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ゼフィルス様が王都から帰還し、俺が新たに生み出した『究極のポーション』の原料となる結晶の価値が確定したことで、俺の拠点は、もはや世界の中心地と言っても過言ではないほどの熱気に包まれていた。
研究所の建設は最終段階に入り、各国から派遣されてきた最高の学者や技術者たちが、目を輝かせながら新しい時代の幕開けに備えている。
「アルス様、クロ殿、おはようございます! 本日も、ポーションの調合、よろしくお願いいたしますぞ!」
朝一番、臨時で設けられた調合所のテントに顔を出すと、ゼフィルス様が満面の笑みで俺とクロを出迎えてくれた。
彼の顔からは、ここ数日の激務の疲労など微塵も感じられない。
むしろ、研究者としての純粋な探究心と、多くの命を救えるという喜びに満ち溢れている。
「おはようございます、ゼフィルス様。クロもやる気満々ですよ」
俺がそう言うと、足元にいたクロが「きゅいーん!」と元気よく鳴き、調合台の前にちょこんと座った。
その姿は、もはや熟練の職人の風格すら漂っている。
ポーションの調合は、驚くほどスムーズに進んだ。
俺がスキル【畑耕し】の力で七色の花から生み出した『奇跡の結晶』を、ゼフィルス様が特殊な溶液に溶かす。
そして、クロがその溶液に向かって、生命エネルギーをたっぷりと含んだ、温かく清らかな炎を吹きかける。
すると、溶液は瞬く間に黄金色に輝き始め、極上の『究極のポーション』が、次々と完成していくのだ。
「素晴らしい……! まさに奇跡の連携じゃ……!」
「クロ殿の炎の制御は、もはや神業の域に達しておる……! わずかな魔力の揺らぎも逃さず、常に最適な温度とエネルギーを供給し続けてくれる!」
「このペースならば、数日のうちに、まずはエルグランド王国全土に行き渡るだけの量を確保できますな!」
各国の学者たちも、クロの見事な働きぶりに、感嘆と称賛の声を惜しまない。
クロは、そんな彼らの称賛を浴びながら、少し得意げに胸を張り、尻尾をパタパタと振っていた。
こいつは本当に、褒められて伸びるタイプらしい。
ポーションの生産が順調に進む一方、俺は別のことにも取り組んでいた。
それは、この拠点に集まった多くの人々の生活を、より豊かで快適なものにすることだ。
彼らは皆、故郷を離れ、この辺境の地で、世界の未来のために働いてくれている。
そんな彼らに、最高の環境を提供したいと思うのは、当然のことだった。
「よし、まずは食事だな」
俺は、研究所の隣に建設中だった、巨大な食堂と居住区画の周りの土地へと向かった。
そして、そこに、新たな品種改良を施した作物の種を蒔いていく。
一つは、「満腹パンの木」。
この木に実る果実は、見た目は普通のパンのようだが、一つ食べただけで、丸一日は空腹を感じなくなるという、驚異的なカロリーと栄養素を誇る。
しかも、味は日替わりで、カレーパン風味だったり、メロンパン風味だったりと、食べる人を飽きさせない工夫も凝らしてある。
もう一つは、「万能ジュースの泉」。
これは、地面から湧き出る泉なのだが、その水は、飲む人の好みや体調に合わせて、味が自在に変化するという特殊な性質を持つ。
疲れている時には栄養満点の野菜ジュースに、リラックスしたい時には甘いフルーツジュースに、といった具合だ。
もちろん、俺のスキルで浄化されているため、その水はどこまでも清らかで、美味しい。
俺がこれらの新しい作物を生み出すと、拠点の人々は、再び狂喜乱舞した。
「な、なんだこのパンは!? 一口食べただけで、全身に力がみなぎってくるぞ!」
「この泉の水……今、俺が一番飲みたかった、キンキンに冷えたリンゴジュースの味がする! まるで、俺の心を読んでいるかのようだ!」
「アルス様は、我々の胃袋まで完全に掌握するおつもりか……! なんという、幸せな支配なのだ……!」
彼らは、俺が作ったパンを頬張り、泉のジュースを飲みながら、涙を流して俺に感謝した。
バルトロ建築士長に至っては、「アルス様、この際、いっそのこと、風呂や寝床も作ってくだされ!」などと、調子に乗ったことまで言い出す始末だ。
まあ、彼らの喜ぶ顔を見ていると、悪い気はしない。
いずれ、そのあたりも考えてやるとしよう。
そんな活気に満ちた日々が続いていたある日、リリアーナ王女が、少し興奮した面持ちで俺の元へやってきた。
その手には、エルグランド王国や近隣諸国から届いた、大量の手紙の束が抱えられている。
「アルス様! ご覧くださいまし! これらは全て、あなた様への感謝の手紙ですわ!」
リリアーナ王女は、そう言って、一通の手紙を俺に読んで聞かせてくれた。
『拝啓、辺境の聖者アルス様。あなた様がお作りになった治療薬のおかげで、紫斑熱で死にかけていた私の息子は、完全に元気を取り戻しました。もはや、感謝の言葉も見つかりません。どうか、この命、アルス様と、世界の平和のために使わせてください』
それは、エルグランド王国の、とある農夫からの手紙だった。
他にも、近隣の国の王族からの丁重な感謝状や、子供たちが描いた、俺とクロの似顔絵など、手紙の種類は様々だった。
だが、そのどれもが、俺に対する、心からの感謝と尊敬の念で満ち溢れていた。
「アルかみさま、ありがとう」
幼い子供が、たどたどしい文字で書いた手紙を読んだ時、俺の胸に、じわりと温かいものが込み上げてくるのを感じた。
追放された時には、誰からも必要とされていないと思っていた自分が、今、こうして多くの人々に感謝され、頼りにされている。
その事実が、何よりも大きな喜びとなって、俺の心を満たしてくれた。
「アルス様の名声は、もはや世界中に轟いておりますわ。あなた様は、ただの聖者ではなく、この時代を導く、生ける神として、人々の心に刻まれ始めているのです」
リリアーナ王女は、俺の隣で、誇らしげにそう言った。
その横顔は、太陽の光を浴びて、キラキラと輝いている。
俺が、神、ねえ。
なんだか、大袈裟すぎて、実感が湧かないな。
俺は、ただ畑を耕しているのが好きな、普通の農夫のはずなんだが。
俺がそんなことを考えていると、足元で、クロが俺のズボンをくんくんと引っ張った。
見ると、クロは口に、どこからか拾ってきたのだろう、美しい花を一本咥えている。
そして、その花を、リリアーナ王女の足元に、そっと差し出した。
「まあ、クロ! わたくしに、プレゼントですの?」
リリアーナ王女は、嬉しそうにその花を受け取った。
「きゅい! リリアナ、きれい!」
クロは、最近覚えたばかりの言葉で、はっきりとそう言った。
その言葉に、リリアーナ王女の頬が、ぽっと赤く染まる。
「まあ……! う、嬉しい……! ありがとう、クロ。あなたも、とても素敵よ」
リリアーナ王女は、照れながらも、心の底から嬉しそうな笑顔を浮かべ、クロの頭を優しく撫でた。
クロも、気持ちよさそうに目を細めている。
その微笑ましい光景は、まるで一枚の絵画のように美しく、俺の心を和ませてくれた。
やはり、この二人は、見ていて飽きないな。
全てが順調に進み、拠点全体が、希望と幸福感に満ち溢れていた、その時だった。
リリアーナ王女の元に、彼女の父であるエルグランド国王陛下から、一通の緊急親書が届けられたのだ。
伝書鳩で届けられたその手紙は、王家の中でも最高機密を示す、黒い封蝋で固く封じられている。
リリアーナ王女は、俺や各国代表が見守る中、緊張した面持ちでその封を切った。
そして、中に目を通すうちに、彼女の顔から、すーっと血の気が引いていくのが分かった。
「……そんな……馬鹿な……!」
リリアーナ王女の美しい瞳が、信じられないといったように、大きく見開かれている。
その手は、かすかに震えていた。
「王女殿下、どうかなさいましたか!?」
俺が心配して声をかけると、彼女は、震える声で、親書の内容を俺たちに告げた。
「……父上からの、親書です。先日、我が国を追放された勇者ライオス……彼が、どういうわけか、大陸の西に位置する、軍事大国『ガイア帝国』の庇護下に入った、と……」
ガイア帝国……。
その名を聞いた瞬間、その場にいた各国代表たちの顔色も、さっと変わった。
ガイア帝国は、強力な軍事力と、魔導技術を背景に、周辺諸国への侵略を繰り返している、非常に好戦的な国家だ。
アルス連合の理念とは、まさに正反対の、力こそが全てという思想を持つ国。
そのガイア帝国が、なぜ、ライオスを?
リリアーナ王女の報告は、さらに衝撃的な内容へと続いていた。
「そして……ライオスは、ガイア帝国の皇帝に取り入り、こう進言したそうです……。『辺境の地に、世界を征服しうる、無限の力を持つ聖者が現れた。その力を放置すれば、いずれ帝国の脅威となるだろう。我ら帝国の力で、その聖者を討伐し、その力を奪うべきだ』と……!」
その言葉に、テントの中は、水を打ったような静けさに包まれた。
追放された勇者が、今度は巨大な軍事国家の手先となって、俺たちの前に再び立ちはだかろうとしている。
しかも、その目的は、俺の力の強奪、そして世界の征服。
「ガイア帝国は、ライオスの進言を受け入れ、大規模な遠征軍の派遣を決定した、とのことです。その軍勢は、数日後には、この拠点へと到達するだろう、と……」
リリアーナ王女は、そう言って、唇をきつく噛みしめた。
せっかく手に入れた平和と希望が、またしても、暴力によって踏みにじられようとしている。
その悔しさに、彼女の瞳には、大粒の涙が浮かんでいた。
だが、俺は、その報告を聞いても、不思議なほど冷静だった。
むしろ、心の奥底で、静かな闘志が燃え上がってくるのを感じていた。
「……そうか。来るなら、来ればいい」
俺は、ゆっくりと立ち上がった。
そして、不安と絶望に満ちた顔で俺を見つめる、リリアーナ王女と、各国代表たちに向かって、静かに、しかし力強く、宣言した。
「皆さん、心配はいりません。俺が、俺のスキル【畑耕し】が、この拠点を、そしてアルス連合の未来を、必ず守ってみせます。帝国が軍隊で来るというのなら、こちらも、相応の準備をして、歓迎してやろうじゃないですか」
俺の言葉には、絶対的な自信が満ちていた。
その自信に、皆の心に灯っていた絶望の炎が、少しずつ鎮火していくのが分かった。
「アルス様……!」
リリアーナ王女が、すがるような目で俺を見つめる。
「大丈夫です、王女殿下」
俺は、彼女の肩に、そっと手を置いた。
「俺は、もう、ただの農夫じゃありません。この世界を守る、一人の戦士でもあるんですから」
俺の瞳には、静かだが、決して消えることのない、強い決意の光が宿っていた。
ガイア帝国、そして勇者ライオス。
望むところだ。
お前たちが、力でこの世界を支配しようとするのなら、俺は、俺の力で、この世界に本当の平和を根付かせてみせる。
俺と、俺の相棒、クロと共に。
「きゅるるるる……!」
俺の決意を感じ取ったのか、足元で、クロが低く、しかし力強い唸り声を上げた。
その赤い瞳は、これから始まる戦いに向けて、爛々と輝いている。
研究所の建設は最終段階に入り、各国から派遣されてきた最高の学者や技術者たちが、目を輝かせながら新しい時代の幕開けに備えている。
「アルス様、クロ殿、おはようございます! 本日も、ポーションの調合、よろしくお願いいたしますぞ!」
朝一番、臨時で設けられた調合所のテントに顔を出すと、ゼフィルス様が満面の笑みで俺とクロを出迎えてくれた。
彼の顔からは、ここ数日の激務の疲労など微塵も感じられない。
むしろ、研究者としての純粋な探究心と、多くの命を救えるという喜びに満ち溢れている。
「おはようございます、ゼフィルス様。クロもやる気満々ですよ」
俺がそう言うと、足元にいたクロが「きゅいーん!」と元気よく鳴き、調合台の前にちょこんと座った。
その姿は、もはや熟練の職人の風格すら漂っている。
ポーションの調合は、驚くほどスムーズに進んだ。
俺がスキル【畑耕し】の力で七色の花から生み出した『奇跡の結晶』を、ゼフィルス様が特殊な溶液に溶かす。
そして、クロがその溶液に向かって、生命エネルギーをたっぷりと含んだ、温かく清らかな炎を吹きかける。
すると、溶液は瞬く間に黄金色に輝き始め、極上の『究極のポーション』が、次々と完成していくのだ。
「素晴らしい……! まさに奇跡の連携じゃ……!」
「クロ殿の炎の制御は、もはや神業の域に達しておる……! わずかな魔力の揺らぎも逃さず、常に最適な温度とエネルギーを供給し続けてくれる!」
「このペースならば、数日のうちに、まずはエルグランド王国全土に行き渡るだけの量を確保できますな!」
各国の学者たちも、クロの見事な働きぶりに、感嘆と称賛の声を惜しまない。
クロは、そんな彼らの称賛を浴びながら、少し得意げに胸を張り、尻尾をパタパタと振っていた。
こいつは本当に、褒められて伸びるタイプらしい。
ポーションの生産が順調に進む一方、俺は別のことにも取り組んでいた。
それは、この拠点に集まった多くの人々の生活を、より豊かで快適なものにすることだ。
彼らは皆、故郷を離れ、この辺境の地で、世界の未来のために働いてくれている。
そんな彼らに、最高の環境を提供したいと思うのは、当然のことだった。
「よし、まずは食事だな」
俺は、研究所の隣に建設中だった、巨大な食堂と居住区画の周りの土地へと向かった。
そして、そこに、新たな品種改良を施した作物の種を蒔いていく。
一つは、「満腹パンの木」。
この木に実る果実は、見た目は普通のパンのようだが、一つ食べただけで、丸一日は空腹を感じなくなるという、驚異的なカロリーと栄養素を誇る。
しかも、味は日替わりで、カレーパン風味だったり、メロンパン風味だったりと、食べる人を飽きさせない工夫も凝らしてある。
もう一つは、「万能ジュースの泉」。
これは、地面から湧き出る泉なのだが、その水は、飲む人の好みや体調に合わせて、味が自在に変化するという特殊な性質を持つ。
疲れている時には栄養満点の野菜ジュースに、リラックスしたい時には甘いフルーツジュースに、といった具合だ。
もちろん、俺のスキルで浄化されているため、その水はどこまでも清らかで、美味しい。
俺がこれらの新しい作物を生み出すと、拠点の人々は、再び狂喜乱舞した。
「な、なんだこのパンは!? 一口食べただけで、全身に力がみなぎってくるぞ!」
「この泉の水……今、俺が一番飲みたかった、キンキンに冷えたリンゴジュースの味がする! まるで、俺の心を読んでいるかのようだ!」
「アルス様は、我々の胃袋まで完全に掌握するおつもりか……! なんという、幸せな支配なのだ……!」
彼らは、俺が作ったパンを頬張り、泉のジュースを飲みながら、涙を流して俺に感謝した。
バルトロ建築士長に至っては、「アルス様、この際、いっそのこと、風呂や寝床も作ってくだされ!」などと、調子に乗ったことまで言い出す始末だ。
まあ、彼らの喜ぶ顔を見ていると、悪い気はしない。
いずれ、そのあたりも考えてやるとしよう。
そんな活気に満ちた日々が続いていたある日、リリアーナ王女が、少し興奮した面持ちで俺の元へやってきた。
その手には、エルグランド王国や近隣諸国から届いた、大量の手紙の束が抱えられている。
「アルス様! ご覧くださいまし! これらは全て、あなた様への感謝の手紙ですわ!」
リリアーナ王女は、そう言って、一通の手紙を俺に読んで聞かせてくれた。
『拝啓、辺境の聖者アルス様。あなた様がお作りになった治療薬のおかげで、紫斑熱で死にかけていた私の息子は、完全に元気を取り戻しました。もはや、感謝の言葉も見つかりません。どうか、この命、アルス様と、世界の平和のために使わせてください』
それは、エルグランド王国の、とある農夫からの手紙だった。
他にも、近隣の国の王族からの丁重な感謝状や、子供たちが描いた、俺とクロの似顔絵など、手紙の種類は様々だった。
だが、そのどれもが、俺に対する、心からの感謝と尊敬の念で満ち溢れていた。
「アルかみさま、ありがとう」
幼い子供が、たどたどしい文字で書いた手紙を読んだ時、俺の胸に、じわりと温かいものが込み上げてくるのを感じた。
追放された時には、誰からも必要とされていないと思っていた自分が、今、こうして多くの人々に感謝され、頼りにされている。
その事実が、何よりも大きな喜びとなって、俺の心を満たしてくれた。
「アルス様の名声は、もはや世界中に轟いておりますわ。あなた様は、ただの聖者ではなく、この時代を導く、生ける神として、人々の心に刻まれ始めているのです」
リリアーナ王女は、俺の隣で、誇らしげにそう言った。
その横顔は、太陽の光を浴びて、キラキラと輝いている。
俺が、神、ねえ。
なんだか、大袈裟すぎて、実感が湧かないな。
俺は、ただ畑を耕しているのが好きな、普通の農夫のはずなんだが。
俺がそんなことを考えていると、足元で、クロが俺のズボンをくんくんと引っ張った。
見ると、クロは口に、どこからか拾ってきたのだろう、美しい花を一本咥えている。
そして、その花を、リリアーナ王女の足元に、そっと差し出した。
「まあ、クロ! わたくしに、プレゼントですの?」
リリアーナ王女は、嬉しそうにその花を受け取った。
「きゅい! リリアナ、きれい!」
クロは、最近覚えたばかりの言葉で、はっきりとそう言った。
その言葉に、リリアーナ王女の頬が、ぽっと赤く染まる。
「まあ……! う、嬉しい……! ありがとう、クロ。あなたも、とても素敵よ」
リリアーナ王女は、照れながらも、心の底から嬉しそうな笑顔を浮かべ、クロの頭を優しく撫でた。
クロも、気持ちよさそうに目を細めている。
その微笑ましい光景は、まるで一枚の絵画のように美しく、俺の心を和ませてくれた。
やはり、この二人は、見ていて飽きないな。
全てが順調に進み、拠点全体が、希望と幸福感に満ち溢れていた、その時だった。
リリアーナ王女の元に、彼女の父であるエルグランド国王陛下から、一通の緊急親書が届けられたのだ。
伝書鳩で届けられたその手紙は、王家の中でも最高機密を示す、黒い封蝋で固く封じられている。
リリアーナ王女は、俺や各国代表が見守る中、緊張した面持ちでその封を切った。
そして、中に目を通すうちに、彼女の顔から、すーっと血の気が引いていくのが分かった。
「……そんな……馬鹿な……!」
リリアーナ王女の美しい瞳が、信じられないといったように、大きく見開かれている。
その手は、かすかに震えていた。
「王女殿下、どうかなさいましたか!?」
俺が心配して声をかけると、彼女は、震える声で、親書の内容を俺たちに告げた。
「……父上からの、親書です。先日、我が国を追放された勇者ライオス……彼が、どういうわけか、大陸の西に位置する、軍事大国『ガイア帝国』の庇護下に入った、と……」
ガイア帝国……。
その名を聞いた瞬間、その場にいた各国代表たちの顔色も、さっと変わった。
ガイア帝国は、強力な軍事力と、魔導技術を背景に、周辺諸国への侵略を繰り返している、非常に好戦的な国家だ。
アルス連合の理念とは、まさに正反対の、力こそが全てという思想を持つ国。
そのガイア帝国が、なぜ、ライオスを?
リリアーナ王女の報告は、さらに衝撃的な内容へと続いていた。
「そして……ライオスは、ガイア帝国の皇帝に取り入り、こう進言したそうです……。『辺境の地に、世界を征服しうる、無限の力を持つ聖者が現れた。その力を放置すれば、いずれ帝国の脅威となるだろう。我ら帝国の力で、その聖者を討伐し、その力を奪うべきだ』と……!」
その言葉に、テントの中は、水を打ったような静けさに包まれた。
追放された勇者が、今度は巨大な軍事国家の手先となって、俺たちの前に再び立ちはだかろうとしている。
しかも、その目的は、俺の力の強奪、そして世界の征服。
「ガイア帝国は、ライオスの進言を受け入れ、大規模な遠征軍の派遣を決定した、とのことです。その軍勢は、数日後には、この拠点へと到達するだろう、と……」
リリアーナ王女は、そう言って、唇をきつく噛みしめた。
せっかく手に入れた平和と希望が、またしても、暴力によって踏みにじられようとしている。
その悔しさに、彼女の瞳には、大粒の涙が浮かんでいた。
だが、俺は、その報告を聞いても、不思議なほど冷静だった。
むしろ、心の奥底で、静かな闘志が燃え上がってくるのを感じていた。
「……そうか。来るなら、来ればいい」
俺は、ゆっくりと立ち上がった。
そして、不安と絶望に満ちた顔で俺を見つめる、リリアーナ王女と、各国代表たちに向かって、静かに、しかし力強く、宣言した。
「皆さん、心配はいりません。俺が、俺のスキル【畑耕し】が、この拠点を、そしてアルス連合の未来を、必ず守ってみせます。帝国が軍隊で来るというのなら、こちらも、相応の準備をして、歓迎してやろうじゃないですか」
俺の言葉には、絶対的な自信が満ちていた。
その自信に、皆の心に灯っていた絶望の炎が、少しずつ鎮火していくのが分かった。
「アルス様……!」
リリアーナ王女が、すがるような目で俺を見つめる。
「大丈夫です、王女殿下」
俺は、彼女の肩に、そっと手を置いた。
「俺は、もう、ただの農夫じゃありません。この世界を守る、一人の戦士でもあるんですから」
俺の瞳には、静かだが、決して消えることのない、強い決意の光が宿っていた。
ガイア帝国、そして勇者ライオス。
望むところだ。
お前たちが、力でこの世界を支配しようとするのなら、俺は、俺の力で、この世界に本当の平和を根付かせてみせる。
俺と、俺の相棒、クロと共に。
「きゅるるるる……!」
俺の決意を感じ取ったのか、足元で、クロが低く、しかし力強い唸り声を上げた。
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【簡単な流れ】
勇者がボコボコにされます→元勇者として活動→聖女と出会います→レベル投げを習得→EXダンジョンゲット→レア装備ゲットしまくり→元パーティざまぁ
【原題】
『お前は勇者ではないとギルドを追放され、第二勇者が魔王を倒しエンディングの最中レベル0の俺は出現したEXダンジョンを独占~【レベル投げ】でレアアイテム大量獲得~戻って来いと言われても、もう遅いんだが』
『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合
鈴白理人
ファンタジー
北の辺境で雨漏りと格闘中のアーサーは、貧乏領主の長男にして未来の次期辺境伯。
国民には【スキルツリー】という加護があるけれど、鑑定料は銀貨五枚。そんな贅沢、うちには無理。
でも最近──猫が雨漏りポイントを教えてくれたり、鳥やミミズとも会話が成立してる気がする。
これってもしかして【動物スキル?】
笑って働く貧乏大家族と一緒に、雨漏り屋敷から始まる、のんびりほのぼの領地改革物語!
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