21 / 24
21
しおりを挟む
俺たちの目の前で、水晶の塔の防御結界がゆっくりと口を開けた。
それはまるで、古の巨人が客人を招き入れるかのようだ。
中から、清浄で少しだけ冷たい空気が流れ出してくる。
リナが持つ世界樹の若枝の杖が、この都の仕掛けと共鳴した結果だろう。
俺たちは、アルジェントの背中からそっと地面に降り立った。
「行くぞ、リナ」
「はい、カイさん」
俺の肩にはフェニクスが止まり、アルジェントは入り口で待機する。
もし何かあれば、すぐに駆けつけられるようにとの意思表示だった。
俺たちは、まばゆい光の入り口へと足を踏み入れた。
塔の内部には、俺の想像を遥かに超える空間が広がっていた。
壁も床も天井も、その全てが磨き上げられた水晶でできている。
内部には光源が見当たらないのに、空間全体が内側から淡い青色の光を放っていた。
まるで、巨大な宝石の中にでも迷い込んだかのようだ。
そして、この場所も都の外と同じように完全に無音の世界が広がっている。
俺たちの足音だけが、硬い水晶の床にコツコツと響き渡る。
「すごい場所ですね、空気がとても澄みきっています」
リナが、感動したように小さな声で呟いた。
確かに、ここにいるだけで心と体が洗われるような不思議な感覚があった。
俺たちは、まず広大な入り口の広間を横切っていく。
広間の中央には、この都の歴史を刻んだ巨大な壁画が飾られていた。
そこには、翼を持つ美しい人々が空を舞い、豊かな自然と生きる平和な様子が描かれている。
しかし壁画の最後には、空から来た巨大な影によって都が壊される様子があった。
『星の災厄』と呼ばれる存在が、人々の暮らしを奪ったのだ。
この都の人々が、長い眠りにつかざるを得なかった理由がそこにはあった。
俺は、壁画の全体を【神の眼】で詳しく鑑定した。
やはり、この都の全ての住人が人工冬眠の状態にあることが確認できる。
そして、この眠りを解くための鍵が塔の最上階にあるという情報も得られた。
「リナ、上を目指そう。昇降機のようなものがあるはずだ」
俺たちは、広間の奥へと進んだ。
すると、俺たちの行く手を阻むように通路の奥から何かが現れる。
それは、嵐の壁で戦った水晶の守護者たちだった。
だが、その姿は以前とは少し違っている。
体格は一回り大きく、その水晶の体には複雑な魔法陣がいくつも刻まれていた。
明らかに、前のものより強力な型だと分かる。
その数は、全部で十体だ。
俺たちが侵入者だと判断したのか、その一つ目を一斉にこちらに向けた。
「カイさん、来ます!」
リナが、アイギスの盾を強く構える。
フェニクスも、翼を広げていつでも戦える体勢に入った。
十体の守護者たちが、少しの狂いもない連携で俺たちを囲もうと動き出す。
そして、その腕に隠された砲門から一斉に光線を放ってきた。
紫色の光が、網の目のように空間を埋め尽くす。
「させるか、そんなこと」
俺は、シルフィード・メイルの能力を解放した。
鎧が風の力をまとい、俺の体が羽のように軽くなる。
俺はリナを抱きかかえると、光線の弾幕の中を舞うように駆け抜けた。
俺の動きは、もはや人間のそれを超えている。
壁を蹴り、天井を走り、守護者たちの見えない場所へと回り込んだ。
「フェニクス、援護を頼む!」
俺の号令に、フェニクスがすぐ応えた。
浄化の神炎と絶対零度の吹雪が、守護者たちの連携を乱していく。
炎に焼かれた一体が動きを止め、氷に閉じ込められた一体が行動できなくなった。
そのわずかな隙を、俺は見逃さない。
アグニを抜き放ち、一体の守護者の懐へと素早く飛び込んだ。
【神の眼】は、その弱点が胸の中心にある動力源であることを見抜いている。
浄化の炎をまとったアグニが、硬い水晶の装甲をバターのように切り裂いた。
そして、内部の動力源を正確に貫く。
甲高い叫びと共に、守護者は光の粒となって消え去った。
「リナ、回復と補助を!」
俺が敵を倒している間、リナもただ守られているだけではなかった。
彼女は世界樹の若枝の杖を高く掲げ、俺とフェニクスに強化の魔法をかけ続ける。
その光を浴びるたびに、体から疲れが消えて力がみなぎってくるのが分かった。
俺たちの連携は、もはや一つの生命体のように完璧なものだった。
俺が前衛として敵陣を切り裂き、フェニクスが空から広い範囲を攻撃する。
そしてリナが、後ろから俺たち二人を完璧に支えるのだ。
あれほど脅威だった守護者たちが、ものの数分で全て鉄くずと化した。
「はぁ、はぁ、やりましたね、カイさん」
リナが、安心したように息をついた。
「ああ、だがまだ先は長い。気を引き締めていこう」
俺たちは、守護者たちが守っていた通路の奥へと進んだ。
そこには、巨大な円形の部屋があった。
部屋の中央には、淡く光る台座が設置されている。
俺がその台座に手を触れると、目の前に半透明の画面が浮かび上がった。
画面には、古代の文字で書かれた膨大な量の情報が映し出される。
この都の、記録保管室のような場所なのだろう。
「カイさん、これは一体」
「この都の歴史と、技術の記録だ」
俺は【神の眼】で、その情報を高速で読み解いていく。
そこに記されていたのは、驚くべき事実だった。
このエーテルガルドの民は、かつて地上から空へと移り住んだ古代人の子孫だった。
彼らは地上の争いを嫌い、天空に平和な楽園を築き上げたのだ。
彼らの文明は、魔法と科学を合わせた独自の発展を遂げていた。
俺たちが今目にしている水晶の塔や守護者たちも、その高い技術の産物なのだ。
そして、『星の災厄』についての詳しい記録もそこにはあった。
それは、宇宙から飛来した寄生型の生命体だった。
星の生命力そのものを喰らい、喰らい尽くした星を捨てて次の星へと渡っていく。
まさに、星を渡る災害だった。
エーテルガルドの民は、持てる技術の全てを集めてそれと戦った。
だが、災厄の力はあまりにも強大すぎた。
都は半分以上が壊され、多くの命が失われた。
追い詰められた彼らが選んだ最後の手段が、この都全体を眠らせる計画だったのだ。
災厄が星から去るまで、あるいは未来に希望を託すために眠りについた。
「なんて、悲しい歴史なのでしょう」
リナが、目に涙を浮かべていた。
俺は、記録のさらに深い部分へと接続を試みた。
すると、この塔の最上階を制御している人工知能についての情報が見つかった。
その名は、『オラクル』という。
都の全てを管理し、住民たちの命を守ることを最優先に作られた存在だ。
住民たちが眠っている間、オラクルがたった一人でこの都を千年間守り続けてきた。
「オラクルに会えば、この都を目覚めさせる方法が分かるはずだ」
俺たちは、記録室を後にしてさらに塔の上を目指した。
通路の先には、光でできた昇降機が俺たちを待っていた。
俺たちが乗り込むと、昇降機は音もなく上昇を開始する。
窓の外には、雲の海と青い空がどこまでも広がっていた。
昇降機が中間層にたどり着いた時、俺たちの頭の中に直接、声が響いてきた。
それは、機械的で感情のない、しかしどこか透き通った女性の声だった。
『警告します、未登録の生命体。あなた方は、これより先の聖なる場所への侵入を許可されていません』
「お前が、オラクルか」
俺が問いかけると、声はすぐに答えた。
『肯定します。私は、このエーテルガルドの管理AI、オラクルです。あなた方の目的は、何ですか』
「俺たちは、この都の眠りを覚ますために来た」
『その要求は、認められません。住民たちの覚醒は、現在最も危険な行為です』
「どういうことだ、それは」
『星の災厄は、この星から完全に去ったわけではありません。現在、星の奥深くで活動を止め、再び星の力が活性化するのを待っています。もし住民たちを目覚めさせれば、その生命力を感じて災厄は再び活動を始めるでしょう』
オラクルの言葉は、衝撃的な内容だった。
災厄は、まだこの星に潜んでいたのだ。
『あなた方が嵐の壁を抜け、この塔の機能を正常化させたことで星の力は少しだけ活性化を始めました。これ以上、災厄を刺激することは許されません。速やかに、この塔から立ち去りなさい。警告は、これが最後です』
オラクルの声と共に、昇降機の周りに新たな守護者たちが姿を現した。
今度の守護者は、今までの水晶製とは違う。
全身が、液体金属のような滑らかな素材でできていた。
その手には、光の剣と盾を構えている。
その動きは、まるで熟練した騎士のように無駄がない。
『これらは、戦闘を学習して自己進化する最新型の守護者です。あなた方の戦闘記録は、すでに解析済みです。無駄な抵抗は、おやめなさい』
オラクルの言う通り、守護者たちの動きは俺たちの攻撃を完全に見切っていた。
フェニクスの炎は力の盾で防がれ、俺の剣は滑らかな体で受け流される。
それどころか、俺たちの技を真似て反撃してくるのだ。
「カイさん、これではキリがありません」
リナが、苦しそうな声を上げた。
俺は、アグニを握りしめながら必死に考える。
オラクルの言うことにも、確かに理屈は通っている。
住民たちを目覚めさせることが、本当に正しいことなのか。
下手をすれば、この星そのものを滅ぼすきっかけになりかねない。
『理解していただけましたか。あなた方の存在そのものが、この星にとっての危険なのです』
オラクルが、冷たく言い放った。
だが、俺は諦めなかった。
このまま、この美しい都を永遠に眠らせておくことなどできない。
それに、俺の【神の眼】が告げている。
この先に、希望があると。
「リナ、フェニクス、俺を信じろ」
俺は、二人の仲間に力強く言った。
「俺たちのやり方で、この状況を突破するぞ」
俺は、戦うことをやめた。
代わりに、液体金属の守護者に向かってまっすぐに歩き出す。
守護者は、俺の意図が分からずに戸惑っているようだった。
俺は、その一体の目の前で立ち止まる。
そして、アグニの柄を逆に持つと、その刃先を自分自身の胸へと向けた。
「なっ、カイさん、何を!?」
リナが、驚きの声を上げる。
オラクルも、俺の予想できない行動に計算が追いついていないようだった。
俺は、守護者の奥にいるはずのオラクルに向かって語りかけた。
「オラクル、お前は住民を守るのが最優先だと言ったな」
『肯定します、それが私の役目です』
「だが、永遠の眠りが本当に『守る』ことになるのか。彼らは生きているとは言えない、ただ時を止められているだけだ。それは、緩やかな死と同じではないのか」
『それは、論理のすり替えにすぎません。生存確率が、最も高い選択肢を実行しているだけです』
「確率だと、ふざけるな。俺たちの世界は、数字だけで動いているわけじゃない。俺は、お前が知らない『可能性』という力を見せてやる」
俺はそう言うと、ためらうことなくアグニの刃先を自分の胸に突き立てようとした。
その瞬間、俺の目の前にいた守護者が目にも見えない速さで動き、俺の腕を掴んで剣を止めた。
『行動を停止します、あなたを自害させるわけにはいきません』
オラクルの、わずかに動揺した声が響いた。
彼女の基本設計は、目の前で命が失われることを見過ごせなかったのだ。
俺の、最後の賭けは成功した。
「なら、話を最後まで聞け。俺たちには、災厄と戦う力がある。お前が千年間守り続けたこの都と人々を、今度こそ本当に救う力だ」
俺の言葉に、オラクルは沈黙した。
彼女の超高度な頭脳が、俺という存在をもう一度計算しているのだろう。
やがて、昇降機を囲んでいた守護者たちが、すうっと消えていった。
『分かりました。あなたという存在の危険性と可能性、その両方をこの目で見極めさせてもらいます。最上階へ、来るがいい』
昇降機が、再び上昇を始めた。
それはまるで、古の巨人が客人を招き入れるかのようだ。
中から、清浄で少しだけ冷たい空気が流れ出してくる。
リナが持つ世界樹の若枝の杖が、この都の仕掛けと共鳴した結果だろう。
俺たちは、アルジェントの背中からそっと地面に降り立った。
「行くぞ、リナ」
「はい、カイさん」
俺の肩にはフェニクスが止まり、アルジェントは入り口で待機する。
もし何かあれば、すぐに駆けつけられるようにとの意思表示だった。
俺たちは、まばゆい光の入り口へと足を踏み入れた。
塔の内部には、俺の想像を遥かに超える空間が広がっていた。
壁も床も天井も、その全てが磨き上げられた水晶でできている。
内部には光源が見当たらないのに、空間全体が内側から淡い青色の光を放っていた。
まるで、巨大な宝石の中にでも迷い込んだかのようだ。
そして、この場所も都の外と同じように完全に無音の世界が広がっている。
俺たちの足音だけが、硬い水晶の床にコツコツと響き渡る。
「すごい場所ですね、空気がとても澄みきっています」
リナが、感動したように小さな声で呟いた。
確かに、ここにいるだけで心と体が洗われるような不思議な感覚があった。
俺たちは、まず広大な入り口の広間を横切っていく。
広間の中央には、この都の歴史を刻んだ巨大な壁画が飾られていた。
そこには、翼を持つ美しい人々が空を舞い、豊かな自然と生きる平和な様子が描かれている。
しかし壁画の最後には、空から来た巨大な影によって都が壊される様子があった。
『星の災厄』と呼ばれる存在が、人々の暮らしを奪ったのだ。
この都の人々が、長い眠りにつかざるを得なかった理由がそこにはあった。
俺は、壁画の全体を【神の眼】で詳しく鑑定した。
やはり、この都の全ての住人が人工冬眠の状態にあることが確認できる。
そして、この眠りを解くための鍵が塔の最上階にあるという情報も得られた。
「リナ、上を目指そう。昇降機のようなものがあるはずだ」
俺たちは、広間の奥へと進んだ。
すると、俺たちの行く手を阻むように通路の奥から何かが現れる。
それは、嵐の壁で戦った水晶の守護者たちだった。
だが、その姿は以前とは少し違っている。
体格は一回り大きく、その水晶の体には複雑な魔法陣がいくつも刻まれていた。
明らかに、前のものより強力な型だと分かる。
その数は、全部で十体だ。
俺たちが侵入者だと判断したのか、その一つ目を一斉にこちらに向けた。
「カイさん、来ます!」
リナが、アイギスの盾を強く構える。
フェニクスも、翼を広げていつでも戦える体勢に入った。
十体の守護者たちが、少しの狂いもない連携で俺たちを囲もうと動き出す。
そして、その腕に隠された砲門から一斉に光線を放ってきた。
紫色の光が、網の目のように空間を埋め尽くす。
「させるか、そんなこと」
俺は、シルフィード・メイルの能力を解放した。
鎧が風の力をまとい、俺の体が羽のように軽くなる。
俺はリナを抱きかかえると、光線の弾幕の中を舞うように駆け抜けた。
俺の動きは、もはや人間のそれを超えている。
壁を蹴り、天井を走り、守護者たちの見えない場所へと回り込んだ。
「フェニクス、援護を頼む!」
俺の号令に、フェニクスがすぐ応えた。
浄化の神炎と絶対零度の吹雪が、守護者たちの連携を乱していく。
炎に焼かれた一体が動きを止め、氷に閉じ込められた一体が行動できなくなった。
そのわずかな隙を、俺は見逃さない。
アグニを抜き放ち、一体の守護者の懐へと素早く飛び込んだ。
【神の眼】は、その弱点が胸の中心にある動力源であることを見抜いている。
浄化の炎をまとったアグニが、硬い水晶の装甲をバターのように切り裂いた。
そして、内部の動力源を正確に貫く。
甲高い叫びと共に、守護者は光の粒となって消え去った。
「リナ、回復と補助を!」
俺が敵を倒している間、リナもただ守られているだけではなかった。
彼女は世界樹の若枝の杖を高く掲げ、俺とフェニクスに強化の魔法をかけ続ける。
その光を浴びるたびに、体から疲れが消えて力がみなぎってくるのが分かった。
俺たちの連携は、もはや一つの生命体のように完璧なものだった。
俺が前衛として敵陣を切り裂き、フェニクスが空から広い範囲を攻撃する。
そしてリナが、後ろから俺たち二人を完璧に支えるのだ。
あれほど脅威だった守護者たちが、ものの数分で全て鉄くずと化した。
「はぁ、はぁ、やりましたね、カイさん」
リナが、安心したように息をついた。
「ああ、だがまだ先は長い。気を引き締めていこう」
俺たちは、守護者たちが守っていた通路の奥へと進んだ。
そこには、巨大な円形の部屋があった。
部屋の中央には、淡く光る台座が設置されている。
俺がその台座に手を触れると、目の前に半透明の画面が浮かび上がった。
画面には、古代の文字で書かれた膨大な量の情報が映し出される。
この都の、記録保管室のような場所なのだろう。
「カイさん、これは一体」
「この都の歴史と、技術の記録だ」
俺は【神の眼】で、その情報を高速で読み解いていく。
そこに記されていたのは、驚くべき事実だった。
このエーテルガルドの民は、かつて地上から空へと移り住んだ古代人の子孫だった。
彼らは地上の争いを嫌い、天空に平和な楽園を築き上げたのだ。
彼らの文明は、魔法と科学を合わせた独自の発展を遂げていた。
俺たちが今目にしている水晶の塔や守護者たちも、その高い技術の産物なのだ。
そして、『星の災厄』についての詳しい記録もそこにはあった。
それは、宇宙から飛来した寄生型の生命体だった。
星の生命力そのものを喰らい、喰らい尽くした星を捨てて次の星へと渡っていく。
まさに、星を渡る災害だった。
エーテルガルドの民は、持てる技術の全てを集めてそれと戦った。
だが、災厄の力はあまりにも強大すぎた。
都は半分以上が壊され、多くの命が失われた。
追い詰められた彼らが選んだ最後の手段が、この都全体を眠らせる計画だったのだ。
災厄が星から去るまで、あるいは未来に希望を託すために眠りについた。
「なんて、悲しい歴史なのでしょう」
リナが、目に涙を浮かべていた。
俺は、記録のさらに深い部分へと接続を試みた。
すると、この塔の最上階を制御している人工知能についての情報が見つかった。
その名は、『オラクル』という。
都の全てを管理し、住民たちの命を守ることを最優先に作られた存在だ。
住民たちが眠っている間、オラクルがたった一人でこの都を千年間守り続けてきた。
「オラクルに会えば、この都を目覚めさせる方法が分かるはずだ」
俺たちは、記録室を後にしてさらに塔の上を目指した。
通路の先には、光でできた昇降機が俺たちを待っていた。
俺たちが乗り込むと、昇降機は音もなく上昇を開始する。
窓の外には、雲の海と青い空がどこまでも広がっていた。
昇降機が中間層にたどり着いた時、俺たちの頭の中に直接、声が響いてきた。
それは、機械的で感情のない、しかしどこか透き通った女性の声だった。
『警告します、未登録の生命体。あなた方は、これより先の聖なる場所への侵入を許可されていません』
「お前が、オラクルか」
俺が問いかけると、声はすぐに答えた。
『肯定します。私は、このエーテルガルドの管理AI、オラクルです。あなた方の目的は、何ですか』
「俺たちは、この都の眠りを覚ますために来た」
『その要求は、認められません。住民たちの覚醒は、現在最も危険な行為です』
「どういうことだ、それは」
『星の災厄は、この星から完全に去ったわけではありません。現在、星の奥深くで活動を止め、再び星の力が活性化するのを待っています。もし住民たちを目覚めさせれば、その生命力を感じて災厄は再び活動を始めるでしょう』
オラクルの言葉は、衝撃的な内容だった。
災厄は、まだこの星に潜んでいたのだ。
『あなた方が嵐の壁を抜け、この塔の機能を正常化させたことで星の力は少しだけ活性化を始めました。これ以上、災厄を刺激することは許されません。速やかに、この塔から立ち去りなさい。警告は、これが最後です』
オラクルの声と共に、昇降機の周りに新たな守護者たちが姿を現した。
今度の守護者は、今までの水晶製とは違う。
全身が、液体金属のような滑らかな素材でできていた。
その手には、光の剣と盾を構えている。
その動きは、まるで熟練した騎士のように無駄がない。
『これらは、戦闘を学習して自己進化する最新型の守護者です。あなた方の戦闘記録は、すでに解析済みです。無駄な抵抗は、おやめなさい』
オラクルの言う通り、守護者たちの動きは俺たちの攻撃を完全に見切っていた。
フェニクスの炎は力の盾で防がれ、俺の剣は滑らかな体で受け流される。
それどころか、俺たちの技を真似て反撃してくるのだ。
「カイさん、これではキリがありません」
リナが、苦しそうな声を上げた。
俺は、アグニを握りしめながら必死に考える。
オラクルの言うことにも、確かに理屈は通っている。
住民たちを目覚めさせることが、本当に正しいことなのか。
下手をすれば、この星そのものを滅ぼすきっかけになりかねない。
『理解していただけましたか。あなた方の存在そのものが、この星にとっての危険なのです』
オラクルが、冷たく言い放った。
だが、俺は諦めなかった。
このまま、この美しい都を永遠に眠らせておくことなどできない。
それに、俺の【神の眼】が告げている。
この先に、希望があると。
「リナ、フェニクス、俺を信じろ」
俺は、二人の仲間に力強く言った。
「俺たちのやり方で、この状況を突破するぞ」
俺は、戦うことをやめた。
代わりに、液体金属の守護者に向かってまっすぐに歩き出す。
守護者は、俺の意図が分からずに戸惑っているようだった。
俺は、その一体の目の前で立ち止まる。
そして、アグニの柄を逆に持つと、その刃先を自分自身の胸へと向けた。
「なっ、カイさん、何を!?」
リナが、驚きの声を上げる。
オラクルも、俺の予想できない行動に計算が追いついていないようだった。
俺は、守護者の奥にいるはずのオラクルに向かって語りかけた。
「オラクル、お前は住民を守るのが最優先だと言ったな」
『肯定します、それが私の役目です』
「だが、永遠の眠りが本当に『守る』ことになるのか。彼らは生きているとは言えない、ただ時を止められているだけだ。それは、緩やかな死と同じではないのか」
『それは、論理のすり替えにすぎません。生存確率が、最も高い選択肢を実行しているだけです』
「確率だと、ふざけるな。俺たちの世界は、数字だけで動いているわけじゃない。俺は、お前が知らない『可能性』という力を見せてやる」
俺はそう言うと、ためらうことなくアグニの刃先を自分の胸に突き立てようとした。
その瞬間、俺の目の前にいた守護者が目にも見えない速さで動き、俺の腕を掴んで剣を止めた。
『行動を停止します、あなたを自害させるわけにはいきません』
オラクルの、わずかに動揺した声が響いた。
彼女の基本設計は、目の前で命が失われることを見過ごせなかったのだ。
俺の、最後の賭けは成功した。
「なら、話を最後まで聞け。俺たちには、災厄と戦う力がある。お前が千年間守り続けたこの都と人々を、今度こそ本当に救う力だ」
俺の言葉に、オラクルは沈黙した。
彼女の超高度な頭脳が、俺という存在をもう一度計算しているのだろう。
やがて、昇降機を囲んでいた守護者たちが、すうっと消えていった。
『分かりました。あなたという存在の危険性と可能性、その両方をこの目で見極めさせてもらいます。最上階へ、来るがいい』
昇降機が、再び上昇を始めた。
0
あなたにおすすめの小説
無属性魔法使いの下剋上~現代日本の知識を持つ魔導書と契約したら、俺だけが使える「科学魔法」で学園の英雄に成り上がりました~
黒崎隼人
ファンタジー
「お前は今日から、俺の主(マスター)だ」――魔力を持たない“無能”と蔑まれる落ちこぼれ貴族、ユキナリ。彼が手にした一冊の古びた魔導書。そこに宿っていたのは、異世界日本の知識を持つ生意気な魂、カイだった!
「俺の知識とお前の魔力があれば、最強だって夢じゃない」
主従契約から始まる、二人の秘密の特訓。科学的知識で魔法の常識を覆し、落ちこぼれが天才たちに成り上がる! 無自覚に甘い主従関係と、胸がすくような下剋上劇が今、幕を開ける!
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
【改訂版アップ】10日間の異世界旅行~帰れなくなった二人の異世界冒険譚~
ばいむ
ファンタジー
10日間の異世界旅行~帰れなくなった二人の異世界冒険譚~
大筋は変わっていませんが、内容を見直したバージョンを追加でアップしています。単なる自己満足の書き直しですのでオリジナルを読んでいる人は見直さなくてもよいかと思います。主な変更点は以下の通りです。
話数を半分以下に統合。このため1話辺りの文字数が倍増しています。
説明口調から対話形式を増加。
伏線を考えていたが使用しなかった内容について削除。(龍、人種など)
別視点内容の追加。
剣と魔法の世界であるライハンドリア・・・。魔獣と言われるモンスターがおり、剣と魔法でそれを倒す冒険者と言われる人達がいる世界。
高校の休み時間に突然その世界に行くことになってしまった。この世界での生活は10日間と言われ、混乱しながらも楽しむことにしたが、なぜか戻ることができなかった。
特殊な能力を授かるわけでもなく、生きるための力をつけるには自ら鍛錬しなければならなかった。魔獣を狩り、いろいろな遺跡を訪ね、いろいろな人と出会った。何度か死にそうになったこともあったが、多くの人に助けられながらも少しずつ成長し、なんとか生き抜いた。
冒険をともにするのは同じく異世界に転移してきた女性・ジェニファー。彼女と出会い、ともに生き抜き、そして別れることとなった。
2021/06/27 無事に完結しました。
2021/09/10 後日談の追加を開始
2022/02/18 後日談完結しました。
2025/03/23 自己満足の改訂版をアップしました。
異世界あるある 転生物語 たった一つのスキルで無双する!え?【土魔法】じゃなくって【土】スキル?
よっしぃ
ファンタジー
農民が土魔法を使って何が悪い?異世界あるある?前世の謎知識で無双する!
土砂 剛史(どしゃ つよし)24歳、独身。自宅のパソコンでネットをしていた所、突然轟音がしたと思うと窓が破壊され何かがぶつかってきた。
自宅付近で高所作業車が電線付近を作業中、トラックが高所作業車に突っ込み運悪く剛史の部屋に高所作業車のアームの先端がぶつかり、そのまま窓から剛史に一直線。
『あ、やべ!』
そして・・・・
【あれ?ここは何処だ?】
気が付けば真っ白な世界。
気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ?
・・・・
・・・
・・
・
【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】
こうして剛史は新た生を異世界で受けた。
そして何も思い出す事なく10歳に。
そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。
スキルによって一生が決まるからだ。
最低1、最高でも10。平均すると概ね5。
そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。
しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。
そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで
ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。
追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。
だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。
『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』
不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。
そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。
その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。
前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。
但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。
転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。
これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな?
何故か追放された公爵令嬢や他の貴族の令嬢が集まってくるんだが?
俺は農家の4男だぞ?
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
『今日も平和に暮らしたいだけなのに、スキルが増えていく主婦です』
チャチャ
ファンタジー
毎日ドタバタ、でもちょっと幸せな日々。
家事を終えて、趣味のゲームをしていた主婦・麻衣のスマホに、ある日突然「スキル習得」の謎メッセージが届く!?
主婦のスキル習得ライフ、今日ものんびり始まります。
追放されたので田舎でスローライフするはずが、いつの間にか最強領主になっていた件
言諮 アイ
ファンタジー
「お前のような無能はいらない!」
──そう言われ、レオンは王都から盛大に追放された。
だが彼は思った。
「やった!最高のスローライフの始まりだ!!」
そして辺境の村に移住し、畑を耕し、温泉を掘り当て、牧場を開き、ついでに商売を始めたら……
気づけば村が巨大都市になっていた。
農業改革を進めたら周囲の貴族が土下座し、交易を始めたら王国経済をぶっ壊し、温泉を作ったら各国の王族が観光に押し寄せる。
「俺はただ、のんびり暮らしたいだけなんだが……?」
一方、レオンを追放した王国は、バカ王のせいで経済崩壊&敵国に占領寸前!
慌てて「レオン様、助けてください!!」と泣きついてくるが……
「ん? ちょっと待て。俺に無能って言ったの、どこのどいつだっけ?」
もはや世界最強の領主となったレオンは、
「好き勝手やった報い? しらんな」と華麗にスルーし、
今日ものんびり温泉につかるのだった。
ついでに「真の愛」まで手に入れて、レオンの楽園ライフは続く──!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる