悪役令嬢になんてなりません、私はただの【お掃除係】です。前世の特殊清掃と遺品整理の技術で呪われた王宮を浄化します

旅する書斎(☆ほしい)

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第4話 聖騎士の鎧は、泥と油で死んでいる

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カチャリ、と金属が触れ合う不快な音が静まり返ったホールに響く。
王宮から派遣された調査隊。その先頭に立つ聖騎士ギデオンが、呆然と口を開けて固まっていた。
彼の視線の先には、磨き上げられ、窓から差し込む朝光を鏡のように反射する大理石の床。
そして、その中央で優雅に……いや、あまりにも自然体で、伝説の聖獣ヴァイスの顎の下を撫で回している私の姿があった。

「な……リリア・アルカディア……貴様、なぜ生きている……?」

ギデオンの声は震えていた。
無理もない。昨夜、私をここに追い出した際、彼は「呪いに喰われて無惨に死ね、薄汚い女め」と吐き捨てたのだから。
だが、今の私には彼の罵倒などどうでもいい。
私の視線は、彼の足元に釘付けになっていた。

「ちょっと。動かないで。一歩も動かないでって言ってるのよ」

「は? 何を――」

「その足元! 外の泥をそのまま持ち込んだわね! おまけにその鎧、何よそのくすんだ銀色は。手入れをサボって酸化膜がびっしりじゃない。聖騎士の看板が泣いているわよ。それはもはや防具じゃなくて、歩く産業廃棄物ね」

私は手に持っていた「高密度魔導クロス」をバシッと床に叩きつけた。
ギデオンの顔が屈辱で真っ赤に染まる。
背後に控える部下たちも、剣を抜きかけて困惑しているようだ。

「き、貴様……自分が置かれている状況がわかっているのか! ここは呪われた土地だ! そこにおられるのは、数多の騎士を屠ってきた魔獣……」

「魔獣? 失礼ね。ヴァイスは今、最高に清潔な状態よ。見て、この毛並み。あなたの不潔な指で触れたら、一瞬で細菌汚染が広がるわ。近づかないで」

私が冷たく言い放つと、ヴァイスが同調するように「ガルル……」と低く喉を鳴らした。
その瞳には、かつての狂乱はない。
ただ、お風呂の時間を邪魔された猫のような、不機嫌そうな理性が宿っている。
その背後から、地下にいたはずの第二皇子――ジークが、ゆっくりと姿を現した。

騎士たちの間に、衝撃が走る。
「ジ、ジーク殿下!? その黒い霧は……呪いはどうされたのですか!」

ギデオンが叫ぶ。
ジークを縛っていた「黒い霧」は、王家ですら解くことができなかった不治の呪詛。
それが跡形もなく消え、本来の透き通るような美貌を取り戻した皇子の姿に、騎士たちは腰を抜かさんばかりに驚愕している。

「……リリアが、洗ってくれた」

ジークが静かに、しかし確かな声で言った。
洗った。その一言があまりにもシュールすぎて、ホールに妙な沈黙が流れる。

「洗った……? 呪いを、洗ったというのか……? そんな馬鹿なことが……」

「馬鹿なことじゃないわ。汚れは落とせば消える。物理の基本でしょ」

私は腰のポーチから、自作の「強酸性魔力溶剤・改」を取り出した。
特殊清掃員として、まずやるべきことは決まっている。
不法侵入者への抗議ではない。この空間の「清浄度」を維持することだ。

「ギデオン。あんた、その鎧のメンテナンスを怠ったせいで、心まで腐りかけてるわよ。聖騎士の力って、本来は純粋な魔力の伝導率で決まるはずでしょ? その煤と皮脂の汚れが、あんたの加護を遮断してるの。気づかないの?」

「だ、黙れ! 落ちこぼれの公爵令嬢が知った風なことを!」

ギデオンが激昂し、長剣を振り上げた。
剣身に聖なる炎が宿る……はずだった。
しかし、噴き出したのは黒ずんだ、不完全な火花だけ。
当然だ。彼の剣の根元には、前回の遠征で浴びた魔獣の返り血が、炭化してこびりついている。

「……あーあ。道具を愛せない男に、勝利の女神は微笑まないわよ」

私はため息をつき、一歩踏み出した。
騎士たちの剣の間を縫うように、最短距離でギデオンの懐へ。
彼は驚愕で目を見開いたが、私の動きは掃除の合間に数万回繰り返してきた「効率的な移動」そのものだ。

「これ、試供品よ。とっておきをあげるわ」

私はギデオンの鎧の胸当て、ちょうど紋章が刻まれた部分に、溶剤をワンプッシュした。
シュアアアアアッ!
激しい泡立ちと共に、鎧に染み付いていた数年分の汚れが、ドロドロとした黒い液体となって流れ出す。

「な、なんだ!? 熱い……いや、軽い!?」

「スキル発動。[超振動・研磨(ポリッシング・バースト)]」

私は彼の胸当てにそっと手を触れた。
指先から高周波の振動を送り込む。
金属の分子間に詰まった不純物を、強制的に弾き飛ばす。

次の瞬間、パリンという軽やかな音と共に、ギデオンの鎧が眩いばかりの銀光を放った。
くすんでいた表面が鏡面仕上げへと変わり、周囲の景色を鮮やかに映し出す。
それだけではない。
鎧の伝導率が跳ね上がり、彼が制御できていなかった聖魔力が、一気に溢れ出した。

「こ、これは……力が、漲る……? いや、今まで私が使っていたのは、これほどの出力ではなかった……」

ギデオンは自分の手を見つめ、震えている。
彼は気づいたのだ。自分がどれほど「汚れ」によって弱体化していたか。
そして、目の前の令嬢が、それを一瞬で「解決」してしまったことに。

「……はい、洗浄終了。でもね、ギデオン。これ、ただのクリーニングだから。あんたの心根が腐ってるのは、洗剤じゃ落ちないわよ。まずは、その泥だらけの靴で私の床を汚した罪を償ってもらおうかしら」

私はジロリと、彼の背後にいる部下たちを睨みつけた。
彼らはもはや、私を「追放された令嬢」として見ていない。
まるで、未知の神、あるいは恐るべき高位の魔術師を見るような、畏怖の眼差し。

「……ヴァイス、彼らを玄関まで押し戻して。あと、玄関マット代わりに使える古布を持ってきて。この人たちの足を拭かせるから」

ヴァイスが「グルル」と、楽しそうに返事をした。
巨大な体が騎士たちに迫る。
聖獣の威圧感に、ギデオンたちは悲鳴を上げながら後退していく。

「ま、待て! 報告しなければ……ジーク殿下の呪いが解け、リリア・アルカディアが聖獣を使役していると……!」

「勝手に報告すればいいわ。ただし、次にここに来る時は、靴を脱いできなさい。もし汚れたまま足を踏み入れたら……その鎧、分子レベルで分解して、ただの鉄屑にしてあげるから」

私は静かに微笑んだ。
その笑顔の奥にある、プロの清掃員としての「妥協なき殺意」を感じ取ったのか、ギデオンたちは転がるようにして屋敷から逃げ出していった。

静寂が戻ったホール。
ジークが私の隣に立ち、逃げていった騎士たちの背中を、どこか冷めた目で見送っていた。

「……あんな奴ら、放っておけばいいのに。君は優しいな、リリア」

「優しい? 冗談言わないで。私はただ、自分の仕事場を汚されるのが耐えられないだけよ」

私は床に膝をつき、ギデオンたちが残していった泥の跡を、丹念に拭き取り始めた。
汚れは、放置すればするほど頑固になる。
それは人間関係も、魔法も、同じこと。

「ジーク。あなたも突っ立ってないで。あそこの窓硝子、まだ曇ってるわよ。タオルをあげるから、磨き方を教えなさい」

「……私が? 皇子である私が、窓掃除を?」

「ここでは、動かない奴はただの埃と同じよ。それとも、またあの暗い地下室でカビにまみれて過ごしたい?」

ジークは少しだけ眉を下げ、困ったように笑った。
そして、おずおずと私の差し出したタオルを受け取った。

「わかった。……君の言う通りにするよ」

呪われし別荘に、窓を磨くキュッキュッという軽快な音が響き始める。
私の新しい生活は、まだ始まったばかり……ではない。
この広大な屋敷の「全体清掃」を終わらせるまで、休息なんて一秒もいらないのだ。
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