【異世界コンビニ】通販スキルを使って異世界でコンビニを開いたら、ただの100円ライターが魔道具、コーラが万能薬として神々に崇められた件

旅する書斎(☆ほしい)

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第6話 三分間の神話、あるいは海鮮ヌードル

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夕闇が迫り、窓の外の世界が群青色に沈み始めていた。
だが、俺の支配するこのコンビニエンスストアの中だけは、永遠の正午だ。
天井に埋め込まれた高輝度LED照明が、店内の隅々までを暴力的なまでの明度で照らし出している。
俺はレジカウンターの中で、あくびを噛み殺しながら伝票の整理をしていた。
異世界の夕暮れは早い。
蝋燭や松明しか光源のないこの街では、日が落ちればそこは闇と犯罪の領域だ。
しかし、この店は違う。
闇を物理的に排除する光の結界。
ガラス一枚隔てた向こう側に広がる中世レベルの闇夜と、こちら側の二十一世紀のテクノロジーが、残酷なまでのコントラストを描き出している。

「主様、表が騒がしいようです」

エルザが棚の陰から、音もなく俺の横に現れた。
彼女は最近、店の警備主任という役職に誇りを持っているらしく、常に周囲を警戒している。
自動ドアの方を見ると、ガラス越しに数人の人影が見えた。
豪奢な馬車が店の前に横付けされ、そこから降りてきた一団だ。
先頭に立つのは、白髪をオールバックに撫でつけ、純白のコックコートのような衣装を纏った初老の男。
その背後には、同じような白衣を着た屈強な男たちが五、六人従っている。
彼らの纏う雰囲気は、騎士や冒険者のそれとは違う。
職人特有の頑固さと、権力に守られた者だけが持つ傲慢さが入り混じった、独特の圧迫感だ。

ウィーン。

自動ドアが滑らかに開く。
同時に、店内の完璧に調整された空調の冷気が、外の湿った空気と衝突して白い霧を生んだ。
その霧を割り、白衣の男が堂々と店内に足を踏み入れた。

「……ほう。ここが噂の『神の厨房』か」

男は鷹のような鋭い眼光で、店内を見回した。
その視線は、商品の棚、冷蔵ケース、そして天井の照明へと次々に走る。
値踏みするような、それでいてどこか見下したような目だ。

「……妙だな。香辛料(スパイス)の香りが一切しない」

彼は鼻をヒクつかせ、大袈裟に首を傾げた。
背後の取り巻きたちも、同様に鼻を鳴らしている。

「確かに……。煮込み料理の匂いも、肉を焼く煙の匂いもしませんな」
「本当に料理を出しているのか? 詐欺ではないか?」

彼らは口々に囁き合い、嘲笑の表情を浮かべた。
この世界において、料理の質は「香りの強さ」と直結している。
冷蔵技術がなく、食材の鮮度維持が困難なここでは、腐敗臭を誤魔化すために大量の香辛料を使うのが高級料理の証だからだ。
無臭であること。
それは彼らにとって、料理が存在しないことと同義らしい。

「いらっしゃいませ。買い物か?」

俺はカウンターに頬杖をつき、気だるげに声をかけた。
男は俺を見据え、胸を張って一歩前に出た。

「私はボロス。この王国の宮廷料理長を務めている者だ」

その名乗りに、エルザがピクリと反応した。
ボロス。
大陸全土にその名を轟かせる、料理界の重鎮だ。
国王の舌を三十年にわたって支配し、彼が「不味い」と言った店は翌日には潰れるという、食の独裁者。

「……料理長? 偉い人が何の用だ」

「とぼけるな。街の料理人たちが、こぞって店を畳んでいるという噂を聞いてな。皆、この店の『魔法の粉』とやらを使った料理を一口食べただけで、自分の料理がゴミ屑に思えると泣き喚いているそうだ」

ボロスの目が、剣呑な光を帯びた。

「私は信じぬ。半世紀以上、世界中の珍味を探求し、王族の舌を満足させてきた私の技術が、このような薄汚れた路地の店に劣るはずがない。貴様が出しているのは、幻術で客を惑わすまやかしの餌だろう?」

彼はカウンターを指先でコン、と叩いた。

「逃げるか? ならば今すぐこの店を畳め。偽物の味を広め、王国の食文化を汚染するのは許さん。私が国王陛下の名において、この店を焦土に変えてもいいのだぞ」

背後の料理人たちが、懐から肉厚の包丁を取り出し、脅すようにギラつかせた。
エルザの瞳からハイライトが消え、純粋な殺意が宿る。
彼女の指先には、既に数本のクナイが握られていた。

「主様、無礼な豚共です。ミンチにしますか?」

「待て、エルザ。客に手を出すな。床が汚れる」

俺は手で彼女を制した。
ここで暴れられたら、掃除が面倒だし、警察沙汰になれば営業停止もあり得る。
何より、こいつらを力で排除しても、また別の料理人が来て同じ問答を繰り返すだけだ。
こういう手合いは、その「自慢の舌」をへし折ってやるのが一番手っ取り早い。

「……料理長さん、うちはただのコンビニだ。勝負なんて受ける気はないぞ」

「ふん、やはり逃げるか。所詮はペテン師よ」

ボロスが勝ち誇ったように鼻を鳴らした。
その顔には、自分の勝利を確信した者の優越感が張り付いている。
面倒だ。
本当に面倒だ。
俺はただ、エアコンの効いた部屋でスマホゲームをしていたいだけなのに。
さっさと黙らせて、平和な時間を取り戻そう。

「分かったよ。そこまで言うなら、うちの看板商品を食っていけ」

俺はカウンターの下から、一つの商品を取り出した。
白い発泡スチロール製のカップ。
青い波模様のデザイン。
そして、赤字で描かれた異国の文字。
『カップヌードル・シーフード味』。
全世界で愛される、インスタント食品の王様だ。
俺はそれをカウンターにドン、と置いた。

「なんだ、その紙の器は。……軽いな。中に何も入っていないのか?」

ボロスはカップを手に取り、その軽さに眉をひそめた。
乾燥した麺と具材しか入っていないのだから、当然だ。

「それが料理だというのか? 煮込みも、焼きもしない、乾いた器……。貴様、私を愚弄しているのか!」

「お湯を入れて三分待つだけだ。黙って見てろ」

俺は電気ポットの給湯ボタンを押した。
ジョボボボボ……という音とともに、沸騰した熱湯がカップに注がれる。
ボロスたちが、ぎょっとして後ずさった。

「なっ……!? 火も焚かずに、熱湯を湧かせたのか!? あの白い筒は、火の精霊を拘束具で縛り付けているのか!?」

電気ポットの湯沸かし機能など、彼らにとってはオーパーツだ。
俺は無視して、線までお湯を注ぎ、蓋を閉じて付属のシールで止めた。

「さんぷん……? 煮込みすらしないのか!? 舐めるのも大概にしろ!」

ボロスが激昂し、顔を真っ赤にして怒鳴った。
彼らの常識では、スープとは数時間、あるいは数日かけて素材を煮込み、灰汁を取り続けてようやく完成するものだ。
たったの三分。
それは、カップにお湯を注ぐだけの時間ですらない。
料理への冒涜だと感じるのも無理はない。

「待つことも料理のうちだろ。静かにしろ」

俺はスマホのタイマーをセットし、カウンターに置いた。
デジタル数字が、一秒ずつ減っていく。
2:59、2:58、2:57……。
店内には、エアコンの送風音と、時を刻む無機質な沈黙だけが流れる。
ボロスたちは、疑り深い目でカップを睨みつけている。
彼らには理解できないだろう。
この白い容器の中で、今まさに劇的な化学変化が起きていることを。
フリーズドライという技術によって仮死状態にされていた食材たちが、熱湯という命の水を得て、急速に蘇生しつつある。
海老が赤く色付き、卵がふわりと膨らみ、乾燥した麺がしなやかな弾力を取り戻していく。
それは、現代科学が到達した「蘇生の魔術」だ。

ピピピピ、ピピピピ。

電子音が鳴り響いた。
三分経過。
運命の時間だ。

「よし、完成だ。食え」

俺はシールの端を掴み、一気に蓋を剥がした。

ベリッ。

その瞬間。
封印されていた蒸気が、白い柱となって立ち昇った。
そして、店内の空気が一変した。

「……っ!? な、なんだ、この香りは……!」

ボロスの鼻腔が限界まで膨らんだ。
彼だけではない。
背後のコックたちも、目を見開き、鼻をくんくんと鳴らして空気を貪っている。
そこに広がったのは、圧倒的な「海」の暴力だ。
ポークベースの白濁スープに溶け込んだ、魚介の濃厚なエキス。
イカ、カニカマ、ホタテ……あらゆる海の幸が凝縮され、複雑に絡み合った芳醇な香り。
それは、彼らが知る「魚の臭み」とは対極にある。
完璧に計算され、臭みを消し去り、旨みだけを抽出した純粋な香気。
さらに、そこに加わる現代化学の結晶――アミノ酸調味料の刺激的な匂いが、彼らの脳髄を直接揺さぶる。

「……馬鹿な。これほどの海鮮の香りを、この小さな器に閉じ込めるなど……。鍋一杯のスープを煮詰めても、ここまでの濃度は出せないぞ……」

ボロスの足が震えた。
彼は本能で悟ってしまったのだ。
目の前にある白いカップが、自分の技術を遥かに凌駕する怪物であることを。

「箸だ。使えるか?」

俺は割り箸をパチンと割り、彼に渡した。
ボロスは震える手で箸を受け取り、恐る恐るカップの中を覗き込んだ。
白濁したスープの中に浮かぶ、鮮やかな具材たち。
ピンク色の海老、黄色い卵、緑のネギ、そして謎の赤い肉。
色彩の乏しいこの世界の料理とは比較にならない、宝石箱のような鮮やかさだ。

「……美しい。まるで、深海の秘宝をそのまま器に盛ったようだ……」

彼は箸を突っ込み、麺を持ち上げた。
縮れた麺が、スープをたっぷりと絡め取って持ち上がる。
彼は意を決し、それを口へと運んだ。

ズルズルッ。

静寂な店内に、麺を啜る音が響く。
その直後。

カッ!!!

ボロスの目が、見開かれる限界を超えて剥き出しになった。
持っていた箸が、手から滑り落ちそうになる。

「……っ!?!?!?」

声にならない絶叫。
彼の口の中で、爆発が起きていた。
つるりとした麺の喉越し。
噛み締めた瞬間に弾ける、小麦の甘み。
だが、それ以上に彼を襲ったのは、スープの衝撃だ。

「……ぐ、あああぁぁぁっ!! 何だ、これは……! 舌の上で、大海原が荒れ狂っている……!」

ボロスはその場に膝をつき、カップを両手で強く握り締めた。
口の中に広がるのは、五臓六腑に染み渡る塩気と、豚骨と魚介が織りなすクリーミーなコク。
そして何より、彼が体験したことのない「第五の味覚」――旨味調味料(グルタミン酸ナトリウム)による、脳への直接的な快楽信号。
それは、自然界の食材だけでは決して到達できない、人工的にデザインされた味の極致だ。

「美味い……! 美味すぎる……! 私が今まで作ってきたスープは、ただの白湯だったというのか!?」

ボロスは理性を失った獣のように、再び箸を動かした。
ズルッ、ズルズルッ、ガツガツッ。
上品な宮廷料理人の作法など、どこかへ消え失せていた。
ただひたすらに、目の前の快楽を貪る。
具材のイカを噛み締めれば、凝縮された旨みが染み出し、謎肉を噛めば、ジャンキーな塩気が食欲を加速させる。

「この赤い肉……! 噛んだ瞬間に肉汁が溢れ出す! これは一体何の肉だ!? 地竜の心臓か!? それとも深海に住むリヴァイアサンの肝か!?」

「大豆と豚肉のミンチだ。謎肉って呼ばれてる」

「ナゾニク……! なんという神秘的な響きだ……。神の領域に属する、禁断の果実……!」

背後のコックたちも、親方が狂ったように麺を貪る姿を見て、ゴクリと喉を鳴らしている。
店内に充満する香りが、彼らの胃袋を責め立てていた。
ボロスはあっという間に麺を食べ尽くし、最後に残ったスープを両手で掲げた。
そして、一滴も残さず飲み干すべく、カップを仰いだ。

ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ……プハァッ!

「……完敗だ。私は、今まで何をしていたのだ……」

ボロスは空になったカップを抱きしめ、床に突っ伏した。
その目からは、大粒の涙が溢れ出している。
悔し涙ではない。
真実を知ってしまった者の、畏怖と感動の涙だ。

「この……白い粉のような残り香……これが、味の真理なのか?」

「化学調味料だ。底に残ってるやつが一番味が濃いからな」

「カガクチョウミリョウ……。錬金術の奥義、賢者の石を粉末にしたものか……」

ボロスは震えながら立ち上がり、俺に向かって深々と頭を下げた。
それは、王族に対する最敬礼よりも深く、重いものだった。

「店主様! いや、食の神よ! 私を弟子にしてください! この『さんぷんの奇跡』を、私にも作らせてください! 王宮の厨房を捨て、この店の皿洗いからやり直します!」

彼は俺の足元に縋り付こうとした。
背後のコックたちも、一斉に土下座をする。
「我らもお願いします!」「その神のスープの秘密を、どうかご教授を!」
異様な光景だ。
コンビニの床で、白い服の集団が宗教儀式のように平伏している。

「いや、無理だろ。これ、工場で作ってるし」

「こうじょう……? 神々の厨房のことですね! どこにありますか! 天空ですか、それとも地底の理想郷(アガルタ)ですか! 私は地の果てまででも参ります!」

話が通じない。
彼らの目には、俺が「食の真理」を独占する神官に見えているらしい。
このままでは、店が料理人たちの修行場にされてしまう。
俺の平穏な隠居生活が、また遠のいていく。

「……帰ってくれ。営業終了だ。うるさい客には売らないぞ」

俺はボロスの襟首を掴み、無理やり店外へと押し出した。
今の俺の身体能力は、レベルアップの影響か、熊でも投げ飛ばせるほどになっている。
大の大人数人を、ゴミ袋のように放り出すことなど造作もない。

「あああ、神よ! お慈悲を! せめてもう一杯、あの黄金のスープを!」

ボロスは自動ドアにしがみつき、ガラスに頬を押し付けて叫んだ。
その顔は、禁断症状に苦しむ中毒者のそれだ。
コックたちが、魂を抜かれたような料理長を抱えて引き剥がしていく。
外にいた野次馬たちが、宮廷料理長の醜態を見てどよめいた。

「おい、見たか? あのボロス様が泣いてるぞ」
「この店、やっぱり本物だ……。宮廷料理すら凌駕する神の味がここにあるんだ!」

群衆の興奮が伝播し、店の外から熱っぽい視線が突き刺さる。
エルザが誇らしげに、腕組みをして頷いていた。

「主様、また一人、犠牲者が出ましたね。罪作りな御方です」

「人聞きの悪いこと言うな。俺は普通に商品を売っただけだ」

俺はカウンターに戻り、自分の分の夕食を用意することにした。
『日清のどん兵衛・きつねうどん』。
やっぱり、和風だしも捨てがたい。
お湯を注ぎ、五分のタイマーをセットする。

店外では、ボロスの叫び声を聞いた野次馬たちが、さらに膨れ上がっていた。
「カップヌードル」という名の新たな信仰が、今まさに生まれようとしている。
俺は溜息をついた。

「……次は、もう少し静かな商品を並べるか」

食べ物は危険だ。
本能に訴えかけすぎる。
もっと知的で、騒ぎになりにくいもの。
俺はスマホを操作し、文房具のカテゴリーをスクロールした。
『消せるボールペン』。
『カドケシ』。
『自動芯回転シャープペンシル』。
これなら、文官や学者が静かに驚くだけで済むだろう。
……たぶん。

夜の帳が、異世界の街を完全に包み込んだ。
だが、コンビニの看板だけは、不夜城のように輝き続けていた。
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