悪役令嬢になんてなりません、私はただの【お掃除係】です。前世の特殊清掃と遺品整理の技術で呪われた王宮を浄化します

旅する書斎(☆ほしい)

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第2話 呪いの別荘は、最高のリフォーム物件だった

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北の果て、通称「嘆きの別荘」に到着したのは、空が白み始めた頃だった。
馬車を降りた瞬間、御者の男がガタガタと膝を震わせ、その場にへたり込んだ。

「ひ、ひぃ……無理だ、これ以上は一歩も近づけねぇ……!」

彼の視線の先には、かつての栄華を微塵も感じさせない、巨大な石造りの屋敷が鎮座していた。
壁面はびっしりと黒い蔦に覆われ、その蔦自体がドクンドクンと脈打っている。
窓ガラスは割れ、そこから漏れ出す空気は、真夏だというのに骨まで凍てつかせるような冷気を孕んでいた。

そして、何よりこの「臭い」。
重度のカビ臭、腐敗した有機物の腐臭、そして――絶望。
人間の感情が腐敗して物理的な質量を持ったような、粘り気のある瘴気が、建物の周囲にドロリと滞留している。

「お嬢様、お願いです、戻りましょう! ここはもう、人の住む場所じゃねぇ。魔界の入り口だ!」

「……素晴らしいわ」

私は思わず、うっとりと溜息を漏らした。
前世、孤独死から一ヶ月経過し、体液が畳の下まで浸透した現場を思い出す。
あの時の緊張感と、それを打破した時の快感を、この建物は優に超えている。

「見て、あの玄関ホールの入り口。魔力の残留物が結晶化して、ガーゴイルみたいになってるわ。あれ、塩酸系の魔力溶剤を使えば一気に溶けるわね。あと、あの壁の蔦。あれは植物じゃないわ、呪詛の塊よ。ケルヒャー……じゃなかった、私の高圧水圧魔法の餌食ね」

「お、お嬢様……? 目が、怖いです……」

私は御者に、公爵家から持ち出したわずかな路銀を数枚手渡した。
「ここまで送ってくれてありがとう。荷物はここに置いておいて。あなたはすぐに街へ戻りなさい。死にたくなければ、ね」

「お、お達者で……っ!」

馬車は、逃げるように走り去っていった。
静寂。
鳥のさえずりも、虫の音もしない。
ただ、屋敷の奥から「ギギ……ギ……」と、何かが這いずるような音だけが聞こえてくる。

私は、動きにくいドレスをその場で脱ぎ捨てた。
下に着ていたのは、特注の「清掃用作業着」。
丈夫なキャンバス生地で作られた、ポケットの多いツナギだ。
髪を高くまとめ、バンダナでしっかりガードする。
そして、愛用の「魔導ゴム手袋」を装着した。

「さて。まずは、玄関から攻めましょうか」

私は玄関の重い扉の前に立った。
取っ手には、触れた者の精神を汚染する「拒絶の呪印」が刻まれている。
並の魔法使いなら、これだけで発狂するだろう。

「はい、酸性汚れ、発見」

私はスキル【徹底洗浄】を発動させた。
指先に、青白い光の粒が集まる。
そのまま、迷うことなく取っ手を掴んだ。

ジジジッ、と肉が焼けるような音がする。
だが、焼けているのは私の手ではない。
取っ手にこびりついていた「呪い」の方だ。

「不潔ね。前の住人は、ちゃんと手入れをしなかったの? 呪いっていうのはね、放置すると根を張るのよ。こうやって……剥がしてあげるのが、礼儀ってもんでしょ」

ぐっ、と力を込める。
光の粒子が呪印の隙間に潜り込み、それを物理的に浮き上がらせる。
パリン、と乾いた音がして、数百年解けなかったと言われる「絶望の封印」が、乾いたペンキのように剥がれ落ちた。

扉が開く。
中から、真っ黒な煤煙のような瘴気が、津波となって押し寄せてきた。

「おっと、換気が先ね。吸い込むと肺がカビちゃうわ」

私は懐から、巨大な魔法石を組み込んだ特製の「送風ファン(魔道具)」を取り出した。
スイッチを入れると、凄まじい風圧が発生する。
同時に、風に「空気清浄」の術式を乗せる。

「吹き飛ばせ、[デラックス・エア・クリーン]!」

ゴオオオオッ!

屋敷の中を、清冽な突風が駆け抜ける。
廊下に溜まっていた黒い霧が、悲鳴のような音を立てて窓から外へと押し出されていく。
わずかに差し込んだ朝日が、埃の舞う室内を照らした。

「……ひどいわね。これはやりがいがある」

床は、何層にも重なった埃と、正体不明の粘液で埋もれている。
壁紙は剥がれ、天井からは巨大なクモの巣……ではなく、負の魔力が凝固した「魔糸」が垂れ下がっている。

私は一歩、足を踏み入れた。
その瞬間、床下から無数の「影の手」が伸び、私の足首を掴もうとした。
この屋敷で死んだ者たちの、未練の具現化。

「あら、お出迎え? でも残念。私の足元、ワックスがけしたばかりで滑りやすいわよ」

私は足元に、魔力で生成した「強アルカリ洗浄液」を薄く展開した。
シュアアア!
という激しい反応音。
影の手たちは、強力な洗浄成分に触れた瞬間、洗剤を垂らしたナメクジのように溶けて消えていった。

「未練があるなら、綺麗さっぱり洗い流して、天国へ行きなさい。そのドロドロのままじゃ、向こうでも嫌われるわよ?」

私は腰のポーチから、遺品整理用の「鑑定ルーペ」を取り出した。
これで、ただのゴミと、価値のある遺物を見分ける。
特殊清掃の基本は、分別だ。

「これは……ただの腐った椅子。これは、呪われた肖像画……あら、この額縁、純金じゃない。磨けば高く売れそうね。こっちは……おや?」

エントランスの隅、山積みになった瓦礫の下に、微かな光が見えた。
瓦礫を魔力でどかすと、そこには古びた、しかし精巧な細工が施されたシルバーの懐中時計が落ちていた。

「……前の住人の忘れ物かしら」

手に取ると、凄まじい冷気が脳を突き刺した。
持ち主の、最後の記憶が流れ込んでくる。
孤独、絶望、裏切り、そして――誰かに見つけてほしかったという、ささやかな願い。

「わかってるわよ。こんな汚い場所に置き去りにされて、寂しかったわね」

私は布を取り出し、専用の銀磨きクロスで時計を丁寧に拭き上げた。
スキル【徹底洗浄】を、優しく、染み込ませるように。

黒ずんでいた銀色が、一皮剥けるように輝きを取り戻す。
時計の針が、チチチ……と、数十年ぶりに時を刻み始めた。
その瞬間、屋敷全体を覆っていた「重苦しい空気」が、わずかに軽くなった気がした。

「鑑定。……[王家の忘れ形見:レガリア・クロック]。あら、これ、国宝級のアイテムじゃない。換金してもいいけど、せっかくだからこの部屋のインテリアにしましょうか」

私は時計を、埃を払った暖炉の上に置いた。
たったそれだけのことで、殺伐としていた部屋に、微かな「生活の体温」が宿る。

「よし。次は、キッチンね。水回りの汚れは、呪いの温床だから」

私は鼻歌混じりに、さらに奥へと進んだ。
手に持ったブラシを、銃のように回しながら。

だが、キッチンの扉を開けようとした瞬間。
「……ウ……ル……ァ……」
地を這うような、低い唸り声が響いた。

奥の暗闇から、巨大な、本当に巨大な「何か」が姿を現した。
それは、全身をどす黒いヘドロのような毛並みに覆われた、四足歩行の怪物。
二メートルはあろうかという巨体。
爛々と赤く光る瞳。
口からは、触れるもの全てを腐らせる、緑色の涎が垂れている。

「……呪われし、白虎……?」

文献で読んだことがある。
かつて王家を守護していたが、主の狂気に当てられて魔獣化したという、伝説の聖獣。

怪物は、私を侵入者と見なし、その鋭い爪を振り上げた。
空気が、腐敗の衝撃波でビリビリと震える。

普通なら、ここで命を落とす。
だが、私の感想は一つだけだった。

「……ちょっと。あなた、最後にシャンプーしたのいつ?」

私は、真っ向から怪物を指差した。
「その毛玉! そのフケ! その悪臭! そんな状態で聖獣なんて名乗るなんて、清掃員として、万死に値するわよ!」

怪物が、驚いたように動きを止めた。
まさか、死を目前にした人間から「お風呂に入っていないこと」を説教されるとは思っていなかったのだろう。

「いいわ、覚悟しなさい。今日のメインディッシュは、あなたの丸洗いよ!」

私は、最大出力の【徹底洗浄】を起動した。
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