岩は赤を通り越し、白に近いほどの輝きを放ち始めた。
俺が突き立てたミスリルダガーは、コアから弾き飛ばされてしまう。
俺はとっさに、後方へ跳躍して距離を取った。
「カイさん!」
「奴は姿を変えたぞ、気をつけろ!」
形態変化、それはより強力になったということだ。
俺がつけた傷も、周囲の溶岩が流れ込みすぐに塞がってしまった。
「塵も残さず、燃やし尽くしてやる!」
イフリートの動きが、さっきまでとは比較にならないほど速くなっていた。
巨大な溶岩の剣が、残像をともなって俺を襲う。
リナの強化がなければ、回避できなかっただろう。
さらに溶岩の湖全体が活性化し、あちこちから溶岩の間欠泉が噴き出す。
俺たちの足場は、どんどん狭くなっていく。
「くっ、これではまずいぞ!」
これまでの戦い方は、もう通用しない。
もっと、強力な一撃が必要だ。
「リナ、もっと大きな水の塊は作れないか!奴の全身を冷やせるくらいの!」
俺が叫ぶと、リナは唇をかみ締めた。
「やってみます、でも少しだけ時間をください!」
彼女は再びその場に膝をつき、祈るように杖を握りしめた。
全魔力を、ローブの力と合わせようとしているのだ。
治癒師である彼女にとって、それは命を削る行為に近いのかもしれない。
「任せろ、絶対に指一本触れさせない」
俺はリナの前に立ち、迫りくるイフリートと再び向き合った。
ここからは俺一人の力で、時間を稼がなければならない。
「死ねぇっ!」
イフリートの猛攻が、嵐のように俺に襲いかかる。
剣による斬撃や拳による殴打、足元からの溶岩噴出。
その全てを、俺は神の眼による未来予知だけでしのぎ続けた。
一分が、まるで一時間のように感じられる。
集中力が、極限まで研ぎ澄まされていった。
「まだか、リナ!」
「あ、あと少しです!」
リナの周囲に、膨大な水の力が集まってきているのが肌で感じられた。
空間が、水の密度で歪んでいる。
イフリートも、リナが何かとんでもないことをしようとしているのに気づいた。
「させるかぁっ!」
イフリートは俺を無視し、リナに向かって特大の溶岩弾を撃とうとした。
その口元に、太陽のような光が集まっていく。
まずい、あれを撃たれたらリナは防ぎきれない。
俺は最後の手段として、背負っていた鞄からヘパイストスの槌を取り出した。
「うおおおおおっ!」
俺は神の槌を両手で握りしめ、地面に思い切り叩きつけた。
ドゴォォンという轟音と共に、地面に亀裂が走った。
俺たちの足場の一部が、大きく盛り上がった。
俺はその即席の壁を盾にして、溶岩弾の直撃からリナを守った。
壁は一瞬で溶かされたが、時間は稼げた。
「カイさん、行きます!」
振り返ると、そこには巨大な水球を頭上に浮かべたリナの姿があった。
俺の背丈ほどもある、大きな水球だ。
彼女の顔は真っ青で、立っているのがやっとのようだった。
だがその瞳には、強い意志の光が宿っていた。
「いけぇぇぇぇっ!」
リナが叫びと共に、その巨大な水球をイフリートに向かって解き放った。
水球は、すさまじい勢いで飛んでいきイフリートの巨体に直撃する。
ジュウウウウウウウッ、という音が響き渡った。
ドーム内が、一瞬で真っ白な水蒸気に包まれた。
視界が完全に奪われ、水と溶岩がぶつかり合う音が耳をつんざく。
どれくらいの、時間が経っただろうか。
やがて水蒸気が晴れていき、目の前の光景が明らかになった。
そこには、全身が黒い岩と化して動きを止めたイフリートの姿があった。
まるで、巨大な黒曜石の彫像のようだ。
「やった、のか?」
俺がつぶやいた、その時だった。
固まったイフリートの全身に、ピシピシと亀裂が走り始めた。
胸部のコアだけが、まだ赤い光を失わずに脈動しているのが見えた。
まだ、終わっていない。
「リナ、大丈夫か!」
「はい、なんとか」
リナは、その場に崩れ落ちそうになっていた。
俺はすぐに彼女の元へ駆け寄り、その体を支える。
「よくやった、あとは俺に任せろ」
俺はリナを安全な場所へ寝かせると、ミスリルダガーを拾い上げた。
そして再び、固まったイフリートへと向かった。
もう、邪魔するものは何もない。
俺は、イフリートの体を駆け上がり胸部へとたどり着いた。
最後の力を振り絞り、まだ光を放つマグマ・コアにミスリルダガーを突き立てる。
パリン、とガラスが砕けるような乾いた音が響いた。
マグマ・コアは完全に砕け散り、その光を失った。
次の瞬間、イフリートの巨体は足元からサラサラと黒い砂のように崩れ落ちる。
やがて、そこには何も残らなかった。
静寂が戻ったドームで、俺は荒い息をついた。
すると目の前の溶岩の湖が、ゆっくりと鎮まっていった。
中央の祭壇へと続く、光り輝く道が現れた。
「終わったんだ、な」
俺は、リナの元へと戻った。
彼女はひどく疲れた様子だったが、俺の顔を見ると安心したようにほほ笑んだ。
「カイさん、勝ちましたね」
「ああ、お前のおかげだリナ。最高の援護だった」
俺は彼女を抱きかかえると、光の道を渡り中央の祭壇へと向かった。
祭壇の上には、炎のような赤い宝石が埋め込まれた黄金のメダルがあった。
俺がそのメダルに手を伸ばした瞬間、メダルは強い光を放ち俺の体に吸い込まれる。
そして頭の中に、威厳のある声が響いた。
『汝の力、確かに見届けた。勇者よ、二つ目の証である力の証を受け取るがよい』
全身に、力がみなぎってくるのを感じた。
今までよりも、体が軽くて強くなったのが分かる。
これが、力の証の効果か。
『力を認められし者』という、新しい称号も獲得した。
俺は腕の中でぐったりとしている、リナを見下ろした。
彼女の寝顔は、とても安らかだった。
俺は、手に入れた力の証を握りしめる。
知恵の証と同じように、このメダルも最後の試練の地を示しているようだった。
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しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。
そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで
ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。
追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。
だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。
『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』
不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。
そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。
その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。
前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。
但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。
転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。
これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな?
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