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第13話 魔導ロイヤルホテルの建設と、脱走したメインディッシュ
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朝日がまぶたをくすぐり、私はゆっくりと意識を浮上させた。
窓の外からは、小鳥たちのさえずりがオーケストラのように響き渡っている。辺境の朝とは思えない、清々しく優雅な目覚めだ。
私は最高級の羽毛布団――もちろん、私が魔獣の羽から作った特製品だ――の上で、猫のように大きく伸びをした。
「おはよう、フェンリル。今日も世界が私を祝福しているようね」
「おはようございます、主。実に見事な朝でございます。主の輝きで、太陽が霞んで見えるほどです」
ベッドの脇では、神獣フェンリルが恭しく頭を垂れていた。
朝の光を浴びたその銀色の毛並みは、ダイヤモンドダストのようにキラキラと輝いている。相変わらず、無駄に絵になる従者だ。
フェンリルは私の手に濡れた鼻先を寄せ、甘えるようにすり寄ってきた。
その仕草があまりにも愛らしくて、私は彼の頭をワシャワシャと撫で回す。
「ふふ、くすぐったいわよ。でも、調子は良さそうね」
私の指先からは、無意識のうちに黄金色の魔力が溢れ出し、フェンリルの毛並みに吸い込まれていく。
一晩眠っただけだというのに、私の体力と魔力は完全に回復し、むしろ溢れ出さんばかりの状態だった。
先日食べた黒龍のフルコース、それに続いてトレードセンターに持ち込まれた数々の呪具たち。それらの栄養素が、私の体内で完全に消化吸収され、血肉となっている証拠だ。
私はベッドから抜け出し、姿見の前へと立った。
鏡の中に映っているのは、一分の隙もなく完成された、宝石のような美少女だ。
かつて「豚」と罵られた贅肉は跡形もなく消え去り、あるのは神が泥をこねて作った最高傑作のようなプロポーションのみ。
肌は新雪のように白く、内側から発光するような透明感を湛えている。瞳は深海のサファイアよりも深く青く、強い意志の光を放っていた。
プラチナブロンドの髪は、手櫛を通すだけで絹糸のようにサラサラと流れ落ちる。
ウエストは驚くほどくびれ、そこから伸びる脚はすらりと長く、しなやかな筋肉に覆われている。
「うん、今日も完璧。一段とコンディションがいいわ」
私は鏡の中の自分に向かって、うっとりと微笑みかけた。
鏡を見るたびに美しさのレベルが更新されていく。これこそが、私が提唱する『呪い食いダイエット』の素晴らしい成果だ。
世の女性たちが血の滲むような努力をしているというのに、私はただ美味しいものを食べて寝ているだけで、この美貌を手に入れてしまった。
罪深いことだが、これも才能なのだから仕方がない。
「さて、お腹が空いたわね。キッチンへ行きましょうか」
私が歩き出すと、フェンリルが音もなく背後に従った。
部屋を出て広場に向かうと、そこにはすでに活気ある光景が広がっていた。
「せいっ! はあっ!」
「そこだ! 踏み込みが甘いぞ!」
騎士たちが、早朝訓練に励んでいる。
彼らが身につけているのは、私が龍の鱗から削り出した最新鋭の『ドラグーン・アーマー』だ。
銀色に輝く流線型の鎧は、装着者の身体能力を数十倍に跳ね上げる機能を持っている。
彼らが剣を振るうたびに、空気が切り裂かれ、衝撃波が巻き起こっていた。
「カトリーヌ様! おはようございます!」
私の姿を認めるなり、騎士団長のガレスが弾丸のような速さで駆け寄ってきた。
彼の全身からは、湯気のように濃密な魔力が立ち昇っている。
彼もまた、私の作った魔力入りの料理を毎食食べているおかげで、もはや人間という枠組みを超越し、超人へと進化しつつあった。
「おはよう、ガレス。朝から元気があっていいわね。地面が揺れるから、もう少し静かに歩けないのかしら?」
「はっ! 申し訳ありません! この鎧を着ていると、力がみなぎりすぎて制御が難しいのです!」
ガレスは嬉しそうに鎧の胸板を叩いた。ゴォン、と重厚な金属音が響く。
「お嬢様、朝食の準備が整っておりますぞ!」
料理番の騎士が、野太い声を張り上げて私を呼んだ。
広場に設置された特大のテーブルには、焼きたてのパンが山のように積まれている。
小麦の焦げる香ばしい匂いと、とろけるバターの甘い香りが混ざり合い、朝の澄んだ空気に漂っていた。
その香りを嗅いだ瞬間、私の胃袋がキュルルと可愛らしい音を立てる。
「あら、美味しそう。みんな、座りなさい」
私が席に着くと、村人たちがわらわらと集まり、嬉しそうに私の周りを取り囲んだ。
彼らの顔には、かつてこの地を覆っていた絶望の影など微塵もない。
誰もが肌艶よく、希望に満ちた瞳をしている。
「まずはスープから頂こうかしら」
私はスプーンで、黄金色に澄んだ野菜スープを掬い、口へと運んだ。
舌の上に乗せた瞬間、野菜の優しい甘みがじゅわりと広がる。
「ん、おいしい。野菜の旨味が凝縮されているわね。このコク、ただ煮込んだだけじゃないでしょう?」
「はい! カトリーヌ様の作ってくださった『魔導肥料』のおかげで、野菜の味が十倍くらい濃くなっているんです!」
「畑で採れたばかりの野菜です! 泥付きのままかじっても甘いくらいですよ!」
村人たちが、我が子の自慢をするように胸を張って教えてくれた。
私は満足げに頷き、次は焼きたてのパンに手を伸ばす。
表面はパリッと香ばしく、中は雲のようにふわふわだ。そこに、とろりとした琥珀色のはちみつをたっぷりと垂らす。
「いただきます!」
大きな口を開けて、私はパンを豪快に齧り付いた。
サクッという小気味よい音がして、口の中で甘みの爆弾が爆発する。
「最高! このはちみつ、魔力がたっぷり入っているわね。舌が痺れるくらい濃厚だわ」
「へへっ、お嬢様が浄化してくださった森の花から採れたものです! 蜂たちも元気すぎて、巣箱がすぐに一杯になるんです」
私はパンを三枚続けて平らげ、温かいミルクティーで流し込んだ。
胃袋の中に温かい満足感が広がり、魔力がさらに充填されていくのを感じる。
「ふう、ごちそうさま。お腹がいっぱいになったら、次の仕事に取り掛からないとね」
私はナプキンで口元を拭い、優雅に立ち上がった。
視線の先にあるのは、村の中央に確保しておいた広大な空き地だ。
先日完成させたトレードセンターには、世界中から商人が押し寄せている。
しかし、彼らをもてなす宿泊施設が、この村にはまだ足りていない。
テント暮らしをさせるわけにはいかないし、何より私の美学に反する。
「ここには、これから世界一のホテルを建てるわ。世界中のVIPが、予約待ちで列をなすような最高の宿をね」
「ホテル、ですか? またお嬢様のとんでもない計画が始まりそうだ」
ガレスが呆れたように、しかし期待に満ちた顔で笑う。
「フェンリル、材料の龍の鱗を持ってきてちょうだい。倉庫に余っている分、全部よ」
「承知いたしました。あちらに全て揃えてあります」
フェンリルが風のように動いたかと思うと、次の瞬間には空き地に巨大な鱗の山が出現した。
一枚が大人の背丈ほどもある、黒龍の鱗だ。
私が呪いを吸い尽くしたことで、今は虹色に輝く美しい建材へと変化している。
強度はオリハルコンを超え、断熱性も魔力耐性も完璧な、夢の素材だ。
私は空き地の真ん中に立ち、両手を広げて魔力を一気に解放した。
腹の底から、食べたばかりの朝食のエネルギーが湧き上がってくる。
「創造開始! 我が領土に相応しき、魔導ロイヤルホテル、現れなさい!」
私の指先から、まばゆい黄金の光がレーザービームのように放たれた。
光は空中で複雑怪奇な幾何学模様を描き、巨大な立体の魔法陣を形成する。
大気を震わせるほどの魔力密度に、周囲の空間がビリビリと唸りを上げた。
ズズズズズズッ……!!
地面が大きく揺れ、地鳴りと共に白い大理石の壁が突き出してきた。
それは植物が成長するような速度ではなく、爆発的な勢いで空へと伸びていく。
「うわあぁっ! た、建物が地面から生えてくるぞ!」
「逃げろ! いや、見ろ! なんだあの美しさは!」
村人たちが目を丸くし、口をあんぐりと開けてその光景を見つめている。
彼らは私の奇跡に慣れつつあるが、それでもこの規模の創造魔法は度肝を抜かれるようだ。
「速い! 一階、二階……あっという間に高くなっていく!」
「なんて豪華なんだ! まるで王宮よりも立派じゃないか! いや、王宮が馬小屋に見えるぞ!」
騎士たちが驚愕の声を上げて騒ぐ中、ホテルは瞬く間に五階建ての巨大な建築物へと変貌した。
外壁には、龍の鱗をナノレベルまで粉砕して混ぜ込んだ特殊塗料が塗られている。
太陽の光を反射して、建物全体がオーロラのように虹色に光り輝いていた。
窓ガラスは全て強化魔導ガラスで、ダイヤモンド級の硬度を持つ。
エントランスには、自動で開閉する巨大な魔導ドアを設置した。
「よし、外装は完璧ね。次は内装を仕上げましょう」
私は完成したばかりのホテルのロビーへ、カツカツとヒールの音を響かせて足を踏み入れた。
中はひんやりとしていて、爽やかなハーブの香りが漂っている。
空調も完璧だ。
「光れ! 夜でも昼間のように明るく照らすのよ!」
私が指を鳴らすと、天井に出現させた巨大なシャンデリアがカッと輝いた。
何万個もの魔石を繋ぎ合わせた、光の芸術品だ。
ロビー全体が黄金色に染まり、磨き上げられた大理石の床がそれを反射する。
「すごすぎる……。ここは本当に、あの辺境の村なのか?」
後ろをついてきたバレル伯爵が、口を半開きにして中を歩いていた。
彼は豪華な内装を見るたびに、腰を抜かしそうになっている。
王都の貴族である彼ですら、これほどの贅沢は見たことがないだろう。
「このソファ、座り心地が最高だ! 雲の上にいるようだ!」
伯爵は、ロビーにある高級なソファに深く体を沈め、至福の表情で天井を仰いだ。
そのソファには、スライムの衝撃吸収素材と、綿毛羊のウールを使っている。
一度座れば二度と立ち上がりたくなくなる、「人をダメにするソファ」の高級版だ。
私は階段を上がり、最上階のスイートルームを一瞬で完成させた。
広々としたバルコニーからは、発展していく村の全景が一望できる。
黄金の小麦畑、活気あるトレードセンター、そして整備された街道。
全てが私の手によって生まれ変わった、私だけの王国だ。
「絶景ね。これなら一泊金貨百枚は取れるわね」
私は満足げに頷いて、バルコニーの柵に手を置いた。
風が頬を撫で、髪を優しく揺らす。
ふと、風に乗って奇妙な「匂い」が漂ってきた。
「主、王都の方角から、また不穏な気配が近づいています」
フェンリルが、私の隣で空を見上げながら静かに言った。
その金色の瞳は、遠くの地平線を鋭く射抜いている。
「あら、また邪魔者が来るの? しつこいわねえ」
私は遠くの地平線に目を細めて、不敵に微笑んだ。
そこには、赤黒い霧を纏った巨大な影が動いているのが見えた。
普通の人間には見えない、強大な呪いの波動だ。
しかし、私にはそれが「湯気」に見える。
「あれは……王都の地下に封印されていた古の魔物かしら」
「おそらく。かなりの魔力を持っています、主。以前の黒龍に匹敵するかもしれません」
「ふふ、楽しみだわ。今度はどんな味がするのかしら」
私は新しいご馳走の予感に、思わず舌なめずりをした。
朝食を食べたばかりだというのに、私のお腹は正直だ。
美味しい呪いを求めて、キュルルと可愛らしく鳴いている。
王都の連中は、私を攻撃しているつもりだろうが、私にとってはウーバーイーツのようなものだ。
その時、ドタドタと慌ただしい足音が階段を駆け上がってきた。
「お嬢様! 大変です! 倉庫に閉じ込めた王子が!」
ガレスが、血相を変えて飛び込んできた。
彼の顔は恐怖で青ざめ、息が上がっている。
「どうしたの? ジュリアン王子が何かしたの? 倉庫の掃除でも終わった?」
「いいえ! 王子の体が、真っ黒な炎に包まれて……!」
ガレスは、窓の外、倉庫の方角を指差した。
「まさか、自分に呪いをかけてパワーアップしたのかしら」
「そのようです! 倉庫の壁を内側から突き破って、こちらへ向かっています! あの姿、もはや人間ではありません!」
「おバカさんねえ。そんなことをしても、美味しく調理されて私に食べられるだけなのに」
私は呆れてため息をついたが、口元は隠しきれない笑みで歪んでいた。
手間をかけずに、食材の方から調理されに来てくれるなんて、なんて親切なのかしら。
デザートの時間は、思ったよりも早く始まりそうだ。
「ガレス、お客様をお迎えするわよ。ナイフとフォークの準備はいい?」
私はゆったりとした動作でドレスの裾を翻し、ホテルのエントランスへ向かって歩き出した。
その足取りは、舞踏会へ向かう王女のように軽やかだった。
窓の外からは、小鳥たちのさえずりがオーケストラのように響き渡っている。辺境の朝とは思えない、清々しく優雅な目覚めだ。
私は最高級の羽毛布団――もちろん、私が魔獣の羽から作った特製品だ――の上で、猫のように大きく伸びをした。
「おはよう、フェンリル。今日も世界が私を祝福しているようね」
「おはようございます、主。実に見事な朝でございます。主の輝きで、太陽が霞んで見えるほどです」
ベッドの脇では、神獣フェンリルが恭しく頭を垂れていた。
朝の光を浴びたその銀色の毛並みは、ダイヤモンドダストのようにキラキラと輝いている。相変わらず、無駄に絵になる従者だ。
フェンリルは私の手に濡れた鼻先を寄せ、甘えるようにすり寄ってきた。
その仕草があまりにも愛らしくて、私は彼の頭をワシャワシャと撫で回す。
「ふふ、くすぐったいわよ。でも、調子は良さそうね」
私の指先からは、無意識のうちに黄金色の魔力が溢れ出し、フェンリルの毛並みに吸い込まれていく。
一晩眠っただけだというのに、私の体力と魔力は完全に回復し、むしろ溢れ出さんばかりの状態だった。
先日食べた黒龍のフルコース、それに続いてトレードセンターに持ち込まれた数々の呪具たち。それらの栄養素が、私の体内で完全に消化吸収され、血肉となっている証拠だ。
私はベッドから抜け出し、姿見の前へと立った。
鏡の中に映っているのは、一分の隙もなく完成された、宝石のような美少女だ。
かつて「豚」と罵られた贅肉は跡形もなく消え去り、あるのは神が泥をこねて作った最高傑作のようなプロポーションのみ。
肌は新雪のように白く、内側から発光するような透明感を湛えている。瞳は深海のサファイアよりも深く青く、強い意志の光を放っていた。
プラチナブロンドの髪は、手櫛を通すだけで絹糸のようにサラサラと流れ落ちる。
ウエストは驚くほどくびれ、そこから伸びる脚はすらりと長く、しなやかな筋肉に覆われている。
「うん、今日も完璧。一段とコンディションがいいわ」
私は鏡の中の自分に向かって、うっとりと微笑みかけた。
鏡を見るたびに美しさのレベルが更新されていく。これこそが、私が提唱する『呪い食いダイエット』の素晴らしい成果だ。
世の女性たちが血の滲むような努力をしているというのに、私はただ美味しいものを食べて寝ているだけで、この美貌を手に入れてしまった。
罪深いことだが、これも才能なのだから仕方がない。
「さて、お腹が空いたわね。キッチンへ行きましょうか」
私が歩き出すと、フェンリルが音もなく背後に従った。
部屋を出て広場に向かうと、そこにはすでに活気ある光景が広がっていた。
「せいっ! はあっ!」
「そこだ! 踏み込みが甘いぞ!」
騎士たちが、早朝訓練に励んでいる。
彼らが身につけているのは、私が龍の鱗から削り出した最新鋭の『ドラグーン・アーマー』だ。
銀色に輝く流線型の鎧は、装着者の身体能力を数十倍に跳ね上げる機能を持っている。
彼らが剣を振るうたびに、空気が切り裂かれ、衝撃波が巻き起こっていた。
「カトリーヌ様! おはようございます!」
私の姿を認めるなり、騎士団長のガレスが弾丸のような速さで駆け寄ってきた。
彼の全身からは、湯気のように濃密な魔力が立ち昇っている。
彼もまた、私の作った魔力入りの料理を毎食食べているおかげで、もはや人間という枠組みを超越し、超人へと進化しつつあった。
「おはよう、ガレス。朝から元気があっていいわね。地面が揺れるから、もう少し静かに歩けないのかしら?」
「はっ! 申し訳ありません! この鎧を着ていると、力がみなぎりすぎて制御が難しいのです!」
ガレスは嬉しそうに鎧の胸板を叩いた。ゴォン、と重厚な金属音が響く。
「お嬢様、朝食の準備が整っておりますぞ!」
料理番の騎士が、野太い声を張り上げて私を呼んだ。
広場に設置された特大のテーブルには、焼きたてのパンが山のように積まれている。
小麦の焦げる香ばしい匂いと、とろけるバターの甘い香りが混ざり合い、朝の澄んだ空気に漂っていた。
その香りを嗅いだ瞬間、私の胃袋がキュルルと可愛らしい音を立てる。
「あら、美味しそう。みんな、座りなさい」
私が席に着くと、村人たちがわらわらと集まり、嬉しそうに私の周りを取り囲んだ。
彼らの顔には、かつてこの地を覆っていた絶望の影など微塵もない。
誰もが肌艶よく、希望に満ちた瞳をしている。
「まずはスープから頂こうかしら」
私はスプーンで、黄金色に澄んだ野菜スープを掬い、口へと運んだ。
舌の上に乗せた瞬間、野菜の優しい甘みがじゅわりと広がる。
「ん、おいしい。野菜の旨味が凝縮されているわね。このコク、ただ煮込んだだけじゃないでしょう?」
「はい! カトリーヌ様の作ってくださった『魔導肥料』のおかげで、野菜の味が十倍くらい濃くなっているんです!」
「畑で採れたばかりの野菜です! 泥付きのままかじっても甘いくらいですよ!」
村人たちが、我が子の自慢をするように胸を張って教えてくれた。
私は満足げに頷き、次は焼きたてのパンに手を伸ばす。
表面はパリッと香ばしく、中は雲のようにふわふわだ。そこに、とろりとした琥珀色のはちみつをたっぷりと垂らす。
「いただきます!」
大きな口を開けて、私はパンを豪快に齧り付いた。
サクッという小気味よい音がして、口の中で甘みの爆弾が爆発する。
「最高! このはちみつ、魔力がたっぷり入っているわね。舌が痺れるくらい濃厚だわ」
「へへっ、お嬢様が浄化してくださった森の花から採れたものです! 蜂たちも元気すぎて、巣箱がすぐに一杯になるんです」
私はパンを三枚続けて平らげ、温かいミルクティーで流し込んだ。
胃袋の中に温かい満足感が広がり、魔力がさらに充填されていくのを感じる。
「ふう、ごちそうさま。お腹がいっぱいになったら、次の仕事に取り掛からないとね」
私はナプキンで口元を拭い、優雅に立ち上がった。
視線の先にあるのは、村の中央に確保しておいた広大な空き地だ。
先日完成させたトレードセンターには、世界中から商人が押し寄せている。
しかし、彼らをもてなす宿泊施設が、この村にはまだ足りていない。
テント暮らしをさせるわけにはいかないし、何より私の美学に反する。
「ここには、これから世界一のホテルを建てるわ。世界中のVIPが、予約待ちで列をなすような最高の宿をね」
「ホテル、ですか? またお嬢様のとんでもない計画が始まりそうだ」
ガレスが呆れたように、しかし期待に満ちた顔で笑う。
「フェンリル、材料の龍の鱗を持ってきてちょうだい。倉庫に余っている分、全部よ」
「承知いたしました。あちらに全て揃えてあります」
フェンリルが風のように動いたかと思うと、次の瞬間には空き地に巨大な鱗の山が出現した。
一枚が大人の背丈ほどもある、黒龍の鱗だ。
私が呪いを吸い尽くしたことで、今は虹色に輝く美しい建材へと変化している。
強度はオリハルコンを超え、断熱性も魔力耐性も完璧な、夢の素材だ。
私は空き地の真ん中に立ち、両手を広げて魔力を一気に解放した。
腹の底から、食べたばかりの朝食のエネルギーが湧き上がってくる。
「創造開始! 我が領土に相応しき、魔導ロイヤルホテル、現れなさい!」
私の指先から、まばゆい黄金の光がレーザービームのように放たれた。
光は空中で複雑怪奇な幾何学模様を描き、巨大な立体の魔法陣を形成する。
大気を震わせるほどの魔力密度に、周囲の空間がビリビリと唸りを上げた。
ズズズズズズッ……!!
地面が大きく揺れ、地鳴りと共に白い大理石の壁が突き出してきた。
それは植物が成長するような速度ではなく、爆発的な勢いで空へと伸びていく。
「うわあぁっ! た、建物が地面から生えてくるぞ!」
「逃げろ! いや、見ろ! なんだあの美しさは!」
村人たちが目を丸くし、口をあんぐりと開けてその光景を見つめている。
彼らは私の奇跡に慣れつつあるが、それでもこの規模の創造魔法は度肝を抜かれるようだ。
「速い! 一階、二階……あっという間に高くなっていく!」
「なんて豪華なんだ! まるで王宮よりも立派じゃないか! いや、王宮が馬小屋に見えるぞ!」
騎士たちが驚愕の声を上げて騒ぐ中、ホテルは瞬く間に五階建ての巨大な建築物へと変貌した。
外壁には、龍の鱗をナノレベルまで粉砕して混ぜ込んだ特殊塗料が塗られている。
太陽の光を反射して、建物全体がオーロラのように虹色に光り輝いていた。
窓ガラスは全て強化魔導ガラスで、ダイヤモンド級の硬度を持つ。
エントランスには、自動で開閉する巨大な魔導ドアを設置した。
「よし、外装は完璧ね。次は内装を仕上げましょう」
私は完成したばかりのホテルのロビーへ、カツカツとヒールの音を響かせて足を踏み入れた。
中はひんやりとしていて、爽やかなハーブの香りが漂っている。
空調も完璧だ。
「光れ! 夜でも昼間のように明るく照らすのよ!」
私が指を鳴らすと、天井に出現させた巨大なシャンデリアがカッと輝いた。
何万個もの魔石を繋ぎ合わせた、光の芸術品だ。
ロビー全体が黄金色に染まり、磨き上げられた大理石の床がそれを反射する。
「すごすぎる……。ここは本当に、あの辺境の村なのか?」
後ろをついてきたバレル伯爵が、口を半開きにして中を歩いていた。
彼は豪華な内装を見るたびに、腰を抜かしそうになっている。
王都の貴族である彼ですら、これほどの贅沢は見たことがないだろう。
「このソファ、座り心地が最高だ! 雲の上にいるようだ!」
伯爵は、ロビーにある高級なソファに深く体を沈め、至福の表情で天井を仰いだ。
そのソファには、スライムの衝撃吸収素材と、綿毛羊のウールを使っている。
一度座れば二度と立ち上がりたくなくなる、「人をダメにするソファ」の高級版だ。
私は階段を上がり、最上階のスイートルームを一瞬で完成させた。
広々としたバルコニーからは、発展していく村の全景が一望できる。
黄金の小麦畑、活気あるトレードセンター、そして整備された街道。
全てが私の手によって生まれ変わった、私だけの王国だ。
「絶景ね。これなら一泊金貨百枚は取れるわね」
私は満足げに頷いて、バルコニーの柵に手を置いた。
風が頬を撫で、髪を優しく揺らす。
ふと、風に乗って奇妙な「匂い」が漂ってきた。
「主、王都の方角から、また不穏な気配が近づいています」
フェンリルが、私の隣で空を見上げながら静かに言った。
その金色の瞳は、遠くの地平線を鋭く射抜いている。
「あら、また邪魔者が来るの? しつこいわねえ」
私は遠くの地平線に目を細めて、不敵に微笑んだ。
そこには、赤黒い霧を纏った巨大な影が動いているのが見えた。
普通の人間には見えない、強大な呪いの波動だ。
しかし、私にはそれが「湯気」に見える。
「あれは……王都の地下に封印されていた古の魔物かしら」
「おそらく。かなりの魔力を持っています、主。以前の黒龍に匹敵するかもしれません」
「ふふ、楽しみだわ。今度はどんな味がするのかしら」
私は新しいご馳走の予感に、思わず舌なめずりをした。
朝食を食べたばかりだというのに、私のお腹は正直だ。
美味しい呪いを求めて、キュルルと可愛らしく鳴いている。
王都の連中は、私を攻撃しているつもりだろうが、私にとってはウーバーイーツのようなものだ。
その時、ドタドタと慌ただしい足音が階段を駆け上がってきた。
「お嬢様! 大変です! 倉庫に閉じ込めた王子が!」
ガレスが、血相を変えて飛び込んできた。
彼の顔は恐怖で青ざめ、息が上がっている。
「どうしたの? ジュリアン王子が何かしたの? 倉庫の掃除でも終わった?」
「いいえ! 王子の体が、真っ黒な炎に包まれて……!」
ガレスは、窓の外、倉庫の方角を指差した。
「まさか、自分に呪いをかけてパワーアップしたのかしら」
「そのようです! 倉庫の壁を内側から突き破って、こちらへ向かっています! あの姿、もはや人間ではありません!」
「おバカさんねえ。そんなことをしても、美味しく調理されて私に食べられるだけなのに」
私は呆れてため息をついたが、口元は隠しきれない笑みで歪んでいた。
手間をかけずに、食材の方から調理されに来てくれるなんて、なんて親切なのかしら。
デザートの時間は、思ったよりも早く始まりそうだ。
「ガレス、お客様をお迎えするわよ。ナイフとフォークの準備はいい?」
私はゆったりとした動作でドレスの裾を翻し、ホテルのエントランスへ向かって歩き出した。
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