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空を覆う巨大な翼が、俺たちの頭上でゆっくりと羽ばたいた。
そのたった一度の動きが、俺たちの足元を揺るがすほどの暴風を生み出す。
ミリアは小さな悲鳴を上げて、グリフォンのシルフの体に必死にしがみついた。
リナも、俺の腕を強く握りしめている。
目の前にいるのは、ただの巨大な生物ではなかった。
それはこの霊峰そのものが意思を持ったかのような、神聖で冒すことのできない存在だった。
「ロック鳥様……」
ミリアが、畏敬の念を込めてその名を呼んだ。
ロック鳥の金色の瞳が、俺たち一人一人を順番に見据える。
その視線は、まるで魂の奥底まで見透かされているかのようだった。
下等な存在が聖域に足を踏み入れたことに対する、抑えた怒りを感じる。
だがその瞳の奥にほんのかすかな悲しみと、焦りのような色が浮かんでいるのを俺は見逃さなかった。
「カイさん、どうしますか。戦うしかないのでしょうか」
リナが、震える声で尋ねてきた。
無理もない、これほどの相手を前にして戦わずに済む方法など思いつかないだろう。
だが長老の言葉を思い出す、「剣を抜かぬ勇気も必要」だと言っていた。
力ずくで卵を奪おうとすれば、神の怒りを買うことになる。
俺はアグニの柄に手をかけたまま、動かなかった。
代わりに【神の眼】を最大限に集中させ、目の前の神鳥とその巣を鑑定する。
膨大な情報が、俺の脳内に流れ込んできた。
――――――――――――――――
【真名】天空の王者 ロック鳥
【種別】神鳥
【状態】極度の衰弱、精神的疲労。巣に産みつけられた『魔蝕の呪核』により、生命力を少しずつ奪われている。我が子を守りたいという強い母性本能と、呪いによる苦痛で精神が不安定になっている。
【能力】天候操作、聖なる咆哮、神速滑空
【情報】勇気の霊峰の守護者。心正しき者には祝福を、心悪しき者には天罰を与える。
――――――――
【巣の情報】ロック鳥の巣
【状態】巣材の一部に『魔蝕の呪核』が巧妙に擬態して紛れ込んでいる。呪核は卵に悪影響を与え、孵化を阻害している。特に中央の卵は、呪いの影響を最も強く受けており、生命力が著しく低下している。
――――――――――――――――
【真名】魔蝕の呪核
【種別】呪物
【情報】古代の邪神が、生命力を喰らうために生み出した寄生型の呪物。植物や岩に擬態し、近くにいる生命体から徐々に生命力を吸収する。物理的な破壊は困難であり、浄化の力を持つ聖なる炎か、高位の解呪術でしか消滅させることはできない。
――――――――――――――――
「そういうことか……」
俺は、全ての状況を理解した。
ロック鳥は、俺たちに敵意を向けているわけではなかった。
我が子を蝕む、見えない敵に対して助けを求めていたのだ。
しかしその巨体と強大な力ゆえに、巣の中にある小さな呪物を取り除くことができない。
下手に手を出せば、大切な卵を傷つけてしまうかもしれない。
そのジレンマが、彼女を苦しめていたのだ。
試練の本当の意味は、この状況を見抜きロック鳥の代わりに呪いを取り除けるかどうか。
それこそが、真の勇気の証明なのだと。
「リナ、ミリア、絶対に動くな。俺が、話をつけてくる」
「え、カイさん!?危ないです!」
リナが、俺の腕を掴んで引き留めようとする。
「大丈夫だ、信じろ。あいつは、俺たちを傷つけたりしない」
俺はリナに優しく微笑みかけると、一人でロック鳥に向かって歩き出した。
ロック鳥は、近づいてくる俺に対して警戒の鳴き声を上げた。
だがその声には先程のような怒りよりも、戸惑いの色が強く混じっている。
俺が敵ではないことに、気づき始めているのだろう。
俺は巣の真下まで来ると、アグニを鞘に収めたまま両手を広げて見せた。
俺に、戦う意思がないことを示すために。
「お前が苦しんでいるのは分かっている。お前は、母親なんだな。自分の子供が、得体の知れない何かに苦しめられている。助けたいのに、助けることができない。それが、もどかしいんだろう」
俺の言葉は、この神鳥に通じているはずだ。
俺がそう語りかけると、ロック鳥の金色の瞳が大きく見開かれた。
驚きと、そしてわずかな希望の光がその瞳に宿った。
「俺は、お前の子供たちを助けに来た。信じてほしい、俺たちはお前の敵じゃない」
俺はゆっくりと、巣へと続く岩肌を登り始めた。
ロック鳥は威嚇もせず、ただじっと俺の行動を見守っている。
俺が巣の縁に手をかけた時、彼女は一度だけ小さく鳴いた。
それは、「頼む」という悲痛な叫びのように聞こえた。
巣の中は、想像以上に広かった。
巨大な卵が三つ、温かい巣材の中に大切に置かれている。
そのうちの一つ中央にある卵だけが、表面に不気味な黒い斑点が浮かび上がっていた。
生命力の輝きも、他の二つに比べて明らかに弱い。
俺は巣材の中に紛れ込んでいる、呪いの元凶を探した。
【神の眼】を使えば、一目瞭然だ。
卵のすぐそばに、枯れ枝に擬態した黒い水晶のような物体があった。
あれが、『魔蝕の呪核』だ。
俺は慎重に、それに近づいた。
呪核に触れた瞬間、指先から生命力が吸い取られるような不快な感覚がした。
「リナ、今だ!あの卵に、ありったけの治癒の力を!」
俺が叫ぶと、下で待機していたリナがすぐに行動を開始した。
「はいっ!聖なる光よ、その命を癒したまえ!」
リナが世界樹の若枝の杖を天に掲げると、杖の先端から温かくそして力強い光が放たれた。
光はまっすぐに、呪われた卵へと降り注いでいく。
卵の表面に浮かんでいた黒い斑点が、光に触れるたびに少しずつ薄れていくのが見えた。
卵の内部から、かすかな生命力の輝きが戻ってくる。
「グルルルルッ!」
治癒の光は、呪核にとって毒だったようだ。
呪核が、まるで苦しむかように黒い煙を上げた。
そして、擬態を解いて本体を現す。
それは無数の触手を持つ、黒い肉塊のような不気味な姿だった。
肉塊の中心で、赤い単眼が憎しみを込めて俺を睨みつけている。
「貴様、我の食事を邪魔する気か」
呪核が、直接俺の脳内に語りかけてきた。
「食事だと?母親の愛と、これから生まれる命を踏みにじるのがお前のやり方か」
「それがどうした。我は、生命力を喰らうために存在する。消えろ、下等な人間が」
呪核から、黒い瘴気が放たれた。
瘴気に触れた巣材が、ジュッと音を立てて腐食していく。
俺はアグニを抜き放った。
この時のために、俺たちは新しい武器を手に入れたのだ。
「消えるのは、お前の方だ」
俺はアグニの刀身に、自らの魔力を注ぎ込んだ。
刀身が、太陽のようにまばゆい浄化の炎をまとう。
その聖なる輝きに、呪核は明らかに怯んでいた。
「その光は、まさか神の炎か!?なぜ、人間ごときがそれを!」
「お前のような邪悪な存在を、滅ぼすためだ」
俺は、炎をまとったアグニを力強く振り下ろした。
呪核は断末魔の叫びを上げる間もなく、聖なる炎に包まれていく。
黒い瘴気は一瞬で浄化され、不気味な肉体は塵となって消滅した。
後に残ったのは、焦げた巣材の匂いだけだった。
呪いが消え、巣の中に清浄な空気が戻ってくる。
リナの治癒の光を受け続けた卵は、すっかり元の美しい輝きを取り戻していた。
他の二つの卵も、心なしか前よりも生き生きとしているように見える。
キュルルルル……。
ロック鳥が、感謝と安堵が入り混じったような優しい鳴き声を上げた。
俺は巣から降りると、ロック鳥は巨大な頭を下げてその額を俺の体にそっとこすりつけてきた。
まるで、飼い主に甘える巨大な猫のようだった。
その仕草から、心からの感謝の気持ちが伝わってくる。
「よかった、ロック鳥様も、卵たちも無事だったんだね!」
ミリアが、嬉しそうに駆け寄ってきた。
リナも、ほっとした表情で胸をなでおろしている。
試練は、終わったのだ。
俺たちは、力ではなく心でこの神鳥に認められた。
するとロック鳥は、巣の中にくちばしを差し入れた。
そして三つの卵のうちの一つを、器用にくわえて持ち上げる。
そのまま、俺たちの目の前にそっと差し出してきた。
「これは……」
「お兄ちゃん、すごいよ!ロック鳥様が、自分の子供を託そうとしてる!こんなこと、伝説でも聞いたことがないよ!」
ミリアが、興奮した様子で叫んだ。
これが、勇気の試練の答えだったのだ。
卵を奪うのではなく、託されること。
俺は、ロック鳥に深々と頭を下げた。
そして、その巨大な卵を両手で慎重に受け取った。
ずしりと重いが、それ以上に生命の温かさが伝わってくる。
これが、三つ目の証、『勇気の証』だ。
俺は、神の眼でその卵を鑑定してみた。
――――――――――――――――
【真名】神鳥ロック鳥の卵(祝福されし個体)
【種別】神獣の卵
【状態】孵化間近。内部のヒナは、浄化の炎と聖なる治癒の光を浴びた影響で、通常よりもはるかに強大な力を秘めて誕生する可能性が高い。
【情報】孵化には、清浄な魔力と温かい場所が必要。所有者として認められた者の命令を、絶対のものとして聞く。孵化すれば、最強の乗り物、そして仲間となるだろう。
――――――――――――――――
とんでもない仲間が、加わることになりそうだ。
俺たちが卵を受け取ると、ロック鳥は満足そうに一度大きく鳴いた。
そして俺たちの頭上を一度旋回すると、山の彼方へと飛び去っていった。
これからは、残りの子供たちを育てるのに専念するのだろう。
「やりましたね、カイさん!三つの証が、全部揃いました!」
リナが、嬉しそうに俺の腕に抱きついてきた。
「ああ、これでヴォルカノンを救うことができる」
俺たちは、ミリアの集落へと戻ることにした。
集落では、俺たちの帰還を全員が待っていた。
俺たちがロック鳥に認められ卵を託されたことを知ると、有翼人たちはまるで自分たちのことのように喜んでくれた。
その夜は、盛大な宴が開かれた。
美味しい木の実の酒と、山の幸を使った料理。
ミリアたち有翼人の、美しい歌声と踊り。
俺とリナは、心からの歓迎を受けた。
宴の途中、俺は長老に呼ばれて二人きりで話をした。
長老は、三つの証が揃った俺に最後の情報を授けてくれた。
「三つの証は、それ自体が鍵となっとる。その三つを、ドワーフの王が眠る玉座の前で掲げるのじゃ。そうすれば、聖なる泉『ミーミルの泉』へと続く道が開かれる。そこに、『大地の雫』はあるはずじゃ」
「ミーミルの泉、ですか」
「うむ、泉の主は気難しいことで有名じゃ。じゃが、三つの試練を乗り越えたおぬしらならきっと認めてくれるじゃろう」
長老は、そう言って俺の肩を叩いた。
翌朝、俺たちは集落の皆に見送られ再びヴォルカノンへと向かうことになった。
ミリアは、別れ際に涙を浮かべていた。
「お兄ちゃん、リナお姉ちゃん、行っちゃうの?」
「ああ、俺たちにはまだやらなければならないことがあるからな」
「そっか……。でも、また会えるよね?」
「もちろんさ。ミリア、これをやる」
俺は、旅の途中で手に入れていた美しい音色のする笛を彼女にプレゼントした。
「何か困ったことがあったら、これを吹くといい。どこにいても、俺が駆けつけてやる」
「うん、ありがとう!お兄ちゃん、大好き!」
ミリアは俺に抱きつくと、グリフォンのシルフと共に大空へと飛び去っていった。
俺たちは、新たな仲間である卵を大切に抱えラトスの街を経由してヴォルカノンを目指す。
長い旅だったが、ついに最後の目的地へとたどり着いた。
ヴォルカノンの玉座の間は、以前と変わらず静寂に包まれていた。
俺はドワーフ王の亡骸の前で、三つの証を掲げた。
知恵の証力の証、そして勇気の証である卵。
三つが共鳴し、まばゆい光を放った。
すると玉座の後ろの壁が、音を立てて左右に開いていく。
その奥には、青白い光を放つ不思議な空間へと続く道が現れていた。
「ここが、ミーミルの泉への道か」
俺とリナは、顔を見合わせ頷いた。
そして、その光の中へと足を踏み入れた。
空間を抜けた先は、地底とは思えない美しい場所だった。
天井には、本物の星空が広がっている。
地面には、見たこともない花々が咲き乱れていた。
そしてその中央には水晶のように透き通った水をたたえる、神秘的な泉があった。
泉のほとりには、一人の老婆が静かに座っていた。
その目は閉ざされているが、俺たちが来たことには気づいているようだ。
「よく来たな、運命の子らよ。わらわは、この泉を守る者。大地の雫を求めるなら、その覚悟をわらわに示してもらおうかの」
老婆が、ゆっくりと口を開いた。
その声は、若々しく力強かった。
そのたった一度の動きが、俺たちの足元を揺るがすほどの暴風を生み出す。
ミリアは小さな悲鳴を上げて、グリフォンのシルフの体に必死にしがみついた。
リナも、俺の腕を強く握りしめている。
目の前にいるのは、ただの巨大な生物ではなかった。
それはこの霊峰そのものが意思を持ったかのような、神聖で冒すことのできない存在だった。
「ロック鳥様……」
ミリアが、畏敬の念を込めてその名を呼んだ。
ロック鳥の金色の瞳が、俺たち一人一人を順番に見据える。
その視線は、まるで魂の奥底まで見透かされているかのようだった。
下等な存在が聖域に足を踏み入れたことに対する、抑えた怒りを感じる。
だがその瞳の奥にほんのかすかな悲しみと、焦りのような色が浮かんでいるのを俺は見逃さなかった。
「カイさん、どうしますか。戦うしかないのでしょうか」
リナが、震える声で尋ねてきた。
無理もない、これほどの相手を前にして戦わずに済む方法など思いつかないだろう。
だが長老の言葉を思い出す、「剣を抜かぬ勇気も必要」だと言っていた。
力ずくで卵を奪おうとすれば、神の怒りを買うことになる。
俺はアグニの柄に手をかけたまま、動かなかった。
代わりに【神の眼】を最大限に集中させ、目の前の神鳥とその巣を鑑定する。
膨大な情報が、俺の脳内に流れ込んできた。
――――――――――――――――
【真名】天空の王者 ロック鳥
【種別】神鳥
【状態】極度の衰弱、精神的疲労。巣に産みつけられた『魔蝕の呪核』により、生命力を少しずつ奪われている。我が子を守りたいという強い母性本能と、呪いによる苦痛で精神が不安定になっている。
【能力】天候操作、聖なる咆哮、神速滑空
【情報】勇気の霊峰の守護者。心正しき者には祝福を、心悪しき者には天罰を与える。
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【巣の情報】ロック鳥の巣
【状態】巣材の一部に『魔蝕の呪核』が巧妙に擬態して紛れ込んでいる。呪核は卵に悪影響を与え、孵化を阻害している。特に中央の卵は、呪いの影響を最も強く受けており、生命力が著しく低下している。
――――――――――――――――
【真名】魔蝕の呪核
【種別】呪物
【情報】古代の邪神が、生命力を喰らうために生み出した寄生型の呪物。植物や岩に擬態し、近くにいる生命体から徐々に生命力を吸収する。物理的な破壊は困難であり、浄化の力を持つ聖なる炎か、高位の解呪術でしか消滅させることはできない。
――――――――――――――――
「そういうことか……」
俺は、全ての状況を理解した。
ロック鳥は、俺たちに敵意を向けているわけではなかった。
我が子を蝕む、見えない敵に対して助けを求めていたのだ。
しかしその巨体と強大な力ゆえに、巣の中にある小さな呪物を取り除くことができない。
下手に手を出せば、大切な卵を傷つけてしまうかもしれない。
そのジレンマが、彼女を苦しめていたのだ。
試練の本当の意味は、この状況を見抜きロック鳥の代わりに呪いを取り除けるかどうか。
それこそが、真の勇気の証明なのだと。
「リナ、ミリア、絶対に動くな。俺が、話をつけてくる」
「え、カイさん!?危ないです!」
リナが、俺の腕を掴んで引き留めようとする。
「大丈夫だ、信じろ。あいつは、俺たちを傷つけたりしない」
俺はリナに優しく微笑みかけると、一人でロック鳥に向かって歩き出した。
ロック鳥は、近づいてくる俺に対して警戒の鳴き声を上げた。
だがその声には先程のような怒りよりも、戸惑いの色が強く混じっている。
俺が敵ではないことに、気づき始めているのだろう。
俺は巣の真下まで来ると、アグニを鞘に収めたまま両手を広げて見せた。
俺に、戦う意思がないことを示すために。
「お前が苦しんでいるのは分かっている。お前は、母親なんだな。自分の子供が、得体の知れない何かに苦しめられている。助けたいのに、助けることができない。それが、もどかしいんだろう」
俺の言葉は、この神鳥に通じているはずだ。
俺がそう語りかけると、ロック鳥の金色の瞳が大きく見開かれた。
驚きと、そしてわずかな希望の光がその瞳に宿った。
「俺は、お前の子供たちを助けに来た。信じてほしい、俺たちはお前の敵じゃない」
俺はゆっくりと、巣へと続く岩肌を登り始めた。
ロック鳥は威嚇もせず、ただじっと俺の行動を見守っている。
俺が巣の縁に手をかけた時、彼女は一度だけ小さく鳴いた。
それは、「頼む」という悲痛な叫びのように聞こえた。
巣の中は、想像以上に広かった。
巨大な卵が三つ、温かい巣材の中に大切に置かれている。
そのうちの一つ中央にある卵だけが、表面に不気味な黒い斑点が浮かび上がっていた。
生命力の輝きも、他の二つに比べて明らかに弱い。
俺は巣材の中に紛れ込んでいる、呪いの元凶を探した。
【神の眼】を使えば、一目瞭然だ。
卵のすぐそばに、枯れ枝に擬態した黒い水晶のような物体があった。
あれが、『魔蝕の呪核』だ。
俺は慎重に、それに近づいた。
呪核に触れた瞬間、指先から生命力が吸い取られるような不快な感覚がした。
「リナ、今だ!あの卵に、ありったけの治癒の力を!」
俺が叫ぶと、下で待機していたリナがすぐに行動を開始した。
「はいっ!聖なる光よ、その命を癒したまえ!」
リナが世界樹の若枝の杖を天に掲げると、杖の先端から温かくそして力強い光が放たれた。
光はまっすぐに、呪われた卵へと降り注いでいく。
卵の表面に浮かんでいた黒い斑点が、光に触れるたびに少しずつ薄れていくのが見えた。
卵の内部から、かすかな生命力の輝きが戻ってくる。
「グルルルルッ!」
治癒の光は、呪核にとって毒だったようだ。
呪核が、まるで苦しむかように黒い煙を上げた。
そして、擬態を解いて本体を現す。
それは無数の触手を持つ、黒い肉塊のような不気味な姿だった。
肉塊の中心で、赤い単眼が憎しみを込めて俺を睨みつけている。
「貴様、我の食事を邪魔する気か」
呪核が、直接俺の脳内に語りかけてきた。
「食事だと?母親の愛と、これから生まれる命を踏みにじるのがお前のやり方か」
「それがどうした。我は、生命力を喰らうために存在する。消えろ、下等な人間が」
呪核から、黒い瘴気が放たれた。
瘴気に触れた巣材が、ジュッと音を立てて腐食していく。
俺はアグニを抜き放った。
この時のために、俺たちは新しい武器を手に入れたのだ。
「消えるのは、お前の方だ」
俺はアグニの刀身に、自らの魔力を注ぎ込んだ。
刀身が、太陽のようにまばゆい浄化の炎をまとう。
その聖なる輝きに、呪核は明らかに怯んでいた。
「その光は、まさか神の炎か!?なぜ、人間ごときがそれを!」
「お前のような邪悪な存在を、滅ぼすためだ」
俺は、炎をまとったアグニを力強く振り下ろした。
呪核は断末魔の叫びを上げる間もなく、聖なる炎に包まれていく。
黒い瘴気は一瞬で浄化され、不気味な肉体は塵となって消滅した。
後に残ったのは、焦げた巣材の匂いだけだった。
呪いが消え、巣の中に清浄な空気が戻ってくる。
リナの治癒の光を受け続けた卵は、すっかり元の美しい輝きを取り戻していた。
他の二つの卵も、心なしか前よりも生き生きとしているように見える。
キュルルルル……。
ロック鳥が、感謝と安堵が入り混じったような優しい鳴き声を上げた。
俺は巣から降りると、ロック鳥は巨大な頭を下げてその額を俺の体にそっとこすりつけてきた。
まるで、飼い主に甘える巨大な猫のようだった。
その仕草から、心からの感謝の気持ちが伝わってくる。
「よかった、ロック鳥様も、卵たちも無事だったんだね!」
ミリアが、嬉しそうに駆け寄ってきた。
リナも、ほっとした表情で胸をなでおろしている。
試練は、終わったのだ。
俺たちは、力ではなく心でこの神鳥に認められた。
するとロック鳥は、巣の中にくちばしを差し入れた。
そして三つの卵のうちの一つを、器用にくわえて持ち上げる。
そのまま、俺たちの目の前にそっと差し出してきた。
「これは……」
「お兄ちゃん、すごいよ!ロック鳥様が、自分の子供を託そうとしてる!こんなこと、伝説でも聞いたことがないよ!」
ミリアが、興奮した様子で叫んだ。
これが、勇気の試練の答えだったのだ。
卵を奪うのではなく、託されること。
俺は、ロック鳥に深々と頭を下げた。
そして、その巨大な卵を両手で慎重に受け取った。
ずしりと重いが、それ以上に生命の温かさが伝わってくる。
これが、三つ目の証、『勇気の証』だ。
俺は、神の眼でその卵を鑑定してみた。
――――――――――――――――
【真名】神鳥ロック鳥の卵(祝福されし個体)
【種別】神獣の卵
【状態】孵化間近。内部のヒナは、浄化の炎と聖なる治癒の光を浴びた影響で、通常よりもはるかに強大な力を秘めて誕生する可能性が高い。
【情報】孵化には、清浄な魔力と温かい場所が必要。所有者として認められた者の命令を、絶対のものとして聞く。孵化すれば、最強の乗り物、そして仲間となるだろう。
――――――――――――――――
とんでもない仲間が、加わることになりそうだ。
俺たちが卵を受け取ると、ロック鳥は満足そうに一度大きく鳴いた。
そして俺たちの頭上を一度旋回すると、山の彼方へと飛び去っていった。
これからは、残りの子供たちを育てるのに専念するのだろう。
「やりましたね、カイさん!三つの証が、全部揃いました!」
リナが、嬉しそうに俺の腕に抱きついてきた。
「ああ、これでヴォルカノンを救うことができる」
俺たちは、ミリアの集落へと戻ることにした。
集落では、俺たちの帰還を全員が待っていた。
俺たちがロック鳥に認められ卵を託されたことを知ると、有翼人たちはまるで自分たちのことのように喜んでくれた。
その夜は、盛大な宴が開かれた。
美味しい木の実の酒と、山の幸を使った料理。
ミリアたち有翼人の、美しい歌声と踊り。
俺とリナは、心からの歓迎を受けた。
宴の途中、俺は長老に呼ばれて二人きりで話をした。
長老は、三つの証が揃った俺に最後の情報を授けてくれた。
「三つの証は、それ自体が鍵となっとる。その三つを、ドワーフの王が眠る玉座の前で掲げるのじゃ。そうすれば、聖なる泉『ミーミルの泉』へと続く道が開かれる。そこに、『大地の雫』はあるはずじゃ」
「ミーミルの泉、ですか」
「うむ、泉の主は気難しいことで有名じゃ。じゃが、三つの試練を乗り越えたおぬしらならきっと認めてくれるじゃろう」
長老は、そう言って俺の肩を叩いた。
翌朝、俺たちは集落の皆に見送られ再びヴォルカノンへと向かうことになった。
ミリアは、別れ際に涙を浮かべていた。
「お兄ちゃん、リナお姉ちゃん、行っちゃうの?」
「ああ、俺たちにはまだやらなければならないことがあるからな」
「そっか……。でも、また会えるよね?」
「もちろんさ。ミリア、これをやる」
俺は、旅の途中で手に入れていた美しい音色のする笛を彼女にプレゼントした。
「何か困ったことがあったら、これを吹くといい。どこにいても、俺が駆けつけてやる」
「うん、ありがとう!お兄ちゃん、大好き!」
ミリアは俺に抱きつくと、グリフォンのシルフと共に大空へと飛び去っていった。
俺たちは、新たな仲間である卵を大切に抱えラトスの街を経由してヴォルカノンを目指す。
長い旅だったが、ついに最後の目的地へとたどり着いた。
ヴォルカノンの玉座の間は、以前と変わらず静寂に包まれていた。
俺はドワーフ王の亡骸の前で、三つの証を掲げた。
知恵の証力の証、そして勇気の証である卵。
三つが共鳴し、まばゆい光を放った。
すると玉座の後ろの壁が、音を立てて左右に開いていく。
その奥には、青白い光を放つ不思議な空間へと続く道が現れていた。
「ここが、ミーミルの泉への道か」
俺とリナは、顔を見合わせ頷いた。
そして、その光の中へと足を踏み入れた。
空間を抜けた先は、地底とは思えない美しい場所だった。
天井には、本物の星空が広がっている。
地面には、見たこともない花々が咲き乱れていた。
そしてその中央には水晶のように透き通った水をたたえる、神秘的な泉があった。
泉のほとりには、一人の老婆が静かに座っていた。
その目は閉ざされているが、俺たちが来たことには気づいているようだ。
「よく来たな、運命の子らよ。わらわは、この泉を守る者。大地の雫を求めるなら、その覚悟をわらわに示してもらおうかの」
老婆が、ゆっくりと口を開いた。
その声は、若々しく力強かった。
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【あれ?ここは何処だ?】
気が付けば真っ白な世界。
気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ?
・・・・
・・・
・・
・
【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】
こうして剛史は新た生を異世界で受けた。
そして何も思い出す事なく10歳に。
そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。
スキルによって一生が決まるからだ。
最低1、最高でも10。平均すると概ね5。
そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。
しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。
そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで
ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。
追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。
だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。
『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』
不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。
そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。
その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。
前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。
但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。
転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。
これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな?
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