ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)

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第37話 化粧品ブームと皇子の裏切り

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私を遠くから観察していた貴婦人たちは、一斉にこちらへ詰め寄った。
クレメンス公爵夫人の肌に起きた変化は、彼女たちの心を強く揺さぶった。

あたりには、気品のある薔薇の香りが漂い始めた。
流行を追いかける女性たちは、目の前の光景に理性を失った。

「公爵夫人の肌は、まるで真珠のように輝いているわ」
「その緑色の瓶に入った薬を、わたくしにも試させてはくれないかしら」
「薔薇の香りがとても素敵なので、わたくしはそちらを先に予約するわ」

サロンの中は、瞬く間に熱狂的な空気に包まれた。
彼女たちの瞳には、四歳の私に対する侮りなど微塵もなかった。

目の前にある未知の化粧品に対して、強い独占欲を抱いている。
これが、王都の社交界で生きる女性たちの本当の姿だった。

欲望に従って動く彼女たちの反応は、私にとって非常に分かりやすい。
「皆様、どうか落ち着いてお聞きくださいわ」

私は、あえて子供らしい高い声でその場を制した。
私の言葉を聞いて、貴婦人たちは我に返ったように動きを止めた。

自分たちが醜い姿を晒していたことに、彼女たちはようやく気がついた。
恥ずかしさを隠すように、彼女たちは慌てて扇で口元を隠した。

「この霧の雫は、まだ皆様全員にお配りできるほどの数がありませんの」
私の言葉を聞いた瞬間に、サロンには落胆のため息が広がった。

「そんな、それでは手に入らないということですの?」
どこかの伯爵夫人が、今にも泣き出しそうな声を上げた。

その時、クレメンス公爵夫人が一歩前に進み出た。
彼女は、すでにいつもの冷静な表情を取り戻している。

さすがは、王都の社交界で頂点に君臨する女性だった。
「リリア嬢、この品は一体いくらで購入できるのかしら」

彼女の問いかけは、その場にいる全員の気持ちを代弁していた。
私は、隙のない完璧な微笑みを彼女たちに向けて返した。

ここから先は、商売人としての私の実力を見せる番だ。
「公爵夫人、この品にはまだ値段をつけることができないのです」

「それは、どういう意味なのかしら」
公爵夫人の鋭い視線が、私の顔をじっと見つめる。

彼女は、私の言葉の裏にある真意を探ろうとしていた。
「これは、わたくしの領地で研究している虹色の涙の副産物なのですわ」

虹色の涙という名前が出た瞬間、貴婦人たちの間に激しい衝撃が走った。
アーノルド殿下も欲しがっているという薬の話は、すでに有名だった。

「あの奇跡の薬と関係があるのなら、効果は本物なのね」
貴婦人たちの期待感は、さらに高まっていくのが分かった。

「非常に希少な薬草を使っているため、大量に作ることは難しいのです」
私は、あえて希少価値を強調するような言葉を選んで並べた。

部屋の温度が上がったのではないかと錯覚するほど、彼女たちは興奮している。
「そこで、皆様にご相談したいことがございますの」

私は、芝居がかった仕草で言葉をさらに続けた。
「この品を正式に売り出す前に、まずは皆様にだけこっそり試していただきたいのです」

「まあ、私たちだけに先行して提供してくれるというの?」
公爵夫人の瞳が、期待で明るく輝き始めた。

他の貴婦人たちも、固唾を飲んで私の次の言葉を待っている。
「はい、クレメンス公爵夫人を代表とするモニター会を作りたいと考えております」

「モニター会とは、どのような集まりなのかしら」
「この試作品を、優先的にお分けする特別な組織ですわ」

私は、いたずらっ子が企むような笑みを浮かべてみせた。
「その代わり、皆様にはこの効果をご友人方に自慢していただきたいのです」

貴婦人たちは、私の提案に込められた意図をすぐに理解した。
自分たちだけが秘密の美しさを手に入れ、他人に優越感を持てるのだ。

それは、彼女たちが何よりも好む極上の状況だった。
「素晴らしい提案だわ、わたくしが喜んで代表を務めましょう」

公爵夫人は、すでに私の術中に完全にはまっていた。
「それで、その会に参加するためにはいくら必要なのかしら」

「参加費は不要ですが、研究開発費として少しばかりのご寄付をお願いします」
私は、背後に控えていたセバスチャンに合図を送った。

セバスチャンが差し出した価格表には、法外な金額が並んでいた。
薔薇の香りの小瓶は金貨一枚で、緑の薬草の小瓶は金貨二枚だ。

それは、王都の立派な家を一軒買えるほどの恐ろしい値段だった。
貴婦人たちが、その数字を見て一瞬だけ息を呑んだ。

しかし、公爵夫人は満足そうに扇をパチンと鳴らした。
「安すぎては価値が疑わしくなるので、これくらいの値段が妥当ですわ」

彼女は、迷うことなく注文書に自分のサインを書き込んだ。
「薔薇の方を十本と、緑の方も十本ほど用意してくださるかしら」

いきなり、金貨三十枚という大きな注文が舞い込んだ。
他の貴婦人たちも、公爵夫人に遅れまいと慌てて注文を始めた。

社交界においては、他人に遅れを取ることは敗北を意味する。
「わたくしは五本ずつ、至急用意をお願いしますわ」

注文は、あっという間に私の予想を超えて殺到した。
持ち込んだ試作品の予約は、わずか三十分で全て埋まった。

合計金額は、軽く金貨百枚を超えるほどの規模に達した。
「皆様、お届けまでには一月ほどの時間をいただきますわ」

「それまでは、選ばれた皆様だけの秘密にしておいてくださいね」
私は、完璧な礼法で挨拶をしてからサロンを後にした。

背後からは、興奮した女性たちの話し声が聞こえてきた。
彼女たちは、私のために最高のアピールをしてくれるだろう。

屋敷へ戻る馬車の中で、私の気分は最高潮に達していた。
私は、すぐにセバスチャンへ帳簿とペンを用意させた。

「セバスチャン、今日の売り上げをすぐに集計しましょう」
「かしこまりました、リリア様」

セバスチャンも、想像以上の成果に興奮を抑えきれない様子だ。
「予約分を合わせると、合計で金貨百二十枚になりますわ」

製造にかかる原価は、銀貨五枚程度に過ぎない。
「利益率は、九十九パーセントを超える驚異的な数字になりましたね」

あまりの数字を聞いて、セバスチャンは驚きのあまり固まった。
「これは、アークライト領を支える新しい産業になりますわ」

私は、姉様に宛てて量産体制を整えるよう手紙を書くことにした。
公爵夫人とも、正式な協力関係を築くための契約書を作らなければならない。

私の思考は、すでに次の大きな商談へと向かっていた。
屋敷に戻ると、館の空気が重く沈んでいることに気づいた。

作戦会議室の扉が、不自然に少しだけ開いている。
中からは、ゼロ兄様の低く冷たい声が響いてきた。

どうやら、ガルディナ帝国から緊急の報告が入ったようだ。
私は、商人の顔を捨てて司令官としての表情に切り替えた。

サロンの甘い香りは消え、部屋には緊張感が漂っている。
「兄様、ただいま戻りましたわ」

私が部屋に足を踏み入れると、兄様は地図から目を離した。
その表情は、今までに見たことがないほど険しいものだった。

仲間たちも、深刻な顔をして椅子に座り込んでいる。
「お帰り、お前にとっても無視できない情報が入ってきたぞ」

兄様は、二枚の羊皮紙を乱暴にテーブルの上へ置いた。
「まずは、良い知らせから聞かせていただけますか」

「ピップたちが流した噂が、想像以上の効果を発揮しているらしい」
兄様は、一枚目の羊皮紙を指さして内容を説明した。

ゲオルグ皇子の軍隊は、今や崩壊の危機に直面している。
略奪を行った兵士たちが、次々と原因不明の病で倒れているらしい。

それは、リラたちが食事に混ぜた毒草の効果だった。
「フランツ皇子こそが真の皇帝だ」という噂も、各地に広まっている。

敵の軍からは、脱走する者が後を絶たない状況だという。
ルドヴィーク皇子も、兄を見捨てて資金の援助を打ち切った。

「彼らの仲は最悪なので、まもなく内乱が始まるだろうな」
「それは、私たちにとって非常に喜ばしいニュースですわ」

私は、報告書の内容に満足して深く頷いた。
「だが、もう一枚の羊皮紙には厄介なことが書かれている」

バルガスも、指示通りに食料を民衆へ配っているはずだ。
食料は、フランツ皇子からの贈り物として扱われている。

シルダの民衆は、彼の名前を救世主のように崇めている。
「それも計画通りですが、何が問題なのですか」

「問題は、フランツ皇子本人の行動にあるのだ」
兄様は、忌々しそうに言葉を吐き出した。

彼は、ボロボロの服を着て自ら民衆の前に姿を現した。
「兄の罪は私の罪だ」と語り、民と共に涙を流したという。

「あいつは、我々の想像を超えるほどの役者だったようだな」
兄様は、皮肉を込めた言葉で彼を評価した。

「彼は、最高のパートナーだと思っておりましたわ」
「しかし、力を得た彼は我々の制御を離れようとしている」

フランツ皇子は、独自のルートで軍備を整え始めた。
それも、私たちに知らせることなく秘密裏に動いている。

「あいつは、我々を対等な同盟相手として見なさなくなった」
兄様の話を聞いて、私は思わず声を失った。

彼は、すでに次の標的を定めているに違いない。
「次の敵は、エルドラシア王国そのものということですか」

兄様は、地図の国境線をナイフの先で静かになぞった。
「飼い犬が、飼い主に牙を剥く準備を始めたということだ」



【作者より】
色々あって連載が止まっていましたが、更新を少しずつ再開します。詳しくは近況ボードに掲載しました。
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